DISASTER MEDICINE

Application for the Immediate Management and Triage of Civilian and Military Disaster Victims

Burcle FM Jr, Sanner PH and Wolcott BW


訳者序文

 1975年,インドシナ諸国の共産化に伴い、大量の難民がタイに流入し 始めた.1978年12月,強力なベトナム軍が侵入し,カンボジア難民のタ イヘの流入が著しく増加した.
 タイ政府は人道的見地から,これら難民に対する援助を行うことを決 定するとともに,国際機関に対しても援助要請を行った.

 1979年10月,日本政府に対する援助要請があり、これに対して日本 は,医師,看護婦,技師および調整員により構成された医療チームを同 年12月から現地に派遣した.

 このような外国民に対する医療チームの派遣は,おそらくわが国の歴 史が始まって以来,最初の快挙であろう.

 当時,医療チームの一員として派遣されていた訳者の一人は,ある日, 難民医療センターの緊急会議に招集され,“近く,ベトナム軍のテト攻勢 があるもようで.数十人ないし100人前後の負傷者が一時に運び込まれ る可能性が高いので,対策を講じておくように”と告げられた.

 チームリーダーとしての私は,チーム全体の能力と医療資材の量とを 考慮したうえで,100人程度の負傷者をみて,誰を最初に治療し,誰をあ とに回し,何人の患者の治療を断念すべきかを即座に決定しなければな らない立場に立たされた.もちろん,私はこのような講義を受けたこと も,自分で勉強したこともなく,ましてやトリアージの経験などまった くなかった.もし,本当に多数の負傷者が一時に運び込まれたら,私の 不勉強のために多数の生命が無駄に失われるかもしれない.私は窮地に 立たされた・・・.このとき,オーストラリアチームのリーダーが “トリ アージは私にやらせてくれないか” と申し出た.この言葉によって私の みでなく,運び込まれるかもしれない多数の負傷者が救われた思いがし た.

 幸いにしてテト攻撃はなく,トリアージを実地に学ぶ機会は失われた が,この時以来,大災害医学(disaster medicine)を学ぶ必要性を強く 感じた.

 わが国における医学は,専門化,細分化されており,このような事態 にいかに対応するかを考える“disaster medicine”は、いまだ育っていな い.しかもdisaster(大災害)は戦時の みでなく,平時においても,地震、 津波,洪水などの天災や,交通事故,大火災などの人災によっても生じ る.いったん大災害が生ずれば,この村策は医療機関のみで対処できる ものでなく,地方公共団体との連携プレーを必要とするものである.本 書にもあるように,災害対策には正解というものは存在しえない.それ は災害によって,交通,通信,医療施設のどれが破壊され,どれが残る か、まったく不明だからである.しかし,われわれは過去の経験から多 くのものを学びとり,将来の対策を立てねばならない.

 本書は,そのような意味て,医師ばかりてなくすべての医療関係者, 地方公共機関の防災関係者の方々にも参考になればと考えて,浅学菲才 をも顧みず、あえて翻訳したものである.不慮の事故の場合に少しでも 役に立てば望外の喜びである.

 稿を終えるに当たり,原稿整理,校正などに尽力をいただいた酒井節 子嬢に感謝する.

昭和60年8月  内灘にて
青野  允
谷  荘吉
森  秀麿
中村紘一郎


 編集者略歴

 Frederick M. Burkle,Jr., M. D., M. P. H.は, SaintMichael's Collegeを卒業してB. A.の称号を受け. University of Vermont College of Medicineに学び, M. D.の資格を取得した.その後, Yale-New Haven Medical Centerの小児科でインターン,レジデントを終了し, Boston Children's Hospital, Harvard Postgraduate School of Medicineでフェローとなり, University of California at Berkeleyで 公衆衛生の学位を取得した.さらにDartmouth-Hitchcock Mental Health Center, Dartmouth Medical Schoolで精神科のレジデントを修 了.その後4年間はconnecticut州で小児,思春期医学科を開業し,ま たDallasのUniversity of Texas Health Science Centerで小児料の助 教授を勤めた.次いでHawaiiのMaui Mental Health Centerで小児 救急部門の部長となり,最近の5年間はHawaiiのMaui Memorial Hospitalで救急医学に従事してUniversity of Hawaiiの小児科の臨床 助教授, Maui郡の救急医療部門の部長, Uniformed Services Univer・ sityの救急部および手術部の客員講師であった.

