わが国のプレホスピタルケアの課題

愛媛大学医学部救急医学 越智元郎

(患者のための医療 1: 88-96, 2002)


はじめに

 昨今、救急救命士の活動のあり方について論議が持ち上がっている。 しかし、このことはわが国の救急医療の問題が氷山の一角として見えているに過ぎ ない。メディアや市民のとらえ方も、われわれ救急医療関係者の理解とはかなり異なって いる。もちろん関係者の認識も一様ではないが、医学生・救急救命士の教育にたずさわ る一救急医として、わが国のプレホスピタルケアの諸問題について解きほぐしてみたい。


1.プレホスピタルケアと救急救命士

 プレホスピタルケア(病院前救護)ということばは耳慣れないかも知れない。ひと が病院の外で重篤な病気 を発症したりけがを負ったとき、救急隊員は傷病者についての「情報」を受け急行し、現場 で必要な「救護」を行い、そのあと患者を適切な医療機関に「搬送」する。地域によっては 、医師が救急の現場に出動することもある。これらの、病院外での救急活動をプレホスピタ ルケアという。

 プレホスピタルケアをになう代表的な職種が救急救命士である。これまで わが国の救急隊員の活動は「搬送」をその主業務と考えていた。この ため、病院外で医学的処置を行うという発想は乏しく、また その教育も十分ではなかった。しかし、患者が医療機関に収容されるまでに、 多くの重篤な救急患者の転帰が決定されてしまっている ことが明かになってきた。例えば、病院外で突然心肺停止に陥った患者の運命 は、市民による心肺蘇生法(CPR)と救急隊員の質の高い処置 が適切に実施されたかどうかによって、おおむね決まってくると考えられている。

 以上のことから、わが国の救急隊員に医学的処置を許可することを 趣旨とする救急救命士法が平成3年に制定され、救急救命士が養成された。救 急救命士は医師の指示のもとに、心肺停止患者に対して電気的除細動(電気シ ョック)、器具を用いた気道確保(人工呼吸をするために酸素の通り道を確保すること)、乳酸リンゲル液を用いた輸液という3つの処置を行うことが許された。その後約10年を経て、全国の消防機関で約7,201人(うち女性37人)の 救急救命士が活動している。これは全救急隊員の12.9%を占め、この比率も年を追って上昇し ている(1999年11年4月現在)1)。


2.救急救命士制度の成果と業務の拡大

 医学的教育を受けた救急隊員がプレホスピタルケアに関与するようになり、 適切な病状把握と搬送病院の選定が行われ、さまざまなきめ細やかな救急サ ービスが行われるようになった。しかし、病院外心肺停止患者 の救命率をみる限り、救急救命士導入の効果はもの足りないものがある。1997年 の自治省消防庁の調査によると、この年全国の救急隊が搬送したすべての 心肺停止患者のうち、目撃された心肺停止患者の1か月後の生存率は、救急 救命士が関与しなかった患者で 3.9% であったの対し、救急救命士が対応した場合 5.7%であった2)。救急救命士 の活動が救命率を上昇させているのは事実であるが、その上積みが 1.8ポイント に過ぎず、またこの救命率は欧米のそれ(10%以上と言われる)よりかなり劣 っている。

 救急救命士制度導入による救命効果が顕著でなかった理由として、 彼らに許された医学的処置の範囲が十分でなかったことが指摘されている。 例えば、心室細動という重篤な不整脈の患者を救命する上で、電気的除細動 は最も効果的な治療法である。しかし、救急救命士が到着し、 医師の指示を受けてから実施しようとしても、対処できない状態になってしまっ ていることが少なくない。現場の声は、医師への連絡を省いて、速やかに除細動を行う 体制を望んでいるし、それで救命される患者もかなり存在するとみられている。

 また、気道確保の方法として気管挿管は許されておらず、ラリンゲアルマスクなど の代用器具を用いている。しかし、溺(おぼ)れや異物による窒息、気管支喘息発作などに よる心肺停止患者では、気管挿管をした方が効果的に人工呼吸ができると考えられている。

