小児用人工鼻とジャクソンリース回路の組み合わせによる換気障害

愛媛大学医学部麻酔・蘇生学教室

萬家俊博、増田静佳、足立尚登、津野恭司、新井達潤

Ventilatory Disturbance Caused by a Combination of a Heat and Moisture Exchanger and a Jackson-Rees Circuit.

Toshihiro YOROZUYA, Seika MASUDA, Naoto ADACHI, Kyoji TSUNO, Tatsuru ARAI

Department of Anesthesiology and Resuscitology, Ehime University School of Medicine

日本臨床麻酔学会誌 Vol.18 No.9: 729-731, 1998)


 目 次

要旨
Abstract
はじめに
症例
考察
文献


要旨

 小児用人工鼻とジャクソンリース回路を用いた全身麻酔中に換気障害に陥った2症例を経験した。症例1では麻酔回路に人工鼻を組み込んだ時に突然換気不能となり、頚部の腫脹、一時的な血圧低下と徐脈を認めた。マスク換気は可能なため手術を継続した。手術終了後、胸部X-pで左気胸が判明した。換気障害の原因はこの時点では不明であった。症例2は手術途中で気管内吸引後、回路に再接続した時に突然換気不能となった。この時ジャクソンリース回路の新鮮ガス吹込みポートの先端が人工鼻の回路側コネクターと完全に密着し、患者の呼気が呼出不能となることを発見した。症例1の換気障害と気胸の原因も、同様の機序であると推測した。

キーワード:人工鼻、ジャクソンリース回路、換気障害


ABSTRACT

Ventilatory Disturbance Caused by a Combination of a Heat and Moisture Exchanger and a Jackson-Rees Circuit.

Toshihiro YOROZUYA, Seika MASUDA, Naoto ADACHI, Kyoji TSUNO, Tatsuru ARAI

Department of Anesthesiology and Resuscitology, Ehime University School of Medicine

We experienced 2 cases of ventilatory disturbances which suddenly occurred following the use of a Jackson-Rees circuit combined with a heat and moisture exchanger (HME). In the first case, ventilation was immediately disturbed after an HME was connected to the anesthesia circuit. Simultaneously, hypotension and bradycardia were observed, and the patient's neck began to swell. Pneumothorax was found by a chest X-ray examination after the surgery. In the second case, the similar ventilatory disturbance occurred when an HME was connected to the anesthesia circuit. The anesthesiologist found that the tip of the fresh gas-line of the Jackson-Rees circuit was tightly stuck to the port of the HME, therefore, the patient's expiration was completely blocked. The similar obstruction has most likely induced ventilatory disturbance in the first case.

Key words: Heat and moisture exchanger, Jackson-Rees circuit, Ventilatory disturbance


はじめに

 小児用人工鼻とジャクソンリース回路を用いた全身麻酔中に換気障害に陥った2症例を経験した。ジャクソンリース回路の新鮮ガス吹込みポートの先端が、人工鼻の回路側コネクターと完全に密着し、患者の呼気が呼出不能となることが、換気障害の原因であった。

 個々の麻酔器具がそれ単独では構造上問題がなくても、器具の組み合わせによっては重篤な合併症を引き起こす危険性があることを示す症例であると考えられた。


症例

 症例1は10ヶ月の男児(体重9.5kg)で、左外鼠径ヘルニアに対し根治術が予定された。麻酔は酸素-亜酸化窒素-セボフルランで行い、気管内挿管で気道確保した。麻酔回路は、当初ジャクソンリース回路(アコマ医科工業社)のみを用い、人工鼻は使用しなかった。手術が長引いたため、麻酔開始から80分後に小児用人工鼻(ハイグロベビー-MTM、マリンクロット社)を組み込んだところ、突然、バッグが膨らまなくなり換気不能に陥り、同時に患者の頚部の腫脹を認めた。収縮期血圧は70mmHgまで低下し、脈拍数はそれまで130/minであったものが90/minに急激に減少した。経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)は一時的に78%まで低下した。

 気管内チューブの閉塞、屈曲、位置異常を検索したが異常はなく、依然換気不能状態が続いた。そのため気管内チューブを抜管し純酸素でマスク換気にしたところ、換気は容易に行え、SpO2は99%に改善した、しかし再挿管し、人工鼻をつけたままの回路に接続すると、その直後より換気不能となり、頚部腫脹が出現し、再びマスク換気に戻した。再々挿管しても同様の現象が出現したため、マスク換気で手術を継続し、その後はSpO2の低下もなく手術を終了した。なお、マスク換気時には人工鼻はつけていなかった。手術終了直後の胸部レントゲン写真で左気胸を認め、脱気目的で18Gテフロン針を留置した。ICUで経過観察したが、気胸は軽快し、後遺症もなく翌日ICUを退室した。換気障害の原因は、この時点では不明のままであった。

 症例2は2ヶ月の男児(体重6.9kg)で、Hirschsprung 病の根治術が予定された。最初から症例1と同じジャクソンリース回路と小児用人工鼻を組み合わせて用い、気管内挿管下に麻酔管理した。麻酔導入時は異常はなかったが、手術途中で気管内吸引を行い、回路に再接続した時、バッグにガスが流入してこなくなり、バッグが膨らまず、換気不能となった。呼気終末二酸化炭素分圧は0に固定した。この時、ジャクソンリース回路の新鮮ガス吹込みポートの先端が、人工鼻の回路側コネクターと完全に密着して、患者の呼気が呼出不能となっていることを発見した(図1-a)。接続部を少しゆるめると、患者の呼気が流出する隙間ができて換気可能となった(図1-b)。この現象は再現性があった。この症例では幸いSpO2の低下や気胸などの重篤な合併症は起こらなかった。


考察

 今回、我々が用いたマリンクロット社ハイグロベビー-MTMの麻酔回路への接続側は外径15mmの内部に外径8.5mmの内筒がある二重構造となっている。麻酔ガスが通気できるのは内筒の部分のみである。一方、アコマ医科工業社のジャクソンリース回路の新鮮ガス吹き込みポートは、機械的死腔を小さくする目的で回路の内腔へ突出しており、その先端の外径は8.0mmである。この両者を接続時に強く差し込むと、図1-aのように完全に入り込み、患者の呼気が呼出不能となってしまう。症例2で麻酔開始時点で換気困難が生じなかったのは、偶然この接続が図1-bのようにゆるやかになっていて、呼気の流出経路がかろうじて確保されていたためと思われる。症例1の換気困難と気胸の原因も、同様の機序であると推測できる。

 人工鼻を用いた長期人工呼吸管理中に加湿が不十分なため、粘稠な気道内分泌物のために気管内チューブの閉塞を引き起こした例は報告されている1)が、われわれの経験した症例のような麻酔器具の接続状態が原因で換気障害に至った事例は他に見あたらない。個々の麻酔器具がそれ単独では、構造上問題がなくても、器具の組み合わせによっては重篤な合併症を引き起こす危険性があることを留意しておかなければならない。

 本論文の要旨は第17回日本臨床麻酔学会総会(1997年、北九州市)において発表した。


参考文献

1)Cohen IL, Weinberg PF, Fein IA, et al.: Endotracheal tube occlusion associated with the use of heat and moisture exchangers in the intensive care unit. Crit Care Med 16: 277〜279,1988


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