我が国の一次救命処置の課題
―AHA Guidelines 2000 刊行を受けて―

愛媛大学医学部救急医学___越智元郎
愛媛大学医学部麻酔・蘇生学_新井達潤

(救急・集中治療 13: (7) 693-702,2001)


はじめに

 2000年8月、アメリカ心臓協会 American Heart Association(AHA) の心肺蘇生法ガイドライン(G2000)が刊行された。1974年に初めて 作られ、1980年、1986年、1992年と6年毎に改訂され今回で4度目の 見直しである。今回の改訂は国際蘇生法連絡委員会(ILCOR、 International Liaison Committee on Resuscitation) の全面的 な協力の下に行われた。まず、これまで行われてきたCPRの手技・ 方法・投薬等の見直し、改良、あるいは新方法の導入に関する提案 を世界規模で受けつけ、ついでこれを、小委員会による検討→全体 会議での検討→小委員会による再検討→全体会議での再検討→小委 員会による最終決定、というプロセスで決定した。

 2度の全体会議には、日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会(JRC) 等の代表者も招かれ討論に加わった。その後JRCでは、これを日本の 実状に合わせ、わが国の統一ガイドラインとするための作業を行っ てきた。

 このG2000はCPA治療の現在、したがってCPA治療がどこまで進歩し たか、を如実に示している。一方で、G2000はわが国の蘇生教育とそ の評価法、心肺蘇生法普及のための受け皿のあり方、指針策定のプ ロセスなどについて、様々な問題点を照らし出すことになった。本 稿では一次救命処置にしぼって、わが国の心肺蘇生の問題点と今後 の課題について考察したい。


G2000と我が国のCPR指針策定の動き

 近年医療の全ての分野においてevidence based medicine(EBM) が強調され、科学的医療が提唱されている。今回改訂のG2000でもこ の EBMが重視され、各処置、手技、投薬等の臨床での有効性を evidence に基づきランク分けした。従来からよく知られ、当然のように行わ れている処置、方法も evidenceに乏しければ降格し、あるいはガイ ドラインから外される。このEBMの考え方は前回1992年に明確化され、 各処置法を推奨度によりI、IIa、IIb、IIIの4段階にクラス分けした。 今回はevidenceの評価がより徹底的に行われ、もし evidenceが十分 でなくクラス分けが不能の時は class indeterminate(決定不能)と いう枠に入れた。したがって推奨度は I、IIa、IIb、III、indeterminate の5段階になった。

 このEBMによる評価法は Show your data! の合い言葉とともに、 G2000策定の重要な方法論となった。また米国の研究者に対しての みならず世界に対して、旧指針に対する批判や新しい提案の機会が あたえられた。その結果、一国の蘇生指針にとどまらず、International Consensus のうたい文句にふさわしい国際指針として、登場するこ ととなった。

 このように AHAは 1992年の旧指針策定の後、心肺蘇生に関する ILCOR勧告(1997)作成においてリーダーシップ発揮し、さらに G2000 刊行に至るまで、上記のごとく多大な労力を注いできた。しかしわ が国では、1998年の第17回日本蘇生学会において、シンポジウム 「蘇生法の国際標準をめざして」としてILCOR勧告やAHAの新指針策 定の動きが取り上げられることはあったが、前回の国内指針の受け 皿となった日本医師会 救急蘇生法教育検討委員会の動きはなく、 また 1992年以降のわが国独自のデータをまとめる動きもみられな かった。そしてAHAのG2000策定会議開催の前に、日本救急医療財団 に心肺蘇生法委員会が組織され、慌だしく海外の動きを追いかける 動きとなった。そこではわが国独自の事情について分析する暇はな く、法律の許す範囲で米国の決定事項をそのまま採用する結果とな った。

 1997年のILCOR勧告発表の後、主要各国の国内指針が出そろった 今はこれまでの遅れを取り返す好機であろう。次回のILCOR勧告策 定会議や、European Resuscitation Council(ERC)、AHAなどの今後 の新指針策定会議にわが国としてのデータを携えて参加できるよう、 まずはILCORへの参加すること、一方では ERC、AHAのような蘇生に 関する社会的、学問的貢献を主な任務とし、国内指針策定の権限を 付与された強力な機関・団体の設立が望まれる所である。