 この救急救命士の業務内容見直しが実現しない理由は何だろう? 救急救命士が高度 な医学的処置を行う上で、事前の研修体制、対応マニュアルづくり、処置中の助言、事 後検証など、医師による協力(メディカルコントロール、以下 MC)が必須(ひっす)であると考えられている。1999年から厚生省などが 全国におけるMCの実状を分析してきたが、全国の53%の消防本部で地域の救急医療 協議会のバックアップがない(1999年1月現在)1)など、医師による協力 体制が十分でないことがうかがわれた。このため救急救命士の業務内容見直 しは協力体制が整備されてから行うべきだ、という結論になった3)。今はまず、 この医師のサポート体制を全国的に確立しようとしている所である。そしてこ の動きを推進するために2001年7月、厚生労働省ならびに総務省消防庁から、 消防機関と救急医療機関との連携強化をはかるよう、都道府県の関連部 局に通達が出された4),5)。しかし、地域の救急医療協議会の 活性化や救急救命士・医師の交流会の実施などは、多くの地域において、 手つかずの状態である。

 結局、(1)現行の法・省令のもとでの救急救命士活動では不十分、(2) 救急救命士の業務拡大にはMCの確立が必須、(3)MC確立に向けて活発に 動く自治体などが少ない、という3すくみの状態のところへ、2001年 秋、各地の救急救命士による気管挿管の問題が報道されたのである。しかし この気管挿管の問題にふれる前に、救急患者の救命率を上げるために何が 必要であるかを見ておく必要がある。


3.救命率向上には何が必要か?

 わが国は平均寿命や乳児死亡率の低さでは世界一のレベルを誇っているが、 前述のごとく病院外心肺停止患者の救命率は欧米よりかなり低い。では重篤 な救急患者の治療成績を向上させ、救命率を上げるには、何が必要なのか。

 まず、意識・反応のない患者に出会った人が、すばやく119番通報をし て救急車を呼び、CPRを開始することが重要である。救急 隊員は市民のCPRを引き継ぎ、必要に応じて電気ショックなどの処置を行う。 そして、病院への搬送を急ぎ、医師による高度な救急医療に引き継ぐ。日本で 劣っているのは、この発症・受傷から医師に引き継ぐまでの、まさにプレホス ピタルケアの質であると言われている。

1)発見者による119番通報の重要性

 重篤な救急患者(特に意識・反応のない者)を発見した市民が迅速に119番 通報を実施できるかどうかは、患者の転帰(後遺症なく生存できるか、後遺症 を残すか、死亡するか)に大きくかかわっている。通報の素早さは救急隊員の 現場到着、患者の病院収容の迅速さに直接関係しているからである(写真1)。 しかし、意識のない患者を目の前にしてすぐ119番通報を実施できない例は多く、 外出中の家族を捜したり、職場の責任者にまず報告をするといった 例がきわめて多いのである。このような119番通報の重要性を市民の間に定 着させるのは、消防・赤十字などが行うCPR講習の重要な任務である。

 ここで、発見者が1人の時、通報とCPRのどちらを先にするかという問題 がある。傷病者が成人か年長の小児(およそ8歳以上)なら、通報が先である。 救急救命士がより早く現場に来て、除細動を実施できる態勢にするのが、治療成績 が最も良いからである。年少児では、除細動の適応となる例が少なく、まずCPR により脳に酸素を送り込むことが優先されるため、CPRを約1分間行った後に 119番通報をする。

2)発見者によるCPR(図1)

 発見者によって何らかの蘇生処置が行なわれるのは、心肺停止患者全体のわ ずか5分の1に過ぎない(平成1998年1月〜12月の全国集計で19.7%)1)。わが国では通 報から救急車の到着までに平均約6分を要するが、心肺停止患者では発症から 3〜5分で非可逆的な脳損傷をきたすと言われている。また、CPRが行われ ていなければ、心臓の損傷が進み、治療に反応しやすい心室細動も消失する 傾向にある。結局のところわが国では、救急車が到着した時点ですでに、心肺停止患者 の多くが高度の救急医療が行われてもそのまま死亡するか、重篤な神経学的後遺症 を残す(植物状態となる)ことが、おおむね決定されてしまっているのである。

