血小板関連抗体検査における抗凝固剤および検体放置時間の影響
天理よろづ相談所医学研究所・天理よろづ相談所病院臨床病理部 林田 雅彦
天理よろづ相談所病院血液内科 林 孝昌
血小板関連抗体(PAIgG)検査は,特発性血小板減少性紫斑病(ITP)における抗血小板自己抗体の検出法として1,2,様々な測定方法が考案されている3,4.当院では検体必要量が少なく,操作が簡便で,少数検体の処理に適しているフローサイトメーター(FCM)を用いて行っているが5,血小板減少性紫斑病(ITP)を疑わない症例においてもPAIgG陽性例が散見された.特に長時間検体放置したときに陽性率が高くなる傾向を示したため,抗凝固剤および検体放置時間の影響について検討を行った.
【対象および方法】
対象は,健常人およびITP患者37名である.ITPの診断は,厚生省研究班の診断基準6に従い臨床医によってなされた.健常人の末梢血は各種抗凝固剤〔EDTA2K(HemogardTMPlus EDTA 2K;日本ベクトン・ディッキンソン),EDTA2Na(終濃度3mg/ml;DOJINDO),クエン酸Na(ベノジェクトII真空採血管,3.13%クエン酸ナトリウム0.2ml入り;TERUMO),ヘパリン(ベノジェクトII真空採血管,ヘパリンリチウム5ml用;TERUMO),MgSO4(終濃度10mg/ml MgSO4・7H2O;和光純薬)〕を用いて採取した. ITP 患者ではクエン酸Na加血と血球算定後のEDTA2K加血を用いた.
FCMを用いたPAIgGの測定は,既報の方法にて行った7.抗凝固剤添加末梢血2mlに0.2%牛アルブミン(Alb)・3mM EDTA添加Dulbecco’s PBS-(Plt Buffer)を等量混合し,180G,10分間の遠心を行い濃厚血小板を分離した.血小板の洗浄は,濃厚血小板浮遊液に全量3.5mlになるようPlt Bufferを加え4.5mlコニカルチューブ(greiner)にて,1500G・8分の遠心洗浄を3回行い血漿蛋白を除去したのち,1-2mlのPlt Bufferにて再浮遊し血小板浮遊液とした.免疫蛍光染色は,血小板浮遊液100μlにFITC標識抗ヒトIgG羊F(ab’)2分画抗体(HDF;silenus)の125倍希釈液を50μl加え,氷中にて30分間反応させた後,2回遠心洗浄した.解析は,細胞沈渣を0.5-1.0mlに浮遊させ,FCM(XL;BeckmanCoulter)にて行った.陰性対照には,FITC標識抗マウスIgG羊F(ab’)2分画抗体(DDAF;chemicon)の100倍希釈液を用い,そのnegative lineを基に陽性率を求めた.なお,陽性の判定は既報5のとおり30%以上とした.また、解析領域の血小板の純度および活性化に伴う血小板変性の判定には,FITC標識CD41抗体(P2;Immunotech)を用いた(図1).
ELISA法によるPAIgGは8,末梢血から分離・洗浄した血小板を1x107個/mlに調整し,その血小板浮遊液1mlの沈渣に界面活性剤添加の検体希釈液を1ml加えた血小板融解液を検体とし,測定はシオノギ・バイオメディカルラボラトリーに委託した
検討項目
I.抗凝固剤と検体放置の影響
健常人3名の末梢血をEDTA2K,EDTA2Na,クエン酸Na,ヘパリン, MgSO4の5種の抗凝固剤を用いて採取し,採血直後および室温にて2,4,6,24時間放置後についてPAIgGを測定し,陽性率の変化とCD41抗体を用いた血小板特異抗原の染色性について比較した.なお,24時間放置は6時間まで室温で保存し,その後冷蔵とした.
II.健常人およびITP患者におけるクエン酸Na加血とEDTA2K加血の比較
クエン酸Na加血とEDTA2K加血を用いて,健常人50名およびITP患者37名のPAIgGを測定し比較した.なお,健常人は,血小板数20万/μl以上でCRP正常,白血球数および分類に異常を認めない者とした.また,検体処理の開始は,通常の検査業務を考慮して採血後2時間以降6時間以内とした.
