救急救命士カリキュラム検討委員会資料

救急救命士養成教育の実態調査に関する報告


はじめに

 救急救命士養成校のカリキュラムの大綱化および救急救命士テキストの改訂を 行うにあたり、養成施設における教育課程のカリキュラム上の問題点を分析する ことを目的として、救急救命士自身が、自ら経験した教育課程をどのように把握 しているかを検討した。


方 法

1)調査対象

 全国的地域的な8メ−リング・リストをとおして調査の依頼を行った。これに 応募した救急救命士119名の調査票を対象とした。救急救命士119名の養成施設 はつぎのとおりである。調査は救急救命士教育に携わる医師に対しても行ったが、 ここでは触れない。

【養成施設別の対象者数】
  救急振興財団救急救命東京研修所   50名
  救急振興財団救急救命九州研修所   30名
  大阪市消防局救急教育センター     6名
  横浜市救急救命士養成所        6名
  神戸市救急救命士養成所        5名
  東京消防庁消防学校救急救命士養成課程 3名
  京都市消防局救急教育訓練センター   3名
  札幌市消防局救急救命士養成所     3名
  名古屋市救急救命研修所        2名
  広島市消防局救急救命士養成所     1名
  海上自衛隊救急救命士養成所      1名
  湘央生命科学技術専門学校       4名
  北海道ハイテクノロジー専門学校    2名
  その他                3名

2)調査期間

 平成12年10月30日から11月10日までの12日間とした。

3)調査項目

 調査項目は、次のとおりである。

 a)年齢
 b)救急業務の経験年数
 c)国家試験受験資格の種別
 d)養成施設
 e)国家試験合格年
 f)養成所での個人の学習目標
 g)目標達成の有無
 h)養成課程全体のカリキュラム上の問題点
 i)医学以外の基礎科目の内容の問題点(6カ月課程は除く)
 j)基礎医学科目(解剖、生理、病理等)の内容の問題点
 k)臨床救急医学科目の内容の問題点
 l)シミュレーション、同乗実習、病院内実習の内容の問題点
 m)救急救命士に必要な知識および技能に関する意見
 n)その他


結 果

1) 年齢
   37.8±6.1歳(M±SD)

2) 救急業務経験年数
   12.4±5.9年(M±SD)

3)養成施設での個人の学習目標と動機

 学習目標は、81名(68.0%)が国家試験合格とし、その理由として『職務命 令』『公費研修』としたものが多かった。『現場で役に立つ知識と技術の習得』、 『医療従事者に仕立上げる』『人の痛みがわかる救急隊員』などの積極的な目 標を掲げたものは62名(51.2%)であった。

4)目標達成の有無

 国家試験合格を第1義的目標としたものは、ほとんどが目標を達成したと考え ていたが、50名(42%)は、『不十分』『不安』『中途半端』『自信がない』 『夢破れた』などと表現した。

5) 養成課程全体のカリキュラム上の問題点

 カリキュラム上の問題点として、次のことが指摘されている。

a)国家試験対策の詰め込み教育、予備校化、時間的余裕の欠如(48名)
b)実技訓練・実習の不足、野放し実習(39名)
c)多人数の講義方式のため個別指導が不十分(6名)
d)講義(座学)項目の多く、しかも、系統だった講義が少ない
e)国家試験に役立っても、救急現場に役立たない内容が多い
f)専門職の意識づけができていない
g)現場救急学が確立されておらず、何が必要かを医師が理解していない

 なかには、聴診等の実技の指導がほとんどない施設もあった。症例検討、シミュ レーション、実習の時間の増加、系統講義を求める声が多かった。

 2年コースでは、2年次からは公務員試験に向けての科目に多くの時間を費やし、 救急に関する実技や座学が少ないことが指摘されている。

6) 医学以外の基礎科目の内容の問題点

 本調査では、6カ月コース履修者が多く、この項目の回答者は少なかったが、英 語、医学用語の学習の必要性は指摘されている。しかし、大学や高校などで習得し た科目は選択科目にするべきとの声があった。また、○○○○○救急救命士養成所 では、専修科課程を兼ねているため、遊泳、訓練等に時間がとられたとの指摘もあ る。(註:○○○○○は、調査協力者を保護するために伏せ字としたが、委員会で は名称を出した)

7) 基礎医学科目の内容の問題点

 基礎医学科目については、次のことが指摘されている。

a)解剖学では、解剖実習やモデル、ビデオを使った教育方法へ改善すべきである。
b)解剖や生理を、病態、実際の疾患の観察や処置との関連で教授する教育方法へ
  変えるべきである。疾患から、解剖と生理を明確にする講義が必要である。
c)基礎医学科目の時間数を増やすことには、賛否両論があった。
d)基礎科目は、入校時の個人レベルに差が大きく、救急2課程、標準課程の内容
  に問題がある。とくに、解剖や生理は救急2課程、標準課程で修得するべきで
  ある。救急救命士教育は、標準課程教育の充実と関連づけるべきである。
e)何を学ぶべきかに関する具体的な指導指針が必要である。
f)救急薬品に関する知識は必須のものであり、薬理の時間を増やすべきである。

