DISASTER MEDICINE

Application for the Immediate Management and Triage of Civilian and Military Disaster Victims

Burcle FM Jr, Sanner PH and Wolcott BW

翻訳・青野 允、谷 壮吉、森 秀麿、中村紘一郎

(情報開発研究所、東京、1985)


6.被災者治療の標準方式

―Barry W.Wolcott,M.D.


A.標準実施手順(SOPs)とは何か?

 標準実施手順(standard operating procedures;SOPs)とは、あらかじめ予測される場面を想定して、事前に立てる計画のことである。それは、“もし、かかる事態のときには、どうするのか?”といった種々の疑間に答えてくれる。SOPsは、たとえば“最初に火災現場を発見した人は警報器を鳴らす”という単純なものから、州全体の災害対策などのような非常に複雑なものまである。SOPsはいずれにしても役に立つもので、災害時の対応策を指示してくれる。次の三点が基本である。

  1.  事前に計画されたSOPsによって、災害発生時に防災計画をあわてて作成しなくてすむ。

  2.  SOPsは、災害発生時に、おそらく現揚にはいない専門家の考え方、つまり最も適切な考え方を示してくれる。

  3.  ほかの災害救済従事者は、SOPsの指示によって行動すべきことを知っているので、互いに話し合う余裕がなくても行動することができる。

 災害時医療対策に関するSOPsはすでに多数存在する。そのなかには、病院を含む災害対応計画、市町村の民間防衛計画、EMS地域防災計画、さらに軍傭関係、空港関係、核利用プラントなどの災害対策などに対する、病院連合合同委員会(joint commission for accreditation of hospita1s;JCAH)の要請に基づくSOPsが含まれている。しかし、このSOPsは、立案者や上部組織にいる者にはよいが、実際に災害に巻き 込まれてこのSOPsを実行する者にとっては、あまり役に立たない。その理由は、以下に述べるようなことが、上記のような災害対策に関するSOPsの一般的な欠点になっているからである(表I−6)。

  1. SOPsは、あらゆる機能が完全に作動し、人員が完全に配置されているときに災害が発生することを想定している。したがって、たとえば、日曜日の午前2時といった夜間に災害が起きた場合には、その機能が発揮されないことが多い。

  2. 不慣れな人々が災害発生時に複雑なSOPsに従って行動するのは困難である。SOPsの立案者は、大部分の人々が災害対策を一度も立てたことがなく、他人が書いた災害対策などは一度も読んだこともないという事実を忘れている。

  3. 正常状態のときに行われている危険防止手段に関するすべての管理は、災害時にも継続するようにSOPsは要請している。しかし一方では、平時には望ましいことだと思われているような、たとえば入院処置患者すべてに対して必要な入院手続きの完全な様式は、明らかに無駄な条項である。それは、SOPsにおけるすべての条項への信頼をただちに失墜させ、利用されなくしてしまう。

  4. SOPsは、災害時にSOPsを読むことによって、新しい複雑な手技が学べるように期待している(たとえば、“初心者のための緊急開胸SOPs”など)。ベトナム戦争時には、外科以外の修練を受けてきた医師が、実際にデブリドマン、静脈切開、胸腔ドレナージなどの技術に熟達したのであるが、彼らは外科医と仕事をすることによって、そうした技術を習得したのである。それはSOPsを読んで習得したのではない。本当に有能な医師になるには、数週間が必要であった。

 SOPsは多数のぺ一ジをさいて、平凡な事柄やまれな問題点にもふれている(災害時に、菜食主義者の要求に対して、病院計画としてどのように対処すればよいのか、と真剣に考えている人もいる)。上記の欠点はすべて、個々の実践者にとって災害状況に有効なSOPsを企画することは絶望的である、ということを示しているように思われるが、実際には、有益なSOPsは特別の特徴を有しているということを意 味している。

  1. 有益なSOPsは、資源節約型で防災活動に従事する未経験ないしは経験の浅い人によっても実行可能のものでなければならない。

  2. それは単純で読みやすく、順をおって行えるものでなければならない。

  3. 災害時には、適切な省略を認識し、勇気をもって実践しなければならない。

  4. 従事者に新しい技術を要求すべきではない。

  5. 通常生ずる間題に対する解決策であり、かつ災害蒔にも通用するものがよい。

 以下に有益な災害SOPsを記載する。

表I−6 すぐれたSOPsと不良なSOPsにおける特徴


A. すぐれたSOPs

  1. 資材の節約
  2. 解決法の単純化
  3. 最短方法の最大利用
  4. 通常の診療手技を用いる
  5. 2〜3の重大事項に焦点をあわせる


B. 不良なSOPs

  1. 通常の人員配置が可能であると仮定する
  2. 複雑な解決法を詳細につくる
  3. 通常の官僚主義を続行する
  4. 新しい、高度の診断・治療技術を要求する
  5. 小事にこだわる