脳卒中早期治療の重視

 以下、G2000のより具体的な記載を取り上げ、わが国の一次救命 処置のあり方について言及したい。

 今回の改訂では脳卒中(stroke、脳出血ではない)が重要視され、 心筋梗塞と同様に救急における第一優先(priority)となった。新 しい変化である。これはこの疾患の重大性にもよるが、脳梗塞に対 するtissue-type plasminogen activator (t-PA)などの線維素溶解 薬の効果が確立したことにもよる。

 脳梗塞では発症3〜6時間以内にこれらの薬剤を動脈内投与するこ とが有効で、できれば3時間以内に専門的治療(線維素溶解療法) を行うのが良い。従って病院到着後1時間以内に線維素(血栓)溶解 療法が行える病院へ搬送することが強調された。早期治療のために は早期診断が重要で、医療従事者には脳梗塞の診断法や重症度評価 を教えることが薦められた。

 この指針では脳卒中のうち脳梗塞を主たるターゲットとしている が、脳血管障害の多い日本においては学ぶべき点が多い。一般市民、 救急隊員に対する教育、啓発の重要性が再認識される。

 以上のように、American "Heart" Association は心疾患にとどま らず救急医療を要する幅広い病態を念頭におき、一方で心肺停止患 者の蘇生に限らず、疾病や事故の予防ならびに早期治療にも力を入 れている。また成人から乳児、新生児まで、すべての年齢層を視野 に入れている。わが国においても、蘇生・救急医療に関して AHAの ような集学的な活動を可能とするべく、各学会あるいは団体間の情 報共有、人的交流、共同プロジェクトの推進などが必要であると考 えられる。


早期除細動

 G2000を貫いている基本的な考え方のひとつは早期除細動である。 除細動をしない場合心停止後の生存率は毎分7-10%減少する。した がって10分を経過すると生存は5〜3%以下になりほとんど回復は望 めない(図1)。G2000では早期除細動を救急コールから電気ショッ クまでの時間が5分以内と規定し、病院等の医療施設の中では3分± 1分以内としている。

 除細動を早く行うためには3つの方法が考えられる。1)早く救急隊 を呼ぶこと、2)救急隊が早く現場に到着すること、さらに最も良い のは、3)事故現場にいる一般市民(lay person)が除細動を行うこ とである。1)についてはphone first(後述)として、3)については 米国ではPAD (public access defibrillation)によるAED(automated external defibrillation)として試みがすでに始まっている。

 AEDを用いたPADは今回のG2000を貫く“早期除細動”の考えを最 も具体化したものである。自動化された除細動器(AED)を用いて 一般市民が除細動する、この場合の一般市民とは現段階では空港従 業員(クルーを含む)、船員、警察官、消防士、スキーパトロール、 スポーツ指導者、会社の健康管理者等で、それぞれ人の集まるとこ ろにいる、緊急事態に遭遇する機会が多い、あるいは緊急事態に対 処する役割を担っている人たちで、一定のトレーニングを受けるこ とが必要である。

 これらの考え方は 1997年のILCOR勧告にも明瞭に記載されており、 従って世界の蘇生研究者の間での明白な合意(コンセンサス)であ る。またそれを可能としているのは AEDの機器としての高い信頼性 と、市民への十分な情報提供の結果、社会の合意として PADの理念 方が受容されている点である。しかるにわが国では、欧米で市民が AEDを操作する資格を得るのに必要な時間の何十倍にも及ぶ教育を 受けた救急救命士すら。除細動を行うのに医師からオンラインでの 指示を受ける必要がある。さらに、かなりの救急医療機関が除細動 にする指示に際し、法的には必須とされていない心電図伝送を義務 づけ、VF/VT患者の転帰の決定的な因子である時間をいたずらに浪費 している(消防本部の自主的な縛りにより伝送を行っている地域も ある)。

