ハイプレッシャーカフで気管壁に高い圧がかかるメカニズム

帝京大学医学部付属市原病院麻酔科 諏訪邦夫
(日本麻酔・集中治療テクノロジー学会 1999)

 本資料の発信にご協力をいただきました諏訪邦夫先生に深謝申し上げます。なお諏訪先生から、本検討は一つの側面からの分析であり、確定的な結論を示したものではないとご付言いただいています。

(04/07/12. 発信責任者:県立新居浜病院麻酔科 越智元郎)。


目次

抄録  確定原稿  英文抄録  スライド


ハイプレッシャーカフで気管壁に高い圧がかかるメカニズム(抄録)

帝京大学医学部付属市原病院麻酔科およびME部*

諏訪邦夫,後藤隆久,猪股和則*

  [目的]: ハイプレッシャーカフhpcでカフ弾性が圧差を吸収せず,気管壁に高い圧がかかるメカニズムを理論的に検討する.

  [背景]: hpcが気管壁を損傷する事実が確立してロープレッシャーカフ使用に移行したが,h pcが気道壁を損傷するメカニズムは明確ではない.

 [方法]: 気管壁面がカフから受ける圧Ptmと最高気管内圧pkPitとの関係を求める.気管壁は 剛体,カフ形態は自由膨張で球に近い回転楕円体と仮定する.

 [結果]
 1) カフが膨張して気管内壁にすれすれで接触している状態(臨界接触)では,高いカフ内圧 をカフの弾性が吸収し,PtmはpkPitに等しい.臨界接触のカフ内圧をPic0とし,カフ内外の 圧差ΔP0 =Pic0 - pkPit である.
 2) 臨界接触は線接触でリーク防止に無効で,カフ内圧Picをさらに上昇させて面接触と する.
 3) ラプラスの法則(ΔP=Tlg/Rlg + Tcr/Rcr)で,面接触では第一項のRlg (lg:longitudi nal 気管の長軸方向)が無限大になるから比はゼロ,第二項(cr circular:気管の円周方 向)もTcrとRcr が固定して増加しない.
 4) 故に面接触ではΔP=ΔP0/2と一定値をとり, Ptm=Pic -(Pic0 - pkPit)/2 でカフ内 圧と気管壁面の差は相対的に小さくなる.
 5) 実例:pkPit が20cmH2O,Pic0 が50cmH2Oの場合,Pic が100cmH2OでのPtmは,40cmでも70 でもなく,実に85cmH2Oになる.
 6) 気管壁が弾性体なら圧値はやや低くなるが,その代わり気管が膨らんで変形する.

 [結論]: ハイプレッシャーカフを膨らませてリークを防ぐと,カフ弾性は圧差を吸収せず, カフ内圧が直接気管壁に伝わる度合いが大きくなる.


ハイプレッシャーカフで気管壁に高い圧がかかるメカニズム(確定原稿)

帝京大学医学部付属市原病院麻酔科およびME部*

諏訪邦夫,後藤隆久,猪股和則*

 気管内チュ−ブや気管切開チューブのカフは,ハードカフ(ハイプレッシャーカフ:hpc) からソフトカフ(ロープレッシャーカフ:lpc) に移行した.hpcが気管壁を損傷することは 事実であり,lpcへの移行で損傷は確実に減少している.このテーマに関してはいろいろな テストが行われているが,理論解析はない.「hpcは,それ自体の弾性が高いから,内圧を上 げても壁にはその高い圧は伝わらないのではないか」という想定もありうるが,実際にど のような数値になるのかの実験データはあるが,理論的にはまったく知られていない.

 本論文はこの点を理論解析で解明したもので,hpcのカフ弾性は圧差を吸収せず,気管壁 に高い圧がかかるメカニズムが判明した.

方法

 弾力のあるカフをモデル化して,それを気管を模した管の中で膨らませた時に壁に働く 圧を理論的に計算した. 気管壁は剛管(剛体でできている管)で,カフの形態は自由膨張で は球に近い回転楕円体と仮定した.

 カフが剛管内で膨らんで内壁にすれすれで接触している状態を「臨界接触」と名付け, さらにカフ圧を高めてカフがしっかりと壁を圧迫している状態を「圧迫」と名付ける.

 カフの内外の圧差をラプラスの法則で記述し,その一般形である
 儕=T1/r1 + T2/r2
 を適用する.ここでr1とr2は測定点での曲率半径2方向の代表値(一般には最大値と最小 値:符号を考慮する)であり,それに対応する張力がT1とT2である.

 「圧」は面積あたりの力であるから,臨界接触のような線接触では,「圧」を規定できな い.実際上もリーク防止や誤飲の防止には無効で,そうした目的にはカフ内圧Picをさらに 上昇させて面接触とする「圧迫」が必要なことは明らかである.

 カフ内圧を一般にPic と書き,臨界接触状態でのそれをPic0 と書く.同様に気管壁にか かる圧をPtm (tm: trans-membrane の略)と書く.臨界接触状態での圧Ptm0は存在しない.