B. 緊急を要しない疾病や傷害者のSOPs

 災害発生後、特に長期化するときには、医療従事者は、軽い病気や外傷にかかっている多数の患者に直面することになる。戦争中でさえ、軍隊の医療従事者は、感冒、頭痛、水疱などの患者を処置しなければならない。うまく機能しているトリアージシステムは、そうした軽症患者のなかに重篤な疾患がひそんでいる危険性を発見できるようになっている(たとえば、頭痛患者のなかの髄膜炎患者)。そうしたシステムは、最小限の人数の医師団によって行われる緊急を要しない患者への対症療法についても指示してある。この種類のトリアージシステムは、明らかに緊急を要する外傷や疾病を評価するために医師が利用するトリアージシステムとともに運用すべきである。医療資材を節約するため、従事者を災害現場に復帰させるために、これらのシステムを災害対策の初期に実行しなければならない。

 こうした二つのトリアージシステムは、災害現場で特別の利点をもつ。その一つは、Vickeryらの "Take Care of Yourse1f1)"という本に書かれている。もう一つは、陸軍医療部隊の発行した“Algorithm Directed Troop Medical Care2)”という本のなかで概説されている。両者とも有益なシステムで、災害SOPsとして役に立ち、従事者が容易に利用できるものである(図I-19)。

図I−19 軽症の外傷トリアージ

【悪心/嘔吐/下痢トリアージアルゴリズム】

チェックポイントはいいいえ
1) 72時間以内に頭部外傷を受けたか? 危急→ 次の質問へ
2) 激痛か?(腹をかさむしるような痛みか。かがみこむような痛みか。) 危急→ 次の質問へ
3) 吐物に血液が混ざっているか、コーヒー残流様か、黒色便または血便を伴うか? 危急→ 次の質問へ
4) 妊婦か?(証明されているか) 急性→ 次の質問へ
5) 起立時に頭が変になるか、めまいがするか? 危急→ 次の質問へ
6)糖尿病患者でインスリンを使っているか? 緊急→ 次の質問へ
7) 患者は60歳以上の老人か? 緊急→ 次の質問へ
8) 1週問以上続いているか? 急性→ 次の質問へ
9)37.7℃(100F)以上の発熱があるか? 急性猶予

(資料:Algorithm Directed Troop Medical Care;Triage Manual;US Army Health Services Command,Ft. Sam Houston,TX 78234.Attn.DSC−PA)


C. 外傷犠牲者のトリアージのSOPs

 外傷犠牲者の救命を予測するための点数評価システムについては、無数の研究が行われている。このシステムは、救急隊員が容易に収集でき、しかも信頼できる臨床的な指標からつくられる。以下に臨床的な方法を示す。

  1. かかる点数評価システムは、救命の可能性があるものとないものとを再現性をもって鑑別しうるものである。

  2. この予測評価は既成の医療上のケアの概念とは無関係のものである。

こうした点数評価の臨床応用は、通常の臨床場面に限定される。そこではすべての患者に対して、医療上できる限り、あらゆることが行われ、生存の可能性が30%しかない特定の患者でも一般には治療を変更しない。しかし、災害時には、他の患者と比較して救命しやすいかどうかが直接的に重大な意昧をもってくる。

 容易に記億できる点数評価法を救急隊が利用すれば、トリアージ要員の仕事を簡素化することができる。さらに、現場で救急隊員が利用する場合には、点数評価は下記のように行う。

  1. 病院関係の医師とよりいっそう敏速、詳細なコミュニケーションをとること。

  2. しっかりした病院前トリアージを行う。

  3. 搬送システムが異なるので、患者を外傷の重症度別に集合させておく。


D. 熱傷患者のトリアージのSOPs

 医療ケアシステムに負担をかけ混乱させるような個人的な熱傷患者には、いささか間題がある。その負担の程度は、患者の生命をおびやかす熱傷の危険度とは平行しないことが多い。むしろ大部分は、医療従事者が、熱傷患者の重症度を異常なほど高く認定してしまうからである。しばしば、熱傷センターで治療を受けることの緊急性を過大評価しすぎている。一度に大勢の患者を運び込むことは、本当に生命に危険のある患者のことを忘れさせてしまうことになる。時には、どうしても助けられないような熱傷患者を運んでくるという無駄をしていることもある。それは、熱傷の重症度を無視しているからなのである。一方では、搬送の本当の利益を過大評価しすぎている面もある。いずれもそれは誤りで、費用の点からも患者個人や家族、社会にとって高価なものとなってしまう。しかし、災害現場には熱傷患者が多数いるので、全体の患者ケアのことを考えて、その妨げにならないように熱傷患者の扱い方を工夫しなければならない。

