特集・重症患者の国際救護搬送

国際患者搬送帰還

―搬送用医療機材の準備を中心に

須崎紳一郎

日本医科大学多摩永山病院救命救急センター講師

(救急医療ジャーナル Vol.3、通巻16号、p.16-21,1995)


  目 次

はじめに             国際患者搬送帰還の実績

搬送用医療費機材はどの程度のものを用意したらよいか

搬送用医療機器はどの機器を選定したらよいか

機内使用機器の規制と制限について 搬送用航空機をどう考えるか

搬送費用はどれくらいか      おわりに

参考文献


1、はじめに

 近年のわが国の海外渡航者数は飛躍的に伸 び、年間1100万人強に及んでいる。これ は、毎年ほぼ全人口の10人に1人が、何らか の形で海外に足を運んでいる計算である。外 国で病気やけがのために入院を余儀なくさ れ、何とかして早期帰国医療を希望する患者 も相当数に上ることは容易に想像できるが、 実際はその実数すらも把握されていないと言 っても過言ではない。

 臨床医の間でも、患者搬送の実態はほとん ど知られていない。これは、欧米では盛んな 国際患者搬送帰還(International repatriation) という医療サービスの需要が、わが国 で認識されるようになってまだごく日が浅い ためである。

 国際搬送は、医療体系全体の中では病院間 搬送という、限られた一部分にすぎない。し かし一方で、国際間にわたる医療、あるいは 航空機内という特殊な環境下で行われる医療 であるため、日常の医療活動からはかなり離 れた側面を有する、ユニ ークな医療サービスであ ると言える。

 搬送のコーディネーシ ョンと組織化の必要性、 アシスタンス会社の役 割、患者の航空生理学的 影響、法的問題など、国 際搬送において論及すべ き点は少なくないが、他 稿や既報に述べられているものは譲り、今回 は医療機材の準備と航空機の機種選定、搬送 費用などに関して、これまでの経験を基にし てできるだけ具体的に触れてみたい。


国際患者搬送帰還の実績

 1985年からこれまでに、われわれが直 接担当し、医療を継続下に国際搬送した症例 は49例である。うち38例は邦人の帰国帰還、 11例は外国人の本国送還であった。搬送相手 国は、アジア10か国、ヨーロッパ7か国、南 北アメリカ3か国、オセアニアほかの計23か 国になった(図1)。49例で、延べ航空搬送距 離は347,390 km、総飛行時間は444 時間55分に及び、乎均空輸距離は 7,090 km、 平均空輸時間は9時間5分である。

 最長の搬送事例であるリマ市(ペルー)か らのロサンゼルス経由 15,511 kmの搬 送では、空路のみで21時間30分、全体では丸 2日間を要した。帰国航空便は、その大部分 は民間定期旅客便(以下、定期便とする)を 利用したが、傷病者発生地から大都市や近隣 国の医療施設までの一時救出(Evacuation) などに医療専用機(以下、専用機とする)を 使用した症例や、少数例ではあるが本邦まで 専用機をチャーター使用した症例もあった。


搬送用医療費機材はどの程度 のものを用意したらよいか

医療資機材の準備範囲

 医療チームの準備する資機材の内容は、ど のような航空機を利用するかによっても左右 される。小型チャーター機の中には、医療移 送専用として各種モニター、人工呼吸器、吸 引器、酸素俺仮縮装置などを機内に特別装備し たもの(エアアンビュランス、図2)もあるが、 他方で単に汎用小型機を転用使用(convertible)する場合も多く、この際は機内に備え付 けの医療設備はほとんど期侍できない。定期便には当然ながら特別な設備は何もない。し かし専用機使用を予定している場合でも、医 療チームが装備機器に不慣れで使いこなせな いこともあるし、予定していた機器が搭載さ れていなかったり、故障していたりして使用 できない可能性もある。もちろん、地上搬送 中や待機中は機内設備は使えない。

 このため、われわれは搬送中を通してどの ような場合でも、医療の継続と患者状態のモ ニターが行え、また万一の急変にも対処でき るよう、日本出発時点から必要なすべての資 機材を用意して機内に持ち込んでいる。

携行用機材セットの準備

 機材は携行可能な範囲で、とくに小型軽量 になるよう厳選する必要がある。これらの搬 送用機材をアシスタンス会社があらかじめ保 管しておいて、必要に応じて医師に提供する 方法は望ましい。しかし、われわれは搬送に あたる医療スタッフが最終責任を持つ意味も あり、現在のところは自前でモニター類や吸 引器具を用意し、また注射輸液剤、緊急薬剤、 挿管蘇生セットなど各種の器具、医薬品、医 療衛生材料を収納した携行ケースを整備して (総重量は10 kg、図3)、携行することを基本 スタイルにしている。