 臨界接触からPic を上昇させて,Ptm の変化する状況を計算した.気管内圧はゼロとした .

結果

 臨界接触以下の膨らみではカフが球体であるから,
 儕=2 T/r
である.T はカフの壁の持つ張力であり,すべての方向に一様である.

 臨界接触を越えた「圧迫」の状況では,カフの気管内壁との接触部分は円柱体であるか ら,
 儕=T/r
である.T はカフの壁の持つ張力で,気管の円周方向の張力である.

1) 臨界接触では,高いカフ内圧をカフの弾性が吸収する.カフ内外の圧差を儕0と書くと, 儕0 =Pic0 である.

2) 圧迫の条件では,接触面の形態は円柱であり,ラプラスの法則のうちの気管の長軸方向 の曲率半径が無限大となるので圧差成分はゼロとなる.それ故に,円柱での圧差が球の圧差 の半分となる.

3) 「圧迫」の中心線(臨界接触していた円周部分)では,カフは臨界接触以上には膨らまな いから張力Tと半径 rは固定する.したがって,この線上のカフ内外の圧差は儕0/2 である .

4) したがって,この線上の壁の圧 Ptm は
Ptm=Pic -Pic0/2
となる.

5) すなわち,この部位の気管壁圧は臨界接触を越えるとカフ弾性による圧減弱効果は臨界 接触の場合の半分になり,後はカフ圧の増加分だけ気管壁圧も増加する.

6) 実例:たとえば,Pic0 が30cmH2Oで臨界接触の場合, Pic を100cmH2Oとすると,Ptmは100 -30/2 = 85cmH2Oとなる.

7) 「圧迫」の中心線から,気管の長軸方向にずれるにしたがい,カフは小さい半径から大 きく引き伸ばされるので,円周方向の張力値が増加する.それに応じて内外圧差が増大し, それがPic と等しくなった部位が今度は臨界接触する.

考察

 一般の気管内チュ−ブや気管切開チューブに関しては,hpc 付きのものはほとんど見当 たらなくなったが,特殊な形態や目的のものも含めるとlpcへの移行は完全ではない.分離 換気用のダブルルーメンチュ−ブをはじめとして,各種のチューブにhpc付きのものが残っ ていることをいくつかの展示会で確認している.lpcに慣れている分だけ,hpcの使い方への 注意が疎かになる危険も懸念される.

 同じ懸念はラリンジアルマスクにも当てはまるだろう.そもそも人工呼吸を想定はして おらず気道の分離も不完全と承知しているだけに,内圧には考慮を払わない傾向が強いか ら喉頭部を案外損傷しているのかも知れない.

 もっとも,カフによる重大なトラブルは一般の麻酔のように数時間程度のケアで発生す るのは稀れで,何日も継続的に使った後に発生するのが通例であり,ラリンジアルマスクの ように使用時間が短いものは,損傷とはいっても程度は限られよう.

 本研究では気管内圧をゼロとした.いわば自発呼吸の場合にあたる.気管内圧を正の値と すれば人工呼吸の際の分析にあたるが,これは全体が平行移動するだけで,基本の考え方は 同一である.

 この分析では気管を剛管と仮定している.実際には,気管は弾性管であり,カフ圧に応じ て変形する.この変形自体が気管の損傷を招くが,同時に変形しても圧による圧迫は生じる わけで,この点の解析は今後の課題である.

[結論]

 ハイプレッシャーカフを膨らませてリークを防ぐと,カフ内圧が直接気管壁に伝わ るようになる.カフの弾性が内外の圧差を吸収して,気管壁の損傷を防ぐ効果は小さい.一 方、カフの内外圧差はごく小さいものなので,hpcであってもカフ内圧の測定意義は大きい .

参考文献:


Cuff-elasticity decreases only little the pressure on the tracheal wall exerted by high pressure cuff (ABSTRACT)

Kunio Suwa, Takahisa Goto, Kazunori Inomata(*)

Department of Anesthesia and Division of Medical Electronics(*), Teikyo University Ichihara Hospital

In a theoretical trachea-cuff model, we analyzed the pressure on the tracheal su rface exerted by the cuff-pressure.

We found that the intuitive assumption of elasticity of high pressure cuff absor bing much of the high pressure inside the cuff thereby decreasing the pressure a pplied on the tracheal wall is in error. The elasticity of the cuff material abs orbs the pressure only little, leaving the pressure on the tracheal wall fairly close to that in the cuff. Measuring the cuff-pressure is quite meaningful even in high pressure cuff.

Keywords: endotracheal tube-cuff, tracheal wall pressure, Laplace law


ハイプレッシャーカフで気管壁に高い圧がかかるメカニズム(スライド原稿)

帝京大学医学部付属市原病院麻酔科およびME部*

諏訪邦夫,後藤隆久,猪股和則*

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