(情報開発研究所、東京、1985)
Andre J.Ognibene, M.D.
マラリアは最もありふれた全地球的な熱帯疾患の一つであって,世界
中のどこでも存在する.医学校での退屈な熱帯医学の講義で学んだ内容
を医師が思い起こさなかったがために,米国では1969年に9人がマラリ
アによって死亡したことがある.この死亡者数は,たまたま同じ時期に当時マラリアが流行していたベトナムで従軍していた米国陸軍兵の間で
発生したマラリアによる死亡者数とほぼ同一である.
2)症状と分類
周期的な発熱と悪寒は,大部分の教科書に引用されているが,実際の
症状は,わずかの発熱や腰痛から,昏睡や痙攣を伴う悲惨で急激な発症
まで,多岐にわたっている.仕事や旅行で流行地に行ってきた人で,発
熱があったら,血液検査を行うに十分な動機がある.
三日熱マラリアは一般的に良性であり,重篤な合併症がなく,また熱
帯熱マラリアにみられるような高い死亡率もみられない.三日熱マラリ
アは四日熱マラリアと塗沫標本上見誤りやすいが,熱帯熱マラリアとま
ちがえてはいけない.四日熱マラリアではネフローゼ症候群がみられる
が,一方,より複雑な悪性症候は熱帯熱マラリアでみられる.もし,こ
の熱帯熱マラリアの診断がくだされていなくて,また治療がなされてい
ないならば,致死的な合併症を生ずる.医師にとっては血液の薄引塗抹
標本での検査が楽ではあるが,厚引標本のほうが発見率が高い.したが
って厚引塗沫標本は有能な検査技師用に残しておくとよい.熱帯熱マラ
リアはあらゆる年代の細胞をおかすので,栄養型マラリア原虫がすべて
の赤血球のなかに見出される.三日熱マラリアの感染では,大きな赤血
球(幼若赤血球)は単一の栄養型マラリア原虫におかされる.
熱帯熱マラリア感染では,1個の細胞が多数の栄養型マラリアにおか
される.アップリケ型では原虫が赤血球の表面に付着するのであるが,
熱帯熱マラリアに特徴的であるので,標本をみる場合に心得ておかねば
ならない.この熱帯熱マラリアの全身の寄生虫血症は,寄生虫数が異常
に多くなった場合であり,患者を重篤な感染へと導く.
3)合併症
三日熱マラリアでは生命にかかわる合併症は起こさない.そしてクロ
ロキンが劇的に効く.プリマキンを2週間にわたって1日15mgずつ投
与することによって,肝に潜伏している赤血球型のマラリアの追い出し
が可能となる.四日熱マラリアも同じ治療を行う.熱帯熱マラリアは激
しい溶血,腎不全,肝障害および重篤な脳症状などをきたす.概して,
高倍率の鏡検によって,原虫数と重症度とがある程度相関することがわ
かる.上記のような合併症のある場合に,高倍率で一視野に10個以上い
る場合には,死亡率は非常に高い.かなりの程度の溶血が全体的に認め
られるので,熱帯熱マラリアでは貧血が特徴的であり,三日熱マラリア
では一般的に貧血は認められない.
4)急性症状
脳マラリアはただちに治療を必要とする救急疾患である.多くの患者
は,病院到着時に発熱があり,昏睡状態である.脊髄液検査は陰性であ
り,初期圧はわすかに上昇か,正常である.昏睡状態が普通とかわって
いることもある.すなわち,こういった患者では覚醒しているように目
をあげてはいるが,目をきょろきょろさせ,痙攣発作後のような,また
は偽性球麻庫のような状態を示す.症状が急性偏執病様の状態,または
器質的な知能障害があるようにみえる患者もいる.発熱は一般的で,詳
細な診察や血液塗沫標本がただちに必要である.多くの患者で中枢神経
症状に腎不全が合併する.熱帯熱マラリアの場合では,治療中であって
も呼吸不全症状が72時間以内に現れるので,呼吸数や必要とあれば酸素
分圧の検査などの注意深い観察が必要である.
