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私たちは分子生物学的な手法を中心として、様々な角度から心血管病やメタボリックシンドロームをはじめとする代謝病の分子メカニズムの解明を目指して研究を進めています。特に、血管と代謝組織の両者の関連や、両者を結びつける病気の共通分子基盤に着目しています。病態の理解に重要な細胞分化のメカニズム解析も行っています。また、新しい薬の開発や新しい薬剤デリバリーシステムなど新規ナノ材料を用いた治療法への応用を試みています。さらに、医療情報を有効に活用するためのデータ解析システムの開発にも取り組んでいます。
以下の項目にまとめて、研究内容を簡単にご紹介します。
1. 心血管病、代謝病、慢性腎臓病を結ぶ転写因子KLF5
2. 平滑筋細胞分化と形質変換の転写調節ネットワーク
3. 骨髄由来細胞と平滑筋細胞
4. 脂肪組織の炎症
5. 2型糖尿病は慢性炎症性疾患である
6. 創薬とナノテクノロジーの応用による新規治療戦略の開発
7. 医療情報の新しい活用法


1. 心血管病、代謝病、慢性腎臓病を結ぶ転写因子KLF5
①心血管病におけるKLF5
 私たちは血管平滑筋細胞が血管病変を形作るのに重要なことに着目し、平滑筋細胞の機能を司る分子メカニズムの研究を続けてきました。平滑筋細胞は、骨格筋細胞や心筋細胞とは異なり、いったん高度に分化した後も、様々な刺激に応じて性質(形質)を変えます。これを形質変換(phenotypic modulation)といいますが、血管病のでき方を理解するためには平滑筋細胞の形質変換、また形質変換とは裏腹の変化である分化の分子メカニズムを知ることが大事です。
 平滑筋細胞が形質変換を起こしたときに発現が増える胎児型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子SMembの解析から(Biochem Biophys Res Commun. 1997;239:598-605)、この遺伝子の発現を制御する転写因子として同定したのがKLF5/BTEB2です(Circ Res. 1999;85:182-191)。KLF5はKrüppel型転写因子ファミリー(KLF)と呼ばれる転写因子群の一つです。KLFは特徴的な構造を持った転写因子群であり、個体の発生、細胞分化あるいは癌を含む病態の形成に重要であることが知られています。KLF5は正常血管ではほとんど発現がみられませんが、予想したとおり、血管病では発現誘導されます。また、その発現がヒトの血管病と関連することも分かっています。
 KLF5の機能をさらに明らかにするために、ノックアウトマウスを作りました(Nat Med. 2002;8:856-863)。一対のKLF5遺伝子の両方を欠いたホモ接合体ノックアウトマウスは胎児期に死んでしまうため、2本のKLF5遺伝子のうちの一つが残っているヘテロ接合体ノックアウトマウスを用いて解析を行いました。何もしない状態ではヘテロ接合体ノックアウトマウスの血管に著明な異常は認められませんでしたが、いったん血管に傷をつけると、その結果生じる病変(新生内膜)がほとんどできないことが分かりました。このことから、KLF5が傷害に対する血管の反応と病変形成に必須な鍵分子であることが分かります。KLF5は血管の組織構築を改変するのに重要なPDGF-Aなどのパラクライン因子の発現を制御するとともに、平滑筋形質変換を制御して病変形成を調節していると考えられます(Circ Res. 2005;97:1132-1141)。KLF5ヘテロ接合体ノックアウトマウスでは、各種の負荷による心臓の肥大や線維化も減弱しており、血管だけでなく心臓の組織構築の改変(リモデリング)に重要であることが明らかとなっています。
 KLF5ヘテロノックアウトマウス(Klf5+/-)の心臓に圧負荷を与えると心臓肥大の反応が著明に抑制されます。心臓肥大では個々の心筋細胞が大きくなる(肥大)します。そのため、心筋細胞でKLF5が重要と考えて、今度は心筋細胞だけでKLF5をノックアウトしたマウスを作り、同じようなTACを行いました。心筋細胞でKLF5が重要な働きを持っているのであれば、心筋肥大が抑制されるはずですが、期待に反して心筋肥大の程度はコントロールのマウスと差がありませんでした。

 では、KLF5はどこで機能して、心筋肥大を制御しているのでしょうか?心筋(心臓の壁)は心筋細胞だけでできているのではありません。心筋細胞の間(間質)に、血管や、その他のいろいろな細胞が存在します。特に線維芽細胞は多くの種で、実は心筋中に最も数が多い細胞です。







 そこで、心臓線維芽細胞だけでKLF5を欠失するマウスを作り、TACを行いました。その結果は、線維化が抑制されるだけでなく心筋肥大も抑制されていました。そのメカニズムとしては、KLF5が線維芽細胞で心筋細胞を肥大させる働きを持つIGF-1等のパラクライン因子の産生を制御していることと考えられます。
 さらに重要なことに、圧負荷の程度を高くすると心臓線維芽細胞特異的なKLF5ノックアウトマウスでは心不全が生じてしまうことが分かりました。つまり、圧負荷というストレスに対して心臓が対応するためには、心筋細胞だけが働いているのではなく、心筋細胞と間質に存在する線維芽細胞や血管など多様な細胞が一緒になって対応していることが分かります。また、実質の細胞と間質に存在する細胞の相互作用は、炎症プロセスを進める原動力になります。実際、心筋の圧負荷への応答で認められる細胞の働きも炎症プロセスと捉えられる部分が多いようです。