 バージニア大学では熱傷点数評価法(表I−7)を開発したが、これは前述の外傷重症度点数評価法と同様の機能を有している3)。このようなシステムは、救急隊員およびトリアージ要員に対して、熱傷犠牲者を敏速に救命できる可能性の程度に従って区分し、治療を決定し、救出計画を立てることを可能にしている。救急隊員は、熱傷重症度の点数によって明らかにされた専門家の意見に従って行動ができるので、こうしたすぐれたシステムは、トリアージ要員たちの肩にかかる熱傷患者による情緒的負担を減少するのに役に立っていると想定される。

表I−7 熱傷点数評価法

カテゴリー評価点数
女性

年齢O〜20歳
21〜40歳
41〜60歳
61〜80歳
81〜lOO歳




気道熱傷 
全層熱傷  
全身熱傷面積1〜lO%
1l〜20%
21〜30%
31〜40%
41〜50%
51〜60%
61〜70%
71〜80%
81〜90%
91〜lOO%
10








総計  

熱傷点数総計生命の危険度生存の可能性
1O〜ll
8〜9
6〜7
4〜5
2〜3
非常に少ない
少ない
やや危険
危険
重篤
最悪
O.99
O.98
O.8〜O.9
O.5〜O.7
O.2〜O.4
O.1〜O.O


E.外傷犠牲者管理のSOPs

 外傷犠牲者の初期管理については、本書の他の項でも述べてある。臨 床的には、診療技術に関係があるので、管理上有益なSOPsに頼ることはできない。しかし、患者の初期管理がいったん完了し、観察・再評価期間が始まると、本稿の最初に述べた間題指向的なSOPsが、通常、そうした患者のケアに携わらない医師に対して、非常に有益なものとなる。このようなすぐれたSOPsは"Shock Trauma Manua14)"に収録されている。


F.一般的な問題が最もよく起こる

 すでに述べたように、災害計画に参画した医師は少数しかいない。しかし、本書の読者は、いっそうそうした問題にかかわりをもちたいと願っているであろう。災害救助の初期に発生する一般的な問題に関する討論こそ、当然間題になることであり、そうした間題こそ重要である。それは個人的に直面するものであり、またSOPsを自分自身で使いやすくするための計画を立てる際に、専念しなければならない間題でもある。

1)通信手段

 電話網が作動している場合には、医師詰所、病院案内所や事務室などの受信回線は、多くの情報探求者によってほとんどふさがってしまうであろう。ここでは以下のことを示唆しておく。

  1. 地域内の公衆電話を確保し、身近に400回分の通話ができる小銭を確実に用意する。

  2. 病棟、検査室、事務室などの必要な場所に電話帳に載せていない回線を用意して、リストを作成しておく。そうすれば、電話帳に記載されていない電話番号には通話が殺到することはない。

  3. ポケットベルシステムが働いていれば、一方通行のコミュニケーションが可能である。

電話連絡が不通の場合には、大多数の人々は、CB(有線)、または警察、消防、EMSラジオ網などを利用することを考え、それはすぐに混雑することになろう。そこで次のような対策を考えておく。

  1. 処方蔓に書き込んだメッセージを持たせてメッセンジャーを送る。それはその病院から発信された伝言であることを確認できる利点がある。また、返信を要求すべきである。緊急時に行ったことはあとで忘れてしまうからである。

  2. 病院内通信用に近所の電気店から有線インタホンを購入する。それは簡単に、即刻組み立てることができ、電池で動き、性能も良好である。

2)群集管理

 警官があらゆるところに配置される。病院自体は、警察ではなく警備員による管理を頼む必要性が生じるであろう。ここでは次のことを提言 しておく。

  1. 救出部隊の自動車用、負傷者の歩行用などの発着に必要なレーンを つくり、標示する。

  2. 知的で、才知に富んだボランティアを依頼する。問題が起こったときにだけきてもらう。医療関係者が警官の仕事までしたのでは忙しすぎる。

3)報道関係の管理

 報道関係者は、すぐに現れ、状況を報道する。報道関係者は、自分たちの行動や質間が患者のケアを著しく妨げることのないように、態度をわきまえなければならない。以下のことに注意する。

