広島県のメディカルコントロール体制の構築について


1 メディカルコントロール体制整備に向けた動き


 ○ 消防庁及び厚生労働省は,救急救命士の専門性を高め国民の救命効果の向上を図るため には,「メディカルコントロール体制の整備が喫緊の課題」と結論づけ,メディカルコント ロール体制の整備促進を通知した。(平成13年7月4日付け消防庁救急救助課長通知「救 急業務の高度化の推進について」,平成13年7月4日付け厚生労働省医政局指導課長通知 「病院前救護体制の確立について」)

 ○ 通知では,メディカルコントロール協議会の設置,メディカルコントロール担当医師の 養成,救急救命士への指示や事後検証,再教育体制などメディカルコントロール体制整備 に向けた取組みが都道府県に要請されている。

 ○ 平成14年12月に消防庁及び厚生労働省の共同検討会である「救急救命士の業務のあ り方等に関する検討会」の報告書が取りまとめられた。この報告によると,メディカルコ ントロール体制の確立を前提として,次のとおり救急救命士の処置範囲拡大の方向性が示 されている。

○ これを受けて,国は救急救命士制度の改正を行うこととしており,早急にメディカルコ ントロール体制整備を推進する必要がある。


2 広島県の病院前救護体制の現状と課題


(1) 保健医療圏等の状況

○ 平成14年3月28日に公示された広島県保健医療計画において,保健医療圏,救急医 療圏及び災害医療圏は,次のとおりとされている

  1. 保健医療圏

    ○ 基本的な保健医療活動,すなわち,住民に密着した頻度の高い日常的な保健医療活動が 展開される地域である一次保健医療圏は,保健活動や介護保険の推進とともに,かかりつ け医等による初期治療が推進される市町村域とされている。

    ○ 日常生活圏で通常の保健医療需要を充足できる圏域,すなわち,特殊な保健医療並びに 療養病床及び一般病床以外の病床に係る医療を除く一般の医療需要に対応するために設定 する区域である二次保健医療圏は,広島,広島西,呉,広島中央,尾三,福山・府中,備北 の7圏域とされている。

    ○ 特殊な診断や治療を必要とする医療需要や,高度又は専門的な保健対策に対応するため に設定する区域である三次保健医療圏は,全県を区域とされている。

  2. 救急医療圏

    ○ 初期救急医療は,外来診療によって救急医療を行う最も地域に密着した制度であり,「在 宅当番医制」,「休日夜間急患センター」等によって行われている。

     在宅当番医制は,市町村が実施主体となり,県内22 地区全ての医師会と尾道市地区歯科 医師会の協力を得て実施されている。

     また,休日夜間急患センターは,設置基準である人口5万人以上の7市のすべてにおい て運営され,さらに,7市以外で人口5万人未満の市又は地域のうち,大竹市,竹原市, 三次市及び高田地区においても運営されている。

    ○ 二次救急医療は,入院治療を必要とする重症救急患者に対する医療であり,二次救急医 療体制を整備する圏域として,14の救急医療圏が設定されている。

     二次救急医療体制は,現在,「病院群輪番制病院」を基本として整備されている。ただし, 当番日以外の日であっても他の病院群輪番制病院の診療体制が確保されている地域もある。 また,二次救急医療体制を補完するため,特に2病院が「救急医療サブセンター」として 指定されている。

    ○ 三次救急医療は,二次救急医療では対応できない複数の診療科領域にわたる重篤な救急 患者に対し,24時間体制で高度な医療を総合的に提供するものであり,全県域をエリア として,現在,3か所の救命救急センター(国の設置基準;人口100万人に1か所)が 設置されている。また,広島大学医学部附属病院も三次救急医療の機能を有している。 また,救急救命士の資質の向上を図るため,三次救急医療機関で研修が実施されている。

    ○ 救急医療圏の状況は,三次救急医療については,全県域をエリアとして,現在,3か所 の救命救急センターを含む4か所の三次救急医療の機能を有する医療機関があるが,県西 部に集中していることから,県東部の三次救急医療体制を強化する必要がある。このため, 福山市市民病院に救命救急センターを設置することとして,平成17年度の開所を目指し て,今年度から整備が始められている。

  3. 災害医療圏

    ○ 災害医療圏は,二次保健医療圏と一致させ,救急医療体制と連動を図ることとされてい る。

    ○ 県は,厚生労働省の制度による災害拠点病院を14か所,県独自の制度として災害協力 病院を4か所指定し,災害医療圏ごとに1か所以上の災害医療を担う拠点病院を確保して いる。

    ○ また,県は,災害発生時において,県医師会と連携し医療救護体制を確保することとし ており,県医師会は,全県及び災害医療圏ごとの総合調整機能を担う「コーディネーター」, 「地域コーディネーター」を設置し,指揮系統の確立を図っている。