8) 臨床救急医学科目の内容の問題点

 臨床救急医学科目については、次のことが指摘されている。

a)救急現場を知らない医師が多いので、病院医療の視点からのアプローチが多く、
  救急現場が前提になっていない。
b)外来講師が自分なりの考えで授業を進めるので、系統的な講義にならない。
c)科目別に画像診断の基礎を教育するべきである。病院実習にも有用となる。
d)産婦人科(特に分娩)、小児科、精神科の知識が不足しており、充実を図るべ
  きである。
e)疾患を疾患として学ぶのではなく、主訴、症候から出発し、観察の手順を明確
  にする中で、疾患病態、重症度緊急度評価にたどり着教育方法が必要である。
f)標準テキストには、執筆者によって異なる記載があり、また、救急現場の観点
  からは適切さに欠いた記載もある。
g)重複する講義、意味のない長い講義(例えば、CPAに30時間)がある。
h)養成期間が終了しても、心電図が読めない、12誘導の読み方を知らない、異常
  呼吸音を知らない、聴診できない研修生がいる。手技の修得がなければ、知識
  を現場の患者に応用できない。
i)病態生理の説明が不足している。疾患の各種症状や所見が何故そうなるのかの
  説明が不足している。処置も、医療機関内での処置が中心で、救急現場だから
  こそ必要な処置がほとんど説明されていない。
j)症例の紹介と医学的な解説を多用することが重要である。救急現場に多い事例
  を取り上げ、観察のポイント、判断、処置内容などを多くするべきである。
k)各臓器別、疾患別の科目の時間数の割り振りを見直し、実際の救急活動に即し
  た配分を行うべきである。
 *くも膜下出血、急性心筋梗塞、緊張性気胸など、救命士が技術を習得し、社会
  復帰例を増加させることが出来る可能性のある疾患については多くの時間とペ
  ージを割くべきだ。
 *半自動除細器などの資器材については、そのVF判定フローチャートの中身にま
  でおよぶ深い知識の提供が必要。

9)シミュレーション、同乗実習、病院内実習の内容の問題点

 シミュレーション、同乗実習は養成施設によって様々であり、ほとんどのものが、 その充実を訴えている。

a)シミュレーションは、その時間数の増加を指摘する一方では、施設毎に異った
  シミュレーションが行われていることが指摘されている。
b)シミュレーションは、特定三行為に限って実施されている施設があり、様々な
  重症患者を想定したシミュレーションが求められている。
c)救急2課程、標準課程に問題があり、入校時にバッグマスク換気ができない研
  修生が多く、養成施設でバッグマスク換気を指導せざるをえない状態である。
d)形だけのシュミレーション。時間消化的な同乗実習が行われている。
e)地域、施設によっては、シミュレーションは特定三行為の資器材の使い方だけ
  で実際の活動を想定してのものではなく、同乗実習とは、所属署に挨拶に行く
  だけで同乗せず、病院内実習は見学に終わり、症例を経験しないところもある。
f)同乗実習が行われていない施設が多く、病院実習の時間も少なく、その内容も
  病院によって様々で、多くは効果的な研修が行われいない。

10)養成課程に関わる問題

a)6カ月の養成期間を延長して、詰め込みでない効果的な教育を希望している救
  急救命士が少なくない。
b)ある施設では、救急隊経験が5年に満たず、2000時間をクリアーしていない救
  急隊員を入校させている。
c)研修生のレベル差も大きく、理解度も異なる。入校資格をチェックする必要が
  ある。
d)効果測定や模擬試験の点数だけでその研修生の理解度は判断できない。国家試験
  に実地試験を導入する必要があると指摘する救急救命士が生まれている。


考 察

 1)救急救命士の多くは、職務命令により養成施設に派遣されており、入校時のモチベーションや資格に問題がある研修生が存在する可能性がある。

 2)養成施設における教育内容は施設により様々であり、とくに実技指導に問題がある施設がある。

 3)養成施設で指導にあたる医師の多くは、救急現場における医療を経験していない上に、救急現場学(救急現場の診療学)が確立されていないために、救急現場を措定した教育指導が困難になっている。

 4)現行のカリキュラムは、6カ月の養成期間では、詰め込み教育にならざるを得ない。そのため、養成期間を前提とするなら、根本的なカリキュラムの改編が必要である。

 5)初任教育、標準課程、救急救命士教育課程の位置付けとカリキュラムの連関を明確にする必要がある。標準課程での基礎教育が十分に行われることを前提とすれば、救急救命士教育課程は、救急活動を軸とした、より実践的なカリキュラムに改編することが可能になる。

文責:東海大学医学部総合診療学系救命救急医学 山本五十年(2001.10.29)


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