DISASTER MEDICINE

Application for the Immediate Management and Triage of Civilian and Military Disaster Victims

Burcle FM Jr, Sanner PH and Wolcott BW

翻訳・青野 允、谷 壮吉、森 秀麿、中村紘一郎

(情報開発研究所、東京、1985)


I、災害医療の組織化


1. 市民社会における災害と防災計画

Jay P. Sanford, M. D.

A、定義

 大災害(disaster)とは、重大な災難とか広範な破壊と窮迫をもたらす出来事などと定義され、後者のほうがよく用いられる。もっと突き詰めると“disaster”という言葉は、25人またはそれ以上の重傷者か死亡者の発生するような緊急事態に用いられる。ほかに通常用いられるものに“mass casualties”というのがある。これは通常の医療能力を超えた数の死傷者がほぽ同時に発生した場合をいう。すなわちこの定義は特定の数を示していない。その数は被災者の数、傷害の種類、医療スタッフの数、保有するまたは利用できる医療物質の量などによって決められる。

B、災害の規模

 自然災害の頻度は、通常あまり重要とされていない。米国では1950年代の10年間に3,000回以上の自然災害が発生しており、一度に25人以上の死傷者を出した災害により1年間に13,000〜15,000人が負傷し、約1,300人が死亡している。

C、災害の種類

 防災計画を立てるにあたって注意することは、起こりうる災害の範囲、可能と考えられる予防法、傷害の種類、一次災害のあとの二次災害の予防、災害の種類による特殊な問題などである。

 民間災害には次のようなものがあげられる。航空機墜落、雪崩、ビルやダムの崩壊、地震、伝染病、爆発、火災、洪水、高速道路上の事故、ハリケーン、鉱山事故、竜巻、津波、火山爆発などである。これらの事故のなかでも、高速道路、鉄道、船舶事故などは、中毒性化学物質(たとえばタンク車や運搬船事故による塩素ガスの放出)による汚染というような特殊な問題をもっている。すべての場合でそうなるとは限らないが、少なくとも上記の半分以上の場合には、その事故が起きた地域の人々を災害に巻き込む。

D、災害に対する典型的な対応

 防災計画の立案にあたっては、米国の典型的な都市の対応を知ることが非常な助けとなる。1953年にWorcester郡を襲った竜巻は種々の問題を提起した。しかし、ほぼ30年まえの経験であり、近年発生した災害における被害は実質的にこれよりも少なくなっている。

E、災害処理の原則

 1) 災害発生の防止
 2)傷害者数を最小にする
 3)二次災害の予防
 4)救出
 5)応急手当て
 6)傷害者の搬出
 7)確定治療
 8)災害の復旧

 以上列記した事項はすべて自明のことであるが、このように明記しておけば読者にとって助けになると思う。たとえばハリケーン襲来時に、あらかじめ人口密集地域から人々を避難させることはすでに基本的な処置である。二次災害の防止は、たとえば野次馬の制御などもこれに該当する。1947年、ドックを見にきた物好きな見物客が事故にあった。561人もの死亡者がでたが、その大多数を見物客が占めていた。Worcesterでも同じことがいえる。竜巻通過後、数分後に家屋が崩壊して燃えやすい材木の山となって、少なくとも6か所から出火していたが、現場に到着した消防士は、犠牲者の応急手当てはあとにして、まず火事を消し止めた。この行為によって大火災を予防し、竜巻そのものによるよりも、より多くの人々を火災の犠牲者になることから救ったと思われる。

F、防災計画の基本的分野

1)組織化
2)統率カ
3)交通規制
4)通信手段
5)救出と応急手当て
6)搬送
7)病院の能力と準備
8)訓練とテスト

1)組織化

 災害による混乱を最小限に留めようとするならば、防災計画の組織化は必須のものである。

 医学的配慮はこの間題の重要な面を占めるが、ほかの部門の救急業務と協同して行わない限り、その計画も効力を発揮できない。いわゆる健康管理者は、このような救急事態に対処することは、一般的に不得意である。

 図I−1に災害医療対策の組織図を示した。これはテキサス州のもので、同州では全体を17の区域に分け、その各区域の下にさらに地区を設けて、州の公安課の配下においている。この17の区域は互いに連絡をとるうえで最も便利な通信手段をもっていることから採用されている。災害活動には通信が必須となるからである。この17の区域は各州の間で有 するレベルと同等の通信網を有している。首都(ダラス)地区の医療設備は周辺地区と接しているので、周辺地区のための医療設備は首都地区で災害が生じて医療資源が枯渇した場合には首都地区のために用いられる。図I−2にその地域支持計画を示してある。首都を取り巻く地域はそれぞれの人員と物資を有し、必要に応じて首都ないしはさらに遠い地区をも援助できる能力を有している。同時にダラスは周辺地区で災害が生じて医薬品が不足すればただちにこれらを援助できる体制にある。

