DISASTER MEDICINE

Application for the Immediate Management and Triage of Civilian and Military Disaster Victims

Burcle FM Jr, Sanner PH and Wolcott BW

翻訳・青野 允、谷 壮吉、森 秀麿、中村紘一郎

(情報開発研究所、東京、1985)


8.救出計画

第I部 航空医学的救出法

―Randall B. Case, M.D.


はじめに

 傷害者を航空機で被災地から受け入れ病院施設へ救出する決定は,トリアージの過程での最終段階で行われる.それは患者個人に対する処方と,災害における輸送戦略の両面から行われる.その決定には,複雑な多数の要因が関係している.要因には,航空学的要因,航学医学的要因、緊急医療的要因などが含まれている.本稿では,航空学的,航空医学的考察および航空医学的救出計画の考察について論述する.


A.航空学的要因

 航空学的要因を基本的に理解しておけば,医師は航空医学的救出で,何が可能で何が不可能か,それはなぜなのかを知ることができる.その要因は,天候,地理および航空機である.

1)天候

 天候が,航空医学的救出が可能か無理かを決定する.

a)視界不良

 霧,低くたれこめた雲,もや,降雨降雪,砂嵐などは,離着陸の安全や飛行途中に必要な安全を確保できる地域に制限を与える.

b)暴風

 特に雷の発生しやすい地域,強風の起こりやすい地域などでの暴風に よって,航空機は安全運航規準を超えるか,もしくは巡航による遅延が 必須となる.頚椎骨折のような状況では,患者はきわめて危険なことに なる.

c)風

 暴風とは別に,強風は飛行時間を延長したり,短縮したりする.使用 する航空機にとっては,安全運航規準を超える場合もある.

d)航空機凍結

 航空機凍結は,可視的水分(たとえば霧や雲)とか降雨降雪が存在する 場合には,いつでも生ずることになる.空中では,-12.2℃(10 F 度)以下に なると凍結が起こり,安全運航の妨げとなる.

e)降雨降雪

 雪,みぞれ,あられ,雨は,視界不良,機体の揺れ,航空機凍結など を起こす原因となる.また,あられの場合には,航空機の機体損傷を起 こすこともある.

f)比較的有利な状況

 反対に,ある気象条件のために航空医学的救出法が特に有効に働く場 合がある.たとえば,深いぬかるみや豪雨による洪水のために陸地から の接近が妨げられた場合とか,豪雪や自然災害のために道路が通行不能 の場合とかである.こうした状況下では,特にヘリコプターが有用であ る.そのほかにも同様な状況が存在する.たとえば,気象条件が悪化す ることがわかっていて悪化する以前に救出活動を行うとき,さらに救出 活動が極端な高温や低温にさらされることが事前にわかつているような ときは,ヘリコプターによる救出が特に有利である.

2)地理

 地理的な条件も航空医学的救出の適・不適をきめる.

a)高地

 高地では,航空機の性能によって利用が限られる.特殊な航空機の性能の限界については,問題となっている地域の地理的条件を兼ね合わせ て論議する必要がある.

b)着陸地

 特殊な着陸地は,安全運航の妨げとなる.その点では,飛行機よりも ヘリコプターのほうがずっと自由が利く.着陸地付近は視界が明瞭で, ある程度の高さが必要で,離着陸の通路上に,電線,アンテナ,高層ビ ルなどの障害物がないという条件が必要である.

c)比較的有利な状況

 航空医学的救出法が特に有利な地理的条件には二つある.

@荒野,山岳地帯,または,洪水,孤島とかで,道路を通って接近で きない場所.大都市で交通機関が渋滞している場合.道路が敵国によっ て破壊されているとか,敵の手中に収められている地域.

A湾,丘陵地帯などの,航空機で直接行けば近いが地上を経由したの では著しく遠い場所.

