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学術論文

トロポニン(心筋虚血マ−カ−)の背景と冠状動脈バイパス術における
虚血性心疾患の指標としてのトロポニン I について

県立三室病院中検 川越 徹

はじめに

トロポニン(心筋虚血マ−カ−)の背景 

心筋傷害時のトロポニンマ−カ−の上昇はきわめて特異的であり、正確に診断することが出来る。近年になってESC/ACCが発表した心筋梗塞の再定義に関する論文では(1)トロポニンTとIが従来のCKに変わり第1選択されトロポニンの上昇がごくわずかでも微小梗塞や心筋傷害を伴う高リスク不安定狭心症も急性心筋梗塞として包括することとされている。しかし、トロポニンは従来のマ−カ−より感度が高いため心筋傷害を誘発する可能性のある他の原因に関わる他の段階も検出されるため、上昇するすべてが急性心筋梗塞によるものと考えることは出来ない。

1.心筋トロポニンの働き

心筋収縮単位は顕微鏡下でサルコメアを構成する。1)筋原繊維は数百の太いミオシン分子と2)細いアクチン、トロポニン、α−トロポミオシンなどからなる。1)と2)は部分的にかみ合っており、収縮と弛緩期にミオシンとアクチンフィラメンとの結合状態の変化がおこり弾力が発生する。トロポニンは3種の蛋白質(T, I ,C )より成り、心筋の収縮と弛緩のkey-pointであるカルシウムとATP-ase活性化に関与して調整している。

2.測定法

Katusらは心筋トロポニンTに特異的なモノクロナ−ル抗体を用いたsandwich ELISA法を開発し、第1・2世代の測定系を確立した。(2)現在の第3世代測定系は電気化学発光法(ECLIA法)により測定されている。

* エクルーシス トロポニンTIIIV(ロシュ)

*アクセストロポニンI(ベックマンコ-ルタ-)

基準値  0.0 1 ng/ml

cut-off値(心筋梗塞診断基準値) 0.1 ng/ml

* ストラタストロポニンI(デイドベ-リング)

基準値  0.0 3 ng/ml

cut-off値(心筋梗塞診断基準値) 0.4 ng/ml

などがある。

3.トロポニンの体内動態

胸痛発作後、4〜8時間で異常値になり12 〜16時間でピ−ク、そして梗塞後5〜9日間は高値を持続する。(表1)したがって、検体の採取においては症状の発現から診察までの時間幅が患者によって異なり、トロポニンの発現に数時間かかるので数回の検体の採取が必要である。

表1

注)不安定狭心症におけるトロポニンの曲線

4.Minor Myocardial Damage(MMD):微小心筋傷害と予後との関係

急性冠症候群(ACS)では、血栓で閉塞して側副血行路が十分に発達していない場合、心電図上ST上昇と異常Q波が出現する。一方血栓が完全閉塞でないか一過性の場合には上記のような病態とは異なり非ST上昇型の心電図変化を示し、CK放出が2倍以上の場合には非ST上昇型梗塞または非Q波梗塞そしてCKが正常範囲内あるいは境界内の上昇なら不安定狭心症と診断されていた。しかし不安定狭心症の心筋組織学的研究により、責任冠状動脈灌流心筋の末梢に心筋細胞壊死が観察され、これらの多くは従来のCK,CKMB測定では検出されなかったが反復する血栓もしくはプラ−ク破片の末梢灌流領域への微小梗塞によるものと考えられていた。しかし不安定狭心症で他のマ−カ−では検出できない症例の30 %で入院早期にトロポニンTの上昇を認め、心筋壊死の徴候を認めたという報告があり、これをMMDと表現するようになった。さらにHammらは(3)このような症例では急性心筋梗塞、心臓突然死などの心事故を発生する危険性が極めて高いことを明らかにした。不安定狭心症における冠動脈造影のTIMI分類III 870例の胸痛発作例とトロポニンとの関係が明確にされている。(表2参照)

表2

5.トロポニンの不安定狭心症における早期予後のリスク層別分類(ESC/ACCによる(4)

1) Tn-T >0. 1ng/ml
2) 0.0 1 <Tn-T <0. 1ng/ml
3)
 Tn-T検出されず<0.0 1ng/ml  

3分類が重要な指標として提示されている。即ち1)の0.1ng/ml濃度付近では非Q波性心筋梗塞は17%、不安定狭心症は71%、心疾患ではないものが12%程度の確率となることが統計学的(ベイズの定理を用いた場合)に予想される。さらにトロポニン値の上昇に比例してST上昇とQ波性心筋梗塞の割合が大きくなり、不安定狭心症(MMDを伴う)は減少傾向となる。2)の濃度は微小心筋傷害を伴う不安定狭心症の確率が高い傾向となることが予想される。

