小児救急医療の現状と初期対応


 住田 亮 すみたりょう*
 武井健吉 たけいけんきち**
 小泉晶一 こいずみしょういち***

 * 金沢大学医学部小児科講師(現市立砺波総合病院小児科)
 ** 同大学院生
 *** 同教授

  (エマージェンシー・ナーシング Vol.12 (7): 626-30, 1999)


はじめに

 「小児救急医療」という言葉を聞いて,どのような医療が思い浮かぶだろうか?  人によっては救命救急センターで繰り広げられるような華々しい医療を想像するのだ ろうが,実際に小児救急に携わっている者が抱いているイメージは決してこのような ものではない.来院患者のほとんどは発熱や咳嗽,あるいは軽度の外傷でいわば時間 外診療所としての役割がほとんどである.この「時間外診療所」を訪れる患者のほと んどは通常の外来診療レベルで十分対応可能であるが,一方すぐさまICU入室が必要 となる症例も少数ながら存在する.この幅の広い患者層に同じスタッフで適切に対応 しなければいけないのが小児救急医療の問題点の一つである.本稿では小児救急の現 状とおもに救急外来を想定した看護上のポイントについて述べる.

大学病院での現状

 1998年1月から12月までの1年間に金沢大学医学部附属病院救急外来を受診した総患 者数は12708人で,このうち小児科扱い患者数は2615人(20.6%)だった.発熱,咳 嗽,嘔吐,下痢といった主訴で来院した患者が全体の70%を占め,喘息がこれに続く .いわばありふれた疾患ばかりであるが二次対応(入院)を要したものが117例(4.5 %),ICU入室等3次対応(集中治療)を要した症例が9例あった.この9例の内訳はク ループ症候群,痙攀重積がそれぞれ2例で溺水,細気管支炎,喘息重積発作等が続く .重篤例の多くは救急搬送されているが,中には”カゼ”と称して受診したものの, 急速に状態が悪化して救急室内で気管内挿管を施行された例もある.

 諸家の報告2)と同様に当院でも圧倒的に1次救急患者が多く,まさに「時間外・休 日診療所」の様相を呈する.

 診療体制は小児の内因性疾患であればまず小児科医がコールされる.ほとんどの症 例では小児科医のみで対応できるが一部の重篤な症例に対しては小児科医単独ではな く,ICU医師と共同して治療にあたることがほとんどである.この理由としてマンパ ワーの不足以外に,小児科医は一般的に重症救急疾患に対する知識・手技を十分に持 ち合わせていないことが多く,逆にICU医師は重篤な病態に対する一般的な治療戦略 は持っているものの,小児,とくに乳幼児例ではその生理学的・解剖学的な特殊性ゆ えに戸惑うことが少なくないためである.すなわち小児救急医療の専従者がいない現 在,小児科医,ICU医師の良好な連携が重症児の救命に大きな役割をはたすと思われ ,幸い当院では現在のところ比較的良好に機能している.しかし,初療にあたる小児 科医や最初に患者と接する看護婦の認識が甘いと時に危機的状況に陥ることがある. 以下に反省を込めて事例を呈示する.

事 例

 8カ月,男児.家族歴・既往歴に特記すべきことなし.

 現病歴;1998年3月20日より軽度の鼻閉,咳嗽を認めていた.翌21日,咳嗽がしだ いに増悪し37℃台の発熱も認めたため近医受診.感冒と云われ,内服薬を処方された .同日夕方より嗄声の出現とともに咳嗽が犬吠様になったため20時に救急外来受診.  経過;クループと診断された.初診時すでに強い陥没呼吸と呼吸音の減弱が認めら れたが,満床のため当直医は他院へ紹介しようとした.なかなか転送先が決まらず数 十分が過ぎ,この間患児はぐずったり泣いたりしていたがしだいに意識レベルが低下 し,チアノ−ゼも増強してきた.この時点で上級医およびICU医師が呼ばれ,静脈ラ インを確保し血液ガス分析を施行したところpH7.15,PCO2 82.5,PO2 52.5と著明な換気不全の状態であったためただちに気管内挿管の上,ICU入室となっ た.入室後は順調な経過をたどり,入院4日目で抜管し一般病棟転室となった.

 最初から緊急度が高いことがはっきりしている症例であればこのような事態には陥 らないだろうが,この事例のように家族や医師すらもあまり危機感を感じない重症例 が社会的な意味も含めてもっとも「危ない症例」だと思われる.このようにいたずら に患者を危機にさらさないためにはどのような注意が必要なのかについて次項で述べる.

よくある症状における注意点と観察事項

 1)発熱;受診理由のうち,もっとも多いものの一つが発熱である.多くの場合ウ イルス感染であるが,時に重篤な疾患のサインのことがある.有熱時はもちろん,坐 薬等によって解熱した際に活気がある患児は比較的安心といえよう.逆に解熱時にお いても顔貌が無欲状であったり体動が乏しい時は要注意である2).また3カ月以下, とくに1カ月以下の乳児の発熱は母体からの垂直感染や免疫能の問題があり,化膿性 髄膜炎を始めとする重篤な疾患が隠れている可能性があるため,活気があっても必ず 小児科医の診察を受けるべきである.

 2)咳嗽;「咳が出る」といって受診する患者の中で注意を要するものの一つとし て犬吠様咳嗽が挙げられる.呈示した症例のようなクループ症候群や急性喉頭蓋炎の 場合3),急速に呼吸困難が進行し,筆者の施設ではないが入院直後に呼吸停止をき たし,死に至った症例もある.よってとくにこのような咳嗽を聞いた時にはナースが とりあえず呼吸状態を観察し,重篤と判断すれば即座に小児科医を呼ぶなどの配慮が 必要であろう.