3)航空機

 航空機は,航空医学的救出計画において最も変動しやすい要因を有し ている.そのうち最も重要な変動要因は,@客室の大きさ,A積載重量 B飛行距離,C飛行速度,D安全飛行高度,E着陸地の条件,F操縦機 器および通信装置 G医療装備,などである.これらすべての要求を満 足させる航空機は存在せず,このような特殊な要求は災害時に実際に生 じる必要性によってそれぞれ異なってくる.航空医学的救出法に利用で きそうな航空機の機種にまえもって慣れておけば,医師の必要に応じて 最も有効に利用できることになろう.

a)客室の大きさ

 客室の大きさは,機器の量と患者数の収容において不都合な制約とな る場合が多い.患者と機器をうまく配列することがたいせつである.

b)最大積載量

 最大積載量という用語の定義は,燃料,機器,乗務員,患者の量と配 置に関する制限のことである.客室は,担送傷害者を運ぶ場合には広い収容面積を必要とするため人数の点で大きな制限を受けることが多い.通常,歩行可能な患者のほうがより多くの患者を運ぶことができる.さらに,飛行距離が比較的短い場合には,輸送量を増すために,燃料積載 量を少なくすることができる.

c)飛行距離

 最大積載量との関係とは別に,輸送に必要な飛行距離の点からすれば, 途中給油のために立ち寄る必要のある航空機よりもその必要のない航空 機のほうがより適している.スピードの速い航空機ほど飛行距離は短い ので,目的地への輸送はスピードの遅い航空機のほうが効果的である.

d)飛行速度

 飛行速度は,飛行距離と風とをあわせて評価をしなければならない. 距離が長くなればなるほど,また向かい風が強くなればなるほど,飛行 速度がいっそう重要になってくる.

e)安全飛行高度

 安全飛行高度とは,航空機が安全に飛行できる最高高度のことである. それは出発点,飛行経路,目的地の地理などを考慮したものであること は明らかである.

f)清隆地の必要集件

 着陸地の必要条件には,災害現場と受診できる医療施設との両者によ る制約がある.

g)操縦機器および通信装置

 この種の機器を装備している航空機では,その量とタイプが問題で, それによって安全に操縦することのできる悪天候の程度が異なってくる. また,法定上航空機の運航が許されている領空圏も問題である.現場と 受け入れ医療施設との間で,緊急医療要員が通信できる医療用特別周波 数をその航空機が装備していない場合には,無線操作に重大な支障を生じることになる.

h)医療設備

 航空機に装備されている医療設備は,皆無のもの,または最低担架だ けのものから,“ミニICU"まで,多様である.それは,航空機システムと両立できるものでなければならない.


B.航空医学的要因

 航空医学的要因には,飛行条件下で起こる人体生理機能の変化が含ま れており,飛行による影響は,広範囲の臨床状態を示すことになる.

1)航空生理学

 航空生理学は低酸素症,ガス容積の変化,加速力,温度変化,低湿度, 騒音,振動などを含む.

a)低酸素症

 低酸素症は,最も熟知された臨床的影響であり,高所飛行に際して遭 遇することが多い.ダルトンの法則(Dalton's law)によれば,不活性ガ スの混合気体では,最終総合圧力は各ガス分圧の総計に等しくなる(P T = p1 + P2 + ・・・+Pn). 標準日の海抜ゼロ地点では,大気圧は760 mmHg,酸素濃度は21%,酸素分圧は160 mmHgである.肺胞中には体温で飽 和した水蒸気と炭酸ガスが存在するので,肺胞気酸秦分圧は103 mmHg 前後である.ここでもドルトンの法則の原理を適用すると,高度が高く なれば,総大気圧が減少するので,それに比例して,肺胞気酸素分圧が 減少する.この影響は通常,経験的に航空機よりもヘリコプターのほう が飛行高度が低いため少ないことがわかっている.

