運動負荷心電図実施時のトラブル、緊急対応
天理よろづ相談所病院 日裏 淑恵
【はじめに】
運動負荷試験は、潜在性する心筋虚血の誘発と運動による不整脈の誘発を主目的とする検査である。そのため検査中に狭心痛発作、意識消失、呼吸困難や、重篤な不整脈の出現、さらに不測の転倒事故を引き起こす危険性が高い検査といえる。ここでは当院において運動負荷心電図の実施した際に緊急対応を要した事例を紹介報告する。
【事例】
1.マスター2階段試験
1)小学校低学年の1例
本例は階段昇降中に勢いがつきすぎて転倒しかけたが、検査についていた技師が患者の手を取り持ち上げて支え、転倒を防げた。小学校低学年児は体重が少ないため昇降回数が多くなり、最高90秒間に35回となる場合がある。そのため昇降速度が速く階段を踏み外したり、段差が高いために階段に脚が引っかかり転倒する危険性がある。転倒を防ぐ対策としては、検査についている技師だけではなく対側で付き添いの方に検査の介助をして頂くことが望ましい。
2)60歳代体格の良い男性の1例
階段昇降中にふらつき、女性技師が体を支えたが体格が良いために支えきれず床に崩れ落ちた。高齢者や脚に障害のある方は、階段昇降中にバランスを崩し転倒する危険性が高く、状態を見て転倒する危険性があれば、検査開始より手や腕又は肩等を支えて検査を行う配慮も必要である。また、目が回る可能性があるので8の字に階段昇降するよう誘導も必要である。
3)30代女性の1例
運動負荷開始30秒後に心電図モニター上ST低下を認めたため、開始40秒で負荷を中止した。胸部症状は無かったが、医師に報告し、負荷後6分まで記録をして検査を終了した。技師が診察室まで案内し、検査時の状態を看護師に申し送りした。この事例ではモニター記録を行わずに運動負荷を施行すると、重症な心筋虚血が起きているにもかかわらず運動負荷を続けることとなる。当院では運動中のモニター記録は必要と考え、全例にモニター装着し記録を行っている。(図1)
図1 マスター2階段試験 (モニター記録)
2.ストレス心筋シンチ(60歳代体格の良い男性) 自転車エルゴメーターのサドルに座り負荷後の心電図記録中に意識消失状態となった。技師が急変に気付き医師に報告するとともに技師と医師の二人で患者を支えて隣の部屋にいた技師に助けを求め、数人でベットへ移動した。各種運動負荷試験においては負荷中、負荷後に患者が意識を失う可能性があるので患者の顔色や状態を良く観察し、時々声を掛けて検査を行う事が大切である。
3.トレッドミル運動負荷試験
1)50歳代男性の1例
Bruce2段1分でST上昇を認めたため負荷を中止した。直ちに点滴の準備と、ミオコールスプレーを数puff吸入を行った。その後施行医がライン確保を行った。負荷後3分でSTは回復した。負荷前は洞調律であったが、負荷後心房細動となった。施行医が処置を行っている間に、看護師に車椅子を用意して来てもらうよう連絡を取った。負荷後7分17秒で記録を終了し、内科看護師が処置室へ案内した。その後即時入院となった。(図2)
図2−1 トレッドミル運動負荷試験 (四肢誘導)
図2−2 トレッドミル運動負荷試験 (胸部誘導)
2)42歳代男性 VT follow中患者
Bruce 4段1分20秒負荷終了した。負荷中はPVC単発のみであったが、負荷後2分13秒でVTが出現した。検査担当者はモニター監視に専念するため、他の技師に助けを求め、点滴の準備を依頼した。患者の意識は清明であり、胸部症状は無く血圧も低下していなかった。主治医がライン確保を行い、キシロカイン、インデラルを静注した。その間に別の技師は近くにいた医師に助けを求め、看護師に連絡した。洞調律に戻っていなかったが、患者の意識は清明であり、医師の指示のもと負荷後21分で記録を終了した。除細動器のモニターを患者に装着し、医師と技師がモニター監視しながら病棟へ移動した。その後200J除細動で洞調律に戻った。(図3)
図3 トレッドミル運動負荷試験 (負荷後2分13秒)
【運動負荷を行う際の注意点】
1)運動負荷を介助する時の注意点
@小学校低学年の方は、付き添いの方に検査の介助をして頂く。A高齢の方や脚に障害のある方は、検査開始より手や腕又は肩等を支えて検査を行う。B検査時は、患者に時々声を掛けながら顔色や状態を良く観察し、負荷止めの判断を遅れない事と、患者の急変を見逃さないように注意する。
2)運動負荷心電図を記録する時の注意点
運動負荷前の安静時心電図を記録時は、新たな心筋梗塞の発症や虚血性ST変化、重症な不整脈の所見が無いか確認する。運動負荷中、負荷後は、虚血性ST変化や重症な不整脈の出現する事を予測し、十分に気を付けながらモニター監視(心電図、心拍数、トレッドミル運動負荷試験ならば血圧)を行う。緊急を要する異常波形が出現すれば直ちに緊急処置できる体制で行う。当院では、ワゴン上に点滴セット、緊急常備薬を置き、除細動器、酸素を直ちに使用できる体制で運動負荷を行っている。又、担当医師と技師以外にも処置の介助する者が必要であるため、他の技師に助けを求め、医師や看護師に連絡を素早く取れる体制で行っている。
【まとめ】
運動負荷試験を施行時は患者が危険と隣り合わせの状態であることを常に念頭に置き検査を行う。検査室で緊急時対応のマニュアルの作成と再確認を行い、日頃から緊急時に慌てる事無く対応出来るようトレーニングしておくことが大切である。