心肺蘇生に関する統計基準検討委員会

ウツタイン様式 日本語版

病院外心停止事例の記録を統一するための推奨ガイドライン


時刻(time points)と時間(time intervals)


 心停止事例に対する救急処置の遅れは、いかなる時点において患者の転帰を評価しても、患者の転帰を決定づけている。心拍再開の鍵となる最も重要な因子は、特に、循環虚脱(collapse)から蘇生処置を始めるまでの時間である。また、この時間間隔は、生存率の最終的な規定要因でもある(5, 8, 29, 40)。救急システムのレベルに関する検討がきちんとできるか否かは、それぞれの出来事が発生した時刻や、それらの出来事の間の時間をいかに正確に決定しえたかに依存している。それゆえ、統計を取る者は出来事の発生した時刻(event time)と、それらに関係する時間を重視しなければならない。

 出来事の発生した時刻を系統立てて記録することは、救急搬送チームの一員として認められた救急隊員にとって、心停止事例に対する不可欠な役目の一つであると考えるべきである。救急隊員の訓練や試験においても、このことは重要視されるべきである。一般市民に対する救命手当の訓練でも、心停止の発生した時刻や、一次救命処置を開始した時刻を、正確に記憶する訓練をすべきである。出来事が発生した時刻の記録が正確であることは非常に重要であるが、統計をとる者は、それをさらに正確にするための新しい技術や方法を探求すべきである(44)。しかし、その新しい技術や方法によって、救命処置がさまたげられたり、救急隊員の現場の作業に著しい負担を押しつけることになってはいけない(33)。

 図1は心停止における出来事の間の時間の記録の難しさを示している。心停止が発生し、救急システムの対応が始まったときに、4つの異なった時刻を刻む時計が動き始める。患者の時計(patient clock)は、循環虚脱が生じたときに動き始め、有効な循環と呼吸が回復するまで動く。救急司令室時計(dispatch center clock)は、循環虚脱を通報するコ−ルに応答した時に動き始め、到着前に行う指示(特に、電話で行える心肺蘇生指示)をした後止まる。救急車の時計(ambulance clock)は、救急車が発車したときに動き始め、患者が病院へ到着した時点で止まる。最後の、病院の時計(hospital clock)は、救急部門に患者が搬入されたときに動き始め、患者が退院するか、入院中に死亡した時点で止まる。

 図2は、図1(訳注26)に示された複雑な時間表示を簡単にしようと試みたものである。この図は、心停止後の救急処置に関連した重要な出来事を図示している。これらは救急システムが記録すべき出来事の発生時刻である。それぞれの出来事は単一の事象として発生する。発生した2つの出来事の間を表す時間は、出来事間の時間(event-to-event interval)となる。前述したように、2つの出来事の間に時間の経過があるものを引用するためには、時刻(time)ではなく、時間(interval)という用語を常に使用すべきである(訳注27)。(用語の項参照)時間という言葉を使う時には、必ず、2つの要となる出来事を記載すべきである。時間(interval)の代わりに誤って時刻(time)という言葉を使用することは、造語(neologism)、錯語(jargon)、あるいは語義をよく限定しない曖昧な言葉の使い方にあたる。そのような言葉の使い方の例には、ダウンタイム(downtime)、反応時間(response time)、一定の救命処置をうけるまでの時間(time to definitive care)なども含まれる(訳注101112)。図2に示した出来事の積み重ねカード(stacked index card)は、これらの出来事が異なった患者では違った順序で起こり得ることを表している。加えて、患者によって、そのカード間の時間がまちまちであることも示している。

(訳注26)原文でFigure 3とあるが、Figure 1の誤りと思われる。

(訳注27)英語でいうtimeという言葉を、時刻という意味で限定して使用し、時間を意味するintervalと明確に使い分けるべきであるというのが、趣旨である。実は、timeという言葉は、本来、時刻の意味でも、時間の意味でも使用される曖昧な言葉であるために、このガイドラインでは、その英語の意味を限定する必要に迫られている。その意味で、日本語の”時刻”という言葉は、誤解の少ない言葉である。

 図2に図示したように時刻の記録をすることにより、非常に多様な時間の作表ができる。覚知−現着の時間など、たくさんの時間が救急医療体制の水準を保つために、そして救急システムの(レベルの)評価に不可欠である(17)。中でも患者の生存率を予測する観点からは、循環虚脱(倒れてから)−最初の心肺蘇生までの時間と循環虚脱(倒れてから)−最初の除細動までの時間の2つが、最も重要である(10, 15, 16, 19, 25, 30-32, 45-51)。

 多くの救急システムは多施設共同研究プロジェクトに参加し、記録デ−タを共に分析することまでは、あるいは望まないかもしれない。この場合は図2のような、補足的デ−タも含めた完全で詳細なデ−タは必要ではないであろう。しかし、これらの救急システムや、システムを統括する医師は、類似した地域の救急システムと自分たちのシステムの能力を比較するためには、どのようなコアデータを集めればよいか知りたいであろう。図2はこのようなコアデータを示している。これらは、最初の救命手当、覚知、救急車の現着、救急隊員による最初の救急救命処置、最初の除細動、心拍再開、心肺蘇生の中断(死亡)などの時刻である。


記録が推奨されるコアおよび補足的出来事の発生時刻

循環虚脱した時刻(倒れた時刻)/認知された時刻(recognition time)