 行政であれ、関連学会であれ、日本救急医療財団心肺蘇生法委員 会(JRC)であれ、早期除細動に関する上記のような矛盾を放置す る限り、G2000の提案を正しく受け止めたとは言えないであろう。 そして市民への十分な情報提供の上で、わが国の救急医療体制の再 構築を訴えてゆく必要性が認められる。


一次救命処置手順の変更とわが国の課題

 旧厚生省健康政策局指導課による病院前救護体制のあり方に関す る検討会報告書 (平成12年5月)にも「心肺蘇生法の講習を実施 する機関(消防機関や日本赤十字社等)ごとに実施方法が異なって いるため、継続した講習の受講を阻害する一因となっている。」と 指摘があるように、わが国の心肺蘇生法の標準化は積年の課題であ る。G2000を契機にわが国のCPR指針が改訂された後は、その幹とな る CPR手順(Sequence of BLS)をすべての団体で共有し、また日本 救急医療財団 心肺蘇生法委員会(JRC)などが今後の各団体のテキ ストや指導内容を継続的に確認してゆく必要がある。  1)Phone First

 心肺停止と考えられる患者を見たとき、直ちに救急隊を呼ぶか、 1分間CPRを行った後救急隊を呼ぶか、つまりphone first or phone fast? は長く議論されてきた問題である。これは1992年のAHAガイド ライン(G1992)のまま、直ちに救急隊を呼ぶ phone firstになった。 米国では成人の突然の非外傷性心停止の80〜90%は心室細動で、し かも倒れてから除細動を行うまでの時間の長さが唯一の、最も重要 な生存決定要素となるというのがその理由である。

 1998年に作られた ERCのガイドライン(ERC1998)ではphone fast が採用されている。30才前後の成人までは心停止の第一の原因とし て呼吸不全が挙げられ、従って直ちに人工呼吸することがより重要 であると考えられた。

 G2000はphone firstの例外、つまりphone fastとなる場合を規定 している。溺水、外傷、薬物中毒による心停止、および8才以下の 小児もこの例外にあたる。これらでは呼吸停止が循環停止の原因に なってるため、除細動器(救急隊)を要請するより先にまずCPRを 行う。しかし逆に小児であっても不整脈を起こしやすいことが分か っていたものについてはphone firstが適用される。

 このphone first か phone fastかの問題は、欧米よりも心原性 心停止が少ないと考えられているわが国においてはより phone fast に比重を置いた、etiology basedの指導も必要になるであろう。し かし一方で、意識のない患者を目の前にして迅速な 119番通報を実 施できない例はきわめて多く、また119番通報時の消防本部からの CPR指導が充実してきたことを考慮すれば、早期の119番通報(first or fast)は強調され過ぎるということはないであろう。

 2)気道確保

 1992年のガイドラインと同様に、頭部後屈下顎挙上(head tilt- jaw lift)と下顎前推(jaw thrust maneuver)の2方法が示された。 後者は頸椎損傷の時に特に有用であり、G2000では一般市民にも指 導するという記載が入った。わが国では意識のない傷病者を「動か すな」という、市民の伝統的な態度があり、逆に頭頸部外傷が疑わ れる例においても、頚髄保護に留意した上で適切な気道閉塞や体位 変換が求められる場合があることも教えてゆく必要がある。

 3)口対口人工呼吸の換気量

 700-1000 ml(10ml/kg)を2秒かけて吹き込む、と改訂された。G1992 では800-1200mlであった。改訂の理由は、換気量が少なければ空気 が胃に入り胃内容物を逆流させることが少なくなる、心停止中は代 謝が下がっており酸素の消費・炭酸ガスの排出は少ない、等による。 換気量に関するわが国の反省点は、G1992をそのままわが国の傷病者 にあてはめようとしたことで、体重 70〜80kgを標準的な体重と考え る米国の指針を、小柄な日本人(体重50kg程度)にあてはめたこと は初めから大きすぎる換気量を指導したことになる。今回体重あた りの換気量が併記されたことにより、標準的な体重の傷病者には 500 〜600ml程度の換気量が推奨されることになった。

