救急救命士による気管挿管とその問題点

救急医療防災セミナー(2004年10月22日、岡山)
シンポジウム「メディカルコントロールの現状 ―特に救急救命士による気管挿管と その問題点―」

県立新居浜病院麻酔科 越智元郎

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抄 録

 救急救命士による気管挿管に慎重な立場から、愛媛県におけるメ ディカルコントロール(MC)の整備と救命士挿管の準備状況につ いて考察したい。

 演者は救急救命士による気管挿管や薬物投与の実施は時期尚早と 考えている。現時点で関係省令等の改正に踏み切ることは国民の利 益につながらず、また国民に対する信義にも反する。その理由とし て、1)病院外において救急救命士が気管挿管を行うことによって生 存退院できる心肺停止患者が増加するというデータを欠くこと、2) 秋田市をはじめ各地で実施された救急救命士の違法挿管に関して、 関与した救急救命士、消防本部、指導医師、指導官庁などの責任が 明らかにされていない。この状態で救急救命士の気管挿管を許すこ とは、適応外の気管挿管(心肺停止状態でない患者への実施など) をはじめ、新たな不法行為につながる恐れがある、3)救急救命士に 気管挿管を実施するためには手術患者などでの訓練が欠かせないが、 病院内での研修・訓練に関して法的に整備されておらず、また指導 に当たる麻酔科医師のマンパワ−は全国的に非常に制限されている。 4)救急救命士の特定行為拡大の前提となる、MC体制の整備が不十 分な地域が少なくない、5)わが国においては、世界的に著明な救命 効果が認められている「早期除細動体制」の整備が十分でないこと などが上げられる(救急救命士による気管挿管等の実施のための関 係省令等の改正についての意見)。

 一方、愛媛県のMC体制の整備としては、昨年度から県および地 域MC協議会が発足し、包括的指示下での除細動体制が開始されて いる。一部地域で検証体制が整備される以前に新除細動体制をスタ ートするという足並みの乱れはあったが、地域MC主催の症例検討 会なども定期的に開催され、現時点では各地域の検証体制は軌道に 乗っている。検証票にはウツタイン様式による集計に必要な諸項目 がすべて含まれ、電子ファイルで送受信される。「覚知時刻」は受 信開始時刻で統一され、患者接触時刻、初回除細動時刻などととも に秒単位まで記載される。「バイスタンダーCPRあり」は虚脱を目撃 した人が救急隊員到着まで絶え間なくCPRを実施した場合とし、単に 救急隊員到着時に市民がCPRを行っていた場合(「市民CPRあり」) と区別できるようにした。ただし、ウツタイン様式による集計は未 だ行われたことはない。

 愛媛県の救急救命士の気管挿管に関しては、演者の思いとは別に、 準備が進められ、本年9月には県内統一の気管挿管プロトコルが策定 された。そして10月から追加講習が行われ、早い所では11月から救 急救命士の病院実習が開始される。救命士挿管に向けてのこの数カ 月の遅れは医療機関における新しい研修制度の定着を促し、自治体 合併に向けての消防本部の事務作業繁多に猶予をあたえるものとし て好感が持たれる。そして本県の統一プロトコルは厚生労働省の案 に沿った節度のあるものになっている。またプロトコルに質疑応答 を加えた啓蒙的な資料を作成し、救急医療関係者への周知をはかっ ているところである。


発表スライド

Slide-01(前スライド、次スライド

 救急救命士(以下、救命士)による気管挿 管に慎重な立場から、愛媛県におけるメディ カルコントロール(以下、MC)の整備と救 命士挿管の準備状況について考察します。


Slide-02(前スライド次スライド

 私は救命士の気管挿管を本州と四国を結ぶ 架橋事業に例えたいと思います。救命士の包 括的指示下の除細動には救命効果があり、間 違いなく国民に利するものと思います。しか し、救急隊員による気管挿管、薬剤投与につ いては明かな科学的根拠がなく、これらを推 進することは多大な財政負担となった本四架 橋と同様の問題をはらむと考えます。

 すなわち、本四連絡橋公団ホームページに よると、公団の収入の過半数は借入金であり、 を元金償還と利払いに充てているのです。橋 のメリットを裏付ける料金収入は1/5余りに過 ぎません。


