ウツタイン様式 日本語版
病院外心停止事例の記録を統一するための推奨ガイドライン
考察
このレポートでは、心停止に関する記録の統一化についての推奨ガイドラインを呈示している。様式や用語を統一しようという会議には先例がある。1978年、カナダのブリティシュ・コロンビア州バンクーバーに集まった、生命科学に関連した雑誌の編集者たちは、互いに一貫性のない様式で論文を発表していた従来の発表形態について討論した(78, 79)。この会議によって、投稿原稿に求められるようになった統一様式は、バンクーバースタイルとして知られている(80)。国際医学誌編集者会議が設立され、バンクーバースタイルの最新版を現在も発行し続けている(81, 82)。
このレポートではウツタイン様式というものを推奨したが、これも医学雑誌に投稿される論文の様式の統一化と同様に、よりよい効果をもたらすことが期待される(83)。心停止事例の記録も統一化がなされなければ、言語の混乱で完成しなかった、聖書に登場するあのバベルの塔(8)と同じことになってしまう(訳注35)。(従来の報告で)心停止事例の統計をとる研究者たちは、多くの異なった都市間での生存率の違いを明らかにしたが、それぞれの統計で使われている用語は互いに一貫しておらず、定義も曖昧であり、都市間での生存率の違いの原因について説明できないままとなっている。こうした生存率の相違は、救急体制のシステム上の違いによるものなのか、治療計画の違いによるものなのか、救急隊員の技術水準の違いによるものなのかがわからないのである(8)。
(訳注35)バベルの塔:旧約聖書の創世記に記されている伝説の塔。ノアの洪水後、人が天にも届くような高い塔を築き始めたのを神が見て、そのおごりを怒り、人々の言葉を混乱させ統一がとれなくなることで、建設を中止させたことをいう。
従来の多くの報告は、心停止となった人がどのように治療されたかについて有用な情報を提供しなかった。中でも、蘇生の成績については、用語の(定義が)が曖昧で一貫していないために比較することが特に困難であった。蘇生成功あるいは救命成功とは、あるシステムでは少なくとも5分間、心拍が再開した状態をいうが、別なシステムでは病棟に入室できたことをいう。あるいは、さらに別なシステムでは、生きて退院することを意味している。(比較的語義が限定されているはずの)心肺蘇生(CPR)という用語でさえ、使われ方次第では、(内容に)重大な相違を生ずる。ある地域では心肺蘇生は胸骨圧迫心マッサ−ジと呼気吹き込みによる口対口人工呼吸の行為そのものを意味し、別の地域では心拍再開・自発呼吸の完全な回復をもたらした行為を意味する。このように記録の一貫性がないため、地域で達成されるべき、あるいは達成可能な、真の蘇生率というものも、設定できないのである。
数多くの問題が、用語の混乱のために起こっている。統計をとる者、臨床医、救急システムの担当者は(自分たちの救急システムのレベルを把握する必要があるにもかかわらず)、突然の心停止事例の治療に関し、どのシステムでは他のシステムに比較して、どのようなところがすぐれているかといった比較ができない。すなわち、救急システム、病院および循環器系の集中治療部門は、自分たちのシステムを評価する適切な指標をもたず、他のシステムとも比較できない。それ故、本当に自分たちのシステムが一定の水準にあるのかどうかという保証も得られなでいるのである。
加えて、組織的に(従来とは)異なった救急のやり方を、検証することもできない。今や広く受け入れられ、広く承認されている“救命のための鎖”(訳註36)の概念は、救急システムの組織化を考慮する上で、事をむしろ複雑にしている(31)。地域を越えた新しい心肺蘇生のプログラム、または新しい早期除細動のプログラムが、救急システム同士の新しい架け橋として、注意深く組み込まれるべきであろう。この救急システム同士の連携システムには、できるだけ速やかに患者に到達するシステム、速やかに心肺蘇生を行うシステム、速やかに除細動を行うシステム、そして速やかに高度な治療を行うシステムなどが含まれる。ところが、救急システムの管理責任者は、こうした新しいプログラムに加わることによる価値がどの程度あるのかわからないために、現行のシステムを再編成したり、または現行のシステムに新しい試みを加えることができないでいる。有用で効果的なアプロ−チを発展させようという新しいシステムを作ろうとしても、システムの組織化に関する過去の文献をしっかりと検討することすらできないのである。しかし、不要な試みを繰り返すことや、(もともと)回避できるような失敗を繰り返すことを避け、与えられた機材や、人的資源でどのような救急システムの手法が最も効果的であるかを知ることはどうしても必要である。ウツタインのガイドラインは、一つのシステム内で改良したプログラムを評価する裏付けとして、また異なったシステムの間の、長所、短所を検証し、比較する手助けとして用いられるべきである。
(訳注36)The widely accepted and widely endorsed "chain of survival" concept has expanded the complexity of our thinking about the organization of EMS system. 救急システムについて検討する上では、正しい標準化、注意深い組織の比較が重要であって、むしろ ”救命のための鎖”のひとつひとつは具体的に明確化され、検証されるべきと考えられる。