 ここでわが国で長年、心肺停止から蘇生処置開始までの時間と救命率の関係 を表すために用いられてきた「ドリンカーの救命曲線」(図2)について、 注意を喚起したい。この曲線はその引用論文をたどることはできず、どのような対象患者に おいて調べられたものか全くわからない。また欧米でもほとんど引用されない資料である。 本曲線で問題とされるのは、心肺停止から1分以内に蘇生処置を開始すれば97%、2分以内であれば90%救命できるといった、あまりにも楽観的な転帰予測を立ててい ることである。これでは心肺停止を目撃して直ちにCPRを実施し、しかも患者が 死亡した場合に、CPR実施者に深い心の傷を残すことに つながりかねない。

 統計的に証明されているのは、脳の後遺症なしに救命できる患者の大部分 は心電図が心室細動を呈する患者であり、その場合の救命率は発症から除細動 までの時間と反比例することである(図3)。それゆえ特に心疾患による病院外死亡を減少 させるためには、早期の119番通報、市民のCPR、そして早期に除細動 を行うこと(すなわち市民処置を含めたプレホスピタルケア)に大きく依存 しているのだ。

 病院外心肺停止患者に対する市民のCPR実施率は総務省 消防庁によって集計され、全国の実施率が毎年発表されている。ところが、 消防職員に「あなたの管轄地区の、市民による蘇生処置の実施率はおよそ何%か」 というような質問をしても、明瞭な回答が得られないこと がままある。逆に、年間の救命講習受講者数や累積受講者数については、立て板 に水のごとく説明していただけることが多い。地域ごとのデータの公表は、各消 防本部の自主性に任されており、不満足なCPR実施 率を発表することは責任者の許可を得にくいのである。また、関係者は指導その ものを最終的な目的としているのかも知れない。指導によって市民の意識がどう変 わったのか、蘇生処置の実施率がどう変わった のか、という評価を忘れてはならない。また、蘇生処置の普及は、消防・ 赤十字をはじめとする関係組織の協力なしにはあり得ない。地域住民に対 して、各組織の努力の合計としてどの程度の働きかけがな され、その結果どのような成果が得られたのか、各地域で積極的 に情報共有を図るべきであろう。

3)早期除細動体制は?

 一般に、救急救命士が心肺停止患者のもとに到着するとCPRを実 施し、心電図を調べる。心停止患者の心電図所見は心室細動心静止などに分類される(図4)。心室細動は毎分150〜300回の微細な 完全に不規則な波形を呈し、この波形が出ているあいだ心筋は細かく震えるような 動きを呈するだけで有効な心拍出ができない。電気的除細動は、通電に より心筋の興奮を全体的に一時停止させ、そのあと同時に動き出させることにより、 もとの規則的な収縮リズムに戻そうとする治療である。心静止は 電気的な興奮がほとんど認められない状態である。

 現場で調べた心電図波形が心室細動であれば、救急救命士は医師に連絡をして、 除細動の指示(許可)を受け、患者の枕元で直ちにこれを実施しようとする。ここで 救急救命士は救急救命士法と関連省令により、自主的な判断で除細動を実施 することはできない。また、使用できる除細動器は内蔵コンピュ−タによって自動的 に心電図波形を解析できるものに限定されている。

 前述のように、最も救命の可能性の高い心室細動の患者で、救命できるかどうか の決定因子は発症から電気ショックまでの時間である。心室細動患者の救命率は 電気ショックが1分遅れるごとに、実に7〜10%ずつ減少してゆくのだ6)。これを踏ま えて、消防本部は救急救命士が24時間いつでも、医師に速やかに連絡できる体制を 望んでいる。しかし、救急救命士の指示要請に応える 救急医療機関がきまっていない地域や、対応する時間帯が日中に限られてい る地域が少なくない。また、ホットラインで救急医療機関に連絡をしても、医師と つながるまでに何分も待たされる場合がある。

