(情報開発研究所、東京、1985)
―Frederick M. burkle, Jr. M.D., M.P.H.
1966年,Journal of the American Medical Association (JAMA)の
特別寄稿で,Roswell Brownは賢明にも,”Disaster Medicine(大災害
医学)−−それはいったいどんな医学か? 誰が教えるのか?”という疑
間を提出した1).外傷外科の進歩および救急医療サービス(EMS)システム
の発展は,従来,戦時中の経験に基づいて発達してきたのだが,平時で
は,軍事医学と市民医学に関するシステムは,まったく無関係とされて
いる.これは Brownによれば“世界のどこにおいてもわれわれは戦争を
することに非常に慣れている”という事実を示しているのだ,という.
われわれの世界は,引き続く戦争や,過去に平和であった地域におけ
る紛争の脅威によって現在でも破壊されている.世界中いたるところで,
自然災害や人為的災害が増加していると同時に,難民の数も,おそろし
く増加しつつある.これらの問題とともに,さらに核戦争の恐怖が募り,
そうした戦争による希望喪失が必然的に生じている.しかし,それにも
かかわらず,西欧諸国の医療従事者の間では,災害医学に関して,まち
がった自己満足がある.
大多数の地域病院は,すでに災害時計画を樹立し終えている.最近,
小さな災害に出合ったことのある医師は,これらの災害計画はたえず改
善されてはいるが,災害救助に当たる人々自身が,プレホスピタルケア
についてほとんど何も知っていないことを指摘している.個々の医師も
また,集団災害ケアの原理と管理について,自分たちが無知であること
に気づき始めているのである.この分野について,軍医は十分に訓練さ
れている.その原理は,一般の医師たちにとっても明らかに必要なもの
である.災害時にすべての医師は,受傷者のケアによびだされる.災害
医学は,市民医学と軍事医学との間に何の区別もありえないことを繰り
返しずっと証明してきたのである.
まず第一に,ブライマリ・ケアを行うには,現存する地域社会の災害
対策について,特に病院前EMSシステムについて,もっと十分に熟知し
ている必要がある.バラメディカルな人材を組織し,教育することに携
わっている医師は,健康管理におけるこうした緊急部門の複雑な役割に
ついて,知識を豊かにすれば非常に有益である.
第二に,すべての医師は現在,実践者と教育者にとって常識となって
いる二次救命処置(advanced cardiac life support2))および二次外傷救命
処置(advanced trauma life support3))に関する訓練を受けておくべきで
ある.たとえどのような専門分野であろうとも医療従事者は,そうした
プログラムに示されている原理の実践的知識を有していなければならな
い.それはまさに,災害医学の標準手技となるものである.当然のこと
だが,すべての医師は,大規模の災害であれ,小規模の災害であれ災害
の状況について知識をもって参加しようとするならば,上記の二つのプ
ログラムの実践者としての資格をもっておくべきである.
第三に,災害医学というものは,シミュレーションのシナリオやドリ
ルのような手段で教えることはできない,と述べている人がいることで
ある.そうした批判は,災害状況というものは予言できるものではなく,
十分効果のあがる教育方法としてシミュレーションをつくることはでき
ないし,そうしたシミュレーション教育では,実際の災害で個人の能力
を最大に発揮できるような指導はできないということを示唆している.
実際に災害は,その性質上,予測できるものではなく,それぞれの事態
がまったく独特であるのは事実ではある.しかい ある種の問題点や経
過は,すべての災害に共通に起こってくるものである.このような問題
は,シミュレーションによる災害シナリオで再現することができる.
たとえば,多数の被災者を扱う場合,大部分の災害では,次のような
過程が必要である.すなわち,トリアージ,患者の状態の安定化,被災
地からの被災者救出,受け入れ施設におけるトリアージと最終的なケア,
などである.実際の場合でも,シミュレーションの場合でも,多数の被
災者が出現する状況では,常に必ず起きる問題のなかに次のようなもの
がある.すなわち,通信,輸送,記録,資材の調達,トリアージの困難
性などである.通常,医師は単独の重症の傷害者を非常によく整備され
た病院施設内で扱うことに慣れているが,災害時には,最重症患者に焦
点をあわせるのではなく,むしろ,最多数の患者に最大の利益をもたら
すことのできるような新しいトリアージの技術を磨くよう心がけるべき
である.通信と救出システムに関する知識は,基本的なものである.こ
うした過程と問題点に関して,災害シミュレーションによって訓練すれ
ば,災害時に働くことになる可能性のある人々が,個人的に知識を欠い
ている場合に役に立ち,訓練計画の基本とすることができる.シミュレ
ーションによるシナリオに対して,どんな反応を示すかを分析すれば,
問題点がはっきり浮かび上がり,系統的なアプローチ,計画,資材の事
前確認,接近方法,改善,計画の点検などの必要性が強調できる.