 ②代謝疾患におけるKLF5
 面白いことにKLF5ノックアウトマウスでは生後しばらく皮下脂肪 (白色脂肪組織)が薄く発達が悪い。この観察から、KLF5が脂肪細胞の分化を制御する転写因子ネットワークの重要な構成要素であることを見つけ出しました(Cell Metab. 2005;1:27-39)。心血管系の病気で重要な鍵分子として見つけ出したKLF5が代謝組織でも重要なことは驚きでした。私たちは、KLF5がさらに成体でも代謝ストレスに対する応答に重要であることを見いだしています。第3項でみるように肥満やメタボリックシンドロームを背景とする血管と代謝組織の変化には多くの共通点があります。私たちは、KLF5が血管と代謝組織の両方で機能して、メタボリックシンドロームにおいて血管と代謝組織の両方で同時に病気を進める重要な因子であると考えています

このアイデアを詳しく検討するために、私たちはKLF5ヘテロノックアウトマウスに高脂肪食負荷を与える実験をこないました。その結果、KLF5ヘテロノックアウトマウスはむしろえさをたくさん食べるのに太りにくく、メタボリックシンドロームを呈しにくいことを見つけ出しました(Nat Med)。このマウスでは基礎代謝が亢進しており、エネルギーを消費するために太りにくいと考えられます。このメカニズムについてさらに詳細に検討したところ、KLF5が骨格筋において脂肪酸燃焼や脱共役に関わる遺伝子群の発現を制御していることが分かりました。さらに、一種の翻訳後修飾であるSUMO化を受けたKLF5がこれらの遺伝子の発現を抑制すること、PPARdeltaリガンドの作用でSUMOが外れ、脱SUMO化したKLF5は今度は遺伝子の発現に必要であることが分かりました。つまり、KLF5のSUMO化が脂肪酸燃焼の分子スイッチのように働くことが分かりました。




 ③慢性腎臓病におけるKLF5
 慢性腎臓病(CKD)は、透析が必要な慢性腎不全の原因となるだけでなく、心不全や脳梗塞などの様々な生活習慣病のリスクとなるとともに、予後に大きく影響することが分かってきています。そのため、CKDのメカニズムを明らかにし、新たな予防法・治療法を開発することが強く求められています。疾病構造の変化に伴い、最近では透析の原因となる原疾患は、糖尿病や高血圧が増加しています。このようなCKD の原因疾患の変化とともに、その発症機序については慢性炎症が注目されるようになっています。尿細管間質領域の障害がfinal common pathwayとしてCKDの予後を規定する最重要な要因であることが知られていますが、尿細管間質領域の障害を生じる主要なメカニズムが慢性炎症で、線維化や尿細管の破壊などの組織構築のリモデリングを引き起こします
 KLF5はマウスの腎臓では集合管上皮細胞だけに特異的に発現が認められました。KLF5ヘテロノックアウトマウス(Klf5+/-)にCKDのモデルである片側尿管結紮術(UUO)を施したところ、Klf5+/-で組織の破壊が著明に抑制されていました。ところが、線維化はなぜかむしろ増悪することが分かりました。
 この分子機序を解析したところ、腎臓に障害が与えられると、集合管上皮でKLF5はS100A8とS100A9の発現を誘導すること、誘導されたS100A8/S100A9は腎臓にM1型マクロファージを集積させることが分かりました。M1型マクロファージは各種の炎症性サイトカインを分泌することによって、組織の破壊を進めるとともに、炎症を促進すると考えられます。時間がたつと、KLF5とS100の発現は低下し、マクロファージはM2型という性質を示すようになります。このM2型マクロファージは腎臓の線維化を進めることが分かりました。このように、集合管は腎臓の傷害に対する応答に必須であること、腎臓の病態を進める上で、マクロファージの機能(活性化の極性、polarity)の変化が重要であること、KLF5はこれらのプロセスを制御する鍵分子であることが明確となりました。



 このようにKLF5はメタボリックシンドローム、心血管病や慢性腎臓病で重要な働きをしているタンパクであることが明らかとなりました。
 KLF5はこれらの疾患の治療法開発において魅力的な標的分子です。