 1968〜69年にはベトナムでDelta Medical Companyから派遣されて 大隊付外科医,トリアージ指揮官(triage officer),また,第三海兵師団, Dong Ha Children's Hospitalの小児科部長を勤めた. 1975年にはベトナム,サイゴン市の孤児救護機関の民間医療チームの 責任者となった.

 1983年にはOhio州AkronのChildren's Hospital Medical Center の救急医療部門部長, Northeastern Ohio Universities College of Medicineの小児料準教授である.

 Patricia H. Sanner, M. D.(陸軍少佐)は, Ohio州Clevelandの John Carroll Universityを卒業してB. S.の称号を得, Texas州Houstonの Baylor CollegeでM. D.となったのち, Texas州Wacoにある Baylor Center for Medical Education Affliated Hospitalsの家庭医学 科でレジデントを修了した.その後,North Carolina州のSeymour Johnson AFBの家庭医学料で働き,その間に彼女は, USAF Flight Surgeon(1980)のトレーニングを修了し、引き続きOperational and Emergency Medicine Uniformed Services University of the Health Sciences School of Medicineで助教授の席にある. 1983年にはTexas州Brooks空軍基地のBattlefield Medicine Course, USAF School of Aerospace Medicineの教官を勤めている.

 Barry W. Wolcott, M. D.(陸軍大佐)は, Middlebury College でB. A.となり, Johns Hopkins University School of Medicineに学 び, M.D.となった.インターンはWalter Reed Army Medical Center で行い,内科のレジデントも同じくここで終了した.その後, Brooke Army Medical CenterでICUの部長と診療部門の責任者となった. 1974 年には同センターの救急部のチーフとなり,それ以後は救急医学に専念 するようになった.次いで, Army Surgeon Generalの救急医学のコン サルタント,戦闘災害管理コースの部長. Uniformed Services Univer- sityの手術部および救急部の準教授で主任を勤めた.

 現在は, Washington州Ft. Lewisの救急部主任であり,最近, University Association for Emergency Medicineの会長に選出された.ま た,同学会におけるレジデントの教育委員でもある.


 執筆者一覧

William A.Alter III,Ph.D.,LTC,Biomedical Science Corps,USAF; Assistant Professor of Physiology,Uniformed Services University of the Health Sciences School of Medicine,Bethesda,Maryland

Frederick M.Burkle,Jr.,M.D.,M.P.H., Visiting Lecturer,Section of Emergency and Operational Medicine,Uniformed Services University School of Medicine;Captain,Medical Corps,United States Naval Reserve

Randall B.Case,M.D.,Major,Medical Corps.Flight Surgeon,USA; Chief,Emergency Medicine Service,Silas B.Hayes Army Hospital,Fort Ord,California

James J.Conklin,M.D., LTC,Medical Corps,USAF;Deputy Director, Armed Forces Radiobiology Research In stitute;Assistant Professor of Radiology,Uniformed Services University of the Health Sciences School of Medicine;Assistant Clinical Professor of Radiology,George Washington University School of Medicine,Washington,D.C.

Dennis Duggan,B.A.,Major,Medical Service Corps,USA;Instructor and Operations Officer,Section of Emergency and Operational Medicine, Uniformed Services University of the Health Sciences School of Medicine, Bethesda,Maryland;159th Medical Detachment(Helicopter Ambulance), Vietnam 1970−1971.

David V.Feliciano,M.D.,Assistant Professor of Surgery,Baylor College of Medicine;Director,Surgical Intensive Care Unit,Ben Taub General Hospital,Houston,Texas

Earl W.Ferguson,M.D., Ph.D.,LTC,USAF Medical Corps;Associate Professor of Medicine and Physiology,Uniformed Services University of the Health Sciences School of Medicine;Chief of Cardiology,Wilford Hall USAF Medical Center,Lackland AFB,Texas

Oscar M.Jardon,M.D.,Associate Professor,Department of Orthopedic Surgery,University of Nebraska Medical Center,Omaha,Nebraska

Craig H.Llewellyn,M.D.,Colonel,Medical Corps,USA;Commandant, Uniformed Services University of the Health Sciences School of Medicine; Chairman,Department of Military Medicine,Uniformed Services University of the Health Sciences School of Medicine,Bethesda,Maryland

Kenneth L.Mattox,M.D.,Associate Professor of Surgery,Baylor College of Medicine;Deputy Surgeon−in−Chief and Director,Emergency Medical Surgical Services,Ben Taub General Hospital,Houston,Texas

