7月12日に大阪府堺市におけるO-157集団感染が判明した。大阪市立大学医学部附属病院は7月19日「O-157溶血性尿毒症症候群治療記録」ページを設置、続いて25日に「日本集中治療医学会」もホーム・ページを立ち上げた。また、医療従事者等によるクローズドなニュース・グループやO-157専用メーリング・リストも24日から運営されている。
O-157集団感染という非常事態に際し、医療従事者間での情報集中・情報交換だけでなく、従来は専門家しか知ることができなかった症例や治療法などがインターネットを通じて一般の人に向けて情報開示されたことの意義は大きい。O-157にみる救急、災害医療に日本のインターネットが果たした役割を追った。
O-157患者の治療に関する情報集約・医療関係者どうしの情報交換を目的として7月25日に急きょ立ち上げられたのが「日本集中治療医学会」のホーム・ページである(図1)。集中治療メーリング・リスト・「CCN(Critical Care Network)」での「本疾患に対する治療法の認識やその効果の判定に専門家内でも差異があるように感じられる。専門家によるインターネット上での緊急シンポジウムを開催し、治療ガイドラインを策定する必要があるのでは」という発言をきっかけに、宮崎医科大学救急部の氏家良人氏が日本集中治療医学会会長・平盛勝彦氏(岩手医科大学第二内科教授)に相談を持ちかけ、ホーム・ページが実現することとなった。
このページでは、インターネット上で入手可能なO-157に関するさまざまな情報を掲載する一方で、緊急会議室を設けている。また、治療途中の症例も含めたO-157の症例が提示されている。
そもそも7月中旬から宮崎医大救急部のホーム・ページの中に緊急情報としてO-157情報を掲載していた氏家氏は、「数千人の患者がいるにもかかわらず、われわれ救急集中治療医が欲しい重篤な患者の具体的な治療に関する情報は、大阪市立大学の情報くらいしかなく、マスコミからは、たとえば溶血性尿毒症症候群(以下HUS)には血漿交換が絶対必要だ、抗生物質は危険だというような、実際には患者を治療していない基礎医学者からの情報しか入ってこなかった。O-157以外で引き起こされたHUSの治療を経験している救急集中治療医は、必ずしも血漿交換は必要がないことを知っている。それから腎不全などには透析や腹膜潅流、下痢や脱水には輸液管理を上手に行えば死ぬことはないのにO-157患者は死亡していた。そのため、CCNの中で患者を治療している医師に対して、血漿交換は必要なのか、抗生物質の使用は危険なのか、患者の死因は何かなど、具体的症例の呈示を求めたが、ほとんど症例呈示がなかったそのときに、インターネット・カンファランスを行ったらとの提案があった」と語る。
「学会や個人的ルートからしか得られなかった情報や意見交換がインターネットを通じて即座に広く行えるのは画期的」と評価する一方、「情報を送る側がまったくのボランティアでは、継続性から考えると無理がある。(情報の)公共性を考慮して、学会や官公立の施設では有償の専門スタッフを配置するなどの対応をとらなければ、素人のお遊び的な情報があちこちで立ち上がることになるのでは」と問題点を指摘する。
大阪市立大学医学部附属病院では、O-157の治療にあたり、小児科、救急部、血液内科、人工腎部の各医師で治療チームを編成し、同病院で受け入れた患者の治療記録をインターネット上に発信している(図2)。
ホーム・ページ開設の中心となった同病院人工腎部の山上征二助教授は、「医療情報の公開は、受ける医療サービスの質を患者さん自身が検討するために不可欠な要素。治療方針や診断基準も医療側が独占するものではなく、患者さんとの情報共有があってうまく機能します。治療が困難な疾患であればなおさら協力体制が必要。こうした意味と、現在まだ絶対的な治療法がないHUSについての医療側への情報提供を目指してホーム・ページを開設した」と語る。
ホーム・ページ開設後、2万5000回以上のアクセスと500通に及ぶメールを受信したという。多くの人が医療情報の公開を歓迎してくれたが、「患者が医療情報を知ることで医療機関への不信につながる。情報提供は学会などで確立した診断や治療に限定すべき」との反対意見も届いたそうだ。「しかしこれらの意見はインターネットというメディアを理解していないから」だと山上氏はいう。「1匹の魚を仮定すると、テレビは魚を刺し身として料理する。新聞は煮魚、週刊誌は干物、月刊誌は缶詰、そしてインターネットはオドリ食いの世界。この特性こそ、これからのインターネット・ジャーナリズムの誕生でもある」と新たなメディアに熱い思いを寄せる。
