応急救護所設置・トリアージ訓練での試みから (日本集団災害医療研究会誌 Vol.3, 28-34, 1998)
○早川達也1、石田美由紀1、松原泉1、秋田谷忠実2、國安信吉2、遠藤敏晴2、越川善裕3
市立札幌病院救命救急センター1、札幌市消防局救急課2、札幌市消防局研究開発課3
著者連絡先:〒060 札幌市中央区北11条西13丁目1番1号
キーワード:緊急消防援助隊、トリアージ、応急救護所、訓練、模擬患者
はじめに I.訓練概要 II.訓練の向けての準備から III.訓練の実際から IV.訓練を終えて V.考察 さいごに 参考文献 Abstract |
はじめに
平成9年度緊急消防援助隊北海道東北ブロック合同訓練における応急救護所設置及び ト リアージ訓練に際し、模擬患者に迫真の演技とメーキャップを施し、現実の災害さなが らの医療救護活動訓練を行なったので報告する。
I.訓練概要
今回の訓練の想定は、北海道石狩地方を震源とする地震発生に際し、緊急消防援助隊 が出動、出動した各隊と医療機関が連携して救出救護活動を行なう、というものであっ た。実施された訓練種目は、1)ヘリ情報収集訓練、2)現地指揮本部設営訓練、3)座屈ビ ル建物救出救護訓練、4)応急救護所設置及びトリアージ訓練、5)地下街崩落現場救出救 護訓練、6)木造倒壊建物救出救護訓練、7)列車事故多数傷病者発生訓練、8)倒壊ビルか らの救出救護訓練、9)瓦礫下車両救出救護訓練、10)高速道路崩落救出救護訓練、11)危 険物火災対応訓練、12)遠距離送水・延焼阻止線設定訓練、13)ヘリによる傷病者搬送訓 練であった。
訓練全体の立案は、緊急消防援助隊北海道東北ブロック合同訓練推進協議会が行っ た。当科は、札幌消防の担当する応急救護所設置及びトリアージ訓練に協力する、とい う立場で参加した。
順次行なわれた各救出救護訓練では、それぞれの災害現場を担当する救急隊が、救出 された模擬患者を、災害現場でトリアージの上、応急救護所に搬送することとなってい た。応急救護所では、搬送されてきた模擬患者に対して、設置したトリアージ・ポスト で再度トリアージを施行し、トリアージ・タッグも再度貼付した上で、トリアージ・カ テゴリーに沿って各応急処置所へ収容することとした。次いで応急処置を行なった後、 最優先・緊急治療群より順次搬送指揮者の指示に従って設定医療機関に向けて搬送を開 始するところまでを行うこととした。
設定した模擬患者は68名、これには札幌消防で研修中の救急隊員II課程研修生49名の
他、自主参加の医学生5名らの参加を得た。模擬患者には、予め傷病名とトリアージ・
カ
テゴリーのみを指定し、メーキャップ、演技内容は当人達に任せることとした。尚、ど
うしても演技では表現しきれないバイタルサインについては身体の一部に貼付した。
準備としては、7月14日に救急隊員II課程研修生に対して概要説明を行い、研修生を
5つのグループに分け、それぞれのグループで演技すべき病態について、自主学習を行
う
こととした(Fig.1)。次いで3日間の当科における病院実習時間の一部を、具体的な病態
演技指導時間に割り当てた。医学生に対しては、7月8日に概要の説明を行ない、さらに
後述の当科におけるトリアージ講習に参加することとした。
模擬患者の設定は、最優先・緊急治療群20名(29.4%)、待機・非緊急治療群20名
(29.4%)、軽処置・搬送不要群28名(41.2%)とした。
模擬患者の設定で頭を悩ませたのは、死亡または不処置群、いわゆる黒タッグを貼付
される傷病者の扱いである。多数傷病者発生事例では、黒タッグを貼付されるべき傷病
者が発生するのは当然であろう。しかし消防側は、消防職員による傷病者への黒タッグ
貼付を想定していない消防機関の訓練である以上、現時点では黒タッグをつけることを
前提とする訓練は出来ない、というのである。札幌消防の担当者も、個人的には黒タッ
グ貼付の想定の必要性は充分に認識していたが、今回の訓練は札幌消防単独の訓練では
ないため、結局、設定段階での黒タッグ貼付の想定は行わないこととなった。
一方、研修生たちは、模擬患者の準備に積極的に取り組んだ。救急隊員II課程研修生
は、何年かにわたり実際に救急業務に携わってきたものたちが大半であった。模擬患者
の設定を自分の経験に照らし合わせつつ、より現実的なメーキャップと演技の研究に余