New Brunswickにあるカナダ系の小さな病院で,洪水が起こったた
めに65人の患者を救出しなければならない事態が生じたことがあった
が,その病院の局長は,事前に計画を立てておいたことが有益であった
と述べている.すなわち,“われわれがその経験から学んだことの一つは,
それがどのような計画であれ,災害時にくまなく行き届くといった計画
はつくれないということである.常に予測できない困難な問題が持ち上
る.しかしそれは,構成した計画に基づいてそれを実行に移した直接の
結果であり,われわれが遭遇した困難な問題はただちに処理することの
できるものであった4)”と.
軍事医学の経験によれば,計画立案,構成,シミュレーションを用い
た訓練の効果が明らかにされている.Uniformed Services University of the
Health Sciences School of Medicine (USUHS-SOM)の3年以上
にわたる経験をもつ上級医学生によれば,シミュレーションによって災
害医学の過程を学ぶことができることを明らかにしている(図I-24, 25).
上級生は全員72時間の野戦実習訓練に参加することが義務づけられてい
る.その訓練で,戦闘部隊単位の緊急医療施設を構成し,その運営を行
うのである.それによって,大量傷害者のケアについてあらゆる場面を
体験することになる.それには,傷害部位,現場ケア,搬送,緊急医療
施設での治療,さらに後方施設への搬送などが含まれている.遭遇する
問題点としては,通信,車輌,天候,救出作戦,トリアージ,資材供給,
個人の限界,技術的限界などである.この訓練で彼らの示す最初の反応
は,混乱そのものである.訓練が進むにつれて,学生たちは,団結し,
創造的となり,シミュレーションの場面がだんだん複雑になっていくに
もかかわらず,有効な態度を示すようになっていく.学生たちは,確実
なトリアージの作業能力を身につけ,多数の傷害者ケア,通信,救出シ
ステム,改善方法などを覚える.これらの学生が,実際の災害場面でう
まく能力を発揮できるかどうかは,現在検討中である.
災害の定義は“大量の集中的な非常事態−−すなわち,個々の非常事態
に対する反応の集積5)”である.これらの非常事態に対する反応は,被災者
と災害救助者との両者に生ずる.その観点から災害対策はシミュレーシ
ョンで再現することのできるものである.Sannerおよび Wolcottは,災
害シミュレーションの参加者が示した非常事態に対する反応は,実際の
災害中に示した健康管理従事者の態度と同じものであることを観察して
いる.
この観察は,前述の USUHS-SOM野戦実習訓練中とその他の軍事医
療訓練,すなわち戦闘災害管理コースの訓練中に行われたものである.
それは,8日間の野戦実習訓練計画で,医師および健康管理者に対して
行われるもので,三つの部隊が行う.その両者の訓練に対する検討会で,
数種の非常事態反応が常に観察された.すなわち,欲求不満感,無益感,
自信喪失,死者および臨終者に対する悲嘆反応,始末におえない患者に
対する生理的な反応,燃えつき反応(burn-out),トリアージのストレス
などである.これらの反応は,実際の災害現場における反応の記録と同
じである.大量傷害者訓練における事後検討会で観察されたものと上記
の観察とを総括すると,訓練参加者には,災害ケアにおける非常に重要
な心理的心がまえをある程度教えることができるといえよう.
大量傷害者のケアは,準備訓練が可能であると編者たちは感じている.
たとえば一次,二次救命処置,二次外傷救命処置などの緊急ケアコース
に参加することによって,必要な医療技術を誰でも修得することができ
る.プレホスピタルケアシステムに関する知識が必須である.軍隊およ
び市民の体験によって,事前の計画立案が有効であることが判明した.
シミュレーションによるシナリオを用いた災害時の反応を調べる方法は,
問題の起こる領域を明らかにし,訓練計画の変更や改善について,基本
的な点を教えてくれる.まとめとして言えは,シミュレーションによる
災害時非常事態反応の再現は,災害ケアを提供することになる人々に対
して,最も能力を必要とする混乱した事態の際に,備えるべき心理的な
心がまえをある程度提供することができるのである.
引用文畝
1) Brown RK: Special communication: Disaster medicine.What is it?
Can it be taught? JAMA I97,13:133-136,1966.
2) Advanced Cardiac Life Support Program. American Heart Association,1981.
3) American College of Surgeons, Committee on Trauma: Advanced
Trauma Life Suppon.1980.
4) O'Brien PE: The hospital isn't closed - we've just relocated - a New
Brunswick disaster plan. Can Med Assoc J 120: 1138,1979.
5) Kinston W and Rosser R: Disaster: Effects on mental and physical state.
J Phycosom Res 18: 438, 1974
―訳・谷 荘吉10.被災者ケアの予備知識と訓練
Patricia H. Sanner, M.D.
Barry W.Wolcott, M.D.