5)治療
合併症がない熱帯熱マラリアに対しては,8時間ごとにキニン650
mg,ピリメタミン25mgを3 日間1日 2回,サルファジアジン500 mg
を5日間6時間ごとに投与する.中枢神経症状があれば経口投与ができ
るまで,キニンを静注で投与する(生理食塩水300mgに600 mgを溶かし、
1時間かけて投与し,1日3回行う).中枢神経障害や呼吸障害が現れた場
合にはデカドロン4 mgを6時間ごとに投与するが,おそらく効果は期待
できない.必要ならば,人工呼吸器で酸素分圧を維持し,呼気陽圧法も
童篤な呼吸合併症のある患者には適応となる.腎不全がある場合には,
1日量650 mgまでキニンを減らし,早期に腹膜潅流や血液透析を考慮す
る.ピリメタミンを使用する場合には,少量の葉酸を使用することによ
って,ピリメタミンによって生ずる大球性貧血を抗マラリア作用に影響
なしに防止できる.熱帯熱マラリアの貧血では,原病に対する治療以外
の治療がまれに必要となる.播種性血管内凝固(DIC)が疑われたときには
へパリンが有用である.しかしながら,熱帯熱マラリアではDICと関連
がなくても血小板減少が起きることを思い起こしておくことである.
急性の中枢神経症状があるからといって,常に熱帯の環境にいる人や
旅行者に脳マラリアがあるとは限らない.全世界に広く発生する脳炎は
十分な鑑別診断が必要である.これらには日本脳炎B,ウエストナイル
脳炎,セントルイス脳炎,西部ウマ脳炎,東部ウマ脳炎,ベネズエラ・
ウマ脳炎やマレーバレー脳炎などがある.一般的にアカイエカがおもな
媒介虫である.この蚊は都市生息であるので,薮のなかに住んでいなく
ても人は病気にかかる.
2)症状と診断
中等度ないし激しい頭痛,発熱,蓋明,眼痛,頚部硬直などがあれば
脳炎の可能性ありとして医師の注意を喚起すべきである.多くの場合,
リンパ球症があるが,脊髄液,血液いずれでも多形核白血球が優位を占
める.脊髄液中の糖は概して変化せず,蛋白が上昇する.初期圧がほと
んど常に上昇している.脊髄液のグラム染色は陰性である.患者が症状
を示すとき,知能検査はまったく正常である.普通,高熱と症状の進行
が最初の36時間以内に認められる.
3)治療
早期の看護が重要である.この期間中に体温が41.1℃(10げF)の高熱と
なる.発熱の経過中に,知能の低下およびはっきりした昏睡を示すよう
になる.低体温治療を行い,体温を37.7℃(10びF)に維持することが肝要
である.低体温の装置がない場合には,その場で可能な方法で十分であ
る.はじめが重要で,きめ細かな看護が必要である.十分な輸液管理を
行い,体温管理を行った患者では,治療しなかった群よりも後遺症が少
なく,よりよい.高熱期での塵肇は予後のよいまえぶれであるが,ジア
ゼバムかフェニトインでできるだけ早く抑えなければならない.局所的
な神経症状は頻繁に現れるので,心肺機能とともに神経症状の観察を注
意深く続ける.ウイルス性の多くの脳炎では,人格変化,長期にわたる
記憶喪失,早期の痴呆,パーキンソニスムや運動不全のような後遺症が
10〜20%にみられる.鑑別診断は,特別の地域での仕事や旅行をしたか
どうか,あるいは血清学的検査結果によって行われる.
脳炎のようなウイルス性疾患は破局的である一方で,医師は一般的に
は多くの感染症のなかでも高率を示すウイルス性疾患についてあまり考
慮しない.時に検査員は,サルBウイルスやラッサ熱などの特殊な標本
を見せられることもある.狂犬病の初期の知覚異常は,興奮し,騒いで
いる患者からわかる.このような場合には早期に抗血清を使っても予後
はよくない.発熱や時に悪感を伴った末梢血管虚脱を示す患者は,ウイ
ルス性疾患であるとは考えられにくい.アジアやインドへの長期の旅行,
滞在などの場合,デング熱のショック症状も考慮しておく必要がある.