念がなかった。
トリアージ・タッグは、統一トリアージ・タッグを使用した。尚、札幌市での統一ト
リアージ・タッグの使用は、大規模な訓練では、今回が初めてであった。
応急救護所は、指揮所3名、トリアージ・ポスト及び各応急処置所20名、医療機関へ
の
搬送指揮2名、担架搬送要員8名、合計33名で構成した。人員配置状況は(Fig.2)の通り
で
ある。
応急救護所要員として、当科より医師2名、看護婦4名が参加、また札幌医大救急集中
治療部からは医師2名の参加を得た。当科では、今回の訓練を機会に、訓練参加者のみ
な
らず、当科の医師、看護婦有志を対象に7月24日にトリアージ講習を行なった(Fig.3)。
また、訓練参加者、つまり医師・看護婦のみならず各救出救護訓練に参加する救助隊
員、救急隊員らにも傷病者情報、さらに模擬患者のメーキャップや迫真の演技を行うこ
となど訓練方法については通知しなかった。災害現場あるいは応急救護所で、実際に考
えながら臨機応変な対応をとらせることを目的の一つとしたためである。
訓練終了後、模擬患者及び訓練参加者のうち応急救護所要員にアンケートを行なっ
た。
(Fig.4,5,6)
最初の座屈ビル建物救出救護訓練が開始されるのとほぼ同時に、待機していた医師・
看護婦を含む応急救護所要員は4台の車両で出動し、応急救護所の設置を開始した。こ
れ
は、我々が日常行なっている医師の現場への出動、所謂「ドクター・カー」とその応援
を想定したものである。発災から現場到着まで19分という時間設定も、それほど非現実
的ではない設定であろう。
応急救護所は、訓練会場の東端に設置することとなっていた。応急救護所要員は、支
援工作隊のトレーラーからシート、担架その他の資材を下ろし、医師・看護婦も消防職
員の指導をうけつつ、トリアージ・ポスト、応急処置所となるエア・テントを設営して
いく。これは参加した医師・看護婦にとっては初めての経験であった。札幌消防救急課
長の指揮で、応急救護所の設営は円滑に行われたが、それでもエア・テントの設置が終
わらないうちに傷病者の搬入が始まった。
トリアージ・ポストでは、痛みを訴える者、泣き出す者、スタッフに当たり散らす
者、何を聞いても反応しない者、災害現場に戻ろうとする者、傷病者の担架搬送の行く
手をさえぎる者---。瞬時にしてトリアージ・ポストは大混乱に陥った。トリアージに
従
事する医師・看護婦も、最初のうちは現場の雰囲気に圧倒されたのか、ろくに診察もせ
ずにトリアージ・カテゴリーを決定している場面もみられた。アンケートに、訓練であ
ることを忘れてしまった、と記載するものもいたが、それも頷ける惨状であった。
トリアージを終えた模擬患者を、担架搬送要員がエア・テントまたは、軽処置・搬送
不要群(いわゆる緑タッグ貼付傷病者)待機場所のバスに搬送していく。そこで必要な応
急処置を行うわけであるが、エア・テントでは、消防側の準備した医療材料がたちまち
底をついてしまった。医療材料は、この他にも今回、当科からも緊急出動を想定して、
それこそかき集めるようにして準備したのだが、これらは出動救急車から降ろされては
いたが、実際には使われなかった。
そして設定後方医療機関への傷病者搬送が比較的円滑に進んだ最優先・緊急治療群(
赤
タッグ貼付傷病者)用のエア・テントに比べて、次から次へと傷病者のたまっていく待
機
・非緊急治療群(黄タッグ貼付傷病者)用のエア・テントは、たちまち傷病者のうめき声
で充満した。ここに配置されたスタッフは医師1名、看護婦1名、救急隊員3名であった
が、とても状態観察を繰り返し行う、という余裕はなかった。
そうした中で、エア・テント内で心停止となる者、いつの間にか設定になかったはず
の黒タッグを貼付される者も出てきた。また、ヘリ搬送には当初、医師の同乗を考えて
いたが、これにもとても対応できる状況ではなかった。
こうした混乱のうちに1時間の訓練は終了した。
トリアージ・ポストで貼付したトリアージ・タッグのうち、回収できたのは、59枚で
あった。実施されたトリアージの内訳は、死亡または不処置群4名(6.8%)、最優先・緊
急
治療群12名(20.3%)、待機・非緊急治療群16名(27.1%)、軽処置・搬送不要群27名(45.8%
)
であった。