  4. その他

    ○ 県は,「広島県救急医療情報ネットワークシステム」を整備し,在宅当番医,休日夜間急 患センター等,緊急時の医療機関の検索が容易にできるよう,消防本部等の関係機関をは じめ広く県民へ救急医療情報の提供を行っている。


(2) 消防機関の状況

○ 本県では,平成14年4月1日現在,19ある県内全ての消防本部で救急業務が実施さ れている。

○ 消防機関が行う救急業務は,昭和38年の法制化以来,その体制整備を図ってきたこと で,現在では,住民生活に必要不可欠な行政サービスとして広く認知されている。

○ 近年の救急出場件数の状況は,第1図のとおりである。平成13年中の本県の救急出場 件数は94,927件となっており,平成8年中の救急出場件数の71,366件に対し,5 年間で33%増加しており,年々増加の傾向にある。

○ 住民の救急ニーズの高まりに対応するため,消防庁は,平成3年8月に救急隊員の処置 範囲を拡大した。また,平成3年4月には救急救命士法が制定され,救急隊員のうち救急 救命士資格を有する者は,より高度で専門的な応急処置が行えることとなった。本県では, 平成4年に初めて救急救命士が配備されて以来,第2図のとおり救急救命士の養成に努め てきた。その結果,平成14年4月1日現在,県内全ての消防本部で救急救命士が運用さ れており,県内の救急隊員1,071名のうち,救急救命士資格を有する者は333名で, 救急隊員の3人に1人(31.1%)が救急救命士である。救急救命士については,今後も計 画的な養成を図る必要がある。

○ また,本県では,救急救命士が行う医療行為に対応した資器材を搭載した高規格救急自 動車の整備・導入を促進している。平成14年4月1日現在,非常用も含めた救急自動車 155台のうち,87台(56.1%)が高規格救急自動車となっており,今後も国庫補助制度 の活用により整備率の向上を図る必要がある。


(3) メディカルコントロールの実施状況と課題

  1. 指示体制

    ○ 救急救命士が,「半自動式除細動器による除細動」,「乳酸加リンゲル液を用いた静脈路 確保のための輸液」,「ラリンゲアルマスク等の器具による気道確保」の医療行為(以下「特 定行為」という)を行おうとする場合は,救急救命士法により医師の具体的な指示が必要 である。そこで,救急救命士を効果的に運用するには,24時間365日,常時医師から 指示が受けられる体制を確立する必要がある。

    ○ 平成14年8月1日現在,県内の消防本部が特定行為の指示要請をしている医療機関は 44病院ある。そのうち,常時指示が可能な医療機関は,31病院(全体の70.5%)であ る。全ての消防本部が,常時指示が受けられる医療機関を最低1病院は確保しており,本 県の常時指示体制の構築は比較的進んでいる。

    ○ 県内19消防本部のうち15消防本部(79.0%)が,特定行為の指示に関して医療機関 と文書による覚書等を交わしており,その形態は原則無償となっている。

    ○ 消防本部が指示要請している医療機関の内訳を見ると,三次救急医療機関が4病院,二 次救急医療機関が36病院,その他の医療機関が4病院である。消防機関は,通常,これ ら特定行為の指示を受けた医療機関に傷病者を搬送している。

    ○ 消防本部又は救急隊と医師との間でホットライン(指示専用電話)が常設されている医 療機関は24病院である。三次救急医療機関では,全てホットラインが設置され,二次救 急医療機関では18病院,その他の医療機関で2病院に設置されている。残りの指示医療 機関は看護師,又は事務職員を通して医師が対応する体制であり,救命率の向上には,一 刻も早い医師の指示が必要であることから,ホットラインの一層の整備が望まれる。

    ○ 指示体制の充実,救急救命士の増員により,本県の特定行為の実施件数は着実に増加し てきた。しかし,特定 行為の実施件数を二次 保健医療圏ごとに比較 すると,第1表のとお り圏域によって実施率 に大きな差が見られる。

     現在,全ての消防本 部が常時指示体制の構 築に努めているが,特 定行為の実施という指 示体制の運用面におけ る地域差の解消に努め なければならない。

  2. 医学的観点からの事後検証

    ○ 本県では,救急救命士を含む救急隊員が行った応急処置について,組織的に医師が検証 する体制は,現在,全県的にできていない。

    ○ 消防本部によっては,独自に予後調査表,転帰調査表等の様式を作成し,搬送先の医師 に対して救急隊員へのアドバイス等の記入を依頼することで検証を試みている例がある。 また,特定の医療機関では,医療機関独自に作成した様式にアドバイス等を記入して消防 機関に手交している例もある。