 通常,患者運搬に用いられる典型的な高度には二種類ある.平均海抜(mean sea level; MSL)5,000フィート(1,525m)での標準大気圧は632mmHgで,肺胞気酸素分圧は80 mmHgである.平均海抜10,000フィー ト(3,050m)では,標準大気圧は523 mmHgで,肺胞気酸素分圧は61 mmHgである.正常肺胞気‐動脈血酸素分圧鮫差は 10 mmHg であるが, おそらく患者の具合が悪く,外傷のある場合には,もっと高い数値を示 していたとしても飛行中には低酸素症が起こることが予想できる.実際 に,患者の基礎動脈血酸素分圧がわかっている場合(たとえば動脈血ガス 分析から)には, 算できる.

飛行中の動脈血酸素分圧=20+(2/3×基礎動脈血酸秦分圧)-(3×客室高度〈1,000フィート単位〉)

 低酸素症を最小限に留める一般的な方法には,酸素吸入,客室圧上昇, 低空飛行などがある.平均海抜34,000フィート(10,370m)で,100%の酸 素吸入をすれば,海抜ゼロ地点における空中での呼吸に等しい動脈血酸素分圧を得ることができる.

b)ガス容積の変動

 客室の気圧変化は,上昇時と下降時に起こるので,さらに重要な影響 を及ぼすことになる.すなわち,ガス容積の変化,体液と体組織内のガ ス溶解度の変化である.ボイルの法則(Boyle's law)によれば,ガス容積 は温度に比例し,圧に反比例する(V=KT/P.ここでVはガス容積,K は常数,Tは温度,Pは圧である).もし客室内温度が一定であるとすれ ば,上昇中の航空機内では,ガス容積は拡大する.その逆も成立する. 標準大気圧のガス容積は,平均海抜18,000フィート(5,490m)で2倍にな る.身体内の条件は,標準状態にはなっていないが,平均海抜18,000フ ィート(5,490m)くらいの高度でのガス容積を100%とすれば,平均海抜 およそ10,000フィート(3,050m)でのガス容積は50%に減少する.低酸 素症に関しては,この現象は通常,加圧した航空機でも,また非加圧航 空機でも発生するが,ヘリコプターでは発生が少ない.

 ガス容積の変動およびその影響を最小限にするための一般的方法には, 次のようなものがある.@飛行前にNG管または胸管を挿入しておく, A飛行前または飛行中に充血除去薬を使用する,Bプラスチック製輸液 バッグを使用する,CET管やフォーリーカテーテルのバルーンを膨ら ませる場合には,客室を加圧しているか低空飛行をしているときには空 気を注入するよりは生理食塩水を使用する.その他の航空医学的現象は, 航空機でもヘリコプターでも同様に発生する.

c)加速力

 加速力はいかなる輸送手段をとっても,心循環系および迷路系に第一 に影響を与える.また機械的な影響も存在し,重力下で行う点滴速度を かえ,飛行中には点滴量を調節するクランプは使用できなくなる.飛行 中の加速力は,いくつかの原因により生じる.方向転換,離着陸による 加速力は予測できるが,暴風などによる揺れは予測できない重力変化を もたらす.

 こうした加速力を最小限に留める一般的な方法には,@静かな操縦方 法,A既知の,または可能性のある暴風領域を避けること,B患者を航 空機長軸に対し横向きに乗せること,C暴風防御装置のある航空機を利 用すること,などがある.

d)極端な気温

 極端な気温は,代謝,水分補給,心循環系生理に影響を及ぼすことは 熟知されているが,主として,個々の航空機とその環境制御システムに よって,左右される.温度は通常,高度の上昇によって低下するが,ほ とんどすべての航空機が客室を暖かく維持できるような加熱システムを 有している.逆に多くの航空機は,温暖地や熱帯地の気候では,温室効 果が起こることを経験している.すべての航空機が空調設備を有してい るとは限らない.それは,患者と乗務員に同様の熱負荷を与えることに なる.極端な温度変化を最小限にするための一般的方法には,@環境変 化に対処できる装置を有している航空機を選ぶこと,A戸外に停止して いる航空機には太陽熱反射板を用いること,B客室間のドアを開けたま ま飛行すること,などがある.