また回収できたアンケートは、模擬患者49名、応急救護所要員30名(うち医師・看護
婦
8名)であった。
模擬患者のうち、トリアージ・ポストにおいて設定病態について的確に表現できたと
するものは43名(87.8%)であった。また各応急処置所において設定病態について的確に
表
現できたとするものは42名(85.7%)であった。
応急救護所要員のうちトリアージ訓練への参加が初めてのものは15名(50%)(うち医師
・看護婦7名(87.5%*))であった。尚、実際にトリアージに従事した経験のあるものは3
名
(10.0%)(うち医師・看護婦2名(25.0%*))であった。
また応急救護所要員のうち、トリアージ・カテゴリーを念頭に置いて活動できたとす
るものは20名(66.7%)(うち医師・看護婦7名(87.5%*))であった。一方、他の部署の動き
について把握できたとするものは10名(33.3%)(うち医師・看護婦3名(37.5%*))、自分の
担当の活動に余裕があったと感じたものは11名(36.7%)(うち医師・看護婦1名(12.5%*)
に
とどまった。
また、模擬患者のうち応急救護所で継続的な観察が行なわれたとしたもの、問いかけ
や励ましがあったとしたものは、ともに13名(26.5%)にとどまった。
統一トリアージ・タッグの使用については、固定方法の混乱、不十分な記載がみられ
た。主な項目の記載状況は、氏名41名(69.5%)、性別30名(50.8%)、トリアージ実施月日
・時刻49名(83.1%)、トリアージ実施場所45名(76.3%)、トリアージ実施機関38名(64.4%
)
、症状・傷病名20名(33.9%)、特記事項表面14名(23.7%)(このうち最優先・緊急治療群
及
び死亡または不処置群10名(62.5%**))、特記事項裏面18名(30.5%)(このうち最優先・緊
急治療群及び死亡または不処置群10名(62.5%**))であった。
*訓練参加医師・看護婦計8名に占める割合
応急救護所要員は、多数の傷病者を前に、余裕のない中にも、トリアージ・カテゴリ
ーを念頭に置いて、トリアージ及び応急処置等に従事したと評価できる。しかし、模擬
患者の側からは、応急処置を待つ間、あるいは搬送待機となっている間、応急救護所要
員からの状況説明がほとんどなされなかった、とする指摘を受けた。傷病者の待たされ
ることに対する不安の大きさは容易に想像されるにもかかわらず、簡潔な状況説明がな
されなかったことになる。これは、医師・看護婦を含め応急救護所要員は、傷病者個人
への配慮という視点を持ち合わせる余裕がなかった、と考えるべきであろう。多数の傷
病者を前にして、限られた要員で緊急を要するトリアージや応急処置を優先しなければ
ならないのは当然である。しかし、トリアージや応急処置の手を休めることなく、傷病
者に対して簡潔な状況説明を意識して行なう姿勢が必要である。
尚、トリアージの結果そのものについての評価は控えたい。なぜならトリアージ・カ
テゴリーは、搬送すべき医療機関の診療能力をも考慮に入れて、決定されるべきである
が、これについての設定がなされなかったためである。今後の課題としたい。
2)応急救護所内の指揮命令系統のあり方について
多数の傷病者が対象である場合、応急救護所要員はどうしても相対的に人員不足とな
る。このため、応急救護所要員の効率的な運用のために、応急救護所内にも明確な指揮
命令系統が求められることになる。医師・看護婦は、一部の専門家を除いて、あくまで
も診療等傷病者対応に撤するのが望ましいであろう。日常から指揮命令系統のもとでの
活動には習熟していないからである。今回のように、消防機関の設置する応急救護所で
の人員配置等の指揮は、消防側が執るべきである。しかし、特に傷病者の搬送時には、
消防機関と医療機関との密接な連携が求められているにも関わらず(3)
3)応急救護所における医師・看護婦の役割
一方、医師・看護婦は、まず確保された医療材料を確認し、応急救護所の診療能力を
把握することが求められる。これには、日常の救急医療の実践とは異なって、限りある
医療材料をどのように効率良く使うか、という発想の転換が必要となる。一方、状況に
よっては、後方医療機関の負担軽減のために、応急救護所でできる限りの応急処置を施
す、という発想も必要となることがある。応急救護所では、一見相反するこれらの発想