III. ELISA法での抗凝固剤および検体放置の影響
健常人3名のクエン酸Na加血およびEDTA2K加血を用いて,6時間室温放置後に血小板を分離精製しELISA法によるPAIgGの測定を行った.なお,放置時間の影響をFCM法で確認するために, IgG特異的なFITC標識抗ヒトIgγヤギF(ab’)2分画抗体(Code214;MBL)を用い,60倍希釈液とした.また,陽性対照には,ITP患者1名のクエン酸Na加血を用いた.
【結果】
T.抗凝固剤と検体放置の影響
PAIgG測定における抗凝固剤と検体放置時間の影響について,健常人3名を用いて調べた結果(図2),採血直後ではいずれの抗凝固剤においてもPAIgGの陽性率に差を認めなかった.しかし,放置時間の延長とともにPAIgGの陽性率の上昇傾向が認められ,特にEDTA2KおよびEDTA2Na加血では, 30%を越え陽性化する例も存在した.クエン酸Na加血では,6時間後まではほぼ影響を認めないが,24時間後では陽性率が僅かに上昇する例も存在した. MgSO4加血は24時間後においても影響を認めなかった.なお,ヘパリンでは散乱光サイトグラムでのSSの上昇傾向を示す血小板変性が認められた.
また, CD41抗原の染色性についても(図3),採血直後ではいずれの抗凝固剤においても差を認めなかったが,EDTA加血では放置時間の延長とともに明らかな低下傾向が認められ,6時間後では蛍光強度が半分に,24時間後では約1/4に低下した.他の抗凝固剤においては,6時間後までは大きな変化を認めなかったが,24時間後では約半分に低下した.
U.健常人およびITP患者におけるクエン酸Na加血とEDTA2K加血の比較
一般にPAIgGの測定に利用されるクエン酸Na加血と血球算定に使用されるEDTA加血の2つの市販品採血管を用いて,健常人50名のPAIgG陽性率を比較した結果,クエン酸Na加血では陽性率30%を越える例は存在しなかったが,EDTA2Kでは11例が30%を越え,陽性化する乖離例が存在した (図4).
また,ITP患者における比較では,クエン酸Na加血において26例(70.3%),EDTA2K加血では33例(89.2%)が陽性を示し,ともに陰性が4例(10.8%)で,乖離例が7例(18.9%)存在した(図5)
V. ELISA法での抗凝固剤および検体放置の影響
FCM法にて検体放置の影響を認めた健常人3名のクエン酸Na加血およびEDTA2K加血を用いて,ELISA法における6時間室温放置の影響を調べた結果,FCM法と同様にELISA法においてもEDTA加血の方がクエン酸Na加血に比べPAIgGが高値となった(表1).
【考察】
ITPは後天性血小板減少症の代表的な疾患であり,他疾患が除外され,かつ巨核球低形成のない血小板単独の減少症で,あくまで臨床的に診断される.病態は血小板に対する自己抗体により網内系で破壊される免疫性血小板減少症と考えられている.そのため本症を病態的に診断するための自己抗体検出法が種々考案されており,現在は単離精製した血小板特異糖蛋白を用いて抗原特異的IgGを検出することが,最も特異性の高い診断方法とされている.当施設で行っているFCM法は上述の方法に対し,一世代前の非特異的PAIgG検出法と云えるが,簡便で全ての血小板抗原に対する抗体を検出できる普及性のある方法であり,血小板減少症におけるスクリーニング検査として有用と考えられる.また,検体必要量も2mlの採血で血小板数が1万/μl以上あれば確実に測定が可能であり,0.1万/μl以上では血小板特異抗体を用いたゲーティングを行えば,測定が可能となる7.さらに血小板数の厳密な濃度調整も必要なく誤差要因が少ないなど,一般的に普及しているELISA法に比べ利点が多い.