e)湿度

 航空機客室の湿度は通常,欠乏しているので,蒸発による水分喪失が 増強し,特に新生児や熱傷患者にとっては,呼吸による発散のために脱 水状態に陥りやすくなる.これを最小限に留めるために一般的に用いら れている方法は,あらかじめこの問題を見越して水分摂取を適切に調節し,また気道の水分補給,洗浄,および吸引を行うことである.

f)騒音

 騒音は最も静かな客室でも非常に大きく(90 dB以上),臨床的にも操縦 上にも影響を及ぼすことになる.臨床的には,新生児に永続的な聴力喪 失を起こす可能性があることや,患者の不安を増強したりするのが特徴 である.操縦上は,患者と乗務員との間や乗務員同士のコミュニケーシ ョンの妨げとなり,同様に,ある種の医療機器,たとえば聴診器や心モ ニタ,レスビレータ警報器などが使えなくなったりする.

 騒音を最少にする一般的方法には,@個人に耳栓を使用すること,A 乗務員間のインタホンにはヘッドホンを使用すること,Bドップラー血 圧測定装置のような特別の医療機器を使用すること,などがある.

g)振動

 振動は,個々の航空機によって種々様々である.振動は患者の不安を 増強し,骨折の固定を障害し,また静脈内注射の開始,カットダウンの 実施,患者への挿管などの医療処置の妨げとなる.また振動は,心電図 モニタのような医療機器を障害することがある. 振動を最少にする一般的な方法には,@適切な航空機を選ぶこと,A ショックに強い医療機器を選ぶこと,B必要になる可能性のある医療処 置を飛行前にあらかじめ実施しておくこと,などがある.

2)臨床状態

 航空医学的生理現象によって,多数の臨床症状が出現する.急性のも のと以前から存在する状態との両方の生理的変動があるので,関連する 事項の決定に際しては,両者を考慮にいれなければならない.

@航空医学的救出法をそもそも行うべきなのか?

Aもしそうであれば,飛行前の診断または治療の準備には何が必要な のか?

B飛行中の環境はどのようにすべきか?

 そうした判断には,絶対的なものはほとんどない.むしろ,外科手術 の実施決定などのように,相対的な危険に関する判断が問題である.航 空医学的救出の禁忌は,単に相対的なもので,内容に応じて慎重に考慮 しなければならない.

a)相対的禁忌

 航空医学的救出の相対的禁忌には,減圧疾患,重篤な呼吸不全,未治 療の自然気胸,童篤なうっ血性心不全,新鮮な心筋梗塞,童篤な貧血, 鎌状赤血球症,失神発作,衝動的行動または始末におえない行動などで ある.

h)血液学的状態

 重要な血液学的状態は,貧血と鎌状赤血球症類似疾患である.出血お よび貧血では,組織に酸素を供給する身体的機能が明らかに低下してい る.傷害組織の酸素需要は,健康者の安静時の組織の需要よりも多いこ とを考慮すれば,貧血の合併,組織障害,低酸素症は,細胞内で嫌気性 代謝が生じ,その続発症が起こることがわかる.鎌状赤血球症類似疾患 には,貧血の問題が合併し,平均海抜400フィート(1,220m)くらいの低 い高度でも,また鎌状赤血球症体質の患者でさえも,血管閉塞発作の可 能性をもっている.

c)心血管障害

 重要な心血管障害は,原発性虚血性心疾患およびうっ血性心不全であ る.虚血性心疾患は,飛行中の低酸素症と,加速力による循環動態に対 する影響との両者によって悪化する.いかなる原因によるものであれ, うっ血性心不全も飛行中に生じる加速力によって悪化することがある.

d)肺障害

 ほとんどすべての肺障害が問題となる.それは,動脈血への酸素供給 が減少するからである.肺炎とか気管支炎のような感染症,サルコイド ーシスとか肺水腫のような浸潤,喘息とか肺気腫とかの閉塞,自然気胸 とか動揺胸壁のような機械的障害などは,すべてガス容積の変化によっ て状態が悪化することになる.自然気胸の患者には,航空医学的救出前 に一方通行の弁付胸腔ドレナージを挿入しておくべきである.

