AHAガイドライン2000の市民指導ビデオ

守田 央1)、畑中哲生2)、若林 正3)、円山啓司4)、生垣 正5)、越智元郎6)、岡野谷純7)

1)尼崎市消防局北消防署、2)救急救命九州研修所、3)東京大学大学院教育学研究科、4)市立秋田総合病院中央診療部手術室、5)市立砺波総合病院麻酔科、6)愛媛大学医学部救急医学、7)特定非営利活動法人日本ファーストエイドソサェティ

プレホスピタルケア 第14巻第4号(通巻44号),p.94-96,2001


目 次


はじめに

 病院前心停止傷病者の救命率の向上に、心肺蘇生法(CPR)の普及啓発がきわめて重要であることは論を待たない。この心肺蘇生法の市民指導には以前からビデオが用いられており、教育効果を高めている。

 2000年8月にアメリカ心臓協会(AHA)は、新しい心肺蘇生法ガイドライン(Guidelines 2000 for cardiopulmonary resuscitation and emergency cardiovascular care:以下G2000)を発表した。わが国でも、日本救急医療財団が監修し、G2000に準拠した「指導者のための救急蘇生法の指針(一般市民用)」が、2001年5月30日にへるす出版から発表された。今後、各種団体から様々な市民指導用のビデオが作製され、市民指導が展開されていくものと思われる。

 G2000の中でも、ビデオなどの視聴覚メディアを使用した心肺蘇生法の普及が推奨されており、アメリカでは市民指導にどのようなビデオを使用しているのかは興味深いところである。われわれは、AHAが作成した市民指導用のビデオ「CPR for Family and Friends video」(以下AHAビデオ)をAHAの教材販売のホームページ Channing L. Bete Co.,Ic. http://aha.channing-bete.com/ から入手し翻訳したので紹介する。


成人に対するBLSの手順

 まず、G2000のなかの、成人に対するBLSの手順を簡単に紹介する。

  1. 現場の安全の確保

  2. 意識の確認: 肩を叩いたり揺すったりして、大声で呼びかける。

  3. 119番通報:
    いつ通報するかは地域毎の状況によって決定する。AHAでは傷病者が成人の場合、phone first(CPRの前に119番通報)を推奨している。小児、溺水、外傷、中毒の場合はphone fast(1分間のCPR後に通報)を推奨している。

  4. 気道確保:
    頭部後屈あご先挙上法、または頭頸部の外傷が疑われる場合は下顎挙上法。

  5. 呼吸の評価:
    見て、聴いて、感じて、10秒以内に確認する。

  6. 人工呼吸:
    意識はないが、正常な呼吸をしていれば回復体位(昏睡体位)にする。呼吸がなければ2回ゆっくりとした人工呼吸をおこなう。呼気の吹き込みには2秒以上かけ、吹き込み量はおよそ10ml/kg(700ml〜1000ml)である。酸素(酸素濃度40%、流量8〜12L/min)が利用できるときは6〜7ml/kg(400〜600ml)の量を1〜2秒で換気する。

  7. 循環の評価:
    一般市民には頸動脈の触知を教えない。最初の人工呼吸に反応して、正常な呼吸、咳や体動などの「循環のサイン」があるかどうかを確認する。この評価は10秒以内に済ませる。医療従事者は頸動脈の触知を含む「循環のサイン」を10秒以内で評価する。

  8. 心臓マッサージ:
    剣状突起の頭側、または両乳頭間の中央の胸骨上に手根部を置き、15回圧迫する。圧迫の深さは3.5〜5cm、圧迫の速さはおよそ100/minである。

  9. 心臓マッサージと人工呼吸の比:
    それぞれ15:2の割合で繰り返す。救助者が一人でも二人でも、一般市民も医療従事者も気管内挿管がされるまでは15:2である。

  10. 再評価:
    心臓マッサージと人工呼吸を4サイクル(およそ1分)おこなったあと、「循環のサイン」を10秒以内で評価する。
    • 呼吸があれば回復体位にする。
    • 呼吸はないが「循環のサイン」があれば、人工呼吸を4〜5秒に1回おこない、数分毎に「循環のサイン」を確認する。
    • 「循環のサイン」がなければ、CPRを続け、数分毎に「循環のサイン」を確認する。
    • 十分な自発呼吸が回復し「循環のサイン」があれば、回復体位にする。

