冨岡譲二 さん
(981208、neweml 5613)
第22回日本集中医療医学会総会(1995.2大阪):抄録
【症例】62歳男性
【既往歴】20年前に心筋梗塞
【現病歴】駅で卒倒。駆けつけた救急隊により心肺停止が確認され、心肺蘇生されな がら入院となる。救急室で心室細動が確認され、除細動を試みたところ、大音響と閃 光を伴う「爆発」が起こった。患者を確認したところ、胸壁に貼布されていたニトロ ダームTTSRが粉々に砕けており、このニトロダームが「爆発」したと考えられた。な お患者に熱傷は作らなかった。患者は結果的に蘇生不能であった。
【考察】ニトロダームが除細動時に「爆発」する報告は1983年のBabkaの報告以来数 件が報告されているが、本邦では報告がなく、医療関係者にもほとんど知られていな い。「爆発」のメカニズムは製剤中のアルミ箔がスパークすることによるもので、ニ トログリセリンが「爆発」するのではないが、酸素の豊富な蘇生の現場では、引火な どの二次災害も考えられる。また、最近、救急救命士が除細動を行うケースも増えて おり、医療関係者のみならず、蘇生・救急に関与するものすべてがこの「爆発」につ いての知識を持つことが必要と思われた。また、本件はパソコン通信で全国に配信さ れ、多くの反響を得たので、これについても言及したい。
第22回日本集中医療医学会総会(1995.2大阪):口演原稿
(Slide,タイトル)ニトロダームTTSは、貼布することにより、経皮的にニトログリセリンを吸収させる薬剤であり、狭心症予防薬として、広く用いられています。ところが、この薬剤によって、除細動の際に「爆発」様の現象が起こりうることはあまり知られていません。(Slide,爆発)今回われわれは、蘇生の場でこの現象に遭遇し、更にこの現象を再現すべく幾つかの追試を行いましたので考察とともにご報告します。
まずはじめに、われわれが経験した症例を報告します。(Slide,症例)患者さんは62歳男性。20年前に心筋梗塞を起こした既往があります。今回は、駅で卒倒し、駆けつけた救急隊により心肺停止が確認され、心肺蘇生されながら入院となっています。入院時の心電図は心室細動で、直ちに除細動が行われました。自動式でない除細動器を用い、パドルには生理食塩水でしめらしたガーゼを当て、200ジュールで二回通電しましたが、除細動できず、同じく200ジュールで三回目の除細動を行ったところ、大音響と閃光を伴う「爆発」が起こっています。患者さんを確認したところ、胸壁に貼布されていたニトロダームTTSが粉々に砕けており、このニトロダームが「爆発」したと考えられました。患者さんの皮膚には熱傷はできていませんでした。この症例は結果的に蘇生不能でした。
この経験のあと、文献を検索、また、発売元の日本チバガイギー社に問い合わせたところ、おなじような現象は海外で今までに4例報告されており、スイスにありますチバガイギー社の研究室でも追試が行われています。それによれば、この現象は、ニトロダームに用いられているアルミ箔が、除細動の電流で「スパーク」することによって起こるもので、ニトログリセリンが爆発するものではない、とのことでした。
そこでわれわれは、いったいどのような条件のもとでこの現象が起こるのかを、いくつかの施設にご協力いただいて追試してみました。
まず最初に、現在救急救命士の間で広く使われている半自動型の除細動器を用いて実験を行いました。このタイプの除細動器は、スライドに示すような(Slide,半自動型のパッド)大きな電導ゼリーのついたパッドを用いています。ニトロダームの上からこのパッドを張り付け、さまざまな条件で通電しましたが、全く何事もおこりませんでした。
次に、我々が体験したのと同じ、手動の除細動器で、生理食塩水ガーゼを用いて、同様の実験を行いました。結果的には、次のスライドのように(Slide,発火するニトロダーム)この「爆発」現象が再現できたのですが、このためには、非常に特殊な条件、すなわち、スライドに示すように、(Slide,端がめくれたニトロダーム)ニトロダームの端がめくれ上がって、アルミ箔が露出し、さらに、生理食塩水ガーゼが乾燥して、電導性が落ちてしまった条件でしか起こりえませんでした。(Slide,結果)すなわち、この現象は非常に狭い隙間を、高いエネルギーの電流が流れる際に起こる落雷のようなものではないかと推察されました。スライドに示すように、パドルと皮膚の間が乾燥したガーゼで絶縁され、露出したパドルの先端があたかも雷雲のように、ニトロダームのアルミ箔が避雷針のように働くわけです。興味あることには、この現象は、スライドのように、乾燥したガーゼの上にパドルを置き、皮膚とパドルを非常に近づけ、かつ接触しないようにして通電させるとニトロダームなしでも再現できました。このことも「落雷説」を裏付けると考えられます。我々が経験した症例でも、除 細動が三回目であったことで、ガーゼは乾燥し、ニトロダームはめくれ上がっていた ために、この現象が起こったのではないでしょうか。
(Slide,反省と考察)このように見ていくと、この現象はごく特殊な環境下でしか起こり得ないため、発生を防ぐことは十分に可能であろうと思われます。すなわち、除細動を行う際にニトロダームが貼布してあればこれをはがす、またパドルには十分な電導体を塗る、パドルは皮膚に密着させるなどといった注意を遵守することです。また、現在救急救命士が用いている半自動型の除細動器では、パドルが張り付け式になっており、このような現象が起こる可能性は薄いと考えられます。
更に、この現象はまれとはいえ、起こりうることなので、スライドのような点、発火の危険性がないか、スパークが起こることによって、体に流れるエネルギーが減少する可能性がないかなどについて、今後もう少し調査が必要と考えられます。これに関しては、現在、実験を計画中ですので、次の機会にご報告したいと思います。
(Slide,ニトロダーム)また、ニトロダームは肌色で小さいため、目立ちにくく、一刻を争う蘇生の場では発見しづらいのも、このような現象がおこる遠因になっているかもしれません。このあたりは、製薬会社に一考していただきたいところです。
(Slide,パソコン通信)また、この現象に関する情報は、発生後速やかにパソコン通信(Nifty-Serve)で全国に配信され、幾つかのネットワークにも転載されました。製薬会社、消防庁などの対応も比較的早かったのですが、パソコン通信では、早く、正確な情報を伝達することができ、このような事故・副作用などの情報には威力を発揮しうることを実感しました。