e)脳神経外科的状態

 脳神経外科的に重要な疾患は,脳内圧(ICP)上昇,脳内気腫,頚椎骨折 である.ICP上昇が臨床的に重要なことはよく知られている.低酸素症 がICPを増加し,ICP上昇による病因を悪化することになる.脳内気腫 は,脳室撮影によって人工的に生じたものでも,外傷によって偶発的に 生じたものでも,航空医学的救出に際しては著しい危険を与えることに なる.上昇時には,脳内に存在する空気は膨張し,脳組織を圧迫し,同 時にICPを増加させることになる.頚椎骨折では,固定が実際には困難 である.すべての患者について,重力よりもむしろスプリング装置による牽引を持続すべきである.

f)整形外科的状態

 頚椎骨折に関する上記の警告は,同様に他の骨折にも当てはまる.ギ プスがはめてあれば,二枚貝式の状態にしておくべきである(全周を固め てはいけない).それは,加速力やガス容積の変化によって生じる体液の 移動や膨張に同調できるようにするためである.また同様に,もし必要 時には,航空機から緊急脱出を余儀なくされるからでもある.実際の災 害医療現場では実行不能のことが多いが,理想的には,ギプスは飛行前 に乾燥させておいたほうがよい.

g)熱傷

 重度の熱傷の場合,航空医学的救出の際には,特別な問題についてい くつかの考察を行わねばならない.

 @高所で客室内湿度が低い場合,空調が行われている場合,温暖地, 熱帯地での温室効果などは,蒸散性の体液喪失が増加する.飛行中では, 体液補給を入院中のそれより多くすることを考えなければならない.飛 行時間がかなり長くなるような場合には,尿量監視用のフォーリーカテ ーテルと中心静脈圧(CVP)モニタの両者を用いて必要な体液補給量を計 算することが望ましい.

 A全周性の焼痴皮は,全周を取り巻くギプスと同様,遠位部の循環を 危険にさらし,飛行中は,ガス交換を減少させる危険がある.飛行前に, 適切な焼痂皮除去術を施行しておくべきである.

 B気道熱傷および一酸化炭素中毒の可能性を考慮すべきである.

h)耳鼻咽喉科的問題

 耳鼻咽喉科的問題は比較的頻度が高い.通常は,中耳や副鼻腔内のガ ス容積の変化が起きる.耳は下降時に悪くなることが最も多く,副鼻腔は上昇時か下降時かに悪くなる.飛行前に予防的に,鼻用血管収縮スプ レーか経口うっ血除去薬を使用すると効果のあることが多い.

i)胃腸障害

 胃腸管は正常でも多少の空気を含んでいる.したがって,上昇時には 膨張して,腹痛や内臓破裂の原因となる.破裂の危険は,内臓壁が弱く なっているような症状,たとえば消化性潰瘍,絞扼性ヘルニア,腸閉塞, 急性虫垂炎,憩室炎,腸チフス,アメーバ赤痢,最近の胃腸手術などの 場合に増加する.

j)眼科的状態

 数種類の眼科的症状が重要である.眼球内の空気(穿孔性外傷とか手術 による)は,少量でも上昇時に膨張する.その結果,眼圧上昇,眼球破裂 を生じる危険性がある.低酸素症は,網膜および脈絡膜血管の拡張の原 因となり,眼内圧を上昇させる.網膜出血,または脈絡膜出血がすでに 存在している患者は,再出血の危険性がある.また低酸素症は縮瞳を起 こすので,頭部外傷患者の臨床診断を複雑にすることがある.しかしそ うした縮瞳は,通常,両側性で,同大である.客室内の湿度が低いとき には,角膜の乾燥が増強し外反症を起こし,外傷性組織片を有する眼球, 昏睡状態の場合とかでは潰壕を起こす.そうした眼球は,潤滑液をたら すとか,軟膏をつけるとか,テープで目を閉じるとかすべきである.

