静脈切断

脳の静脈には切っても症状がでないものや切断すればひどい静脈性梗塞や重篤な症状が出るものがあります

絶対に遮断・切断してはいけない静脈

意識障害などのひどい症状を出すものです。脳外科医にとっては当たり前のことですが・・・・羅列してみます

後半2/3の上矢状静脈洞 (SSS),トロラール静脈 vein of Trolard,ローランド静脈 vein of Rolando,静脈洞交会 (confluence),ガレン大静脈 (vein of Galen),内大脳静脈 (nternal cerebral vein, ICV), ラベ静脈 (vein of Labbe), 優位側のS状静脈洞 (sigmoid sinus, dominant side) ,直静脈洞 (straight sinus),優位側の横静脈洞 (transverse sinus, dominant side), 優位側の頸静脈球 (jugular bulb) 全体,視床線条体静脈の根元 venous angle/thalamostriate vein

これらは大静脈と捉えていいと考えます。髄膜腫や動静脈瘻で自然に閉塞している場合を除いて,術中に閉塞すると場合によっては数分から1-2時間で支配領域の脳の腫脹が生じます。もちろん症例と部位によってその程度は様々ですが,例えば,上矢状静脈洞を頭頂部で止めた時などは,10分くらいで脳が盛り上がって突出してきますから急いで開通させないと収拾がつかなくなります。優位側のS状静脈洞を閉塞しても側副路が発達している例ではなにも起きない場合がありますが,そうでなければ術後に意識がさめないで脳死に至るような脳腫脹が生じることもあります。これらを術中に予測するためにいろいろな工夫がされているのですが,確実に結果を予想できる手段はありません。トロラールやローランド静脈のような巨大な皮質静脈では,術前の血管撮影でシルビウス裂方向に下降する側副路を見て,一時的な遮断で静脈圧を確かめてから切断するということもできないわけではありませんが,いずれにせよリスクを伴います。

切断しても症状が出ないこともあるし,そうでない恐い場合もある静脈と静脈洞

これらは本来は切断してはなりませんし,上手に切らない場合は静脈性梗塞は必発です

  1. 非優位側のS状静脈洞 sigmoid sinus, non-dominant side
  2. 非優位側の横静脈洞 transverse sinus, non-dominant side
  3. 内後頭静脈 internal occipital vein:内側後頭葉高速による同名半盲
  4. 浅中・深中大脳静脈 suerficial and deep cerebral/sylvian veins, veins of sylvian fossa:前頭側頭葉梗塞
  5. 蝶形頭頂静脈洞:sphenoparietal sinus
  6. ローゼンタール静脈/脳底静脈 vein of Rosental
  7. 前頭葉前半部から上矢状静脈洞への橋静脈 bridging veins, frontal ascending veins
  8. 視床線条体静脈の分枝 thalamostriate veins
  9. 尾状核静脈 caudate vein

切断すると高頻度に静脈性梗塞を作りやすい小静脈

  1. 側頭葉後半底部の静脈(ラベ静脈近傍のもの) veins of the temporal base :側頭葉底部の小梗塞 ,左であれば失読
  2. 嗅窩に入る優位なethomoidal veins, dominant anterior cerebral vein:前頭葉直回の小梗塞,両側損傷では認知障害

切断あるいは部分閉塞してもよいとされるが,とても稀に静脈性梗塞を生じるかもしれないもの(上手に切らないとだめ)

  1. 前1/5の上矢状静脈洞 SSS, superior sagittal sinus
  2. 海綿静脈洞 cavernous sinus
  3. 透明中隔静脈 septal vein
  4. ある程度の大きさまでの下矢状静脈洞 inferior sagittal sinus
  5. 前中心小脳静脈 precentral cerebellar vein:松果体部手術の場合に時には切断します
  6. 小脳表面の虫部静脈と半球静脈 vermian veins and cerebellar veins
  7. 上錐体静脈洞 superior petrosal sinus
  8. 錐体静脈 petrosal vein
  9. 錐体静脈の枝 branches of the petrosal vein
  10. 下錐体静脈洞 inferior petrosal sinus
  11. 非優位側の頸静脈球の全体,優位側の一部閉塞 jugular bulb
  12. 後頭顆静脈 retrocondylar vein and internal condylar vein
  13. 脳幹周囲の静脈 transverse pontine vein, lateral pontine vein, lateral mesencephalic vein, anterior ponto-mesencephalic vein, amastomotic lateral mesencephalic vein, vein of lateral recess:豊富な吻合枝を有するので一点のみでの閉塞なら可能かもしれないが,症状が生じた場合重篤

結論

切断して安全な静脈はないと言えるでしょうが,実際にはそんなことができるはずもなく (>_<)


番外編:怖い話

静脈血管腫(奇形)venous angioma (anomaly) は,絶対に切断してはいけない

いわゆる静脈性血管腫は正常な静脈血を還流するterminal veinなので,切断すればその支配領域は間違いなく静脈性梗塞になります。他の静脈系との吻合 leptomeningial or parenchymal anastomosis,側副路がないのです。

特に,後頭窩のある程度以上の大きさの静脈性血管腫を切断した場合には,死亡という結果に終わる可能性が高いです。小脳あるいは脳幹部に接する静脈性血管腫の切断の場合,術後にたとえ意識がさめたとしても,6時間から12時間くらいの経過で,意識障害が急速に進行して術当日の夜間などに呼吸が停止することがあります。これは再手術で減圧を計っても除圧できないものとなり,脳死が避けられない事態に追い込まれることがあります。