準備量

 薬剤の準備にも事前の患者状態の把握が必 要である。注意が必要なのは輸液類である。 重いのでつい少なく持ちたい気持ちになる が、航空機内は非常に乾燥しており、経口摂 取ができない患者の場合、輸液量は成人で少 なくとも 150ml/時程度は必要てある。  さらに国際便は予定スケジュールより大幅 に遅延、欠航の可能性もあるため、搬送予定 時間の 1.5倍以上、最低でも連続48時間分 の量を常に保持している。なお種類としては、 ソフトバッグ製剤が使いやすい。

ドクターキット

 定期便では現在、内外の多くの航空会社で 乗客の機内急変時に対処するために、国際線 を中心にドクターキットとする機内常備の医 療材料・医薬品類の整備搭載が進められてい る(「航空機搭載の医薬品および医療用具」 22〜27ページ参照)。またしサシテーション キットとして、最小限の蘇生用器材は、以前 より搭載されている。

 これらは基本的に、「予期せぬ飛行中の乗 客急変」に対して航空 会社が用意する一般乗 客向けのサービスであ って、あらかじめ機内 医療を予定計画して搭 乗する国際患者搬送帰 還の際に、あてにする のは筋違いである。た だし、真にやむを得な い場合には、求めれば 提供を受けることは可 能である(たとえばジ ャンボ機の場合には、 小型の酸素ボンベがキ ャビンの各セクション ごとに全部で10本ほど 積まれている)。


搬送用医療機器は どの機器を選定したらよいか

 搬送に使用準備する医療機材には、1)小型、 2)軽量、3)長時間作動、4)堅牢(信頼性)な どが要求される。

呼吸循環モニター

 呼吸循環モニターについては、長時間搬送 に関する限り、現在もっとも信頼性が高く、 安心して使用できる機器としては、Propaqモニター( 102/104/106, Protocol)を推す ことができる。本機は内外で多くの航空機搭 載実績があり、われわれの経験でも、内蔵電池 だけで16時間にわたり安定して使用できた。 ただし、循環動態が高度に不安定な患者を除 けば、航空機搬送が患者循環に与える影響は 顕著でなく、大部分の症例では必ずしも心電 図の連続モニターを要さないことも、経験か ら判明した。

 航空搬送中、もっとも配慮すべきは呼吸管 理であることは異論のないところであろう。 このため、心疾患患者には原則として除細動器 と心電図モニターを用意するものの(図 4)、その他の場合には、経皮動脈血酸素飽和 度(SpO2)モニターの監視さえあれば十分で はないか、と最近では考えている(凶5)。 SpO2モニターは小さく電池駆動時間も長い ため、移送には好適である。いくつかの製品 が市場に出ているが、感度、堅牢性、記録性 などから N-20P(Nellcor)が推薦できる。

吸引器

 小型軽量で満足できるポータブル吸引器 は、残念ながらまだ見当たらない。世界的に ももっともポピュラーな機種は Laerdal社の Suction Unitのであるが、重く、電池持続時間 にも不満が残る。機械としては単純な構造な ので、より移送に通した機種が今後出てくる ことを期待したい。

酸素

 酸素ボンベも航空会社を通じて手配すれ ば、世界中どこでも入手できない国はない。 ただし人工呼吸を行う場合、単なる酸素投与 と異なり、ボンベ消費量は非常に多い。人工 呼吸下の患者は酸素が命綱になるので、とく にガス必要量(患者投与分+機器駆動分)を あらかじめ慎重に算出し、搭載量には十分な 余裕を持たせる。

人工呼吸器

 移動用人工呼吸器は、大きく分けて電気駆 動と(酸素)ガス駆動のニつのタイプがある が、信頼性と小型化、また電源や電波障害の 問題を回避するために、構造がシンプルで堅 牢なガス駆動のもの(Pneupak, Oxylog, Autovent, ParaPAC など)を推奨する。

 ただし、機内用酸素ボンベのガスアウトレ ットは多くの場合、酸 素マスク用になってい るので、人工呼吸器の 酸素ガスコネクターと 確実に接続でき、作動 を確認した状態で、レ ギュレーターとアウト レットを付けたまま酸 素ボンベごと日本から 搬入するのがもっとも 確実であろう。


機内使用機器の 規制と制限について

電子機器使用規制

 いわゆる電子機器に ついては、「航法安全上 の見地」から、電波障害の可能性が考えられ るとして機内使用に関する規制がある(「救急 医療機器を使いこなす」60〜62ページ参照)。 これに準拠して日本航空は、「すでに承認し た機器以外は、すべての電子機器の事前チェ ック(承認)を要する」との厳格な建前を表 明しているが、実際には、承認済み機器類の リストを医療側に広く公開しておらず、通常 わずかの事前準備時間しかない患者搬送の現 場サイドからみるといかにも教条的な対応に 思われる。