2)デング熱の症状と病因
前駆症状は,頭痛,咳,幅吐,また通常,出血斑がみられる.髄膜炎
菌血症が疑われる.腹痛や激しい無気力が末梢血管虚脱に先行する.シ
ョック状態はアナフィラトキシンC3aとC5aの大量の活性化によって
起こる.これは同じウイルスに再度感染することによって,最初の感染
の記憶が呼び起こされるためである.媒介者はヤブカであり,世界中に
みられ,また米国でもみられる.幸いこの蚊が認められる米国の地域で
は,再感染やショック状態を起こすような頻回の流行を起こしたことは
ない.ウイルスは,細胞培養が可能なところでは,血液から発見できる.
そうでなければ診断は血清学的に確定ができるまでお預けとなる.
ショック状態は劇的なものであって,激しい血管内凝固,高度のアシ
ドーシス,血液濃縮,腎不全などを伴う.治療はそれぞれの代謝異常に
対応しなければならない.へパリン,ステロイド,重炭酸,血液量補充
や出血に対する輸血などが治療の基本である.出血時のへバリン療法や
腎阻血時の血液量補充などは,患者管理のかなめとなるものである.消
費性凝固障害は血液量を補充し,肺水腫や致死的な出血を伴わずに腎機
能をもとに戻すことにより治療する.集中治療的モニタリングの能力は
不可欠なものである.
ウイルス性疾患でショック症状を現すのはまれであるのに反して,細
菌感染ではショックが圧到的多数にみられるのは,救急の場合にはごく
普通のことである.現在の教育では医師に対して,このような症状の起
因菌として肺炎双球菌またはグラム陰性菌に気をつけるように示唆して
いる.しかしながら,熱帯地方での発作的な発熱,悪寒,頭痛,それに
引き続く幅吐などは他の細菌を考慮しなければならない.
2)ペスト
a)病因と症状
b)治療
喀痰の直接採取あるいは培養で陽性が長く続く場合には,抗生物質を
続けることは必須である.公衆衛生担当者は援助が得られるならばいつ
でも周囲への拡散の可能性について検討しておかねばならない。
3)賜チフス
a)症状
b)診断と治療
4)アメーバ症
a)概論
b)症候と診断
盲腸部での穿孔がまず起こるので,右下腹部に胃腸の不調を伴った局
所的な圧痛と軽度の白血球症がみられる.十分に診察しない内科医や熱
心な外科医は虫垂炎と思い込む.前処置されないままの外科手術は悲惨
なものとなり,術後にろう孔や膿傷をつくる.これらの症状を示す場合に
は,まずアメーバ症として検索を行うべきである.
同じように腸管症状を伴ったアメーバ症は偽性クローン病であること
もある.一方で中毒性巨大結腸を伴った劇症感染は,潰瘍性結腸炎と区
別する必要がある.標本を検索するための検査による結果が役に立たな
いときは,集めた標本材料を同量のPVA(ポリビニルアルコール)と混ぜ
て後日の栄養型(trophozoiters)の検討のために残しておく.
5)コレラ症候群
a)概論
b)病因と治療
肝炎は医学の歴史始まって以来,文明とともに歩んできた.世界的流
行の発生についても,歴史的にみて数多くの詳細な記述が存在する.衛
生が悪く,多くの人々が集まっているところではどこでも流行の危険性
がある.給水設備が近代化されたことによって,飲料水によるA型肝炎
は非常に減少してきた.また一方,新しいワクチンの発達によって,B
型肝炎を防ぐことも近く可能となるだろう.わずかに黄熱,レプトスピ
ラ症,シラミによる回帰熱,サイトメガロウイルスその他による肝炎が
ある.しかしながら,古典的なウイルス肝炎は熱帯地方へ旅行する多く
の人々にとって,最も感染しやすいものである.
2)症候
古典的な肝炎の発症についてはヒポクラテスの記述以来,幾世紀にも
わたって変化していない.発症は悪寒,発熱,倦怠から始まり,暗黒色
尿と黄垣がそれに続く.通常これらの症状があれば発症を見逃すことは
ない.これは特に集団で発症する場合には確実である.なぜなら,患者
は同じ発生源から感染するからである.A型肝炎は,米国の学童や若年
者,あるいは世界中で流行する.いったん黄垣が起きると感染力が急激
にさがってしまうので,人から人への感染は幸いにも前駆期にのみ限定
される.糞−口経路による感染は依然として第一次ルートである.B型は
糞−口経路にはよらない.他のルートとしては,唾液,性交,分娩や接触
などである.