 4)循環停止の確認

 従来、無呼吸で反応のない(unresponsive, non-breathing victim: 意識/反応が無い)傷病者をみたとき胸骨圧迫を行う前に循環停止の 確認、すなわち頸動脈拍動の消失を確認することが必須であった。 今回の改訂では一般市民は頸動脈触知は必要なく、従って頸動脈触 知を教える必要もなくなった。理由は一般市民による頸動脈拍動触 知の精度の低さにある。

 わが国の各指導団体も、頸動脈触知を市民に教えることの困難さ を指摘している。頸動脈触知に関する指針の改訂は当初は指導者た ちのとまどいを誘うであろうが、結果として指導内容が簡潔となり、 より多くの心停止患者が市民による蘇生処置を受けることにつなが ると考えられる。

 5)胸部圧迫回数と人工呼吸回数

   胸部圧迫回数と人工呼吸回数の比率は救助者が1人の場合も2人の 場合も15対2となった。心拍出量は胸部圧迫が連続して長く行われる ほど多くなる。つまり5回圧迫ごとに呼吸で中断するよりも15回行っ て呼吸をさせる方が心拍出の効率が良い。さらに、15対2の方が、5 対1より1分間の心拍数が多くなる。圧迫は成人、小児、乳児の各年 齢層いずれも100回/分の速さで行う(乳児では 100回/分以上と記 載)。

 一般市民の場合は救助者が2人いても、1人救助法を行うことが薦 められた。従って2人いる場合には1人が口対口呼吸と胸部圧迫を行 い、他のひとりは連絡、周囲への注意を行い、実施者が疲れたら交 替をする。これは実際には2人で救助を行うことがほとんどないため で、一般市民に理解しやすく、また教育しやすくするための変更で ある。これらの変更はいずれもわが国で円滑に受け入れられるであ ろう。

   6) Compression-only CPR

 口対口人工呼吸ができない場合、Compression-only CPR(胸骨圧 迫だけのCPR)をみとめた。成人心停止中は、代謝が低下している ため酸素の需要が少なく炭酸ガスの排出も少ない、胸部圧迫による 心拍出が25%しかないため換気が少なくてもV/Qが保てる、さらに gasping により正常に近いPO2、PCO2が保てる、等のことから最初 の6-12分は、胸部圧迫を行っていれば換気は必ずしも不可欠ではな いとの報告による。

 このcompression-only CPRを認めた意味は大きい。仮にG1992の ままABCのみが提唱されれば、まず気道確保して次いで口対口呼吸 となり、口対口呼吸が嫌なものは(日本で日常的に見られているよ うに)CPRを行えなくなる。Compression-only CPRであれば少しトレ ーニングを受けたものであればすぐに手が出せる。以前からオラン ダではCABで行っており米国のABCと同様の結果を得ている。Compression- only CPRの導入により、わが国ではCPRに対する一般市民の参加が より積極的になることが期待される。

   7)気道異物

 G2000では気道異物(FBAO=Foreign-body airway obstruction) に対する一般市民の対応法が簡略化された。

 a.一般市民の対応法

 傷病者が現在気道異物で苦しんでいるときはこれまでと同様に 一般市民も異物除去の各手技(ハイムリック腹部圧迫法、背部叩打 等)を行う。ちなみにERC1998ではまず背中を掌で5回叩打し、これ が失敗した場合にハイムリック法を5回行い、続いて背中を何度か叩 打し、ハイムリック法を何度か行う。この操作を繰り返す。オース トラリア等では背中の叩打と、胸部を外側から圧縮することが成人 では薦められている。

 しかし一旦傷病者が異物による呼吸困難から意識/反応を無くした ときには、G2000では一般市民は異物の除去ではなくCPRの各手順に 沿った蘇生を行う。つまり、まず救急隊に電話をし、人工呼吸を行 い、循環のサインをチェックし、胸部圧迫を行い、というように。