2)統率カ

 災害時に命令をだし、それが実行されるためには強い統率力を必要とする。

a)地域指導者

 医療対策は災害対策のほんの一部にすぎないことを強調しておきたい。したがって災害時の指導者はたとえば市長、司法官、警察署長、消防署長、国防軍指揮官などのように現存する法律によって権威を認められている人物がそれに当たるのが理想的である。そして地域防災計画の実行はこの指導者の責任である。

b)医療面での統率

 医療面でのリーダーシップの確立は、他の領域での間題よりもさらに多くの間題を有し、より広範囲な視野のもとで行う必要がある。なぜならばその地域における医療器材の備蓄は通常地域社会とは無関係で、たとえば医師、看護婦、病院、医薬品会社、器材会社など個人的なべ一スによるものであって、確立された機構とか命令系統などは存在しないからである。

 医療統率者の選出は、以下に述べる特質を考慮にいれて行う必要がある。

  1. 同僚および上役からよく知られ、かつ尊敬を受けている人物

  2. 防災計画に興味があり、計画の立案、協力、訓練を行うエネルギーと実行する意思を有する人物

  3. 組織化の原則に精通している人物

  4. その機構を代表する能力を有する人物

  5. 明快に効果的に迅速に命令を伝達できる人物

 軍医の経験を有する人物統率者を選出するときはあらかじめ、万が一のことを考えて、次の統率者を順に決めておく必要がある。

統率者は公平であって、最も適任の人が災害現場、または病院で責任者となる。病院では上級の研修医か医長クラスが、災害時にはこれに当たる。より優秀な人物、またはあらかじめ選出されていた者が現れたら交代を必要とする。

 統率者は周囲からみてもはっきりと識別できるもの、たとえば名前や地位を明記した腕章やヘルメットを着用する。最もよい例が看護婦の白いキャツプである。

c)緊急の統率者

 あらかじめ統率者と決められてリーダーシップをとる訓練を受けていれば、災害時には非常に役立つ。しかしそうでない場合もある。災害時によいリーダーがいなかったり、うまく統率できないときには自然と次のリーダーが生まれてくる。

d)医療スタッフの組織化

 地域内または病院内でのスタッフの組織化を行っておく。その際、最低限度必要な役割を図I−3に示してある。図に示してある災害医療統率者、医療部長、管理部長はそれぞれの指令センターとなるべきところに必ずいること。

 上記の者は個人的に患者の診療に巻き込まれないこと。そのほかの役は自明のものであるが、医療連絡係(medica1liaisonofficer;MLO)とは、災害現場と他の病院との連絡、白分または他の病院の医療物資の在庫を十分に確保し、これに関する情報の交換をする役である。

3)交通規制

 周辺地区から被災地にはいってくる人間の大移動は、犠牲者の救出、応急手当てや搬出作業にとって重大な障害となる。次のような例があった。1953年5月11日、午後4時30分、テキサス州Wacoの商業地区に竜巷が発生し、114人が死亡し、600人以上が負傷した。午後5時には10,000人近くの人々が一つの交差点に集まっていたが、何の活動もしているわけではなかった。これら大群衆は5群にわけられる。1)家に戻る人、2)心配して集まってくる人、3)助けにくる人、4)物好きな人、5)火事場泥棒、などである。過去において、この大群衆の数の過小評価がトラブルにつながった。交通規制に対処する最も有効な手段は、即座に交通規制を行うことである。災害発生10分後にはもうすでに身動きできないほどになる。

a)医療施設

 人数は少いが病院にも人が押し寄せてくる。心配な人、助けにくる人、ニュースを求めてくる人などである。ここで病院側と警察は協力して病院から1〜2ブロック離れたところから一方通行をしき、病院への入口通路と出口通路とを別々に決める。はいる車は、傷害者の搬送のための車と病院、警察などの認可した車だけとする。車の流れは、患者を降ろすために車をバックさせたり、方向をかえる必要のないように確認しておく。一方通行は、通常用いている方法で行う。いつもの習慣どおりに行うのがよい。