    ○ しかし,指示を出す医療機関と搬送先の医療機関が一致しているため,検証の客観性が 充分に担保できず,また,この検証作業自体が組織的にシステム化されていないという課 題もある。

    ○ そのため,検証に必要な統一基準の作成,検証に従事する医師の養成等を図り,検証の 客観性が担保できる体制を整備する必要がある。

  3. 再教育体制

    ○ 救急救命士に対する再教育としては,「病院実習」,「消防本部内の研修」,「症例研究 会・シンポジウムの開催・参加」等が挙げられる。

    ○ 平成14年4月1日現在,19消防本部のうち17消防本部(89.5%)で病院実習を行 っている。消防庁では,再教育の病院実習時間を救急救命士1人当たり2年間で128時 間以上実施するよう通知(平成13年7月4日付け消防庁救急救助課長通知「救急業務の 高度化について」)したが,県内では,年平均24時間の病院実習時間しか確保できていな い。

    ○ その理由として消防機関が挙げる主なものは,出動体制を確保した上で実習派遣を行う ため人的な余裕がないこと,実習受入れ医療機関の理由としては,救急救命士の実習の他 にも多くの研修を抱えているため,受入れできる期間,人数が極めて限定されていること 等がある。

    ○ 病院実習に当たり,実習受入れ医療機関と文書で覚書等を交わしているのは,10消防 本部(52.6%)である。文書を交わしている消防本部では,原則無償で医療機関に実習を 受入れてもらっている。

    ○ 消防本部は,救急救命士を含む救急隊員が本部内で研修を受けられるよう勤務割に配慮 している。しかし,その実施状況を見ると,本部による組織的にカリキュラムを組んだ職 場研修は実施されているところは少なく,所属の救急救命士等が訓練日の度に内容を定め て研修を実施している。

    ○ 19消防本部のうち11消防本部(57.9%)が,事例研究会等を開催している。開催頻 度は,半月に1回程度の実施から6ヶ月に1回程度の実施まで幅が広く,3〜4ヶ月に1 回という消防本部が5本部(45.5%)と最も多い。また,18消防本部(94.7%)で,公 費により職員を症例研究会,救急隊員シンポジウム等に派遣しているが,救急救命士を含 む救急隊員が自費で参加する例も多い。

    ○ 消防本部内での研修を充実させるため,所属の救急救命士の中から,救急救命士指導者 を選任し,職場内研修を充実させる体制を構築する必要がある。

  4. 関係機関との連携

    ○ 救命率の向上を図るためには,救急救命士を含む救急隊員と医師,又は消防機関と医療 機関の連携(いわゆる「顔の見える関係」の確立)が不可欠であり,関係機関が定期的に 協議する場を設置することが効果的である。

    ○ 本県では,県全体のメディカルコントロール体制の構築について協議する場として,平 成13年度から当部会が設置されている。当部会は,消防庁通知(平成13年7月4日付 け消防庁救急救助課長通知「救急業務の高度化について」)に基づく県単位協議会と位置 付けている。

    ○ 地域により救急業務の実施状況,医療資源等に差があるたため,メディカルコントロー ルは地域実情に合わせて実施することが効果的である。そのため,県内を複数のメディカ ルコントロール圏(以下「MC圏」という)に分け,原則としてメディカルコントロール はMC圏内で完結する体制を構築することが必要である。

    ○ 国では,MC圏の決定については,消防組織との関係や救命救急センターの設置状況等 を勘案し,二次保健医療圏又は複数の二次保健医療圏を想定している。(平成14年7月 23日付け消防庁救急救助課長通知「メディカルコントロール体制の整備促進について」, 平成14年7月23日付け厚生労働省医政局指導課長通知「メディカルコントロール協議 会の設置の促進等について」)

    ○ 救急業務は,地方自治法,消防法により市町村(消防機関)が実施することとされてい るため,医療機関と消防機関の連携は,一次的には消防機関が責任を負うのが原則である と考えられる。

    ○ しかし,個々の消防本部の管内に,必ずしもメディカルコントロールの実施に充分な医 療機関が存在するとは言えず,消防本部ごとに完結した連携体制を構築することは困難で ある。そのため,消防本部の管轄区域を越えたMC圏内で,関係機関の連携を図るために は,より広域的な団体である県が主体的に行う必要がある。

    ○ メディカルコントロールは,MC圏域を基本単位として完結するため,MC圏域ごとに メディカルコントロール協議会(以下「MC協議会」という)を設置し,消防機関と医療 機関の連携強化を具体的に図ることが必要である。なお,現在,本県ではMC圏ごとのM C協議会は設置されていない。


広島県のメディカルコントロール体制の構築について(目次)