検査結果は特徴的である.血清GOTは通常500単位以上となる.この
値が低い場合には他の病因を考えるべきである.血清ビリルヒンは 20 mg / 100 ml
に達する.血清ビリルビンの高値は,G−6−PD(グルコース−6‐リ
ン酸脱水素酵素)欠損あるいは高度の溶血からくる鎌状赤血球症である.
15 Bodansky単位以上のアルカリホスファターゼの高値では,黄直が閉
塞性かどうかをみる必要がある.検査で鍵となるものはプロトロンビン
時間である.合併症を伴わないウイルス肝炎では,この検査は正常を示
す.ブロトロンビン時間の延長が認められる場合には重篤であると考え
られ,劇症のはじまりである可能性がある.
3)合併症
ウイルス肝炎での肝外症状は通常B型肝炎で述べられてきた.しかし
ながら,これらは非B型でも起こる.血清病に似たような前駆症状が起
こる.それは,発疹,叢麻疹,多発性関節痛が特徴的であり,また10〜20
%に著明な関節炎が認められる.(循環)免疫複合体が認められ,補体は
低下している.
第二の症状は結節性多発性動脈炎であり,B型感染でみられる.細動
脈や最小動脈の急性フィブリン様壊死や血管周囲炎がみられる.免疫複
合体や補体は血管に沈着する.
B型肝炎糸球体腎炎はこの病気の慢性型としておもにみられる.かな
りしばしば膜様か膜様増殖である.基底膜への沈着は結節性である.
劇症肝炎は肝炎で入院した患者の1〜2.4%に発生し,小児では少ない.
治療をしても死亡率は高い.慢性肝炎はB型の10%以上で,またA型で
もまれにみられる.基本型は慢性持続性(主として化学的異常で組織的変
化を伴わない)あるいは著しい組織的変化を示す慢性活動性のいずれかで
ある.慢性の活動性患者では治療が必要である.
4)治療
この病気の治療は,同時に大量に発生する患者を管理するに当たって
トリアージの原則を尊重することである.予防接種はまだ普遍的でない
ので,集団発生の場に医師が到着してはじめて対策が始まる.朝鮮やベ
トナムなどの軍隊での経験から,食欲不振がない,ブロトロンヒン時間
の延長がない,または免疫複合体の合併症がない場合には,安静とか厳
格な隔離が一般的に不必要であることがはっきりした.これらの患者は
入院を必要とせず,そのために大量の患者がいるようなときでも病院職
員の負担は軽い.入院させられた患者には,限られた項目だけ臨床検査
をすること,手洗いを強制することが必要な処置のすべてである.こう
いった注意をはらったうえで,病気に対する医学的な知識を十分に適用
すれば,大多数の患者のショックをやわらげることができる.ほとんど
すべての人がよくなる.そうでない人は,のちになって大多数の患者に
よる負担がなくなってから,治療存続の評価をくだすことができる.合
併症をもたない肝炎患者の管理には,医療資材を用いる必要はない.そ
の人々は病院で広く自己管理をするか,家に帰って外来管理をするかの
どちらかである.入院した場合には,看護者は次のことを確実に行う必
要がある.すなわち,黄疸患者は十分に手を洗うことによって経口で与
えられるものを汚染しないようにすることである.また患者には,食欲
が旺盛で,プロトロンビン時間が正常な範囲にあることが望ましいこと
を教え込まなければならない.数限りない検査結果を毎日のように,毎
週のように注意して観察する時間は一般的にいって生産的ではなく,費
用のかかるものである.合併症を伴っていない患者では,安静はけっし
て必要ではない.
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――訳 森 秀麿 16.救急熱帯医学
はじめに
A.マラリア
B.脳炎
C.その他のウイルス性疾患
D.細菌感染
E.肝炎
おわりに