6.冠状動脈bypass術における心筋虚血マ−カ−の指標としてのtroponin-I

虚血性心疾患の治療法として冠状動脈インタ−ベンション(冠状動脈血管形成術)はハイリスクの患者を除けば内科的カテ−テル治療の成績を著しく向上させている。しかし、拡張困難な症例、急性閉塞、冠動脈解離の合併症が5%でおこる。3〜6ヶ月で30〜50%に再狭窄をおこす可能性がある。一方、冠動脈バイパス術(CABG)はカテ−テル治療に比べて侵襲が大きく、合併症も少なくないので重症例(カテーテルのワイヤ−が冠動脈を通り難い)に限られる。しかし、長期遠隔成績は明らかに良好であり、質の高い、かつ患者への侵襲の少ない体外循環装置を用いない方法で現在、適応が拡大している。ところで、心臓外科領域における心筋の損傷はおよそ以下のような原因の可能性がある。針の縫合による外傷によるもの、心臓の外科的操作による外傷、術中の心筋保護や低酸素状態による不適当な灌流量による心臓全体の虚血状態の場合、冠状動脈と静脈バイパスグラフト(移殖血管)の塞栓症による場合が考えられる。だが、生化学的マ−カ−では外科的な心筋細胞の損傷と、周術期の虚血による再梗塞との識別能力はない。にもかかわらず、開心術後のトロポニンI測定の意義は最近探求され始められてきた。(5) なぜか?それは両者間のトロポニン放出の量的な有意差があり統計学的根拠があるからである。以下それについて考えて見たい。

Emmanuelle V(5)らによると、正常の冠動脈である他の心疾患の開心術後患者と冠動脈バイパス術後患者とのトロポニンIの比較の結果、術後12時間後5.38±5.8ng/ml と 6.35±6.0ng/mlで有意差がなく同程度で、術後12時間でピ−ク値を示している。さらに、双方のトロポニン値は体外循環中の大動脈遮断時間に依存して相関していることから心臓の外科的操作による避けられない損傷であると考えられる。(表3)

次に、Michel Carrier (6) らは97名のCABG(冠動脈バイパス)術後にECG,心エコ−、CKMBにより周術期心筋梗塞の診断を疑う患者に対し、トロポニン検査値の評価についてトロポニン−Iを調査した。

(表4) その結果、術後24時間後、70名(72%)はトロポニンI値1.8±0.8 ng/mlで27名は(28%)トロポニンI>3.9ng/mlであった。その内6(6/27)名はトロポニンIが26±39 ng/mlと高値であり、周術期の心筋梗塞と診断された。
 表4

さらにROC曲線(表5)から術後24時間後のトロポニン−Iの3.9ng/mlをcut off値とすると感度80%,特異度85%,陽性適中率24%,陰性適中率99%,カ−ブ特性0.86となる。
トロポニンI値3.9 ng/ml付近以上では術後の微小心筋傷害を強く疑われる結果と考えられる。

7.(まとめ)    以上のことからトロポニン−IはCABGの周術期心筋虚血における特異性の高いかつ、臨床診断に有用な検査と言える

References

(1)  ACC/AHA   Task  Force: ACC/AHA
guideline for the management of patientswith unstable angina and non-ST-segment elevation myocardial infarction.
J.Am Coll
Cardiol 2000;36:970-1062
(2) Katus  HA,  Looper S,Hallermayer K,etal:Development and in vitro characteri-zation of a new immunoassay of cardiac troponinT.Clin Chem 1992 ; 38  386-393
(3) Hamm CW, Ravkilde J, Gerhardt W, eta l : The  prognostic  value  of  serum troponin T in unstable angina .New Engl J Med  1992  ;  327 : 136-150
(4)   The Joint ESC/ACC Committee:Myo-cardial infarction redefined-a consensusdocument of the joint ESC/ACC com-mittee for the redefinition of myocard-ial infarction. J Am Coll Cardiol 2000;36 : 959-969
(5)    Emmanuelle V, Martine M,etal : Cardiac Troponin I Release After Open Heart Surgery:A Marker of Myocardial Protec-Tion. Ann Thorac Surg 2000;70:2087-2090
(6)    Michel.Carrier,Michel P,Louis P.perrault: Troponin Levels in Patients With Myo-Cardial Infarction After Coronary ArteryBypass Grafting.Ann Thorac Surg 2000;69:435-40

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