窒息例を通して、いざという時の保育園での対応を考えよう

(保育情報 265号、26-9, 1999)

円山啓司1、佐藤ワカナ2、重臣宗伯2、中村徳子越智元郎

市立秋田総合病院中央診療部、手術室1、麻酔科2、託児ママ マミーサービス2、愛媛大学医学部救急医学

著者連絡先:〒010-0933 秋田市川元松丘町4-30
市立秋田総合病院中央診療部手術室 円山啓司
(Tel: 018-823-4171、Fax: 018-865-0175、enzan119@alles.or.jp

目次

はじめに 事例1 事例2
考察 終わりに

はじめに

 乳幼児の事故や病気による突然死を減らすためには、事故や病気に対する正しい認識といざという時に適切に行える救命手当てが重要であるとの考えから、著者らは1998年4月から乳児突然死撲滅キャンペーンの
ホームページをインターネット上に開設し、かけがえのない子供を事故や病気による突然死から守るための活動を行っている。また、全国的にあまり開催されていない乳幼児の救命講習会を各地で開催し、乳幼児の心肺蘇生法等の啓蒙普及活動も積極的に行っている。

 今回、保育園で起こった乳幼児の窒息例を通して、保育園でのいざという時の対応について考えてみたい。

事例1

 1歳の女児がおやつの時間に西瓜とパンを食べていて、喉に詰まらせた。女児は、息ができない状態で顔は真っ青になっていた。たまたま5日前に乳児の講習会を受けた保育者と看護婦が異物除去の応急手当を行った。すると、顔色はみるみるうちによくなり、顔も赤みを帯びてきた。しかし、呼吸の状態はまだ悪く、同僚の保育者に119番通報を依頼した。救急隊が到着したとき、女児は泣いていたが、口の中には粘稠な唾液が貯まっており、それを吸引し、酸素を投与しながら、救急車に収容した。女児が咳き込んだ拍子に1.5cmx1.0cmの西瓜片が出てきた。その後、すっきりした表情となり、病院に向かった。

 応急手当てを実際に行った保育者と看護婦は、「講習会を受けていなければ、小さな子供の異物除去の方法が解らなかった。」「講習会を受講したおかげで応急手当てを行うことができた。」「まさかこんなに早く役立つとは思わなかった。」「講習会を受講して本当に良かった。」「講習会を受講し、119番通報すれば、口頭指導してくれることが解っていたので、安心して応急手当てを行うことができた。」「まさかこんなに早く講習が役立つとは思わなかった。」と後で話してくれた。

事例2

 10カ月の男児は保育者がおやつに食べていた栗(この栗は子供のおやつとして出されたのでなく、保育者のおやつとして出されたものである)を床からを拾って口に入れ、もぐもぐ食べていたが、急にむせミルクとともにもどした。男児の口の中にはまだものが詰まっていたので、保育者(1年前に救命講習会受講者)は背中を叩き、残っていたものを取り出した。しかし、男児の呼吸の状態は改善しないため、119通報した。慌てた声で、2歳の男の子が“釘“を飲みこみ、呼吸がおかしいので、救急車お願いしますとの内容であった。救急隊は通報5分後に現場に到着したが、保育者は救急隊到着までの5分間を待つことができずに、近所の開業医に患児を連れていった。

 救急隊到着時、男児は全く反応がなく、顔は真っ青で、脈は1分間に180回と非常に速かった。呼吸はシーソ様呼吸(息をするとき、胸は上がらず、腹は上がる状態で、この状態が見られたときは空気を通り道が何かで塞がった状態で、非常に危険な状態である。正常では息をするとき、胸も腹も上がる。)で、努力して呼吸をしていた。病院到着時、人工呼吸を行っても左胸が上がらず(左の気管支が栗で閉塞しているため、左肺に空気が入らず、胸が上がらない)、顔色もすぐれなかった。種々の検査の結果、患児の左気管支にまだ栗が残存しており、それによって左気管支は完全に閉塞していた(図1)。直ぐに全身麻酔下に気管支直達鏡(最悪の場合は手術で取り出すこともある)を用いて栗を取りだし、事無きを得た。

考察

 事例1は、そばにいた保育者の適切な応急手当てと素早い119通報により事無きを得た症例であった。このような状況になると、発見者だけでなく、周囲の保育者も慌てふためき何をしてよいか解らなくなってしまう。このような場面に出会ったとき、慌てず、適切な行動がとれるように普段から園内でいざという時の対応等を話し合っておく必要がある。多くの保育者はまさか自分の園では起こらないからとの安易な気持ちからあまりこのような話し合いをしていない。しかし、救急はいつでもどこでも起こり得ることを認識して欲しい。事実、5日前に乳児の救命講習会を受講し、実際に異物除去を実施した二人の方はまさかこんなに早く役立つとは思ってもみなかったと述べている。

 いざという時の救急法を身に付けると同時に救急車に早く来てもらうためには何をすべきか(電話のかけかた等)等についても十分把握しておく必要がある。1秒でも早く救急車が到着し、自分たちの行っている応急手当てを救急隊に引き継ぐことがかけがえのない子供を救命できる唯一方法であるのだから。