のバランスを考えた判断、処置が求められることになる。
このためには、緊急消防援助隊出動時のみならず、日常より多数傷病者発生現場への
出動を想定している医療チームは、出動元の医療機関において、予め医療材料を確保し
ておくことが望ましいであろう。そして、常にどのくらいの傷病者にどの程度の対応が
できるのか、という自らの診療能力を把握しておく姿勢が求められる。
4)トリアージ・タッグの記入状況について
トリアージ・タッグの記入状況は、トリアージ・カテゴリーによって記入すべき内容
の優先度が異なってくるが、概して不充分であった。アンケートでは、トリアージ・タ
ッグの記入時間がない、という声も寄せられたが、トリアージ・タッグの記入に要する
時間は、当然トリアージそのものの所要時間として考えなければならない。これには役
割分担も必要である。耐えられないほどのストレスを受けるとされる(4)、トリアージ担
当者はできれば複数で、医師と看護婦、あるいは救急隊員がペアで行うのが良いであろ
う。医師が診察しながら必要事項を言葉で表現し、看護婦あるいは救急隊員が復唱しな
がらトリアージ・タッグに記載する、というのが望ましいであろうか。また応急処置に
携わる場合は、医師は指示を出しながら、トリアージ・タッグを指示簿の代わりに記載
し、看護婦が処置を行う、あるいは医師が処置にあたっている場合は、看護婦、救急隊
員が介助と記録を行う、というのも一つの方法であろう。実は、この役割分担は、救急
外来では日常的に行われていることである。少しの応用で、こうした災害現場での円滑
な役割分担ができる筈である。
そしてトリアージ・タッグは、カルテの役割を果たす以上、特に緊急度の高い傷病者
については、処置内容はじめ必要事項の記載の徹底が必要である。誤った記載、判読不
能な字を指摘するものもいたが、他者に伝える記録であることも確認する必要がある。
設定段階において、黒タッグを貼付する傷病者の存在を認めない、とする消防側の姿
勢には課題が残る。現時点では、消防職員による積極的な黒タッグの貼付が社会的に受
け入れられていない、という指摘はあり得る。しかし、今回は設定段階から医師が応急
救護所のトリアージに従事することとなっていた。にもかかわらず、黒タッグを貼付す
る傷病者の設定が果たせなかった。これは、訓練主催者である消防側の、応急救護所の
設置及び運用における医療関係者との連携に関する認識が不充分であったためである、
と考える。一方、これは、医療関係者の側の、こうした訓練に対する消防側への問題提
起等が未だに不充分であったことの証しにも他ならない。
また訓練参加者には、模擬患者の設定に関する情報を提供しなかったが、特に災害現
場での救助隊員や救急隊員に、こうした訓練方法への戸惑いがあったようである。これ
は、模擬患者の側の、病態、つまり演技内容に応じた充分な対応が受けられなかった、
とする不満となって表れた。
これは、従来の救出救護訓練をはじめとする多数傷病者対応訓練が、如何に形式的で
あったかを逆に示唆するものでもある。訓練参加者にとっては、模擬患者は診断名を明
らかにされ、訓練の進行はシナリオに沿って整然と進められなければならなかったので
ある。しかし、訓練主催者は、訓練は現状の問題提起をも行う場であることを改めて認
識し、訓練参加者を設定通りに「演じさせる」訓練ではなく、「考えさせる」環境設定
を行うことが必要である。
緊急消防援助隊合同訓練のみならず今後の多数傷病者対応訓練においては、こうした
現状を踏まえ、事前に訓練主催者と参加者、あるいは消防側と医療関係者の側が、訓練
の目的について充分に議論し、共通の認識をもっておくことが必要である。さらに、小
規模な訓練であっても「考えさせる」因子、例えば今回のように模擬患者に迫真の演技
とメーキャップを施すことによって、より現実的な模擬環境の中で、訓練参加者自身に
適切な傷病者対応を取れるのかを検証させるような設定を取り入れる必要がある。
2)多数傷病者対応経験としての訓練の位置付け
如何なる種類の災害であれ、災害現場直近の応急救護所が、準備万端受入体制を整
え、傷病者の搬入を待っている、という状況は極めて稀であろう。応急救護所は、災害
現場の混乱の中で設営され、運用されなければならない。この混乱の中で、柔軟な対応