Roger S.Mecca,M.D.,Chairman,Department of Anesthesia;Director, Surgical Intensive Care Unit,Danbury Hospital,Danbury,Connecticut; Former Director. Recovery Services, Co-Director, Surgical Intensive Care Unit, Staff Anesthesiologist, Wilford Hall USAF Medical Center, Sam Antonio, Texas

Valeriy Moysacnko, M. D., Chief, General Surgery Service, Director, Surgery Residency Program, Wright-Patterson AFB, Ohio ; Assistant Clinical Professor of Surgery, Wright State University School of Medicine, Ohio

Andre J. Ognibene, M. D., Commanding General (RET) , Brooke Army Medical Center ; Hospital Director, Sam Antonio State Chest Hospital ; Clinical Professor of Medicine, University of Texas Health Science Center at San Antonio ; Consultant in Medicine, United States Army, Vietnam, 1969

Jack B. Peacock, M. D., Associate Professor of Surgery, Director of Emergency Services, Texas Tech University Health Sciences Center, EI Paso, Texas

Richard A. Pratt, M. D., Private Practice of Neurosurgery, Abilene, Texas ; Former Chief of Neurosurgery. Oakland Naval Hospital, Oakland, California

Jay P. Sanford, M. D., Professor of Medicine, President and Dean, Uniformed Services University of the Health Sciences School of Medicine, Bethesda, Maryland

Patricia H. Sanner, M. D., Major, Medical Corps. USAF ; Assistant Professor, Section of Emergency and Operational Medicine, Uniformed Services University School of Medicine, Bethesda, Maryland

Douglas Stutz, Ph. D., LTC, MSC, USA, Instructor, Emergency and Operational Medicine, Uniformed Services University of the Health Sciences School of Medicine, Bethesda, Maryland

Joseph W. Waeckerle, M. D., Chairman, Department of Emergency Medicine, Baptist Memorial Hospital, Kansas City, Missouri ; Clinical Associate Professor of Emergency Medicine, University of Missouri at Kansas City School of Medicine

Barry W. Wolcott, M. D., Colonel, Medical Corps, USA ., Associate Professor and Former Chairman, Section of Emergency and Operational Medicine, Uniformed Services University School of Medicine, Bethesda, Maryland


序文

 医学的ならびに兵姑(たん)学的見地から大災害を取り扱った本書は, それぞれの分野の専門家によってまとめられ,さらに他の分野での権威 者たちから絶賛を寄せられているもので,まことに時を得た出版である.

 編集委員と同様にすベての執筆者は,国内的あるいは国際的にそれぞ れの分野において知名度の高い人々ばかりである.

 米国では平時においても死亡者の1/3は外傷による直接的な損傷によっ て死亡していることはよく知られており(National Center for Health Statistics,September 1981).さらに悪いことは,40歳以前の死亡者の 死因の第一位は,この国では外傷によるものである(Boyd,D.R.“Trauma −A Controllable Diseasein the 1980s”(Fourth Annual Stone Lecture,American Trauma Society)J Trauma 20:14−24).このよう に“健康な者が多く死ぬ”という逆説的なことが現に起きているのである.

 それはどういうことであろうか.他のどの国よりも多くの医師を養成 し,しかもこれらの医師はどの国よりも多くの残酷な犯罪による外傷を 経験しているはずである.さらには,外傷患者を扱わせたら世界中で最 も立派な処置がてきるのに、その外傷専門の“経験豊かな医師”(このなか には十分な訓練を受けた者も含まれる)が25%という絶望的なほどの少 数しかいないのはどうしたことであろうか.

 問題解決の鍵は,それが戦争と関係した国家的なものであれ,国内ま たは国外を問わず大災害に関したものであれ,その経験を有し,それゆ えに尊敬を受けている人々の努力いかんにかかっているのである.

 本書は.外傷と呼称する広い範囲の生物医学的な概念を非常に適切に まとめるように企画されている.

 ある有名な“外傷学の専門家”の言葉を借りると,“世間は,今日こうあ るべきであるといわれていることについては少しも知ろうとはしないし, ましてそれらは記憶にも残らないであろう.しかし現在,彼らが日常話 をしていることは忘れない”と.しかし,外傷患者の処置に多種多様の貢 献をしたこれらの人々は,外傷学の進歩と認識を深めさせたという点で は,特筆に価するものである.

