救急医療メーリングリスト運用の困難性について

【ネットスケープ用ファイル】

愛媛大学救急医学、大阪府立病院麻酔科*、秋田大学救急医学**
越智元郎、森 隆比古*、坂野晶司**

第18回麻酔・集中治療テクノロジ−学会学術総会、2000/11/25)

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 おはようございます。私は「救急医療メーリングリスト運用の困難性について」というタイトルで発表をさせていただきます。


 はじめに、メーリングリストは皆様ご存じの通り、電子メールの同報機能を用いた一種のフォーラムであり、職種や所属組織、地域などの壁を超えた豊かな情報交換の場となると言われています。

 今回お話しする救急医療メーリングリスト(eml)は救急災害医療をテーマとしたMLで、様々な領域、職種の会員が参加しています。これは1996年2月にスタートし、ピーク時の登録メンバー数 980人を数えました。配送メール数は通算約 30,000通で、年平均 5930通となっています。しかし、本会は配送メールの無断持出事件を契機に、2000年9月休会となりました。そして救急災害医療に関する論議を中止し、ML運用にしぼった論議を継続しており、来年1月に活動を再開することを目標としています。


 救急医療ML(eml)の特徴ですが、会員全員が氏名や連絡先を公開し、会員データベースを整備しています。また、交信記録をすべて会員内で共有することにより、各自が発言に責任を持ち、同時に有用な知的資源として活用してきました。さらに本会における重要な論議の合意事項は可能な範囲で、ウェブや医学誌への投稿の形で公開してきました。会員の横のつながりにより、多数の有意義な社会的活動を実施しています。学会などの際に親睦会を開催し、人間的な絆を強めています。

 以上のような活動の結果、MLが救急災害医療領域におけるきわめて重要な情報交換の手段であることが、関係者の間で次第に知られてきました。


  emlとして行った社会的活動を列挙してみます。97年、用語「患者監視装置」は不適切ではないかという論議がおこり、医療機器メーカーに生体情報監視装置などの名称に変更していただきました。97年8月、カンボジアの蛇咬傷多発に対し、蛇毒血清について情報支援をしました。97年8月から3回、災害通信訓練を主催または参加しました。98年4月から乳幼児の突然死を減少させるためのキャンペーンを開始しました。その後 emlをベースにして地域内での連携が自然発生的に生まれ、各地での救命講習会に繋がって行きました。

 あと、タイトルのみ列記しますと、救急医療における守秘義務の問題の論議、ML間の災害時バックアップ計画、救急処置シミュレーションに関する論議、脳死報道に関する論議、国際蘇生法連絡委員会(ILCOR)による勧告の翻訳、American Heart Association (AHA) 心肺蘇生法会議への出席、臨界事故対策のための緊急提言などが上げられます。


 1999年2月、AHAの許可を得てILCOR勧告を翻訳し、電子化された資料として整備しました。この活動から emlメンバーが AHAのCPR新指針策定会議に出席することになり、大きな貢献をすることにつながりました。


  eml の活動については、近代消防、エマージェンシー・ナーシング、ICUとCCU、日本臨床麻酔学会誌、臨床と研究など、各誌に総説として紹介し、特に災害医療情報の分野では草の根のネットワークとして重視されることとなりました。


 一方、 eml はこれまでに様々な問題に直面してきました。その1つは、1996年11月「配送メールが多すぎて読めない、関心のない話題も配送される」などと批判して、一部会員が退会しました。その対策として、交信記録のある非公開ウェブを閲覧できる準会員の制度を開設し、強制的に受信させられるのでなく、ウェブを見にゆくことによりメールを読めるようにしました。

 次に、特定のテーマを扱う複数のMLを同時運用し、話題を切り分け、emlメンバーがそれらの交信記録を閲覧できるようにしました。切り分けた話題には、ML間バックアップ計画、ILCOR勧告翻訳、乳幼児突然死撲滅キャンペーン、救急関連ジャーナルのウェブ化などがあります。


 2つめは外部へ持ち出されたメールが発信者の職場で取り沙汰され、叱責を受けたというもので、この件はメールを持ち出した会員が名乗り出て謝罪し、解決いたしました。そしてこれを機に「申し合わせ事項」を作成しました。これはメールの無断持ち出し禁止など、ネチケット尊重を誓うもので、毎年、検討・改訂するとともに、会員全員が毎年「申 し合わせ事項」遵守を誓って emlへの再登録をするシステムとしました。また新入会に際しても、遵守の誓約を得た上で登録しています。この「eml 申し合わせ事項」は」ウェブ上で公開され、各方面のMLで申し合わせのモデルとなっています。