 一方で日本エアシステムでは、心電図モニ ター、ベースメーカー、人工呼吸器に対して は個別機種を限定せず、また全日空は、「電池 駆動の医療用機器」なら包括的に「離着陸時 を含めて常時使用できる」と明言しているな ど、各社の対応は一律でない。実際には各航 空会社(最終的には機長)の判断にゆだねら れており、これまで内外の十数社の定期便に 電子機器を持ち込んだ範囲では、日本航空を 含めて機内使用を拒まれた経験はない。すで に多くの医療機器が航空搬送使用の実績があ り、機内で除細動(数千ボルトの放電)すら 行われているのだから、規制はもっと柔軟で 前向きであってもよいのではないだろうか。

機内の電源

 電源は問題である。航空機は特殊な電源を 用いているため、専用機にこそ商用電源が用 意されているが、定期便の客室には一般電源 の供給はない(どうしても必要な場合には、 あらかじめ航空会社の技術部に折衝し、最低 数日の準備期間が必要)。また、機外侍機や陸 上移動時間も考えると、基本的に電池電源が 望ましい。このとき一番重要な点は、電池持 続時間の確認である。病院内で使用されてい るポータブル型モニターや輸液ポンプなどに は、しばしば連続使用可能時間が2〜3時間 しかないものがある。なお湿式バッテリーよ 機内には持ち込めないことも知っておきた い。

酸素ボンベ

 酸素ボンベも高圧ガスとして取り扱われる が、最近は規制が緩やかになった。これも航 空会社によって、用意搭載できるものが決ま っている。人工呼吸例は大型ボンベの搭載を 要し、かつ量と固定法に制限を受ける。少な くとも、予定総搬送時間の 1.5倍は維持で きるような余裕を持った準備が欠かせない。

通関と検疫

 麻薬は管理上、持ち出しにくいがアンプル 剤で問題になったことはない。不要な疑念を 避けるために散剤は持たない。また旧共産圏 などで、電子機器一般の持ち込みがチェック される空港も少数ながらあるが、個人使用の 手荷物であれば問題はない。あらかじめ航空 会社から医療派遣の用務を通じておけば、比 較的スムーズに通関できる。


搬送用航空機をどう考えるか

 航空機搬送での使用機種には、大きく分け て、1)ヘリコプター、2)小型専用機(小型チ ャーター機、3)定期便(大型旅客機の3通 りが考えられる。実際には、国際患者搬送で は定期便によるものが全体の約90%を占めて いる。なお、わが国においても、ほかに代替 の手段がなく、きわめて緊急性が高い場合に は、軍用機(自衛隊機や海上保安機の使 用も不可能ではないが、山岳、離島洋上救 急などや災害時に限定される。専用機は、い わば救急車またはドクターカー、定期便は大 型高速バスにあたる。現実問題として患者移 送にどちらを利用するかには、それぞれ一長 一短がある。

小型専用機のチャーター

 専用機による搬送は、患者個人に合わせた 移送スケジュールが可能で、座席確保の制限 がなく、他の同乗旅客に対する配慮が不要で ある。また、もし飛行中に緊急着陸や移送計 画の変更が必要になった場合でも、患者の状 態を優先することが可能である。一部の専用 機には、医療用設備を持つものもある。

 しかし、現状の日本では国際空港が過密で 使用規制が厳しく、事実上自由に使用できる 訳ではない。また小型機は、航続距離が 5,000 km程度であり、 西ヨーロッパ各国の相互 間は十分にカバーするが、極東のわが国の場 合、この航続距離では直行で香港程度が限界 で、以遠では途中給油が必要になり、結果的 に搬送時間がかなり長くなる。実際に移送専 用機を使用した経験でも、機内は狭く居住性 は劣り、長時間になれば身体的にはかなりつ らいものがあった。極端な話、10時間以上も トイレを我慢しなければならなかった。

 なにより専用機は移送経費がきわめて高額 にならざるを得ず、通常の海外旅行傷害保険 限度額では到底カバーされない(無制限に救 援移送費用を担保する別種の保険もあるが、 知られておらず利用者は少ない)。現在日本 に籍を置く専用機は存在せず、シンガポール やアメリカからチャーターしなければならな いことも高額になる一因である。