 傷病者の倒れた原因が異物であることが分かっていても、傷病者 が意識/反応を無くしたときにはハイムリック法など異物除去のた めの努力は行わない。意識のあるうちに取れなかった異物が倒れて から同じ手技で除かれる可能性は少ない。はじめから意識/反応が無 く、その原因が気道異物と疑われても同じである。異物除去で時間 を浪費するよりG2000の流れに沿ったCPRをする。気道異物における CPRで通常のCPRとひとつ違うところは、呼気吹き込みに障害があっ たときには、呼気吹き込みで気道を開くたびに口の中を覗き、閉塞 物が見えたら除くことである。

 一般市民の気道異物への対応法を簡略化した根底には一般市民が CPRのコア技術を獲得することの重視がある。様々な状況に合わせて それぞれに対応する処置法を教えると混乱し、最も重要なCPRのコア 技術獲得の妨げになるという配慮がある。もうひとつの理由は窒息 死が少ない点である。米国における原因別死亡率を比べてみると、 窒息死は人口10万人あたり1.2人、溺水1.7人、交通事故16.5人、冠 動脈疾患198人で、冠動脈疾患死は窒息死の実に165倍である。した がって気道異物に対する処置法を教育するよりは基本的心肺蘇生法 をきちんと教える方が国家的規模で救急救命の効率がよい。但しこ れらの統計はわが国ではあてはまらず、後述のようにG2000とは異な った対応が必要となる。

 b.医療従事者の対応法

 医療従事者の気道異物に対する処置は従来と同じである。表4にま とめた。

 c.ハイムリック法

 ハイムリック法は従来より基本的な気道異物除去法として知られ ているがG2000ではその評価に疑問投げかけられている。ハイムリッ ク法は横隔膜を押し上げることにより気道内圧を上昇させ、肺から 空気を排出し、気道から異物を吐き出させる方法であるが、本法の 効果を示す確証は少ない。気道異物の人での研究は非常に難しく、 ほとんどの評価は症例報告、死体での研究、動物での研究あるいは 器械モデルを使った研究によるものである。またハイムリック法に は合併症が多い。腹部・胸部臓器の破裂や傷害が数多く報告されて いる。合併症を避けるために手の位置に関する注意(手を剣状突起 より下で臍より上の中心線に置く)がなされているが、正しくに行 われても合併症は起こり、また胃内容の逆流による誤嚥が起こる。

 ハイムリック法は現在多くの国々で一般市民が行うことが認めら れているが、G2000では一般市民は意識/反応のある成人(8歳以上)、 小児(8歳から1歳)に対してのみ行うことに変更された。意識/反 応が無い場合には医療従事者のみが行う。

 d.わが国における気道異物除去の問題点

 気道異物の除去は、法的な制約から実現性が薄い PADの理念とと もに、わが国が諸外国とは異なった指導法を選ぶべき2つの傷病種 であると考えられる。

 1999年竹田らが実施した自治省消防庁委託研究によると、救急搬 送を要した気道異物事故の発生率は 6.9人/人口10万人/年、気道 異物のために救急医療を受けた後に死亡した患者は 2.2人/人口10 万人/年と計算され、救急搬送されずに死亡した例を含む米国の窒 息死の頻度(1.2人/人口10万人/年)を大きく上回っていた。また わが国の、初期リズムとして心室細動を呈する心原性突然死の発生 率については 3.8人/人口10万人/年というデータがあるが、気道 異物事故は心室細動を呈する心原性突然死をも上回る発生率(6.9人 /人口10万人/年)を示し、病院前救護において迅速な対処が必要 な傷病として、きわめて重要であると考えられた。また、窒息死の 原因物質としては餅が最も多く、餅による気道異物が他のアジア諸 国ではみられない日本特有の現象であることがうかがわれた。

 異物除去法については、米国にG1992以前から成人に対してはハイ ムリック法、乳幼児では背部叩打法を指導してきた。これに対しわ が国では、各応急手当普及啓発機関での指導方法が統一されていな いばかりか、消防機関の応急処置指導要領には背部叩打法、ハイム リック法、側胸下部圧迫法いわゆるハイムリック変法など、様々な 方法が記載されており、どのような優先順位で施行すべきかが明ら かにされていない。また、小児に対するハイムリック法を禁忌とす るなど、各所に AHAの指導法との差異がみられる。さらに、掃除に よる吸引という他国に例をみない手技が、多くの消防本部で指導さ れている。