k)減圧病

 いうまでもなく,減圧病は航空医学的救出に対して,ほとんど絶対的 に禁忌に近いものであろう.しかし,最も近くの高圧酸素室へ輸送すれ ば助けられる可能性がある場合には,加圧装置,低空飛行の実行などで, 航空医学的救出が正当な手段となる.航空医学的に救出できるときには, 患者を左側臥位にし、頭を低くい 100%酸素を吸わせて運ぶべきであ る.

l)皮膚科的状態

 重要な皮膚科的状態は,蒸散性体液喪失を増強するような疾患,およ びガスを産生するような疾患である.そのようなガス産生性感染症では, 上昇中に組織内ガスが膨張して,組織を機械的に開大する.

m)出産患者

 客室の空間と設備による制約を別にすれば,出産の事態が生じた場合 に,出産患者は,母親についても新生児についても何も特別の問題はな い.また,早産になるようなこともない.妊娠の進んだ患者がいる場合 には,適切な出産設備を携行すべきである.

n)新生児

 新生児は航空医学的輸送に対して,実際にはよく順応する.ヘモグロ ビン-酸素解離曲線の左方偏位,ヘモグロビン量の増加,低酸素圧に対す る組織順応などによって,成人に比べて低酸素症に対してはより抵抗力 がある.逆に,新生児は体温調節機構が禾発達で,体表面の体重に対す る比率が大きいため,飛行中は,体温維持と水分調節とに細心の注意を 要する.

o)歯科問題

 歯科問題として重要なのはただ一つ,顎間固定である.吐物を誤燕す るおそれがあるときには,簡単にはすせる固定用器かまたは針金のカッ ターを用意しておく必要がある.一部の患者では高度(気圧)の変化に応 じて充填物による痛みを訴えるが,その問題は,良性で,がまんできる ものである.


C.計 画

1)事前準備

 災害に対する航空医学的対応を計画する過程では,いくつかの重要因子を考慮しなければならない.

 @問題になっている地域の地形の特徴や天候状況などは,どうなって いるか?

 A医療施設はどこにあるか?

 B災害のような環境下での,航空医学的救出の強みと弱点こついて何を予期できるか?

 Cどんな航空医学的資源(設備および人員など)がその地域に存在する か? また,これを利用するには,どのような手順が必要か?

 Dどのような着陸地があるか? 近くに医療施設があるか? どのよ うな天候条件下で着陸地を利用できるか?

 E好都合な天候または悪天候のいずれの場合にしても,現場,または 医療施設,航空管制に関して,どのような処置が必要になるか?

 Fどのような地上輸送が着陸地と医療施設とを連絡するのに必要とな るか?

 G航空機内,医療施設内には,どのような通信設備が存在するか? 災害管理に対してはどうか? いかに対処するのか?

 H安全かつ有効な航空医学的救出を行うために,職員に対してどのよ うな種類の訓練(航空医学的訓練を含む)を実施するか,またはするべき か?

2)災害時

 発生した災害に対して,将来の見通しを立てる際に,航空医学的救出 を容易にするためには,次の因子を考慮しなければならない.

 @航空医学的要因には,どのようなものがあるか? たとえば,現在 の天候はどうか,天気予報はどうか? 現場の地理,途中の経路の地理 はどうか? 受け入れ医療施設はどうか?

 A現在利用できる航空機の数,種類,機能はどうか?

 B天候や地理の状況によって,どのようなことが航空医学的救出に対 して制約となるのか? もい制約がある場合,どのような種類の患者 や航空機が問題となるのか?

 C利用できる輸送方法として,かわりこなるものにはどのようなもの があるのか? そのような環境下では,それをいかに比較するか?

 D傷害者数および種類,傷害部位はどうか?

 E航空医学的救出で,誰が最も利益を受けるか?

 F飛行前準備には何が必要か? どのような傷害者に対して,その安全な救出のためには何が必要か(下記参照)?

