13.放射線災害
William A. Alter III, Ph.D.
James J. Conkin, M.D.
はじめに
事故により,あるいはまた目的をもって人体に放射線を照射すると障
害を起こし,また死亡することもある.世界情勢が不安定になって,核
兵器が急増していることは,増大する放射線障害やそれに伴う爆風や高
温による大災害の状況に関与する危険に専門家たちが対処しなければな
らないことを意味している.それに加えるに,人類は今日,医学,工学
の分野で使用される多くの放射線源からの危険性にさらされている.平
時の放射線災害による放射線障害の可能性は核爆発のそれよりも大きい
が,重症犠牲者の数は1回の核爆弾の爆発よりもはるかに少ない.
事故が起きたときに,医師が最初にする仕事は,放射線障害の程度を
決めることであろう.また同時に,他の病状や障害の病因を突き止める
ことである.著しい,しかも強力な致死量の放射線が,知らすに浴びせ
かけられる.不運にも,不適当な診断のために治療開始が遅れたり,放
射線への曝露がそのまま続いていたりする.
核戦争による放射線災害の場合には,もっと異なった様相を呈する.
このような状況下では,健康管理従事者は最後の挑戦にを強いられる.
被災者は大量で,しかも補給品は疑いなく不十分であろう.最も重要な
点は,最小の治療のみで救出が可能な犠牲者だけを救い出すことである.
多くの被曝者には,爆発に伴う爆風や高温によって傷害がさらに加わり,
状況がより複雑になる.
本稿に含まれる情報は,その原因が何であれ,放射線災害にかかわる
ことになる医療従事者にとっては有益であろう.
現場での活動を要求される医療従事者にとっては,被災者に対する種
種の準備段階でのトリアージが必要である.これは放射能の曝露から最
初の2〜3時間にみられる症状に基づいて行う.放射能の曝露は全身であ
るか,あるいは少なくとも胸部や腹部の全面であるかのどちらかである.
病院の設備のなかにいる医師にとっても,最初の患者のトリアージは
現場でのそれと同じである.しかしながら病院では,放射線障害の疑わ
れる人にほかの検査を行うことができる.特にここでは,血球や血小板
の検査のための採血も含まれる.
放射線障害に対して生き残る力をもっている人々には,ただちに生命
をおびやかす危険性がないことを考慮して,医師はまず一次救命処置を
行うべきである.それから,放射線障害の可能性についての評価に時間
を使うべきである.どちらの場合(現場か病院)でも,健康管理従事者は
放射線事故や核爆発の犠牲者の処置を遅らせてはいけない.手術衣を着
て測定器を使い,適切な方法でこれらの患者の手当てをする.放射能を
浴びたか,放射能に汚染した患者については,曝露からの最初の2日間
の適切な注意事項について種々説明をしておく.
A.急性放射線症候群
1)放射線の生物学的な影響
放射線の感受性は,種々の組織の細胞分裂の割合とか細胞のなかでの
分化の程度に関係する.この感受性の点からみて,生き残るために重要
な関係がある組織には次のようなものがある.
-
造血組織
-
胃腸管の粘液層
-
血管の内膜層
-
神経組織
これらの組織の障害の結果として,全身に放射能を浴びた個体は,は
っきりと急性放射線障害の症候を呈す.この発症は,曝露から数時間な
いし数週間の間に起きる.これらの症候は,最初のトリアージや診断が
行われた直後の時間帯ではあまり有用とはならない.最も価値が高いの
は,曝露から数時間ないし数日の間に現れる前徴である.この前徴は,
その発現や持続時間の長さの具合から,放射線障害の初期診断やその重
症度を決めるのに有用である.
2)放射線障害の前徴
早期に決定的な診断をすることは困難であるので,できれば患者に三
つのカテゴリーに基づく簡単な分類を試みるほうがよい.表II-1はこれ
らの放射線障害を被曝量と症状との関連で表している.これらの症状の
潜伏期間とか持続時間とか重症度は本文で述べる.
a)放射線障害が起こりそうにない場合
-
放射線障害に関連する著明な症状が認められない場合には,患者が合
併症を起こす危険性はきわめて低いと判定される.これらの患者は,そ
のときに存在していた他の内科的疾患の程度によって治療されればよい.
もし治療を必要とするような他の障害や疾病がなければ解放し,緊急事
態が落ち着いたときにもう一度追跡調査に応じるようにすればよい.
表II-1 放射線障害の可能性を探る予備的トリアージ