大きな海綿状血管腫には静脈性血管腫が合併する頻度がとても高いです。この静脈性血管腫の損傷でも同様のことが起きます。海綿状血管腫を摘出しただけなのに周囲に梗塞巣を生じて意外な後遺症を残した時,この病態がを生じていた可能性が高いです。


錐体静脈を切断して術後に高度の小脳静脈性梗塞を生じた実例です

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なんの変哲もない錐体骨縁外側髄膜腫 ptrous ridge meningioma (lateral type) です。無症状ですがサイズがちょっと大きく,年齢が若く,髄膜腫に石灰化などがなく,内耳道内侵入は現時点なら摘出が困難ではなく,云々の理由で,手術リスクも低いと判断して手術をお勧めしました。小さめの外側後頭下開頭で十分摘出できる位置と大きさです。CISS, T2, T1-Gdのいずれの画像でも,左錐体静脈が腫瘍と小脳表面間から腫瘍の内側で腫瘍内部を貫通して上錐体静脈洞に流入するのが見えます。
術中所見で,左錐体静脈は,腫瘍の内部にありred veinとなり腫瘍の主たる導出静脈でした。 錐体静脈が上錐体静脈洞へと流入するちょうどその場所から発生した髄膜腫で,feeding arteriesが周囲にたくさんありましたので,全摘出を目指すためにこの錐体静脈を上錐体静脈洞に流入する部位で切断しました。切断できるはずだと判断して切断したのですがーー。
手術は短時間で終わりましたし,聴神経を温存して,肉眼的には内耳道内侵入部も含めて全摘出でき,術後の意識の覚醒もよく,安心していました。ところが・・・・術後のCTで左小脳半球の浮腫像が見えました。

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術翌日には小脳半球内出血を伴う高度の静脈性梗塞となり小脳浮腫のために患者さんの意識は低下しました。これは一見,硬膜下出血のように見れますが,明らかに小脳実質内出血です。術翌日と3日目の2回,再手術をして血腫と壊死になった小脳を最小限に除去しました。この場合,最小限と言うのがとても難しく,小脳半球を広範に切除すれば高度の小脳失調を残してしまいますし,また除圧が足りないと生命に関わります。静脈閉塞が原因の小脳梗塞はこの判断が難しいと言えます。壊死した小脳を摘出してから,時間をかけて少しづつ追加除去して,1時間余の時間観察してから必要十分だと判断したところで閉頭するのです。小脳静脈性梗塞は極期が2週間ほど続きますから,その間は減圧剤を限界まで使用して,頭部を高く上げて,後頭窩の脳圧を厳密に管理しなければなりません。

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左が3度目の手術後当日のCTです。小脳が除圧されて第4脳室が見えます。右は術15日後のMRIです。小脳腫脹が引いてきています。しかしこの時点では患者さんに小脳失調症状があり歩行はできませんした。数ヶ月かかりましたが幸いなことに小脳失調は改善して歩けるようになり,やがてテニスをできました。一般的に小脳半球の外側損傷では患者さんの失調からの回復はかなり期待できます。

小脳上面の架橋静脈 tentorial bridging cerebellar veinの損傷

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テント髄膜腫です。側頭葉外側にはラベ静脈があり側頭葉底面を持ち上げることができない構造でした。テント下から入ってテント切断しても側頭葉底面のfusiform gyrusの損傷が避けられません。ですから,後頭葉底面を挙上してテント切断しながら摘出するという,方法を選択しました。OTAの変法のように小脳テントを上面から切断しながら腫瘍を後頭窩に落として摘出していくのですが,小脳テントを深部で凝固切断した時に,小脳上面からテントに架橋 bridgeしている小脳皮質静脈を切断してしまいました。小脳上面からのtentorial veinなので何も起こらないだろうなと,たかを括っていました。

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しかし翌朝,患者さんに軽度ですが意識障害が生じました。左小脳上面の出血性静脈性梗塞です。
この出血は部分摘出するだけでなんとか小脳腫脹をコントロールすることができました。

tentorialmeninhs5術後6年目のMRIですが,幸い患者さんは元気に歩いて通院しています。
前の例と同じように,小脳の静脈性梗塞に伴う出血性梗塞と脳腫脹は,意識障害あるいは呼吸不全という重篤な状態を招きますが,予後は意外に良いことが多いのです。
慌てて小脳半球の大部分を除圧切除などしてしまうと,重篤な歩行障害を残してしまうので,辛抱に辛抱を重ねて最小限の小脳組織除去をして,だめなら再開頭してまた同じことをします。


ちょっとした静脈切断のコツ:特にbridging veinで

この静脈をどのように切断しますか? bridging veinの切断で用いる方法です。

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左側のように切断すると分枝の間の血流が途絶えて,各分枝は独立して還流しなければなりません。しかし,右図のように切断すれば,圧勾配で血流が相互に行き来できますから,片方の分枝が他の静脈系と吻合を有していれば静脈性梗塞が避けられます。しかし,この方法をラベの静脈で試してはいけません,ひどいことになります。あくまでも切断できる可能性のある静脈においてです。


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