 さらに問題なのは、かなりの救急医療機関が除細動の指示 を出す際に、法的には必須とされていない心電図伝送を義務づけ、 心室細動患者の転帰の決定的な因子である時間を浪費している(消防本部の自主 的な縛りにより伝送を行っている地域もある)。この場合、救急救命士は 心肺停止患者の枕元まで除細動器を携行してゆかず、患者を伝送装置 のある救急車まで収容してはじめて心電図解析を実施している。このような 救急隊活動と救急医療機関の不適切な連携によって失われる時間が2 〜3分以上あることを考えると、早期除細動体制が整っていない地域では100人の 心室細動患者のうち20人が、プレホスピタルケアの不備という「防ぎ 得たかもしれない死(preventable death)」の犠牲者となるのだ。

 欧米では早期除細動体制はさらに進んでいる。飛行場、カジノ、スポーツジム など心筋梗塞による心室細動患者の出現頻度が高い施設では、旅客機添乗員、 カジノの警備員、スポーツインストラクターなどに短時間の訓練で除細動の許可 を与えている。この「市民による除細動体制Public Access Defibrillation, PAD)」 はその試行段階から多数の患者を救命しており、もはや除細動は医師・救急隊員の特権ではなく、市民が実施する一次救命処置の一部であると考えられている。特に、 警察官、消防士といった救急隊員よりも早く心停止の現場に到着 する可能性の高い非救急職員(first responder)を、早期除細動の担い手として 位置づけている(写真2)。このあたりの海外事情を知る救急医療 関係者は、長時間の専門的教育を受けた救急救命士すら医師の指示を受 けてはじめて除細動を実施できるという、わが国の現状に強い疑問をいだいてい るのである。

4)救急救命士による気道確保とは

 心停止患者に対応する救急救命士や医師は、器具を用いない気道確保 (頭部後屈あご先挙上法などによる)、人工呼吸と心臓マッサ−ジの3つの処置を、 手分けして実施する。同時に心電図波形を調べ、心室細動が認められればできるだけ早く除細動を行う。1回の除細動で成功しない場合は、放電エネルギ−を上げて3回まで実施する。 そのあと、器具を用いた気道確保と静脈路確保を行う。これらの医療行為も救 急救命士に許されているが、除細動同様、医師の指示が必要である。

 気道確保の目的を3つ上げるとすれば以下の3点となる。   (1)人工呼吸をする際、空気や酸素が胃に流れ込まずに、できるだけ肺にだけ送り込むこと(胃に送り込むと、人工呼吸が不十分となりまた嘔吐や逆流を来たしやすい)
 (2)胃からの逆流物や口腔内の分泌物・血液などが気管に流入しないように、食道と気管を分離すること
 (3)気管から蘇生のための薬剤を投与すること。

 (1)人工呼吸はあご先挙上法などの用手的な方法である程度まで可能であるが完璧ではなく、気管にチューブを挿入(気管挿管)してそこから人工呼吸を行うのが最も確実である。気管挿管の技術を習得するには訓練が必要であり、未熟者が気管挿管のつもりで誤って食道に挿入すると、人工呼吸が全くできなくなり救命のチャンスは失われて しまう(食道挿管に気付かないことも稀ではない)。

 気管挿管よりも技術的に易しく、食道挿管などの決定的な合併症につながりにくい方法として、ラリンゲアルマスクなどがある。これはチューブを 気管の入口にぴったり接するところまで進め、カフ(風船)を膨らませて気管の入口(声門)を漏れがないように覆い、食道から分離する(図5)。これの欠点としては、1.気管支喘息などの気道抵抗が高い患者では人工呼吸が確実にできないことがある、2.胃内容物などの気管への流入を防止できない、3.気管への薬物投与 ができないなどが上げられる。

5)救急救命士による気管挿管は救命率を上げるのか?