 わが国が今後、専用機を保有し、運用しよ うとしても厳しい航空法の規制が障碍となっ て実現は容易でない。

定期便の利用

 小型専用機による搬送は、欧米諸国ではす でに発達しているものの、これをただちにわ が国での国際患者搬送の標準形態とすること は困難である。これに対して、民間旅客便は、 成田空港を例に挙げれば、現在内外38か国51 社あまりの航空会社が乗り入れ、世界73都市 へ大型長距離機による定期運航があり、短時 間で直達できる。

 臓器移植や特殊な感染症などの患者ならと もかく、救急車で運べる程度の一般患者の搬 送には、これまで機内処置にもとくに支障が あったことはない。将来構想は別にしても、 当面、増大する国際搬送の需要に対処してい くには、民間定期航空会社と協調し、定期便 を利用していくことが現実的と思われる。

 一方、本来は医療専用でない定期便にも問 題はある。新東京国際空港または関西空港な ど、直接乗り入れできる地点が限定される上、 ストレッチャー席は一般席を6〜9席占有し て架設されるために、多客期は座席確保がむ ずかしい。ほとんどの航空会社は協力的であ るとはいえ、サービス業である以上は一般乗 客が優先されても致し方ない面もある。

国際搬送における航空機の位置づけ

 航空機搬送における機種の選択は、最終的 にはその搬送の使命と状況によって決まるだ ろう。すなわち、1)事故・災害現場からの緊 急救助救出搬送、2)一時収容所から、しかる べき診療レベルを持った都市または近接国の 病院への搬送、3)他国入院医療施設から本国 病院までの帰国搬送のそれぞれの場合におい て、機動性、医学的な移送緊急度、搬送中に 必要な医療水準などが大きく異なり、単純に ストレッチャー周りの広さなどで定期便と専 用機を比較してもあまり意味はない。

 現在のわが国の航空事情における国際搬送 を想定すれば、1)においてはヘリコプターが、 2)においてはヘリコプターまたは小型固定翼 機(専用機)が、そして最終的な3)では大型 長距離機(旅客機)がもっとも現実的対応で あると考える。


搬送費用はどれくらいか

 移送費用についても考えないわけにはいか ない。「生命のためならお金なんて」と一度 は言ってみたものの、いざ現実に移送に数千 万円の費用がかかると聞けば、誰しも二の足 を踏むに違いない。

 これまで搬送した49例中、移送費用の明細 が判明した総例について検討してみると、定 期便を使用した国際搬送例では移送総経費は 104万〜495万円、1例平均 268万 円を要した(図6)。直接費である患者本人分 のストレッチャー航空費は、全平均75万円(総 経費の28%)であるが、アジアからは平均33 万円、アメリカからは平均64万円、ヨーロッ パからは平均 119万円など相手国(搬送距 離)によって差があり、この結果、総経費も アジアで 158万円、アメリカで 219万円、 ヨーロッパからでは 255万円と較差が見ら れた(図7)。これに対して、専用機を使用し た場合、近接国までの搬送でも 216万円〜457 万円請求されていた。日本までの全 行程で専用機を使用すると、チャーター料は アジアなどでも 1,000万円、大陸間では1,500万円 を超えていた。通常の海外旅行傷害保 険に担保される救援者費用契約の 600万円〜800 万円では、定期便移送は総額を賄え ても、専用機使用では航空費すら足が出てし まうことになる。


おわりに

 医療は専ら個人的、地域的なものであり、 しばらく前までわれわれは、「日本における 日本人のための」医療やその提供だけを考え ていればよかったが、いまや海外にいる日本 人の、また国内にいる外国人の(ときには外 国にいる外国人の)医療も視野に人れざるを 得なくなってきた。

 国際患者搬送では、相手国での数時間の滞 在後に、とんぼ返りするような日程の場合も あるが、世界各国の医療を垣間見られる興味 もある。なにより、「帰って来られてよかった」 という患者や家族の声を聞くとき、旅の疲れ も飛ぶ思いがする。あれこれ言っても国際患 者搬送の需要は待ったなしであり、とくに欧 米に比べて明らかに遅れている受け人れ病 院・派遣医師の組織化、法的な整備、搬送の ソフトウエアの確立は急務と考えられる。


参考文献

1)加藤啓一、巌康秀:呼吸不全患者の航空機搬送の間題.呼吸と循環 44(4): 349-35 2, 1994.

2)須崎紳一郎、小井土雄一、冨岡譲二、他:International repatriation (国際患者搬送帰還)の実態と間題点.日救急医会誌 5(1): 42-50, 1994.

3)Edelstein S: Experiences in the use of scheduled flights for the ill and injured. Proceedings of Asian-Pacific Conference on Disaster Medicine, Osaka, 1988, pp.89-91.

4) 須崎紳一郎:民間定期便による International repatriationの実態とあり方―自験27例から―(蘇生 13: 128-34, 1995)


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