医療従事者、医学関係研究者等によるクローズドなニュース・グループ「日本メデ ィカルネットワーク」(Japan Medical Network。ニュース・グループ名はJPMED、URLはhttp://www.sapmed.ac.jp/jpmed/) の運営に携わっている札幌医科大学の大川洋平氏は、O-157の情報を一元化し有効に 伝えるために、7月24日にO-157専用の新しいメーリング・リスト「O-157ML」を立ち 上げ、さらに「JPMED」の中にjpmed.clinical.o157 という専用のニュース・グループを作成した。これにより、分散している情報を集中 させ、実際に臨床の場で活動する人どうしの有益なコミュニケーションが図られてい る。8月12日現在、「O-157ML」の参加者は169名。 jpmed の専用のニュース・グループとの相互乗り入れなので、事実上このシステムを利用し ているメンバーの数はさらに多いという。
大川氏は「WWWでは情報は提供されるだけで、今回のような事態に際しては専門的 な議論が不可能です。またWWWにおけるBBSシステムでは情報入手のためにサーバへの 接続が必要であり、過去の記事の参照ならびに検索が困難です。これらを考慮し、メ ーリング・リストとネットニュースを利用しました」と立ち上げの経緯を語る。「ML に流れたメール数は現在180。まだまだ多くの情報発信や議論があるだろう。医療関 係者はインターネットのシステムをもっと有効に利用すべき。可能な限り多くの情報 を医療関係者の間で交換したい」と情報発信・共有の重要性を強調する。
不安を抱える患者の家族にとって、ホーム・ページから専門的な情報が入手できれ ばいい加減な情報に惑わされずにすむ。もちろん、感染していない家庭にとっても、 O-157という感染症についての正しい知識や日ごろから気をつけたいことなどの適切 な予防法が得られることは重要だ。
震災直後から「情報ボランティア」としてインターネットによる情報発信活動を続 けている水野義之氏(大阪大学助教授)は、O-157に関する一連の情報の流れ方、整 理のされ方が、阪神・淡路大震災のときとまったく同じであると語る。
「まず、メーリング・リストやホーム・ページから、『O-157が猛威をふるってい ます。ここに関連情報があるのでお知らせします。くれぐれも注意しましょう』とい った一次情報が出始めます。それがかなりの量になってくると、オリジナル情報を掲 載したページ、一般向けや専門家向けのページなどが作られ始めます。するとリンク 集のようなホーム・ページも出てきます。このように、インターネット上の情報が自 主的に構築、整理、編集され、その評判が伝わって評価され、内容がさらに充実して いく。こうした一連の流れを目の当たりにすると感動的です」
また、インターネットを利用していない人もホーム・ページに掲載された情報を活 用しているとのこと。「富山県では、ある町の保健所の人にウェッブ情報を見せてあ げたところ大変喜ばれたと、triton-discuss というメーリング・リストで県の職員の方からの報告がありました。うちの家内も私 がプリントアウトした情報を近所や実家の人たちなどに見せています。テレビで大阪 大学と大阪市立大学の医学部関係者がO-157の情報をウェッブで提供し始めたという ニュースを見て、ウェッブに情報があることを知ったそうです。ネットワークを利用 しない人たちにこうした情報があることを知らせるときにはマスコミの力は大きいで すね(水野氏)」
日本で最初の救急医療関連のホーム・ページである「救急・災害医療ホーム・ペー ジ」(図3)の担当者である愛媛大学医学部・越智元郎氏は、パソコン通信やインタ ーネットで平常時から情報発信・情報交換することで、非常時に役立つネットワーク を作ろうと積極的に活動している。救急医療メーリング・リストを運営し、そこでの 情報をホーム・ページや他の医療関係ネットワークで提供している。
「重要な情報を関係者に広く行き渡らせるためには、緊急時に医師によるクローズ ドなネットワークと消防署、警察、自衛隊、行政官の防災担当者など他職種の人たち と情報交換ができるネットワークの集合体のような仕組みを作っておく必要がありま す。」と越智氏は語る。
阪神・淡路大震災を契機に、パソコン通信やインターネットを利用しての情報発信 の有用性が注目された。そして今回のケースでは、双方向メディアであるインターネ ットでの情報受発信の重要性が理解され、大いに活用されている。
平常時からネットワークを利用することで、緊急時により有効に行動できるよう、 今後も関係各所の有機的なつながりを強化していってもらいたい。
注*
「O-157」関連のキーワードは「O-157」のほか、157、O157、病原性大腸菌などが含
まれる(「食中毒」のみの検索は対象から外した)。