 現在、救急救命士に気管挿管は許されておらず、医師の指示のもとにラリンゲルマスクなどの代用的な器具による気道確保が許されて いるに過ぎない。それでは用手気道確保による人工呼吸(バックマスク法、 back-valve-mask法)やラリンゲルマスクではいけないのか、また気管挿管が許された場合にどのような利点・欠点が予想されるのだろうか。

 最近この気管挿管の問題がメディアで大きく取り上げられ、 冷静な論議を目にすることは難しくなっている。本稿で筆者は医学的妥当性を重視する 必要があるが、心肺蘇生に関する国際的指針と言われるアメリカ心臓 協会(AHA)のガイドラインなど7),8)を読むかぎり、 徹底的に強調されているのはどうやって早期除細動を実現するかである。バック マスク法かラリンゲアルマスクか気管挿管かという気道確保の選択が、死か、神経 学的後遺症を伴う生存か、高いレベルの生存かという転帰の差 に反映するとは、特殊な状況を除いては考えられていない。割り切った 書き方をすれば、救急隊員に気管挿管 が許されていない国では、バックマスク法やラリンゲアルマスクでしのげばよいが、 早期除細動体制の確立に関して遅滞は許されない、これが国際指針 から読みとれる内容である。


4.まとめを兼ねて市民の皆様へ

 本稿では紙面の都合で、ドクターカーヘリコプター搬送ドクターヘリといった わが国の救急医療を画期的に推進する可能性のある搬送体制の話題には触れなかった。また、救急救命士に許された3つの医学的行為のうちの 静脈路確保の話題、そしてその延長としての薬物投与についても割愛した。救急救命士の研修についても大きな問題をはらんでいる。 これらについては、いずれ本誌であらためて取り上げられる ことになるだろう。

 数百兆円の財政赤字をかかえるわが国において、また何億人もの飢えた 人々の存在を知っている地球市民にとって、「(1人の)人命は地球よりも重し」 は通用しないだろう。少ないコストで沢山の人命を救うことのできる 救急医療の手法、それはわが国で発達してきた「脳低体温療法」をはじめとした 高度集中治療のいっそうの推進では(多分)ないであろう。

 それは1つには市民によるCPRである。効率的 で高いレベルの救急医療を望むあなたこそ、自問していただきたい。あな たは家族や友人にCPRを行うことができるのか、訓練を受け十分な知識 と技術を維持しているのか? 「もちろん!」と答えることのできなかっ たあなたには、今年中に地域の消防本部か赤十字に電話をして、CPR講習 の受講を申し込んでほしい(予告して直接消防署 へ出向けば、少人数でも講習をやってもらえるかも知れない)。そして、目撃された すべての心肺停止患者で迅速に119番通報がなされ、救急隊員到着時には 市民によって必ずCPRが実施されているそんな日本、隣人の善意を信 じることのできる日本をつくることに力を貸して ほしい。

 コスト効果比(cost-effectiveness)の観点から、もう1つ強力に 推進したいのは、本稿で繰り返し述べた「早期除細動」の実現である。 自動式体外除細動器(AED)を用いた 除細動は市民でも安全に実施できる。これは世界の蘇生研究者 の常識だ。除細動を医師に、そして制限付きで救急救命士や 旅客機の添乗員に許可するのにとどまらず、一般救急隊員に、消防士に、 赤十字の救護員に、警察官に、また心疾患の家族を持つ市民に許可してほしい (専門診療科が何であれ、すべての医師と歯科医師が 除細動を実施できるのは当然だ。看護師にもためらわず実施できるように なってほしい)。そのためには市民であるあなたも除細動の重要性について学び、 声をあげ(あなたがマスコミ関係者であれば特に尽力願いたい)、 問題を正しく理解できる候補者に投票をしてほしい。

 3番目は救急救命士のさらなる育成である。これには市民の コスト負担が必要である(すぐには救命率の向上をもたらさないかも知れず、市民 CPRのように治療費の節減効果が予想されにくいのだ)。はじめにあなたは態度 をきめる必要がある。米国のパラメディクのように、気管挿管をし、アドレナリン を投与し、血糖値を測定できる、いわば医師に近づいた救急救命士を望むのか、医 師の指示のもとに代用器具による気道確保ができる、現在の救急救命士のままでゆ くか(医師の指示なしに除細動ができるようにするのは当然だ)。