 病院のすべての入口で入院してくる患者の安全が確保されなければならない。病院内でも同様に、傷害者の家族でも患者のところへ自由に出入りさせてはいけない。できれば待合室か何か大きな部屋を用意して待機させる。さらに、病院職員で役についていない者は全員、人材動員部(manpower holding area)で待機する。えてして病院に勤める者は、野次馬同様に救急室やトリアージの現場をうろつきたがるものである。

b)識別(identification;ID)票

 交通規制を行ううえにおいて、責任者となる人物は有事に用いる写真入りの資格証を持っていなければならない。また、患者にIDカードをつけ、順序正しく移動させる事務官の仕事もたいせつであり、人事移動のことなども考えて交通規制責任者の資格は常に現役の人物でなければならない。

4)通信手段

 すべての災害で通信手段の欠如、すなわち協同作業の欠如が大きな問題としてクローズアップされている。災害現場と病院間、病院と病院、病院内でさえも連絡網がなく、大多数の病院は専用の回線を有していない。もっていたとしても、警察署、消防署、民間防衛本部との間の直接の連絡網がない。首都地区で連絡網を整備する場合には、一つの病院を基幹病院として決めておき、基幹病院はほかのすべての病院とラジオ網で結んでおく。医療連絡係(MLO)は、情報センターである基幹病院と情報を交換しつつ、患者の処置に当たる。

a)告示

 まず、災害時の責任者名簿を作成し、電話交換台の上に貼っておく。ただし、必要最小限度の人数で、責任者と代理者のみがよい。さらに、夜間、週末責任者まで記載しておく。個人的な変更は各責任者間で処置し、交換手に余分な労力を使わせない。スタッフの名簿作成に当たっては病院間の連絡が必要である。というのは1人の医師があちこちの病院のスタッフになっているからである。たとえばA病院は、B病院がDr.Smithをトリアージ専門医に指定していれば、その日はDr・SmithをA病院の外科チームの主任に選ぶことはできない(註、米国では、一人前の医師になると、大部分は病院をもたず、外来患者だけを自分の診療室でみて、入院患者は契約をしている病院に入院させる、彼らは数か所の病院と契約している)。

b)電話連絡

 災害発生と同時に間い合わせの電話が一時に殺到するので、電話はほとんど不通状態となる。

 各病院は公表していない回線を少なくとも1回線引いておき、交換台を通さず、院長直通あるいは事務部長直通としておく。この電話番号は各病院間と関係機関だけに知らせる。

 もう一つの方法は、公衆電話の利用である。ほとんどの病院はこれを有しており、これは交換台を中継しないので多数の回線を利用できる。まず、1)この種の電話の存在を確認する、2)職員を配置して必須の連絡に限り利用させる、3)それぞれの電話を特殊な用途に用いる(たとえばAは薬品、Bは人材、Cは警察用など)、4)小銭をあらかじめ用意しておき、まえもって決められた職員が使用する。

c)公立情報局

 災害の情報をすばやく伝えることが必要である。このため公立情報局とでもいうべきものを活動させ、トリアージの現場その他から情報を送る。この局は特別な情報を地方団体、通常はアメリカ赤十字へも送る。心配した親戚はたいてい、アメリカ赤十字に間い合わせをするからである。

5)救出と応急手当て

 救出作業現場では、通常、二次災害の発生の重要性を強調しすぎないことが必要である。

6)搬送

 搬送計画は通常、災害現場から医療施設までの被災者の運搬方法を考慮することも含む。

a)入院中の息者の移動

 大災害時にはこれから入院してくる患者のためにすでに入院中の患者で、退院または移動できる患者の査定を行い、どのくらい新たに入院可能であるかをあらかじめ決める。

 災害宣告がなされたら、あらかじめ決められた係が患者全員をチェックして移動できるかどうか、移動手段は救急車か担架かなどを決める。もちろん、患者名、番号、診断名、主治医、病棟、病室番号を忘れてはいけない。このチェックに当たる係は、わざわざ自宅から呼び出す時間がないため病院にいる者が当たる。したがって上級レジデントまたは看 護婦長クラスがよい。

 方針が決まったらこれらの情報を指令センターに報告する。ただし、自力で退院できない患者のために家族やタクシーを呼ぶことはさらに交通混雑を増すことになることを考慮して入院可能数を明確に報告しなければならない。

 数時間の間、患者を1か所に集めて看護婦が看護しておける場所も探しておく。通常は病院に近い講堂とか集会場などがよい。たいせつなことは移動をスムースに行うこと。誰がどこに移動したかを記録しておくことである。記録しておかないと時に患者を見失う。

