Slide-01(前スライド、次スライド)
愛媛県立新居浜病院麻酔科の越智でございます。このたび島根県邑智郡 医師会の皆様へ救急医療についてお話しさせていただく機会をいただきま したことを厚く御礼申し上げます。
なお本日の講演原稿、スライド原稿などはスライドに示すホームページ に収載しておりますので、ご参照いただけましたら幸いと存じます。
今年3月に出た救急業務高度化推進委員会の報告書によると、メディカ ルコントロール(MC)とは医学的観点から救急救命士を含む救急隊員が行う応急 処置等の質を保障する事であり、この中には 1)常時指示体制、2)事後検 証体制、3)再教育体制の3つの課題がございます。
本日はメディカルコントロールに関連して、次のような流れでお話しを させていただきます。
まず1994年の日米の病院前救護活動の比較データを基に、わが国で病院 前の高度化が求められた背景についてお話しさせていただきます。
つぎに2002年の中国四国地方のデータをもとに、高度化の前提となるMC 体制が未整備である現状を紹介させていただきます。
第3に病院前救護高度化に向けてこれまでの行政の動きをまとめさせて いただきます。
さらに、メディカルコントロールが未整備の現状で包括的指示下の除細 動を実施してよいかという問題について意見を述べさせていただきます。
最初の話題として病院前救護活動の高度化が求められる背景についてお 話させていただきます。
私は1995年に米国の病院前救護の先進地区の一つとされるPittsburgh市 に調査に参りました。そして同市と同規模の地方都市である松山市、また 米子市や愛媛大学医学部のある愛媛県東温地区との比較を行いました。こ の中で心肺停止患者に対する病院前救護の評価するために次の4つの指標 を用いました。
1)市民による一次救命処置の実施率
2)救急医療システム(EMS)への通報から1次救命処置開始までの所要時間
3)通報から2次救命処置開始までの所要時間
及び
4)病院外で施行された2次救命処置の質
です。
本来は国際的記載様式(Utstein様式)を用いた患者転帰の比較ができ ればよかったのですが、これは主に日本側で統計が整備されていませんで した。
ここで心肺停止患者に対する病院前救護を考える上で重要なことは、脳 への血流・酸素が途絶した場合、3〜5分で 非可逆的な脳損傷を生じる ということで、時間の要素が患者転帰の鍵となって参ります。そして、病 院外心肺停止患者を神経学的後遺症なしに救命するためには、市民による 心肺蘇生法を含む救命の連携(Chain of Survival)を強化する必要がある と言われています。
救命の連携とは通報、発見者による心肺蘇生法、除細動、そして高度な 蘇生医療への連携が最小限の時間差で引き継がれてゆくことを言います。 中でも、適応がある例ではできるだけ早期に除細動を実施することが極め て重要です。
除細動が1分遅れるごとに生存退院率が7〜10%低下すると言われ、各種 蘇生治療の中で除細動までの時間が転帰を決定する最も重要な要素であると されています。
さて、心肺停止患者に対する日米の病院前救護であるが、最初に市民に よる一次救命処置の実施率を比較した。グラフは4地区における、消防本 部への通報から1時間後までの蘇生治療の質を示したもので、1994年のデ ータです。
Pittsburghでは通報から約6分、松山・東温では7分、米子では9分で 救急車が到着しますが、その間に市民が一次救命処置を実施していた割合 はPittsburghで35%、日本の3地区では10%を下回っていました。どの地 域でも、発症から救急隊到着までに重要な空白の時間があり、多くの患者 において救急隊到着時には非可逆的な脳損傷を来していることがわかりま す。
救急隊が早期に到着して脳損傷を防ぐことができるのは通報から4分が 限界と考えられますが、この時間内に救急隊が現場に到着できるのは Pittsburghで34%、わが国の3地区では8%に過ぎません。結局、市民が 一次救命処置を実施してくれるかどうかが、患者救命の鍵を握っているこ とがわかります。