 披らのこの目標に対する努力とその結果は,原因のいかんを問わず, 外傷患者の救護に当たる者にとっては至上の賜物である.本書は,外傷 が生じるような環境下において発生するあらゆる状況に対処できるよう に書かれている.治療に関しての過去の分析は,次代をになう世代にと っては,しばしば不利であることを示している.これはいわば過去の犠 牲であったわけである.詩にいわく“過去を振りかえらぬ者は再びそれを 繰り返す”(George Santayana, Life of Reason, 1906).

 本書は,現在解決できない問題に答えるよう意図したものであるが, さらに改訂も必要とする.願わくば,外傷が戦場で生じたものであれ, 国内または国外のものであるにせよ,それに対する究極の解決法ではな く,将来さらに科学が発達し,経験も積み重ねられて,よりよい方法に 到達するまでの間の橋渡しであることを望むものである.

Newark, New Jersey

Kenneth G. Swan, M. D.
Professor of Surgery Chief, Section of General Surgery
University of Medicine and Dentistry of New Jersey


編集者緒言

 災害とは、医学的、社会心理学的、構造学的な要素に対して,個々に または複合的に重圧をもたらすものである.これらの要素に及ぼす衝撃 の大きさは,災害によって異なるものである.たとえば,747型ジェット 旅客機が墜落し,ほとんど生存者がない場合には,この災害は救急隊や 病院救急部門には大きな負担を与えないが,消防隊や死体救出班、機体 修理班,犠牲者の身元確認調査班に大きな負担を与える.さらには,犠 牲者の家族にも負担を与えるが、このために家を失う人々が生ずるとい うことはない.混雑した空港でテロリストが爆弾を破裂させたとすれば, それは救急救護隊や同時に空港の破壊された構造物の修理班に負担を与 える.

 災害はまた種々の時間的な広がりをもつ.たとえば上記のようなテロ リズムは、おそらく救急政護班に24時間以内の比較的短時間の脅威を与 えるであろう.天災,たとえば竜巻,洪水などは膨大な損害を引き起こ し,多くの人々が家を失い,建物が破壊される.この種の災害は,非常 に長い期間にわたりあらゆる災害対策部門を悩ます.

 本書は,災害時におけるシステムづくりのための手引きではない.こ れは大災害時の被災者の救出,すなわちプライマリ・ケアに携わる人々 を目標に書かれたものである.これらの人々はある日突然,24時間から 36時間にもわたって救護を求める多数の被災者が発生するような大災害 に巻き込まれる.

 本書は,病院搬入前の生命維持法,通信や搬送手段についての確立し た方法について述べたものではない.災害とは,種々の問題を解決すべ き手段が破壊された状態のことをいっているからである.

 したがって、プライマリ・ケアを行う人々に対して,災害現場で生ず る問題に対する解決のための何らかの示唆を与えようとするものである. われわれはここて,戦争の際に生じた災害に対して繰り返し行ってきた 経験に基づいて多くを述べているが,大災害医学の本質というものは, 市民社会におけるそれと戦争の場合とで差はないのである.

 われわれはこのテキストが大災害時の混乱,物資の不足,情報交通網 の分裂を何とか治めるために少しでも参考になればと考える.このよう な事態では,時には想像力と創造力を用いて,もてる力を発揮しなけれ ばならない.しかし計画性もまたもちろん必要である.将来、本書が計 画のなかで重要な役割を果たすことになることをわれわれは信じている.

 最後に,技術的な協力を得たSandra Sillapere,Kathleen Breazile, Print Productions of Maui,Tripler Army Medical Center,Oahuの Charles Matsuda,Mary Ann Ellingson に深謝する.

Frederick M.Burkle,Jr.,M.D.,M.P.H.
Patricia H.Sanner,M.D.
Barry W.Wolcott,M.D.


序論

 この災難に満ちた世界は,あらゆる種類およびさまざまな規模の医学 的災害にもっと注意をはらうべきである.なぜなら,人間の生命をおび やかすこれらの災害から人間を救う確率が,現在,医学の進歩によって 確実に高まってきているからである.“災害”は広範な破壊と窮迫を引き 起こす事象を意味し,“医学的災害”とは,それぞれ治療することによって 十分に回復しうる程度の疾患ではあるが,その地方の医療機関の能力を はるかに超えた規模で患者が多発したために生ずる事態をいう.

 災害はその規模によって3種に分類され,それぞれ異なった対応策を 必要とする.

 (1)多発災害(multicasualty incident) :交通機関の事故などにおいて, 多数の患者が発生したような場合,その地方の医療能力(救急医療サービ ス, emergency medical service ; EMS)で処置可能な場合.

