これはニューヨーク市が10月23日に改定した 「Medical Treatment and Response to Suspected ANTHRAX: Information for Health Care Providers during biologic emergencies」 の訳である。具体的な連絡先の電話番号などは現場の臨床医など以外には不要なのでここでは割愛した。ガイドラインは現状の変化に応じて直ちに改定される恐れがあるため、最新の情報を入手したいものは http://www.ci.nyc.ny.us/html/doh/home.html まで。
翻訳: 岩田健太郎(ニューヨーク在住日本人医師)___
目 次
炭疽症が疑われた症例はすべて速やかにニューヨーク市保健局感染症科プログラムに通報すること。
症状(吸入炭疽)
診断
治療
予防
隔離
B.anthracis の芽胞は物理的化学的に高度に抵抗性がある。菌は感染動物を処理した施設で何年も生息し続けていたことが判明している。炭疽菌の主要な生息地は土壌である。
ヒト炭疽症は米国や他の先進国では珍しい疾患であったが、症例は(主に皮膚炭疽症であるが)アフリカ、アジア、ヨーロッパ、そしてアメリカ大陸で今でも見ることができる。炭疽により汚染された土壌は米国にも多く存在するが、過去50年間その症例は減る一方であった。1981−2000年までに6例(すべて皮膚炭疽)が報告されている。自然界からの皮膚炭疽症が2例2001年に報告された。この両者はともに動物から暴露を受けている。ニューヨーク市では2001年の意図的な皮膚炭疽症発症までの過去50年間一例も炭疽症の報告がなかった。
炭疽症の疑われる症例で、明らかな菌への暴露の病歴がない場合(例、有病率が高い地域への旅行、輸入動物皮革からの暴露)はバイトテロリストによる攻撃である最初の手がかりである可能性がある。従って、たとえ一例でも炭疽症の疑わしい場合は速やかに感染症プログラムまで連絡すること。
炭疽症のヒト〜ヒト感染はきわめて稀である。皮膚炭疽の開放創からの浸出物との直接接触による感染は可能であるが、これも可能性は低い。過去吸入炭疽症のヒト〜ヒト感染の報告はない。
1)吸入炭疽症
吸入炭疽症は、急性縦画炎を来し、B. anthracis の芽胞の入った飛沫の吸入によりおきる。吸入炭疽症は急性肺炎を起こさない。
潜伏期 暴露後通常1−5日で発病する(60日まで潜伏期が伸びる可能性もある)。
症状 典型的には2相性を示す。
第一期は、感冒様症状から始まり、
2−5日後に急性期となる。第一期との間に1−2日の症状の軽快が見られることもある。特徴としては、
ショックへの進行は早く、時に出血性髄膜炎を伴うこともある。患者は急性期にはいると通常24時間以内に死亡にいたる。過去の発生例では死亡率は抗生剤を与えられていても90%ほどであった。
急性縦隔炎の鑑別疾患としては、食道穿孔、外傷、頭部、首部、胸部の感染の播種、心胸部の手術後感染がある。過去健康だったものが急性縦隔炎を呈した場合、炭疽症を強く疑うこと。
吸入炭疽症の診断はまず暴露の可能性のある疫学的地域性を考慮し、疑うことである。バイオテロのあった場合、第一期の患者では感染源が不明の場合が多い。臨床的に疑うことが最も重要なのである。
2)皮膚炭疽症
皮膚炭疽症は、急速に進行する潰瘍と黒色の痂皮(焼痂と呼ばれる)が特徴で、しばしば浮腫と紅斑を伴う。
潜伏期は、1−15日程度と幅があるが、通常7日以内である。
症状は、身体の皮膚をさらした部位(顔面、首、腕)に生じることが多く、程度に多様な差がある浮腫を伴いやすい。皮膚病変は次の経過をたどる。
掻痒感のある小丘疹−>複数の水疱が生じ、これが集まって単一の大きな水疱となる。−>1−2日後、水疱は破れて潰瘍を生ずる−>1−3cmの焼痂が中心に生じる(発症後3−10日後)−>焼痂ははがれ落ち(1−2週間後)あとには通常の痂皮が残る。この病変は一般に痛みを伴わず、周囲の組織には浮腫と紅斑がある。