 あなたが医師に近づいた救急救命士を望むとすれば、あなたの負担は2種類ある。 まず、救急救命士が安全に気管挿管などを実施できるように再教育をするために は、施設、人員などを確保するための費用が必要である。その費用を捻出するには 何であれ国などのサービスの一部を削ることに賛成し、あるいはいくらかの増税を 甘受してほしい。

 もうひとつは、あなたやあなたの家族が救命救急センター や大学病院附属病院で全身麻酔の手術を受けるときに、医師の 丁寧な指導のもとに救急救命士が、気管挿管をさせていただくことがあるという ことを了解していただきたい。もちろん、あなたがそれを承諾しないのに 知らないうちに行われるということはない。また、あなたやご家族に苦痛や具体的な 危険が及ぶと言うことはまず考えられない。しかし、救急救命士 が業として気管挿管を実施するためには、心肺停止状態のような差し迫った 患者においてではなく、予定手術を受ける全身状態の良好な患者でまず安全に 実施できるというステップが必要なのだということを十分に理解していただきたいのだ。


結語

 最後に、わが国のプレホスピタルケアの差し迫った課題として、以下の 4点をあげて結びとしたい。

  1. 目撃者による心肺蘇生法の実施率をあげること。

  2. 市民を含む様々の立場の関係者により、主に自動式体外除細動器(AED)を用いた 早期除細動が実施できるよう、(必要ならば法改正もして)社会的整備をすること。

  3. 救急救命士と医療機関との連携、メディカルコントロール(MC)を実効あるもの にすること。

  4. 政府や関係機関が市民の救急救命士への期待を的確に把握すること。気管挿管 などへの道を開いてゆく場合、市民は財政負担、研修協力などの援助を惜しまな いこと。

 皆様からのご意見を gochi@m.ehime-u.ac.jp までお寄せ下さることを期待している。


参考文献

1.旧自治省消防庁:平成11年版 救急・救助の現況

2.総務省消防庁資料:救急業務高度化の現況
http://www.fdma.go.jp/html/data/kyukyu2.html

3.旧厚生省健康政策局指導課:病院前救護体制のあり方に関する検討会報告書
http://plaza.umin.ac.jp/~jaam/00/k5prehos.htm

4.総務省消防庁救急救助課長通知、救急業務の高度化の推進について(消防救 第204号、2001年7月)
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/01/shobo.htm

5.厚生労働省医政局指導課長通知、医政指発第30号、病院前救護体制の確立に ついて(医政指発第30号、2001年7月)
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/01/shobo.htm#kosei

6) Larsen MP, Eisenberg MS, Cummnis RO, et al: Predicting survival from out-of-hospital cardiac arrest: a graphic model. Ann Emerg Med 22: 1652- 1658, 1993

7)岡田和夫、美濃部 嶢・監訳:AHA 心肺蘇生と救急心血管治療のための国際 ガイドライン2000、BIOMEDICS、東京、2001

8)国際蘇生法連絡委員会による心肺蘇生法に関する勧告、1997
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/99/ilcor.html


写真・図の説明

写真1.119番通報によって救命のための 連携をスタートさせる。小学生でも的確な119番通報 が可能である。

写真2(fig.6).住宅(上)および旅客機内(下) における除細動


図1.市民による心肺蘇生法(CPR)
 傷病者が8歳以上の場合、気道確保・人工呼吸(左)と胸骨圧 迫心臓マッサ−ジ(右)を2:15のリズムで実施する。

図2.ドリンカーの救命曲線

図3.心停止から除細動までの時間と救命率6)
 単なる救命率でなく、退院できたかどうか(神経学的 後遺症がないか、軽度)が評価基準になっていることに注意。

図4.正常心電図と心室細動、心静止の心電図

図5.気道確保のための器具
 気管挿管(左)の場合は気管内に直接チュ−ブを挿入するが、 誤って気管の下部にある食道に挿入することがある。ラリンゲル マスク(右)は気管の入口(声門)をカフで覆い、食道から分離 する。気管への送気が不十分となることはあるが、食道だけに 送気する恐れは少ない。


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