と適切な判断や処置を求められる各々の応急救護所要員にとって必要となるのは、応急
救護所要員自身の傷病者対応に対する自信である。これを得るには、知識や技量の習得
のみならず、混乱する多数傷病者発生現場あるいは応急救護所での活動経験が必要とな
る。
多数傷病者を対象とする医療は、少数の専門家のみで実践できるものではない。少な
くとも日常から救急医療に携わるものは、多数の傷病者への適切な対応と、リーダーシ
ップが求められよう。
しかし、アンケートでも明らかとなったように、日常から救急医療に従事するものに
とっても、実際にトリアージをはじめとする多数傷病者対応を経験する機会は多くはな
い。従って、訓練は、訓練参加者の多数傷病者対応の経験の場としての条件をそろえる
必要がある。具体的には、応急救護所が、相応の混乱と緊張感に包まれるような設定で
なければならないと考える。
そして、実際の災害現場直近の傷病者対応を考えてみた場合、トリアージあるいは応
急処置の担当者は、混乱の中で傷病者の反応を確かめながら、苦渋の決断を下しながら
活動する、というのが本来の姿である。
これに備える訓練としての現実的な模擬環境の演出には、模擬患者のメーキャップ、
迫真の演技は効果的かつ必要な要素である。そこから生み出される緊張感の中での活動
経験と、この経験による各々の応急救護所要員自身の自信が、実際の多数傷病者発生時
における個々の傷病者に対する適切な対応につながってくると考えるからである。
3)模擬患者に求められるもの
一方、模擬患者の質も問われなければならないことのなる。模擬患者を演じきるに
は、演じるべき病態を把握していなければならない。さらに時々刻々と変化する病態の
他に、精神的な動揺、処置内容の適否を知らなければ充分な演技は不可能であろう。実
際の救急現場を知るものでなくては、演じきれるものではない。さらに、模擬患者の側
から、救助する側、救護する側を適切に評価しようとすれば、より高度な技量が求めら
れることになる。これを考え併せると、現実的には、経験を積んだ救急医、熟練した救
急隊員が模擬患者を演じることが望ましいことになる。救急救命士や救急隊員の研修課
程に、訓練への模擬患者としての参加を取り入れるのも一つの方法である。
そして、今回の訓練の目的は、応急救護所要員の現実に即したトリアージをはじめと
する多数傷病者対応の経験であったが、その結果、模擬患者の主体となり、各種の病態
を演じきった救急隊員II課程研修生にとっては、貴重な傷病者経験を得たことになっ
た。日常的には救助する側、救護する側にたつものにとって、準備段階からの学習と指
導、そして傷病者としての経験は、今後の救急活動に充分に生かされることが期待でき
ると考えるからである。
今回、模擬患者によるメーキャップ、迫真の演技によって、応急救護所は、混乱と緊
張感に包まれた。こうした状況での活動により、訓練参加者は、多数傷病者対応の貴重
な経験を得ることができた。
一方、緊急消防援助隊の合同訓練として、今回の訓練全体を通して捉えた場合、部隊
の参集に時間を要する緊急消防援助隊の展開を考えると、訓練の設定自体に大きな無理
が生じることになる。緊急消防援助隊として、より現実に即した多数傷病者対応を考え
た場合、他の救助機関との連携、指揮命令系統の確立をも目的とした、発災乃至出動時
からの訓練が必要となる。また、緊急消防援助隊と共に活動する医療チームのあり方を
考えた場合、被災地内の医療機関からの出動ではなく、被災地外からの出動と活動を想
定することがより現実的であろう。
2)緊急消防援助隊要項(平成七年消防救第百七十九号)
3)山本光昭:わが国における新たな災害医療体制の構築とその考察.厚生省健康政策局指
導課監修.21世紀の災害医療体制.へるす出版,東京,1996,pp9-14.
4)Burkle FM Jr:災害被災者トリアージ方法論の進歩(鵜飼卓,山本保博訳).救急医学 1991;15:1762-72.
Apr.18,1998
In order to make out the imaginative disaster condition as realistic as
possible in the context of the drill, the realistic performance was much