皮膚病変は通常発熱、頭痛、筋肉痛、リンパ節炎/リンパ節腫大といった全身症状を伴う。顔面や頚部の病変は重篤な浮腫を生じ、そのため気管の狭窄が起きる可能性がある。「悪性浮腫」は重篤な浮腫、硬化、多発する水疱と全身の毒血症の存在を指して言う。細菌血症はまれである。 。療しない場合皮膚炭疽症の死亡率は25%にまで至るが、有効な抗生剤を使用した場合は死亡は稀である(<1%)。
3)消化器炭疽症
消化器炭疽症は未調理の食材、特に生や、十分に火の通っていない感染動物により起きる。米国では消化器炭疽症の報告はかつてない。
潜伏期は2−7日である。
症状には2種類あり、腸管と口腔咽頭部位におきる。腸管炭疽症は初期には非特異的で、悪心、嘔吐、食欲不振や発熱である。進行すると強い腹痛、吐血や出血性下痢を生じ、時に腹水を生じる。急性腹症の所見を呈することもある。口腔咽頭病変は頚部の浮腫と壊死からなる。皮膚炭疽症に類似する病変が口腔内やその後壁、硬口蓋や扁桃に見られることがある。患者はしばしば発熱、嚥下障害、リンパ節腫大を訴える。毒血症、ショック、チアノーゼが腸管、口腔咽頭部の炭疽症の進行期に見られる共通の症状である。消化器炭疽症の死亡率は25−60%である。
髄膜炎は5%以下の症例に見られ、どの型の炭疽症(吸入、皮膚、消化器)でも見られる合併症である。通常出血性であり、稀に原発部位が不明な場合もある。
潜伏期:皮膚、吸入、消化器炭疽症の発症から続いて、あるいは一日から数日後に発症する。
症状は突然の髄膜炎症状で、悪心嘔吐、筋肉痛、悪寒、めまいである。検査所見で特徴的に出血性髄膜炎のパターンを示す。脳脊髄炎と皮質出血の報告もある。1−6日で死亡にいたる。
血液培養は通常の培地で12−48時間以内に陽性になる場合もあるが、ほとんどの臨床細菌検査室でのB. anthracis の同定能力には限界がある。多くの自動同定システムではこの細菌は同定できない。
要約:Bacillus anthracisはグラム陽性桿菌で灰白色の集落を形成し、非溶血性か弱溶血性。非運動性でガンマファージと(通常は)ペニシリンに感受性がある。そして特徴的な莢膜を形成する。
注意:バイオテロが起きた場合、炭疽菌株はペニシリン耐性菌である可能性もある。現在のところB. anthracis の感受性試験のNCCLS(National Committee for Laboratory Standards。訳注。米国では感受性試験はNCCLSにより標準化されている) による基準は存在しない。B. anthracis が疑われたり同定された場合は細菌検査室は速やかにニューヨーク市健康局バイオテロリズム検査室に連絡しなくてはならない。確定診断や感受性試験は連邦政府の検査室で行われる。感受性試験の結果は患者の治療や予防投与の指針に大変重要である。
菌に汚染されている可能性のある検体がもれ出た場合、殺菌剤で速やかに覆い(5%次亜塩素酸あるいはその他の洗剤)そのまま30分間置いておくこと。その後吸収性のある殺菌剤を浸した布巾などでふき取る。全てのバイオハザード物質はオートクレーブで滅菌すること。汚染を受けた医療器具は次亜塩素酸塩、過酸化水素水、イオジン、過酢酸塩、1%グルタルデハイド溶液、ホルムアルデハイド、エチレンオキサイドによる消毒か、銅放射線照射、あるいは10分間オートクレーブか煮沸を行う。
吸入および消化器炭疽症
皮膚炭疽症
ペニシリン耐性菌に対し、あるいは初期治療にはシプロフロキサシン500mgを経口で12時間おきに投与する。別のキノロン(例、オフロキサシンやレボフロキサシン)あるいは(もしテトラサイクリン感受性菌ならば)ドキシサイクリンを100mg経口で12時間おきに投与するのも理にかなった治療法である。治療は抗生剤感受性試験の結果に応じて調節すること。
ペニシリン耐性菌、および初期治療にはシプロフロキサシンを400mg静注で12時間おきに投与する。その他のキノロン(例、オフロキサシンやレボフロキサシン)や(もしテトラサイクリン感受性菌ならば)ドキシサイクリン100mgを12時間おきに静注で与えるのも理にかなっている。感受性試験の結果を見て抗生剤を調節すること。浮腫や全身症状が改善したら、経口投与に変えてもよい。皮膚病変は効果的な抗生剤を使用しても進行することがあるが、全身症状や重篤な浮腫は防止できる。糖質ステロイドを治療初期3−4日使用すると、重篤な皮膚炭疽症(悪性浮腫)では、特に喉頭の浮腫の場合、死亡率を下げることができる可能性がある。飛沫暴露のない場合、治療は14日間継続される。