 (2)大災害(mass disaster) :大地震などで,その地方の医療能力を超え て国などの大規模な援助(国家的災害医療システム, national disaster medical system ; NDMS)を必要とするもの.

 (3)地方風土病-世界流行病による災害(epidemic-endemic disaster) : 飢饉,疫病,テロ,戦争,難民などの合併したもので,現在でも発展途 上国で起きており,世界的な規模での,経済的,政治的な解決などを必 要とするもの.

 人災とは,単なる技術的な誤りによるものから人類の悪意(戦争)に至 るものまでがあり,これは防止できる可能性をもつが,不幸なことに存 在し続けている.

 地震,ハリケーン,洪水などの天災は,防止できず,将来もその発生 は比較的予知しにくいであろう.このような事態で救出できる人間の数 をいかにして最大限にまで延ばすことができるだろうか.災害時の死亡 者と不具者の発生防止の機会は,最新の蘇生法と一次救命処置の導入に よって急速に上昇した. “蘇生学(reanimatology)”は基本であり,救急・ 救命医学(emergency and critical care medicine)はその応用である. 大災害医学は,医学的,政治的,機構的に大きなジレンマをかかえてい る.災害に対していつでも対処できるような医療対策には,基本的な政 策,計画性,そして事前に対応できるシステムづくりが要求される.こ のような場合には,利用できる資材は限られているので,あらかじめ被 災人員を想定して計画する必要がある.

 問題は大きいが,事実, EMSや近年の戦争医学の報告にみられるよう に,災害は実際発生している.一般の医学にとって,災害とはすべてを 混乱に陥れるに十分なものであって,一般的に健康管理者には災害医学 の講義は行われていない.したがって, F.M.Burkle,P.H.Sanner,B. W. Wolcottらによって編集された本書は,まさに偉大な業績である. これは,医学生,医師,関係者にとって有用な入門書てあり,興味のあ
 * Journal of Disaster Medicine, Centrum Publishing, University City Science Center, 3508 Market Street. Suite 230, Philadelphia, PA 19104, USA.
る人は新しい専門雑誌“Journal of Disaster Medicine”(*)や,その他関連 のある雑誌のなかから災害に関係のある部分を読まれたり,論文を送っ ていただきたい.また,そのためには本書が基本的な役割を果たしてく れると思う.

 National Red CrossやRed Crescent Societiesは,世界的に連合し, WHOやほかの国や国際的な機関とともに, 近年は大災害時の援助に非常 な努力をはらっている.彼らの主たる目的は,生存者のための公衆衛生 面での援助にある. 1970年代に西ドイツのMainzでRudolf Freyによって創始されたClub of Mainzは,現在は
* * 連絡先 Peter Baskett, M.D.. Frenchay Hospital. Department of Anesthetics, Bristol BS16 1LE, England.
The World Association for Emergency and Disater Medicine (WAED)(**)となって,世界中の医師および医師以外か らなる指導者,教育者,研究者が集まり,上記の各機関とともに,また はこれらを通じて,大災害時の被災者の救出能力を高めるべく世界的な 規模で努力を続けている.

 大災害時に効果的な救急処置を行ううえで最もたいせつなことは, 一 次救命処置を時を移さず行い,二次救命処置は少なくとも6時間以内に 行うことである.本書の執筆者たちはこのために主として二つの方法を 提案している.

 第一に,全世界の市民に一次救命処置(life−Support first aid;LSFA) を教育して互助能力をまず高めることである.現在,世界中のほとんど の人々はこのLSFAを行う能力を有していない.LSFAは簡単に覚えら れるのでたいした費用を要せず経済的にできる.現在,赤十字連合がこ の仕事に乗り出している.

 第二は,大災害時には軍事医学によって進歩した二次救命処置に対す る信頼を増やすことである.

 先進国では二次救命処置は急速に発展したが,発展途上国では救急隊 も一次救命処置ができず,病院でも二次救命処置はあやふやである.こ のようなEMSシステムのない国では.大災害時はもちろん,多発災害時 にも軍隊が活動すべきである.

 このような意味で,Burkleら執筆陣は非常にすぐれており、執筆者ら が軍隊でじかに得た体験を読者に伝え,軍事医学と民間のEMSシステム をじょうずに結びつけている.