 コアの情報として、極めて重要であるにも関わらず、循環虚脱した時刻の推定には不正確さがつきまとう。しかし、この情報は虚血時間を知るために不可欠である。救急隊員はこの時刻を得るために、発見者(バイスタンダ−)にいろいろと質問を(追加)しなければならない。ただし、循環虚脱した時刻が、はっきりするのは目撃された心停止にのみであることに留意すべきである。このガイドラインは、特定できる目撃者が傷病者が倒れたところを(循環虚脱したところを)、またはその徴候を、見るか聞くかした時に、目撃された心停止として定義している。認知された時刻とは、目撃者のない心停止が発見された時刻とする。

覚知時刻(コアデータ)

 最近の救急司令室では、この出来事の発生時刻は自動的に記録されるようになっている。通報がある救急司令室から他の司令室に送られた場合、最初のオペレーターが通報を受信した時刻を、覚知時刻とすべきである。

最初に救急車が動き出した時刻

 厳密には、救急車が動き出した瞬間の時刻として定義される。通報を受けて救急車が動き始めるまでの時間が延長することは、通報を受け取る作業に時間がかかったか、救急隊員の対応が遅いか、に起因すると思われる。

救急車の現着時刻(コアデータ)

 患者にできるだけ近い現場に救急車が到着した時刻である。この用語は一般に使われている”救急車が現場に現れた時刻(time of scene arrival)”に置き換えることもできる。

患者のそばに到着した時刻

 もし可能であれば、患者のそばに到着した時刻を記録すべきである。(救急隊員が)救急車を離れ、救急処置を始めるまでの時間を決定するのは、出来事を、そしてその時刻を記録する最新の除細動器によって、可能とはいうものの、現実には容易ではない。

最初に心肺蘇生が行われた時刻(コアデータ)

 最初に心肺蘇生がおこなわれた時刻には、バイスタンダ−により蘇生が始められた時刻、および救急隊員により初めて心肺蘇生が始められた時刻、の両者が記録されるべきである。救急隊員はさらに心肺蘇生を続けても無益であり、胸部圧迫式心マッサ−ジや人工呼吸を止めようと判断するときも、その時刻を記録すべきである。一般にこの時刻が死亡時刻となるが、救急システムの中には、医師による公式な死亡宣告を必要とするものもある(訳注28)。

(訳注28)我が国のシステムでは、医師が死亡宣告する必要がある。

はじめて除細動が施行された時刻(コアデータ)

 早期の除細動は、心室細動の患者の蘇生の基本的要件である。救急システムは、除細動をはじめて行った正確な時刻を記録することに特に留意すべきである。循環虚脱(患者が倒れて)から最初の除細動までの時間は、救急システムを構成する様々な要素の中でも、鍵となる重要な評価項目である。心停止を認識し素早く通報するバイスタンダ−の能力、通報を処理し、その後システムが適切に稼働する司令体制の機動性、患者のそばに行き素早く決められた処置を行い、すみやかに除細動を行う(救急隊員の)能力、によりこの時間は短縮することができる。この情報を得る最善の方法は、完全自動式の体外式除細動器、または従来式の除細動器でも出来事を記録できるタイプのものを用いることである。これらの機器により、最初の心調律、回数、治療に対する心調律の反応などの詳細な記録を得ることができる。この技術は明らかに価値のあるものであり、もっと広く使われるべきものである。

心拍再開時刻(コアデータ)(テンプレ−ト(統計系統図)の項参照)

気管内挿管が行われた時刻

 除細動と同じくらい、気道確保は心肺蘇生の中で重要な治療である。もし患者への救急処置を妨げることなしに記録が正確に行えるならば、救急隊員は気管内挿管を行った時刻を記録すべきである。瀕死の喘ぎ呼吸も含め、自発的な呼吸努力が始まったときが、自発呼吸が再開した時である。(しかし)気管内挿管前に喘ぎ様の呼吸がなくならないこともしばしばあるから、現場の救急隊員が自発呼吸が再開した時刻を正確に記録することは非常に難しいと思われる。

静脈路を確保した時刻と薬剤を投与した時刻

 心蘇生において、薬剤の経静脈的、または経気管内投与が本当に有用であるかどうかは、現在のところ確定していない(52-54)。しかしながら、(もし、有用であるとすれば、当然)、その薬剤の効果は時間依存性であり、(早く投与すれば、効果も大きいと考えるべきであろう)。最近の知見では、救急隊員が除細動をすることにより、心室細動の患者が循環虚脱に陥ってから(倒れてから)、除細動されるまでの時間が短縮するのみではなく、挿管や薬剤の投与までの時間もまた短縮することが示唆されている(55)。会議のメンバ−は、これらのことが行われた時刻を記録に残すことを推奨する。

心肺蘇生を中止した時刻/死亡時刻

 救急隊員は、特に心マッサ−ジや人工呼吸といった蘇生処置を、病院外にて終了した時刻を記録すべきである。

現場出発時刻と病院到着時刻

 救急隊員は容易にかつ正確にこうした時刻を記録することができる。関連した様々な時間(を解析すること)も、効率的で質の高い救急処置を維持するために重要である。こうした時間には、現着−現場出発時間、現場出発−病院到着時間、救急サイレン開始−病院出発時間(他の救急要請に対応できない時間に相当)などが含まれる。