 「申し合わせ」作成後2年間は平穏に経過しましたが、その後、メールの無断持ち出しに関する苦情が頻発。2000年7月、ある会員が eml会員でない上司から、投稿メールの内容を守秘義務違反と言われ、処分をほのめかされました。 emlでの調査・検討の結果、当該メールの内容は守秘義務をおかしていないか、少なくともグレーゾーンの範囲であると考えられました。再三の要請にもかかわらず、メールを持ち出したと名乗り出る会員はいませんでした。濃厚に関与が疑われた会員は、守秘義務という法を犯す行為の前ではMLの申し合わせは無意味と主張しました。

 結論として、誓約して集まった善意の会員という前提で症例検討をしたり、過去の交信記録を共有すること等に危惧が生じ、 emlのあり方を根本的に考え直す必要があると考えられました。


 本年9月から eml再開に向けての論議をしていますが、その要点として、

  1. MLというネットワーク上の組織から、現実社会とかみ合う任意団体に脱皮し、学会あるいは研究会を設立するべきではないか

  2. 会員データベースの整備、再登録制度などは、会員の役割分担によって継続し、よく耕された有意義な場を引き続いて維持する。

  3. 大部分の者がネチケットを守っても、悪意の参加者または不注意による情報持ち出しを防止する手だてはない。ネットワークとして非公開性を保証することはせず、投稿の結果についてはメンバーの自己責任とする。

  4. 守秘義務にふれる投稿や、救急救命士法等の法をおかす行為を実施しそれを正当化する投稿は許されない。

  5. 投稿者の許可を得た有意義な情報は積極的に公開し、救急災害医療の発展に寄与する。

などが上げられました。


 結語として、

  1. 1996年に発足した救急医療メーリングリスト(eml)は屈指の医療系MLに成長しましたが、参加者数の増加に伴い、申し合わせ遵守を誓った善意の会員が作るネットワークという前提を揺らぐことになりました。

  2. 現在 emlは休会中であり、公開できる情報の共有を中心とし、なおかつ職種や地域の壁を超えた有益な community を形成できる運用法を模索しています。


救急医療メーリングリスト運用の困難性について(抄録)

愛媛大学救急医学、大阪府立病院麻酔科*、秋田大学救急医学**

〇越智元郎、森 隆比古*、坂野晶司**


 メーリングリスト(ML)は電子メールの同報機能を用いた一種のフォーラムであり、職種や所属組織、地域などの壁を超えた豊かな情報交換の場となる。1996年2月にスタートした救急医療ML(eml)では1000人近いメンバーが、年間 6000通を越えるメールを交換してきた。メンバーはその全員が氏名や連絡先を公開し、また親睦会などを通じて人間的な絆を強めている。さらにすべての交信記録をデータベースとして共有することにより、各自が発言に責任を持ち、また有用な知的資源として活用している。 emlにおける重要な論議の合意事項は可能な範囲で、ウェブや医学誌への投稿の形で公開した。さらに会員が eml上で「蘇生法に関する ILCOR勧告」の翻訳や乳幼児蘇生法講習会などの有意義な社会的活動を計画・実施し、大きな成果を得ている。MLが救急災害医療領域におけるきわめて重要な情報交換の手段であることが、救急医療の分野でも次第に知られてきた所である。

 emlがかつて遭遇した問題の1つに「配送メールが多すぎて読めない」などとして、一部の会員が退会したことがあった(1996年11月)。その対策として、交信記録のある非公開ウェブを閲覧できる準会員の制度を設けた。また、特定のテーマを扱う複数のMLを同時運用し、emlメンバーの全員がそれらの交信記録を閲覧できるようにした。

 2つめは外部へ持ち出されたメールが発信者の職場で取り沙汰され、叱責を受けたというもの(1997年12月)。この件はメールを持ち出した会員が名乗り出て謝罪して解決した。これを機にメールの無断持ち出し禁止などを含む「申し合わせ事項」を作成し、毎年検討・改訂するとともに、会員全員が毎年「申し合わせ事項」遵守を誓って emlへの再登録をすることとした。新入会に際しても遵守の誓約を得た上で登録している。その後は大きな問題は生じず、1999年末に3度目の「申し合わせ事項」の改訂と会員再登録を実施した。

 しかしその後、emlへの投稿メールが外部へ持ち出され不愉快な思いをしたという訴えが散発し、同時にそのような無断持ち出しが日常的に行なわれているとする証言が相次いだ。さらに2000年7月、会員が投稿メールの内容を職場で守秘義務違反と言われ、処分を示唆された。われわれの判断では当該メールの内容は守秘義務をおかすものではなかった。会員全員にメール持ち出しの事実を確認する一方、会員の所属組織などからの参加者に事情を確認したが事情は判明しなかった。このことにより、誓約して集まった善意の会員という前提で症例検討を行ったり、過去の交信記録を共有することには無理があると判断した。現在 emlは休会中であり、公開できる情報の共有を中心とし、なおかつ職種や地域の壁を超えた ML community を形成できる運用法を模索している。

 emlでは特定できる多数の会員によって有意義な情報交換が行われた。しかし善意を前提とした運用では悪意の漏洩などを防げず、新しい運用方法を考える必要がある。


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