今回,PAIgGの測定における問題点として,抗凝固剤と検体放置の影響について検討を行った.採血直後の検体処理であればいずれの抗凝固剤でも同様な結果が得られ問題はない.しかし,検体放置とともにPAIgGが上昇する傾向がみられEDTA加血では2時間後でも上昇していたことから,PAIgGの測定には影響の少ないクエン酸採血を行い,6時間以内に検体処理を行う必要があると考えられた.また,これらの影響はELISA法においても同様に認められた.一般にPAIgG検査は,外部委託されELISA法にて行われているが,クエン酸Na加血以外にもEDTA加血を利用している施設もある.また,検体放置についても外部委託検査では検査室に到着するまでに長い時間を要するため影響は避けられない.さらにELISA法の問題点として,血小板の内因性IgGの存在が上げられ9,血小板全体からIgGを抽出するELISA法では,正誤差を生じると考えられる.
検体放置によるPAIgGの上昇は,健常人の2割以上に認められたが,それらの血小板への結合は採血管内のアーチファクトであると考えられる.その抗体結合機序は,PAIgGの上昇と共にCD41の染色性が下がることから, EDTA依存性血小板凝集の機序と同様にGPUbVaに対する抗体と考えられる.EDTA依存性血小板凝集は,EDTAの強い脱Ca作用によりGPUbVa 複合体が解離し,露出した新たな抗原エピトープに対する抗体が働いていると考えられており,頻度は0.09-0.2%,抗体サブタイプはIgGで, IgA,IgMの例も報告されている10.今回,健常人のEDTA加血で認めたPAIgGのサブタイプは,主にIgG で一部にIgM,IgAが含まれていたが,血小板凝集を認めた検体はなかった.この生体内で反応しない血小板に対する抗体は,EDTA依存性血小板凝集の頻度に比べ非常に高い確率で健常人に存在していた.凝集の有無はサブタイプおよび抗体力価が関与していると考えられるが,もし同様の機序であるならばEDTA依存性血小板凝集を示す検体は,クエン酸Na以外にMgSO4を用い採血後直ちに処理するなどの注意が必要であると考えられた.
今回のITP患者での測定では, PAIgGはEDTA加血で9割,クエン酸Na加血では7割が陽性であり,1割は共に陰性であった.一般的なPAIgGの感度は80-90%とされ,ほぼ一致していた.抗凝固剤により結果の異なる症例の中には,健常人と同様にEDTAによるアーチファクトが存在すると考えられ,1-3割の症例は抗体が関与しない別の機序による血小板減少と思われた.現在,これらの症例の免疫抑制剤,摘脾での治療反応性についての検討を行っている.
ITPの血小板減少の機序は血小板に対する自己抗体の関与であるが,本邦におけるITPの診断には6,PAIgGの検査が有用であるとされているものの必須検査でなく保健適応外である.さらに米国においては,診断に必要性が認められていない11.しかし,その問題点の一つには今回示したように,PAIgGの測定結果への影響因子があるのかも知れない.このように現在行われているPAIgGの測定には,多くの問題が含まれている.今後,簡便で感度の高いFCM法を用いて,抗体や補体の関与と治療の反応性について,再度検討を行っていきたいと考えている.
【まとめ】
FCMを用いてPAIgG測定における抗凝固剤と検体放置の影響について検討を行ったところ,抗凝固剤および検体放置による測定結果への影響が認められた.安定した測定結果を得るためには,抗凝固剤のうち最も影響の少ないクエン酸Na加血を用いて,当日中にできるだけ早く処理を開始することが望ましく,それによるPAIgG測定の意義を再検討する必要がある
謝辞
本稿を終わるにあたり,ELISA法によるPAIgGの測定に御協力頂いた株式会社シオノギ・バイオメディカルラボラトリーズに対し,厚くお礼申し上げます.
【参考文献】
1.Dixon R, Rosse W, Ebbert L.Quantitative determination of antibody in idiopathic thrombocytopenic Purpura. N Engl J Med 1975;292:230-236.
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3.野村昌作.PAIgGの診断的意義.医学のあゆみ(別冊)血液疾患 1998:324-326.
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6.蔵本 惇,藤村欣吾.特発性血小板減少性紫斑病の診断基準に関する検討.厚生省特定特定疾患特異臓器障害調査研究班,平成2年度研究業績報告書 1991:1959-1961.
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10.米山彰子,中原一彦.偽血小板減少症と真の血小板減少の鑑別.日本臨床 2003;61:569-574.
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