用語の統一は、現在もさかんに発展している救急心疾患治療において、新しい、また重要な試みを評価する方法ともなり得る。たとえば、早期の除細動は新しい自動式除細動器の技術の出現で急速に普及している(24-26, 86)。病院内外を問わず、多くのシステムで、新しい除細動器をとり入れるかどうかが真剣に検討されている(25, 26, 85-87)。しかしながら、これを採用した場合、他の方法と比較してどのような利得があるのかということがわからなくてはならない。救急システムの担当者や、医師はパラメディックの(資格)制度を採用したことによる経済効果を、アメリカとヨ−ロッパで検証しはじめている。また、ヨ−ロッパでは救急車搭乗医師(ambulance-doctors)の効果も検証されている。すなわち、こうしたサ−ビスが、その導入によるコスト差を正当化できるだけの臨床上の相違を、本当に生じているかということが問題なのである(88, 89)。
一方で、医師過剰或いは医師の失業といった事態が世界の幾つかの地域で起きている。このような地域においては、(救急医療を)運営・管理するにあたって、救急車搭乗医師の職業的重要性が強調される。臨床的に何かおもしろい仕事をしてみたいと思っている医師なら、こうした職務にも魅力を感ずるはずである。一方、このような(救急車搭乗医師の増加という)状況は、除細動や気管内挿管といった特殊医療技術を医師でない救急隊員に任せるのを快く思わない状況も生む(90)。その結果、パラメディックを養成したり、(救急隊員による)早期除細動のプログラムを押し進めることは、結果的にあまり支持されないことになる。(従って)信頼性の高い臨床研究と報告件数を蓄積することこそが、これらの制度・プログラムのどちらが有用であるかを判断する唯一の材料となる。この比較研究のためには、統計をとる者全員が(プロジェクトを)一気呵成に始めること、同じ(定義で)用語を使うこと、(システム間で)比較できるデータを集めること、が必要である。
統一した用語を使うことや、共通の記録様式をとることには多くのメリットがある。このようなガイドラインは、心停止事例に関する疫学的背景を、もっと明確にしようとする研究をさかんにするはずである。こうした研究によって生存率を決定する因子に照準を定めることも可能となる。さらに、この研究によって、特別なハイリスク群の発見や、死亡率を減少させるための治療法を見いだせる可能性がある。こうしたガイドラインは、一施設内の、あるいは多施設間の心停止に関する研究を、さらに強力に押し進めることにもなるだろう。その研究領域は、薬剤の治療上の効果の検討などにとどまらず、一般市民による除細動の普及の効果、心臓痛や心停止に関する一般市民への教育といった啓蒙活動の効果を検証することにまで及ぶ。
今回の会議のメンバ−は、このウツタインのガイドラインが、いろいろな救急システムの下で使われて初めて価値を発揮するものであると考える。数多くの地域が、このガイドラインを、特にテンプレ−ト(統計系統図)を用いることにより、真の基準、あるいはより普遍的な基準が生まれてくるのである。(漫然と、搬送業務を続けるのではなく)様々なシステムが、定められたアプロ−チを採用して(評価をおこない)、最もよいアプロ−チを企画することにより改革がすすむ。その結果、すべての救急システムの最終目標である、システムのたゆまざる質の向上が実現するのである。
今回の会議のメンバ−は、このウツタインのガイドラインは修正され、補充されるべきであると考えている。このガイドラインに関する意見・質問を歓迎する。
北アメリカ・オーストラリアの方々からの意見は下記へ、
Richard O. Cummins, Center for Evaluation of Emergency Medical Service, Seattle-King County Department of Public Health, 110 Prefontiane Place S,
Suite 500, Seatle,WA 98122,USA
また、他の地域の方々からの意見は下記へ、
Douglas Chamberlain, Cardiac Department, Royal Sussex County Hospital, Eastern Road, Brighton, East Sussex, England BN2 5BE, UK
次回の会議に参加を希望する団体も、上記に従って手紙を送付されたい。
献呈
2回にわたる会議で作られたこのガイドラインは、ピーター サ−ファー教授に捧げられる。我々の数多くの(用語等に関する)定義や、将来に対する展望は、教授の業績によるものである。教授は心停止とその蘇生に関する病態生理に、新しい知見を見いだしてこられた。(彼がいることで我々すべての励みになり)彼の存在は、我々を感化し続けるのである。
謝辞
この特別なレポ−トを作成するにあたり、ピーター サ−ファー教授より貴重なご考察とご批評を頂いた。また、レールダ−ル救急医療財団よりウツタインの会議のためにご支援を頂いた。