 以上のことより、わが国では気道異物の頻度が高いことを考慮し て、一次救命処置のコア技術をまず指導した後には、体位変換など と共に気道異物の場合での対処法(意識/反応がある場合、ない場 合)についても丁寧に指導する必要が認められる。一方で、欧米で 指導されているハイムリック法といえども実際には十分な根拠なし に、経験的に行われている方法に過ぎない。気道異物の多いわが国 こそが、気道異物の疫学、対処法などに関して良質なエビデンスと なる研究を蓄積し、世界に向けて発信することが期待されている。


おわりに

 以上、G2000の刊行を受けて、わが国の新しいCPR指針が改訂され る。この機会は団体間で異なるCPR指導内容を統一する好機であり、 AHA新指針の方針を的確に把握しまた日本独自の記載も加えた統一 指針が策定され、それが各団体により尊重されつつ普及してゆくこ とを切望するものである。さらにこれらの論議がわが国における蘇 生研究を推進し、有用なエビデンスが多数蓄積され、今後のILCOR や AHAによる国際的なCPR指針策定に反映されてゆくことを切望す るものである。


参考文献

1) The American Heart Association in collaboration with the International Liaison Committee on Resuscitation (ILCOR): Guidelines for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care, Circulation 102 (Suppl I), 2000

2) 生垣 正:国際蘇生法連絡委員会(ILCOR)の設立と「心肺蘇生法に関するILCOR勧告」につい て、LiSA 7: 550-555, 2000

3) 畑中哲生、田中経一:新しい心肺蘇生法の修正点と考え方 1)新ガイドライン成立の背景. 救急・集中治療 13巻 7号, 2001(掲載予定)

4) Chamberlain DA, Cummins RO: Advisory statements of the International Liaison Committee on Resuscitation ('ILCOR'). Resuscitation 34: 99-100, 1997

5) 青野 允:蘇生法の国際標準を目指して:わが国の現状、朝日メディカル 1999年3月号 p.70-71

6) 越智元郎、畑中哲生、白川洋一ほか:日本心肺蘇生法協議会への提言、蘇生(日本蘇生学会 誌)19: 167-170, 2000

7) Larsen MP, Eisenberg MS, Cummnis RO, et al: Predicting survival from out-of-hospital cardiac arrest: a graphic model. Ann Emerg Med 22: 1652- 1658, 1993

8) 越智元郎、畑中哲生、福井道彦ほか:日本の心肺蘇生法と AHA新ガイドライン―わが国の心肺 蘇生法の統一を望む―.救急医学 24: 1863-7, 2000

9) European Resuscitation Council Guidelines for Resuscitation, edited by Bossaert L for the European Resuscitation Councie, Elsevier, Amsterdam, 1998, pp.25-27

10) Ochi G, Hatanaka T: Proposal to the AHA Second International Evidence Evaluation Conference http://ghd.uic.net/99/j9dallas.htm

11) 竹田 豊、越智元郎、畑中哲生ほか:気道異物に対する救急隊員並びに市民による異物除去の 検討(平成11年度自治省消防庁委託研究 報告書, 2000) http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/00/kajiti2.htm

12) 西原 功、平出 敦、森田 大ほか:大阪北摂地区における院外心停止症例の Utstein様式に 基づいた記録集計結果.日本救急医学会誌 1999; 10: 460-82)日本救急医学会誌 10: 460-8, 1999

13) 厚生省健康政策局指導課による病院前救護体制のあり方に関する検討会報告書 (平成12年5 月) http://ghd.uic.net/00/k5prehos.htm

14) 福井道彦、重見研司、唐万春ほか:圧すだけの蘇生−人工呼吸を行わない救急蘇生法の可能性 − 麻酔 46: 314-20, 1997


救急・災害医療ホームページ