Slide-03(前スライド次スライド

 このような無駄の積み重ねが、GDP比1.6倍 と言われる、世界一の財政赤字を招いていま す。救命士の気管挿管や薬剤投与には、その メリットが疑問視される本四2橋と同様の弊 害があるのではないでしょうか。私はMC体 制の整備と早期除細動体制の確立のために、 予算と人員を集中するべき時だと考えていま す。


Slide-04(前スライド次スライド

 今年3月、救急救命士による気管挿管に関 して厚生労働省へ送付したパブリックコメン トをもとに、もう少し詳しく述べさせていた だきます。


Slide-05(前スライド次スライド

 第1に、病院外において救命士が気管挿管 を行うことによって生存退院できる心肺停止 患者が増加するというデータを欠いています。


Slide-06(前スライド次スライド

 第2に、秋田市をはじめ各地で実施された 救命士の違法挿管に関して、関係者や指導官 庁の責任が明らかにされていません。この状 態で救命士の気管挿管を許すことは、適応外 の気管挿管をはじめ、新たな不法行為につな がる恐れがあります。


Slide-07(前スライド次スライド

 第3に、救命士が気管挿管を実施するため には手術患者などでの訓練が欠かせませんが、 病院内での研修・訓練に関する法的に整備が できていないと思います。また、指導に当た る麻酔科医師のマンパワ−は全国的に非常に 制限されています。


Slide-08(前スライド次スライド

 第4に、救急救命士の特定行為拡大の前提 となる、MC体制の整備が不十分なまま、気 管挿管の準備に着手している地域が少なくあ りません。


Slide-09(前スライド次スライド

 第5に、わが国においては、世界的に著明 な救命効果が認められている「早期除細動体 制」の整備は十分でありません。一般消防職 員や警察官への除細動教育やAEDの全国配備に こそ、経費と教育人員を集中するべき時期だ とい考えます。


Slide-10(前スライド次スライド

 次に、愛媛県のMC体制の整備状況につい て報告します。本県では昨年度、県および地 域MC協議会が発足し、包括的指示下での除 細動体制が開始されました。なお、この際、 一部地域では1枚の検証票も書かれないうち に新除細動体制に踏み切るという足並みの乱 れもありました。その後、検証体制が正式運 用され、また救命士の生涯教育の体制、症例 検討会開催などの活動も定着して来ています。


Slide-11(前スライド次スライド

 本県における検証体制の工夫点ですが、検 証票にはウツタイン様式による集計に必要な 諸項目がすべて含まれ、電子ファイルで送受 信されています。心停止の原因は「推定心原 性」などウツタイン様式に準拠して分類され ます。また「覚知時刻」は受信開始時刻で統 一され、患者接触時刻、初回除細動時刻など とともに秒単位まで記載されます。一方、 「バイスタンダーCPRあり」は虚脱を目撃した 人が救急隊員到着まで絶え間なくCPRを実施し た場合とし、単に救急隊員到着時に市民がCPR を行っていた場合と区別できるようになって います。ただし、残念ながらウツタイン様式 による集計・解析は未だ行われていません。


Slide-12(前スライド次スライド

 次に、救命士挿管に関しては、演者の思い とは別に、準備が進められ、本年9月には県内 統一の気管挿管プロトコルが策定されました。 そして10月から追加講習が行われ、早い所で は11月から救急救命士の病院実習が開始され ます。

 これらの動きは最も進んだ県より約半年遅 れていますが、医療機関における新しい研修 制度の定着を待ち、また自治体合併に向けて の消防本部の事務量増加を考慮に入れたスケ ジュールとして、むしろ好感が持たれます。  


Slide-13(前スライド次スライド

 そして、本県の統一プロトコルは、気管挿 管の適応を救命のために不可欠な傷病者に限 定するなど、厚生労働省の案に沿った節度の あるものになっています。またプロトコルに 質疑応答を加えた啓蒙的な資料を作成し、救 急医療関係者への周知をはかっているところ です。


Slide-14(前スライド最初のスライド抄録へ

 まとめとして、

 1)救命士の気管挿管に関しては他の優先 すべき活動を推進しながら、慎重に準備する べきだと思います。

 2)すなわち、愛媛県のMC体制の構築に ついては、ウツタイン様式による解析、指示 医師や検証医師のプレホスピタルケアへの理 解を深めるなどの努力を継続する必要があり ます。

 3)また、あくまでも傷病者の救命、社会 復帰が目標であることを忘れず、早期除細動 への努力や市民、消防・医療関係者のレベル アップを怠ってはならないと考えます。

 以上、ご静聴有難うございました。


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