     なお、G2000でいう成人とは8歳以上(>25kg)、小児とは1歳以上〜8歳未満、乳児とは1歳未満をいう。


AHAビデオの構成

 AHAビデオは成人編(20分)、小児編(25分)の2本セットである。

 AHAビデオではWatch-then-practice(見てやってみる)ということを意識したものであり、途中に数回ビデオを止める部分を設けている。つまり、ビデオを見ては途中で止めて練習し、またビデオを見て練習するということを繰り返すわけである。この方法では、実技のために短時間の映像や説明を記憶すればよいのであって、ビデオ全編をみてから練習するよりも、教育効果が高いと思われる。

 また、心停止の予防や早期発見、救命の鎖(chain of survival)の知識の普及にも重点をおいた構成になっており、これは心肺蘇生法実施の動機付けに効果的である。

 成人編と小児編に共通するビデオの構成はつぎのとおりである。

  1. 導入
    アメリカのテレビドラマ「ER」を意識したと思われる緊迫した導入部分。

  2. 重要疾患の症状
    成人編では心臓発作、心停止、脳卒中、窒息の警告サイン(warning signs)や症状を 説明している。小児編では呼吸停止、心停止、窒息の症状を説明している。

  3. 救命の鎖(chain of survival)
    救命の鎖について順に説明されるが、成人編では119番通報の重要性が強調されている。 小児編では心停止の予防に重点を置いて説明されている。

  4. 意識の確認から人工呼吸まで
    マネキンを使用して、意識の確認から人工呼吸までの手順が展示され、説明されている。

  5. 下顎挙上法
    下顎挙上法をもちいた気道確保と人工呼吸の方法が紹介されている。

  6. 循環のサインの確認から心臓マッサージまで
    マネキンを使用して、循環のサインの確認から心臓マッサージまでの手順が展示され、説明されている。

  7. すべてのCPR手順
    意識の確認から傷病者の再評価までの一連の手順が再度展示されている。これで、受講者はCPRの手順を2回練習することになる。

  8. 気道閉塞異物の除去
    窒息しているかどうかの確認方法とハイムリック法を使用した気道閉塞異物の除去方法の説明がされている。


AHAビデオ成人編の一場面

 成人用のAHAビデオの翻訳を一部紹介する。マネキンを使用して、循環のサインの確認から心臓マッサージまでの手順を展示しながら、案内人により解説される場面である。

案内人:

 2回ゆっくりと人工呼吸をおこなったあと、循環のサインを確認してください。あなたの耳を傷病者の口に近づけ、正常な呼吸や咳を、見て、聴いて、感じて確認します。(両手は気道確保をしたまま、上半身を起こして)傷病者をざっと見て、体動があるか確認します(図)。循環のサインの評価には10秒以上かけてはいけません。
 もし、循環のサインを見つけたが、呼吸がない場合は、人工呼吸を継続します。5秒に1回人工呼吸をおこなってください。

 しかし、最初の2回の人工呼吸をおこなっても循環のサインがない場合は、心臓マッサージを開始することが必要となります。心臓マッサージをするためには、左右の乳首の間の胸骨の真ん中で胸骨の下半分に片手のかかとにあたる部分を当てます。反対の手をその手の上に重ねます。それから、相手を見下ろすように、腕をまっすぐに伸ばして、手の真上に体がくるようにしてください。腕を伸ばしたまま、1分間におよそ100回の速さで、3.5〜5センチメートル押し下げてください。圧迫と圧迫の間は、完全に力を抜くようにしますが、胸から手を離さないようにしてください。

 もう一度、あなたの番です。成人のマネキンを使って、2回ゆっくりと人工呼吸をおこない、循環のサインを確認し、15回の心臓マッサージをおこなってください。

図:「循環のサイン」の確認方法
 人工呼吸を2回おこなったあと、頭部後屈あご先挙上法で気道確
保したまま5秒程度で呼吸を確認し、図のように両手は気道確保し
たままで上半身を起こし、5秒程度全身を見回して体動を調べる。


おわりに

 AHAビデオを見れば、ガイドラインが意図する手技が明白となり、普及団体独自の解釈による手技の相違を排除することが可能である。さらに、AHAの市民指導方法についても推し測ることが可能である。

 冒頭にも述べたが、今後、G2000に準拠した市民教育用のビデオを各種団体が製作することになると思われるが、このAHAの「CPR for Family and Friends video」を参考に製作されることが望まれる。われわれは、このビデオの翻訳版の配布についても現在検討中である。


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