 本書は,本来,日常の場で救急患者の蘇生法に当たる医師や医学生の ためのものであるが,おそらくこれらの大部分の者は地震などの大災害 での救命処置を行った経験はないであろう.ただし,軍医,特に外科医 や麻酔医は例外で,戦争での直接の経験をもっている.

 しかし平時でも,救急,外傷医学に精通しているためには,軍医たち も通常の民間人の外傷処置に当たることが望ましい.

 大多数の国では,軍だけが,常時出動可能で,ただちに使用可能な通 信網があり,短時間に出動でき,熟練者がおり,必要な物資とその補給, 搬送能力,救出・救急処置能力,大災害による犠牲者に蘇生法を行える 能力と機構,そしてこれらすべてを統括する指揮能力を有している.数 か国の軍が共同で作業することも可能であろう.国家的な災害時に軍を 動員して災害対策に当たらせることは平時における軍隊の崇高な役割で はないだろうか.軍はこのような国家的災害医療システム (national disaster medical system;NDMS) の計画作成に関与すべきであり,むしろ 率先して指導すべきである.そして現存する民間EMSシステムをもって してはすみやかにかつ十分に対応できないような災害時には,軍にその 責任と統括権を与えるべきである.

 大災害医学に関連した機関は,計画をはっきり立案し,平和運動団体, 特にInternational Physicians for the Prevention of Nuclear War (IPPNW)および米国においてはPhysicians for Social Responsibility と,平時においても戦時においても災害救護活動に最もたけている軍と の融和を図る必要がある.軍医の大多数は平和主義者であり,じかに戦 争の恐怖を体験している.

 大災害医学のになう役割を明らかにし,かつ将来の計画を立てるため に,WAEDは,大規模な核戦争によって生ずる結果を医学的に考慮し て,1983年5月に,関係各国政府,医療機関に対して以下のような提案 を行った.

 (1)医学的災害対策は,多発災害や天災ばかりでなく,通常の戦争,核 燃料事故,また事故やテロ行為や精神錯乱を起こした指導者などによる 単発や小型の原爆の爆発に備える.

 (2)原爆による全市民の死傷等に対する準備などはまったく不可能であ る.このような核戦争に対応する災害医学というものは意味の取り違い であり,医療および資源の無駄使いである.しかしながら,もしこのよ うな恐ろしい核戦争が起きたとしたら,われわれは犠牲者の苦痛を少し でも減らすために働くであろう.

 (3)現在核戦力を保有しているすべての国家は,現在保有していない国 が核戦力を将来保有するための手助けをしないことに同意すること.

 (4)核戦力を保有している国家はその保有数を減らし,かつ将来は全世 界の核戦力を放棄するためにイニシアチブをとること.

 以前に同じような提案がWHOや核戦力放棄のために努力している国 家的または国際的医学団体によってなされている.各国家はそれぞれ災 害に対する医学的対応を行い,核戦争ばかりでなく,むしろ大地震のよ うな想像しうる最大級の国家的災害に備えるべきである.

 こうすることによって,国家は自動的に戦争から国民を護ることにな るのである.

 本書は,戦争で得た貴重な体験を通じて,医学生,医師,その他の医 療関係者に対して,

 (1)一次,二次救命処置を通じて生命維持法と,また麻酔学,救急医学, 外傷学を通じて患者の高度な生命維持法とを体得させ,さらに,

 (2)病院,公共機関,地域,国家における日常のESMシステムと災害計 画に関する知識と理解が得られるように働きかけるものである.

 医師は,自ら熟練し準備をすることによって,災害時には個々の犠牲 者により多くの生存の機会を与えうることを認識すべきである.

 このような努力は災害時の救出リレーのなかのほんの一つの鎖にすぎ ないが,事態の認識,発見,市民自身によるLSFA,救急・救命処置 トリアージ,あらかじめ指定された施設への搬送などの,中継が最も少 なく,無駄のないステップを踏むことにより大きな効果を生ずることに なる.

 軍事医学は,シナリオをつくって,あらかじめ犠牲者を想定して訓練 を行うことが,災害医療の計画性,統括性の向上に有効であることを示 している.

 本書はいかにすれば大災害に対して有効な対策を立てかつ自分を訓 練できるかを教えてくれる.

Peter Safar, M. D.

Director, Resuscitation Research Center, University of Pittsburgh, 3434 Fifth Avenue, Pittsburgh, PA 15260 ; President, World Association for Emergency and Disaster Medicine (Club of Mainz) ; Chief Editor, Journal of Disaster Medicine ; Consultant, National Disaster Medical Systems Planning (USA)

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