 異変に気づいてから救急車が到着するまでには、目撃から電話をかけるまでの時間、消防に救急要請し、救急車が出動するまでの時間、出動から救急車が患児の枕元に到着するまでの時間が含まれる。この中で、発見から119通報までに行ってもらいたい流れを示す。子供の異変に気づいたら、まず慌てず、大声をかけたり、肩を叩いたりして子供が反応するかどうか観察し、反応がなければ、その時点で大声で人を集め、119番通報や救急車の誘導等を依頼し、必要な救命手当てを行う。一人しかいない場合はまず心肺蘇生法等の救命手当てを1分間行ってから、119番通報する。これは簡単なようであるが、慌てるとこれさえもうまくできない。また、119番通報して、救急車を出動させるまでの短縮も可能である。大切なことは慌てず、指令課の質問に答えるように話すことである。指令課が正しい場所を知らなければ、救急車を出動させることはできない。通報者が慌てると番地まで含めた住所、電話番号等を間違えてしまう。それではいつまで経っても救急車は来ない。そうならないように、普段から電話口の側に、住所、電話番号、世帯主名、目標となる建物等をメモしたものを準備しておく。また、そのメモは子供でも読めるようにしてあればもっと良い。救急車が出動した後も、指令課で、現場の状況や患者の状態等の情報収集を継続したり、必要な救命手当てを口頭指導したりすることもあります。救急車はすでに出ていますので、直ぐに電話を切ったりしないでください。到着する前に現場の状況、患者の状況等を救急隊が十分に把握していれば、現場での救命活動時間の短縮にもつながります。

  その場に居合わせた方の心肺蘇生法等の救命手当ての実施率が我が国では諸外国に比べ、非常に低いということで、消防で心肺蘇生法等の普及啓発活動が行われている。病院の外での心肺停止患者の多くは成人であることから、この活動は成人のための心肺蘇生法が中心となっている。読者の中にはいざという時の不安から、消防で心肺蘇生法等の救命講習会を受講された方も多いと思うが、上記の理由で多くの方は、成人のための心肺蘇生法の講習会を受けられていると思う。成人と小児の心肺蘇生法では、心マッサージの方法、人工呼吸の方法、異物除去の方法に大きな相違があり、また、小児でも1歳以上と1歳以下で人工呼吸の方法、心臓マッサージの位置等が異なっている。これらの相違を保育者が十分に熟知していないと、いざという時に子供の年齢に合った十分な救命手当てが行えない可能性がある。そうならないように小児の心肺蘇生法等の知識を普段から習熟しておく必要がある。しかし、実際に習熟した知識を使う機会はほとんどなく、せっかく覚えた心肺蘇生法も6ヶ月も経てば多くの受講者は忘れてしまう。それでは、いざという時に適切に対応することができない。そうならないように、1年に1-2回は定期的に講習会を受講することを勧めたい。また、認可無認可関係なく、すべての保育者は預かっている子供を事故や急病による突然死から守れるのか常に不安を抱えながら、保育している。このような保育者の不安を取り除くために、定期的な乳幼児のための救命講習会を保育者が受講できるように関係各機関で検討し、実施してもらえる事を切に望む。

  事例2では、通報の段階では2歳の男児が釘を飲み込み、窒息したとの119入電であった。この間違った通報は男児が窒息している場所と電話の場所が異なっていたために、“伝言ゲーム”の形で通報者に状況を伝えたために起こったものである。このように誤った情報が救急隊に伝わると、患者の年齢に合わない資機材を現場に持っていく可能性も有り、現場での活動に無駄が生じる。そうならないように、子機等を各部屋に設置し、園のどこでいつ事故、急病等が起ころうとも直接その場から119通報できるような連絡体制を構築することが必要である。また、園の責任者が救急車を呼ぶかどうかの判断を行うところが多いと思うが、それでは119通報する前に責任者に連絡をするので、時間的に無駄が生じてしまう。その場にいた保育者が重篤だと判断した場合は、責任者に連絡をする前に119通報できる体制も各園で話し合い決めておく必要がある。

 また、事例2では、救急隊が到着するまでの時間が待ちきれず、近所の開業医に患児を抱いて連れていった。ここでよく考えてみましょう。抱いて連れていく時、子供に対して何の応急手当もできないことを。また、救急隊は子供は保育園にいると思って、急いで保育園に向かっています。本例の場合、男児は呼吸停止の状態になっていなかったので、不測の事態は免れたが、もしこの子の呼吸が止まった状態であったら、抱いて連れていっている間この子に対して何の応急手当て(人工呼吸すら)もすることができず、開業医の所に着いたときには最悪の状態になっていたかもしれない。確かに、救急隊が到着するまでわずかな時間ではあるが、患児の状態が悪ければ悪いほど、その時間はそばにいるものにとっては非常に長く感じるものである。しかし、重篤であればあるほど、その場で慌てず適切な手当てを行いながら救急隊が到着するのを待つ勇気を持ってもらいたい。

 一般に、救急車のサイレンが聞こえると、一刻も早く病院に連れて行きたい余りに、それまで続けていた大切な救命手当てを止め、救急車の側に患児を抱いて走ってくる方が多い。これも救急車の側にいくまでのほんのわずかな時間ではあるが、この時間でさえかけがえのない子供の命を救命するには無駄な時間となる。救急隊に1秒たりとも“救命の鎖”を切らずに引き継いでもらうためには、救急隊が患児の側に来るまでは絶対に必要な手当てはやめないでもらいたい。

終わりに

  本稿では、保育園での窒息の2例を通して、いざという時の保育園での対応等について述べてきたが、最も重要なことはこのような危険な状態に起こさないように乳幼児の視野にたって保育環境の見直しを行い、また園で起こりうる不測の事故や急病に関する正しい知識、認識を持ち、それらを防止するためには何をすべきか各自の立場でもう一度考え直してもらいたい。

■乳児の突然死撲滅キャンペーン