  1. 原則に従って行動する。医師が大勢の人々を助けるのに妨げにならない限り、何ら心配する必要はない。一般に、医師と報道関係者とは共存できるものである。報道関係者の個人的行動が、医師にとって本当に妨げとなるならば、そのことを報道関係者に伝えるべきである。通常は取材を中止するであろう。もし中止しなければ、暴力をふるう困り者の患者を扱うときのように処理する必要がある。

  2. レポーターが、同僚の仕事を妨害しているように思われる場合には、第三者に気を配ってもらわねばならない。医師の仕事はあくまでも医療上のケアであることを忘れてはいけない。医療以外の問題は、誰かほかの人に心配してもらえばよい。

4)水の供給

 給配水システムは、早期に駄目になりやすい。水漏れや利用増加によって、圧が非常に低下するため、水道は利用できない。したがって次のような対策を講じておく。

1.最も近いスーパーマーケットで、蒸留水、ビン詰めの水を買ってこさせる。必要ならば、スーパーマーケット社長あてにサインで買い、後日返済できるようにしておくとよい。

2.水源として、地域内の泉、貯水池、小川、井戸、水泳プールなどについて調査しておく 。

3.キャンピングカーを利用する(たいていは50ガロン(約190l)の給水ができる)。

備考:以前は石油類を運ぶのに使用していた容器で飲料水を運ばないように注意しなければならない。そうした容器の水を飲むと、二次災害が発生する危険がある。

5)電力供給

 災害時には電力の供給が失われることが多い。緊急用発電機は、病院内エレベータ、手術室、ICUなどへの電力を優先しなければならない。通常、トリアージ現場には電力はほとんど存在しない。そこで、次のことを提言しておく。

  1. 多数のレクレーション車は1,100〜3,600Wの発電機を備えており、1〜2日分のガソリンを積んでいる。こうした発電機が1〜2個あれば、非常に混乱を伴うトリアージ、初期評価に大きな力を発揮する。

6)縫合材料

 縫合材料は貴重品である。すなわち、どのような災害でも裂創は最も多い問題であり、いずれも治療可能で、負傷者は何とかしてほしいと思うものである。しかし、縫合材料はたちまち使い果たしてしまい、すぐにはその補充ができないという不都合がある。このような場合に備えて、次のようにする。

  1. すべての損傷について、一次縫合は見合わせる。縫合材料を節約するだけでなく、そうした環境下では、それがすぐれた医療でもある。

  2. 一次縫合が適切と考えられる場合には、絆創膏縫合を行う。

7)包帯、副子

 上記と同様の理由で、包帯および副子材料は欠乏する。ここでは次のことを提言しておく。

  1. 包帯材料の代用品としては、衛生ナプキン(近隣のスーパーマーケットより補充)、布製品(衣料品店より補充)、被覆品およびダクトテープ(金物屋から補充)、シーツおよびタオル(デパートから補充)などがある。

  2. 副子材料の代用品としては、垣根などの材料、組み立てまえの木製の囲い材料、材木置場からの木片などがある。

  3. ドアやよろい戸は、間に合わせの寝台として役に立つ。

おわりに

 事前の計画が役に立つ。しかし、それは、多くの人々が将来おそらく発生するのではないかと危倶するような出来事を想定した現実的なものでなければならない。保健要員は、大規模な計画に人々を従わせるまえに、小さな地域で自分たちの行動すべきことを考慮し、確認しておくべきである。保健要員は、個人的に実行できる解決法について考慮する以前に、まず、間題点を確認しなければならない。


引用文献

1)Vickery  DM and Fries JF:Take Care of Yourse1f.Philippines,Addison-Wes1ey Pub. Co., 1976.

2)U.S. Army Hea1th Services Command(DCSPER):Algorithm Directed Troop Medical Care.Triage Mannua1(Training Manual). Fort Sam Houston,Texas.

3) Champion HR and Sacco WJ:Trauma Risk Assessment:Review of Severity Sca1es.Emergency Medicine Annual.Norwalk,Conn., Appleton-Century-Croft, 1983.

4)Gil1 W and Long WB:Shock Trauma Manual. Ba1timore,Williams& Wi1kins Co., 1979.

―訳・谷 荘吉


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