considered, especially in setting up the First Aid Center as well as in the
triage of the victims. The ambulance workers played the parts of total number
of 68 disaster victims with both realistic performance and make-ups.
In terms of saving lives of the people, an immediate arrangement for the
well-functioned command system for disaster relief is sure to be done with
first priority, but it is also an important fact that an appropriate triage
and first aid by doctors,nurses, and ambulance workers altogether facing to
the victims is crucial in that goal.
This is the point to be considered when conducting the drill for any
disaster in the most effective way. The planning and performance in realistic
vein,therefore, come to be of great importance in this context. The first step
,
for example, is to put focus on the performance of the disaster victims under
an emergency condition with careful consideration.
In the drill, the realistic performance of the victims made it possible to
set up the excellent disaster environment imagined.The implied significance
here is that the drill of this kind provided doctors, nurses,and ambulance
workers with good experience of the realistic triage and first aid of the
victims. One of the opinions commonly proposed by those who had experienced
the drill was the necessity of giving information and explanations concerning
the triage or first aid by doctors,nurses or ambulance workers, which was not
unfortunately fulfilled in the course of the drill because of time-shortages
and so on. We should bear in mind that the same kind of situation can be seen
in any real disaster.
II.訓練の向けての準備から
III.訓練の実際から
IV.訓練を終えて
**最優先・緊急治療群及び死亡または不処置群計16名に占める割合V.考察
1.今回の訓練に関して
1)傷病者への対応について2.より現実的な多数傷病者対応訓練を目指して
1)現時点における多数傷病者対応訓練に対する認識の問題さいごに
参考文献
1)鵜飼卓:災害現場におけるトリアージと問題点.救急医学 1995;19:1641-1645.Abstract