 3)喘鳴;喘鳴の聴こえる喘息はむしろ安心である.危険なのは強い努力性呼吸で 起座呼吸を余儀なくされている(横になれない)のに喘鳴が聴こえない場合である. 喘鳴を起こすだけの換気ができていないことを示しており,緊急に対処しなければい けない病態である.経皮的酸素飽和度モニターにて血液酸素飽和度(SpO2)を測定し 90%以下ならとりあえず酸素吸入を始めて構わない4).一方,喘鳴が突然起きた場 合,とくに乳幼児では異物の可能性を念頭に置いて保護者に確認すべきである.

 4)痙攀;熱性痙攣は救急外来でよく遭遇する疾患の一つであるが,来院時も痙攀 が持続しているものや片側性痙攀は要注意である.このうち痙攀の持続の判定は見慣 れているはずの小児科医ですら誤ることがある.典型的な強直性-間代性痙攀であれ ば間違えようもないが,強直性痙攀のみの場合は痙攀後の意識障害と判断されること も少なくない5).事実,救急車で搬送された児で,救急隊から「痙攀は搬送中に止 まった」との情報をもらったが実際に診ると強直性痙攀だったという経験を筆者は持 っている.もし,痙攀の持続か痙攀後意識障害かの判別に迷うことがあれば瞳孔およ び眼位の観察を行う.痙攀では散瞳し対光反射も鈍いか消失していることが多く,ま た眼位も上転している例が多い.

 以上に示したのはよくある症状のうち,危険性の高い状態を見極めるコツであるが ,ほかにもさまざまの症状があるのでできれば成書で確認されたい.以下に重要と思 われるいろいろな病態に共通したチェックポイントを列記する.

 a)意識;低下の度合いを筋緊張も含めて評価.
 b)顔貌;無欲様,苦悶様顔貌.顔色が蒼白の時.
 c)呼吸;陥没呼吸,努力性呼吸,起坐呼吸,鼻翼呼吸.
 d)皮膚;チアノ−ゼの有無,末梢の冷感,発汗.

 患者の来院時に話しかけと同時にこれらの項目をチェックし,異常があれば即座に バイタルサインを確認し,同時に小児科医をコールして状態が悪い旨を伝えるべきで あろう.とくに外来が混んでいる時にはよりトラブルが多いと考え,早いうちに暫定 的な患者評価を行い,必要なら診察順の変更などを行う.繰り返しになるが,医療職 として患者に最初に接するのはほとんどの場合ナースであり,救急ナースであれば患 者の振り分けだけでなく,ある程度の重症度評価をした上で診断・治療の流れを作る ことも重要な役割ではないだろうか?

重症患者への対応6)

 救急隊によって搬送されてくる場合の手順は基本的に成人と同様である.施設によ ってさまざまな救急体制が採られているのだろうが,救急隊からの情報で状態が悪い と判断されれば小児科医とICU医師(もしくは救急医)を招集し,応援の医師も確保 できればほぼ理想的と云えよう.小児領域で生命危機の原因となるのは,外傷を除い てほとんど呼吸器系の問題であり,呼吸管理に必要な物品の準備・確認を行う.また ,入室後すみやかに処置ができるように医師に輸液内容を確認の上,輸液ラインを組 み,患児の年齢にみあったマンシェットも用意しておく.搬入後の個々の手技につい ては成書を参照されたいが,緊急時に静脈ラインが確保できない場合の輸液ルートと して骨髄内輸液が普及しはじめており,今後知っておくべき手技の一つになると思わ れる.

 一般診察患者として来院し,重症と判断された例でも基本的な流れは同じだが,先 に述べたように来院後いたずらに時間を浪費することなく,診断・治療を完結させな ければいけない.このためには来院した患者を単に待たせるのではなく,とりあえず 訴えを聞くなど早めにコンタクトを取って患者のおおまかな状態を把握することが肝 要であろう.

軽症患者への対応

 小児救急患者の多くは軽症患者であり,一般診療と同じ流れで良いと思う.しかし ,保護者は何らかの不安があって受診したのであり,その不安を解消した上で帰宅さ せるべきだろう.とくに外来が多忙な時は十分な説明を受けることができず,不安と 不満を持ったまま帰宅する家族も少なくない.このような患者・家族の表情を読みと って必要と思われれば,再度医療者側から説明するのが理想である.また,帰宅させ る際に必ず「異常があれば再度受診」をつけ加えることも忘れずに.

おわりに

 現在の小児救急医療は患者にとっても医療者にとっても満足できるものとは言い難 い.最近,ようやく小児救急に耳目が集まるようになり,社会的にはその体制作りが 検討されはじめている.医療者側としては小児科医が救急医療について理解し,救急 医が小児領域に歩み寄ることでより正しい治療方針が得られるが,看護職の中にもそ ろそろ subspecialityとして小児救急を志す人材が出てきてもいい時期だと思われる.


■引用・参考文献

 1)鶴原常雄:小児救急医療の現状,小児科臨床48:2705-2716,1995.

 2)前川喜平:小児急患来院時の見立てと親への対応,小児科臨床48:2695-2703,1995.

 3)Barkin RM., Rosen P.: Croup and epiglottitis. Emergency Pediatrics, 784-791, Mosby, St.Louis, 1999.

 4)Kliegman RM: Respiratory distress. Practical Strategies in Pediatric Diagnosis and Therapy, 97-102, Saunders, Philadelphia,1996.

 5)Barkin RM., Rosen P.: Coma. Emergency Pediatrics, 136-144, Mosby, St.Louis, 1999.

 6)住田亮,益子邦洋,大塚敏文:小児重症救急疾患の初期対応,小児科臨床48:2 717-2722,1995.


■乳幼児突然死撲滅キャンペーン・ホームページ/ □資料集