7)病院の能力と準備

 過去の災害時の経験では、通常の病院では中程度の災害で生じた緊急患者に対する対応能力はほとんどない。たとえば1955年、人口7,000人の町で、橋が落ちて約30人の工事関係者が負傷した。重症患者を200マイル(約320km)離れた大きな市へ運び、外科医もほかから呼び寄せても72時間後に最後の患者はまだ手術を受けていなかった。その原因は混乱、無計画と救急手術の訓練不足であった。

 軍事医学の経験によると、よく訓練された外科医と助手の1チームが1日のうち12時間で重症患者の救命手術を7例行う能力を有していなければならないとされている。

 このように考えると、200床で手術室8室を有する病院では、理論的には12時間で56例の重症患者の管理ができるはずである。もちろん、これは事前に計画を練ったうえでのことであるが、とにかくこの病院は36時間の間に150人の傷害者を救護できる勘定になる。

 手術器具や材料が不足して制限を余儀なくされるであろう。通常の民間病院では重症患者の緊急外科手術可能数は12時間で、手術室数×7×1/4程度であろう。しかし、この病院は12時間に重症患者を24例、または36時間に42例処理できるであろう。

同じ8チームの外科医が36時間通して働けないので、16チームあれば12時間ずつの2シフト制をとり、交代で休みをとるとよい。

  a)傷害者処置の場所

 通常、病院で割り当てられている処置室などは不適当である。したがって、より広いスペースの確保を職員に周知徹底しておく。廊下をこの目的に利用してはならない。

  1. トリアージ部門:これは通常の救急室を用いない。もっと広く、かつ入口(階段はなし)に近く、照明が十分に得られる場所とする。トリアージの係は患者を1人ずつ見ながら、大勢の負傷者をすばやく判断できる能力を要求される。待合室や講堂が適する。

  2. ショック処置部門:この部門はなるべくトリアージ部門と、できれば血液銀行にも近い場所がよい。

  3. 小外科部門:これは通常の救急室が適する。

  4. 小内科部門:トリアージ部門から遠くてもよい。

  5. 死体仮置場

  b)電カ供給

 多くの災害では、電力供給が止まるか不足する。各病院はそれぞれ自家発電装置を有しており、それは緊急事態の照明と必要器具の使用に十分のはずである。この電源の差し込み口は、すぐにわかるように通常、赤く塗って表示しておく。

  c)エレベータ

 病院職員を自動エレベータに配置して運転させる。

  d)患者の受け入れ

 まず、患者識別票と治療記録を用意して積み重ねておく。これらは患者の身体につけておかなければならないので、通常、病院で用いられているカルテは災害時には不適当である。病院にはいってきた患者すべてのリストを作成する。患者が移動したらその場所を記入する。たとえば患者がトリアージの場所からショック処置部門に移動したら、“何時何分、ショック処置部門へ”と記入し、患者がX線室へ移動したら、“何時何分、X線室へ”と記入する。これらはリストと治療記録にも書き入れる。

  e)治療

 患者の状態の評価と治療は、患部の状態により割り当てられたチームによって行う。治療の記録は医師、看護婦よりも事務員が行ったほうがよい。

  f)資材の供給

 災害の種類、患者の種類、予想される患者数などにより資材補給部や血液銀行などに命じて、不足すると予想される資材を急いで集めさせる。すべての器具をディスポーザブルにすることは時としてよくない。というのは、病院はディスポーザブル製品の在庫は通常あまり多くなく、医療品会社もストックの補充は1日単位のことが多いからである。ほかにも考慮すべき資材は多くあるが、種々の災害における必要な処置をみておき、必要物品のリストをあらかじめ作成しておく。たとえば破傷風トキソイドの在庫はいくら、あとはどのくらい注文すれば取り揃えられるかなど。

8)訓練とテスト

 防災計画はそれに参加する全貝で定期的に訓練を行わなければ無に等しい。このような訓練はもちろん練習になり、同時に欠点を自覚し、それを正す機会を与えられることになる。Foch元帥が防災計画について簡潔に述べている。“戦場では練習は不可能である。われわれは自分の知っていることを単に応用するためにそこにいるのだ”と。

 したがって、ほんの少しのことをするためにも、多くのことをしかも十分に知らなければならない。


参考文献

American Hospital Association. Principles of Disaster Planning for Hospita1s,G-87-56.Chicago,1963.

American Hospital Association. Readings in Disaster Planning for Hospita1s,G-88-56.Chicago,1956.

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National Academy of Sciences.National Research Council.Pub1ication No.476. Washinton, D.C. 1957.

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Raker JW,Wallace AFC and Rayner JF:Emergency Medical Care in Disaster.A Summary of Recorded Experience. National Academy of Sciences,National Research Council.Pub1ication No.457.Washington,D. C., 1956.

―訳 青野允


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