 Gそのような準備にはどれくらいの時間と資材がかかるか?

 Hあらゆる種類の資材が不適当である可能性がある場合には,患者を ほかの方法で救出する場合と比較して,救出にかかる時間を再評価すべ きである(ヘリコプターで第三次輸送をするよりも,第一次野戦病院へ送 るほうが早い場合もある).

 I各傷害者の国外輸送については,刻々新しい評価を続けていく必要 があり,必要な資材や人員の国内輸送についても同様である.


D.患者に対する航空医学的準備のためのチェックリスト

1)酸素吸入

 酸素吸入を準備しておかなければならないのは,次の疾患である.@ 心疾患,A肺疾患,B胸部損傷,C貧血 D鎌状赤血球ヘモグロビン障 害,E脳内圧亢進,F重症熱傷,G緑内障 H新鮮網膜または脈絡膜出 血 I減圧病,I失神発作障害,I一酸化炭素中毒,などである.

2)経鼻胃管(naso-gastric tube)

 NG管を挿入しておくべき患者は,次のような疾患の可能性のある場合 である.@腸閉塞(たとえば,大外傷,熱傷,昏睡,急性腹症など),A 呼吸困難(たとえば慢性閉塞性肺疾患,妊婦,ピックウィック病,胸部損 傷など),B胃腸破裂(たとえば,消化性債傷性疾患,ヘルニア,腸閉塞, 急性腹症,アメーバ赤痢,新鮮胃腸手術),またはC人工呼吸中の患者.

3)胸腔ドレナージ

 血胸ないし自然気胸の存在が強く疑われる患者には,胸腔ドレナージ をしておくべきである.

4)抗うっ血薬

 副鼻腔または中耳に感染か腫脹のある患者には,抗うっ血薬を飛行前 に投与しておくべきである.

5)眼軟膏

 昏睡の患者とか眼瞼外反症の患者には,眼軟膏を塗布しておくべきである.

6)動揺病予防(乗り物酔いの予防)

 動揺病の傾向があることがわかっている患者,特に,激しい動揺が予 想される場合とか,嘔吐しないようにしなければならない場合(たとえば 顎間固定,脳血管障害,重症心疾患,熱傷,胃腸出血,腹部/胸部/眼科などの術後,または脳外科術後など)には,動揺病予防薬を投与すべきで ある.

7)失神発作予防

 失神発作を起こすことがわかっている患者で未治療の患者や童篤な頭 部外傷のある患者には,失神発作予防を行わなければならない.

8)鎮静ないし抑制

 始末におえない患者には,鎮静と抑制を考慮すべきである.

9)器具

 カテーテルのバルーンは,空気よりも生理食塩水で膨らますべきであ る.静注びんはプラスチック製がよい(ガラスの場合には,テープを巻 き,通気孔をつくっておくべきである).牽引器具は,スプリング式がよ い.ギプスは二枚貝式がよい.蘇生器具はいかなる患者の場合にも,機 内に持ち込むべきである.

10)耳保護

 乗務員は,雑音消音耳当て,マイクロホン装置を利用できる.実際,患者には耳栓,耳覆いを用意すべきである.

11)患者体位

 一般に患者は,航空機の長軸に対して横向きに寝かして運ぶべきであ る.もしそれができなければ,心臓病の患者は,頭部を後方に向けて乗 せるべきである.脳内圧,または眼内圧上昇患者は,頭部を前方に向け て運ぶべきである.減圧病患者は,左臥位で頭部を低くして運ぶべきで ある.

12)加圧または低空飛行

 航空機内は,地上の気圧レベルに加圧すべきである.または,低空飛 行をすべきである(高度1,000フィート〈300m〉またはそれ以下).対象と なる疾患は,自然気胸,脳気腫,眼内気腫,ガス壊疽,腸閉塞,網膜破 裂の可能性,空洞,嚢腫,減圧病などの場合である.


引用文献

--訳・谷 荘青


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