(朝日メディカル 1999年3月号 p.70-71)
目 次
その結果、1)救急隊の業務内容の質の低さと範囲の狭さ、2)心肺機能停止患者
への心肺蘇生法(bystander-CPR)実施率の低さが原因とされた。
この対策として、1)1991年、救急隊の業務の拡大と質の向上を目的とした
救急救命士が誕生した。2)しかし当時の 7%1)という
bystander-CPR実施率を向上させることはさておき、まず CPRを国民的に普及させ
る方策が採られた。すなわち94年からは高等学校体育課程で CPR教育の義務化お
よび自動車免許取得時に CPRの受講を義務づけられた。しかし当時は一次救命の
基本手技が講習を行う団体や組織によって異なっており、このことが、特に一般
人の間で混乱を生じていて、いわゆる chain of survival を有効にリンクさせる
ために不都合が生じていた。
そこで92年日本医師会は救急蘇生法教育検討委員会を発足させ、厚生省、自治省
消防庁、検察庁などの関連省庁や日本救急医学会、日本麻酔学会、日本蘇生学会、
日本胸部疾患学会、小児科学会などの関連学会、また日本赤十字社、東京消防庁
に参加を呼びかけて、心肺蘇生法、特に第一次救命処置と止血法の統一を図った。
方針は、基本的に、92年の American Heart Association (AHA) の guidelinesに
準拠して行い、この分野で用いられる用語も統一した。
この結果、93年8月に、一般市民と講師のための「救急蘇生法の指針」
が、94年12月には医師用が出版された。そして、今後作成するテキストはこれ
に準拠することを各方面に要望し
た。自動車教習所でもこれに準拠した
テキストが用いられている。われわれ
日本蘇生学会は、日本麻酔学会、日本臨床麻酔学会、日本集中治療医学会と共著
で、心肺蘇生法の指針を改訂、第2版を出版した。
以上のように、わが国としての全体的な統一教科書ができた。ところが、
関係組織や団体でこの意図を十分に取り入れていないところもあり、この
事例が本学会でも指摘された。そればかりか、いわゆる CPRに関して指導的
立場にある人たちが専門雑誌や教科書に、これまでの経過を知らずに「最近の」
とか「新しい」などというテーマで旧来の方法を解説しているものがある。
著者は少なくとも3誌見つけ、訂正を依頼した。しかし1誌は返事
すらない。さらに重要な事実は第90回医師国家試験(1996年)に92年以前の
方法を解としなければ解のないと考えられる問題2)が
出題されている。将来医師となって、一般人に対して指導的立場に立たなければなら
ない医学生たちに、出発時点から迷いを生じさせている。残念ながら、教育する側に混乱が生じているのが現状であり、一般人に混乱が生じるのはしごく当然である。心肺蘇生法もむろん医学の一分野であり、
多くの医学的根拠に基づいた進歩発展がある。われわれには常に新しい知識を
獲得して、一般人に新しい方法を伝える義務がある。AHAも、わが国の統一した方法も
実は、「guidelines」=「指針」であって、「standard」でも「規則」でもない。
したがって従う義務はない。しかし前述したように CPR は医学である。他の方法を
良いとするならば当然それにふさわしい根拠が必要である。それなくしては単なる
私見であり、自己の経験にすぎない。テキストに記載すべきでない。
人種がほぼ単一で、義務教育が徹底していて、かつて、ヒトの命は地球より重い
と言明した首相のいるわが国としては非常に寂しい。
この CPR施行率の低い原因としては、一部を除いた講師の数・知識・技術・経験
の不足からくる教育技能の未熟、講習時間・資機材の不足。受講者側では、希望して
受講する場合には問題は少ないが、義務として受講する自動車教習所の場合、これ
が本来の目的でないこと、せっかく受講して知識はあるが実施機会がない、再講習
の機会がないなどのために施行に自信がないことなどが考えられる。またせっかく
施行しても何か間違いをするのでは、あるいはかえって悪化させて訴えられでもしては、
などと考える人もいるであろう。さらに基本的には、目立ちたくない、恥ずかしい、
見知らぬ人である、不潔であるなどというのが本音かもしれない。
もうひとつは、エイズなどの感染症の問題であるが、これまでに訓練用マネキン
を含めて感染した報告はない。しかし、口唇・口腔内粘膜に傷があれば別である。
このためにビニールなどでつくられた防護用具が市販されている。将来はむしろ
心停止に陥る心配のある人たちがニトログリセリンのように常時携行することが
望まれる。
基本的な対策としては、幼少時期より命の大切さの教育と自分の家族をはじめ
として、職場やサークルなど周囲の親しいなかの誰かが CPRが必要な事態に陥った
時に互いに助け合うために始めるのがよいと考えられる。そうすることによって、
CPRは、とりもなおさず、自分のためであることを自覚させるのである。
以上のような経緯から、再度心肺蘇生法の基準を目指して、92年、日本医師会心肺蘇生法
教育検討委員会が意思の統一を図ったように、今回は厚生省か日本救急医療財団などが
主体となって、再度ガイドラインに準拠することを関係機関・団体に要望する。そして
合意に達した時点で、わが国の代表がILCORに参加して、国際基準への到達を目指すよう
提言したい。
参考文献
救急蘇生法の正しい指針
CPR施行率の低さ
国際ガイドラインを目指して