代替案
以下の抗生剤はin vitro での炭疽菌に対する効果が知られており、理想的な抗生剤が不足している場合、入手不能な場合の緊急時には使用が考慮される。
エリスロマイシン、アミノグリコシド、バンコマイシン、イミペネム、セファロシン・セファゾリン、クロラムフェニコール、クリンダマイシン、テトラサイクリン、広域ペニシリン
訳注:このガイドラインの発行後、今回のテロで使用された炭疽菌はセファロスポリナーゼを産生し、かつセフトリアキソン耐性菌であることが判明したため、上記のセフェム系抗生剤の使用は勧められない。
In vitro の検査によると、B. anthracis は一般的にサルファメソキサゾール、トリメトプリム、セフロキシム、セフォタキシム、セフトリアキソン、セフタジヂム、アズトレオナムに耐性である。これらの抗生剤は炭疽症の治療や予防に用いられるべきではない。
妊婦および小児の治療について
ワクチン摂取と治療期間
炭疽菌ワクチンは現在量が少なく、一般には入手できない。抗生剤は吸入炭疽症に60日間投与すること。
吸入炭疽症はヒトからヒトへは感染しないので、暴露を受けたものの家族や他の接触を持つものは予防を受ける必要がない。例外としてはその者自身も炭疽菌芽胞の飛沫にさらされた可能性がある場合である。
吸入暴露:動物実験によると、暴露後速やかに抗生物質による治療を受けた場合、吸入炭疽症による死亡率を著明に下げることができることが判っている。現在のところ、抗生剤とワクチン両者の投与がもっと望ましい。しかし、全国的にワクチンの数が不足しているため、ワクチンは一般には入手不可能である。抗生剤の予防投与は菌の感受性試験の結果によって調節される。
ペニシリン感受性株の場合、カリウムペニシリンV(30mg/kg/日を一日4回に分けて投与)かアモキシシリン(500mを経口で8時間おき)が勧められる。
予防的抗生剤は感受性試験の結果に応じて調節すること。
ペニシリン感受性株の場合、全ての小児はペニシリン系抗生剤(体重が20kg以上ある小児にはアモキシシリンを500mg経口で8時間おきに。体重が20kg以下の場合はアモキシシリンを40mg/kg/日を8時間おきに分けて投与)を用いる。
予防的には、ワクチンは非経口的に投与され(0.5mLを経皮的に)、3回2週間おきに投与する(0日、14日、28日)。現在のところ、米国でのワクチンの供給量は限られており、軍人あるいは職業上暴露を受けやすいものにその配布は限られている(注意。動物実験のデータによると、2週間あけて2回投与したワクチンでも十分であるとされる。ワクチンの供給量が少ない場合はこの方法も実際的であるかもしれない)。
ワクチンによる副作用は稀である。6%程度が局所的な反応を示し、2−3%程度に全身症状が見られる。
炭疽菌ワクチンの妊婦への安全性は不明である。妊婦はワクチン接種の利益が妊婦や胎児のリスクの可能性を上回る場合にのみ投与されるべきである。
I. 要約
II.緒言・疫学
III.バイオテロリストによる使用の場合の重要性
IV.臨床所見
悪心、疲労感、筋肉痛
微熱
空咳
(時に)軽度の胸部不快感
ラ音を聴取することもあるが、通常身体所見は正常
高熱あるいは低温を伴うショック
呼吸苦、チアノーゼ、喘鳴と著明な発汗
胸部、首の皮下浮腫
湿性捻髪性ラ音
レントゲン所見:過去健康だったものが発熱し、胸写レントゲン写真で縦隔の拡大が認められたら炭疽症が強く疑われる。胸水が認められる場合もある。実質性浸潤は通常認められない。V.検査室での診断
VI.検体の取り扱い
VII. 治療
VIII.患者の隔離
IX.感染を起こしうる廃棄物の処理
X.剖検と遺体の取り扱い
XI.菌に暴露を受けたものの管理−予防法
XII.参考文献