2. 平滑筋細胞分化と形質変換の転写調節ネットワーク

 血管病変で平滑筋細胞が示す形質変換は、いったん分化した細胞が未分化な細胞に脱分化する過程と捉えることができます(Curr Atheroscler Rep. 2003;5:214-222)。そのため、平滑筋分化を制御する分子メカニズムは、形質変換を調節するメカニズムと密接な関連があると考えられます。私たちは、平滑筋ミオシン重鎖アイソフォームのなかで、平滑筋細胞特異的な平滑筋ミオシン重鎖遺伝子と上述した胎児型ミオシン重鎖遺伝子の転写調節機構の研究を続けてきました。ミオシン重鎖遺伝子に加えて平滑筋分化の重要なマーカー遺伝子である平滑筋αアクチンについても研究を行っています。平滑筋特異的な遺伝子発現調節機構や平滑筋分化の機構については、培養細胞を用いた研究だけでなく、トランスジェニックマウスを用いた解析(J Clin Invest. 2001;107:823-834J Biol Chem. 2001;276:39076-39087Circ Res. 2000;87:363-9)やクロマチンレベルの転写調節機構(Circ Res. 2001;88:1127-1134)に着目して検討を行ってきました。このような研究から、平滑筋特異的な遺伝子転写調節がSRFなどの多数の転写因子が複雑に絡むネットワークによって制御されていることを明らかとしました。
 病気や血管の発生過程を理解するためには、周囲の状況に応じて平滑筋遺伝子の発現を調節する分子メカニズムを明らかにすることが大事です。そこで、新たに環境に応じた転写調節を担う転写因子を探索し、deltaEF1を同定しました。大阪大学近藤寿人教授、東雄二郎助教授との共同研究で、deltaEF1がTGF-betaの刺激に応じて平滑筋分化を制御している転写因子であることを明らかとしました(Dev Cell. 2006;11:93-104)。さらに、deltaEF1と関連する転写因子群の機能解析を行うとともに、分化を制御する分子メカニズムとKLF5のような形質変換を制御する転写因子との関連性を研究しています。



3. 骨髄由来細胞と平滑筋細胞

 平滑筋細胞の起源については未だに明確でないところがあり、特に病態では既に存在する平滑筋細胞に加えて、血管内に存在する前駆細胞、血管内皮細胞、骨髄由来細胞が平滑筋細胞に分化することが示唆されてきました。これらの研究では、平滑筋細胞に分化した根拠として、平滑筋aアクチン(SMα-actin)の発現を挙げているのですが、平滑筋aアクチンの発現は平滑筋細胞に特異的ではなく、活性化した線維芽細胞(筋線維芽細胞)等の細胞に広く発現が見られます。例えば、培養線維芽細胞として汎用されているNIH/3T3細胞でも平滑筋αアクチンの発現が見られます。そこで、より平滑筋特異性の高い平滑筋ミオシン重鎖(SM-MHC, Myh11)をマーカーとして解析するために、マウスSM-MHC特異的モノクローナル抗体(従来から広く使われているSigma等のSM-MHC抗体はマウスでは動きません。新しい抗体は協和メデックス、ヤマサより販売しています。Clone KM3669)と、SM-MHC遺伝子にLacZ遺伝子をノックインした平滑筋インディケーターマウスを作製しました。
 まず、平滑筋αアクチンのインディケータマウスを用いて解析してみると、従来から報告されているように確かに骨髄由来細胞はマウス大腿動脈のワイヤー傷害モデルでSMα-actinを発現する細胞になることが確かめられました。共焦点顕微鏡を用いてZ-stackを撮像することによって、骨髄由来細胞で平滑筋αアクチンが発現するマーカー(EGFP、緑)と平滑筋αアクチンの免疫染色シグナル(赤)が同一細胞内に認められることが確認できています。









 これに対して、SM-MHCは骨髄由来細胞では全く発現しないことが分かりました。全骨髄由来細胞でLacZが発現するマウスでは青い細胞(LacZを発現する細胞)が認められるのに対して、骨髄由来細胞でSM-MHCが発現するときにLacZを発現するマウスでは青い細胞が全く認められないのです。同様に、ApoEノックアウトマウスの動脈硬化病変、心臓移植モデルの血管病変でも、骨髄由来細胞はSM-MHCを発現しないことが分かりました。つまり、最もよく使われているマウスの血管病態モデルにおいて、骨髄由来細胞は平滑筋細胞に分化しないと考えられます。

 それでは、これらの細胞は何なのでしょうか?平滑筋αアクチンを発現する骨髄由来細胞の形質を調べたところ、炎症性単球のマーカーが発現していることが分かりました。また骨髄の炎症性単球を移植すると、血管壁で平滑筋αアクチンを発現するようになることも分かりました。つまり、myeloid系の細胞(炎症性単球ないしは炎症性単球とマーカー発現が少なくとも一部共通する細胞)が平滑筋αアクチンを発現する形質を獲得することが分かります。また、これらの細胞が多数存在している領域では、炎症性サイトカインやMMPの発現が高いことから、血管壁にリモデリングに寄与している可能性が高いと考えています。この結果も、単球・マクロファージ系の細胞の多彩な機能を示すものです。



4.脂肪組織の炎症
 私たちはKLF5が心血管系と代謝系の両者で機能することから、代謝組織の変化に興味を持ちました。特に脂肪組織の肥満にともなう変化に興味を持ったのですが、脂肪組織が大きな脂肪細胞を中心として作られているため、組織の構築を維持したまま観察することが非常に難しく、特に三次元構築を理解することが難しいことに気づきました。そこで、新たに生きている脂肪組織をそのまま観察する手法を開発しました。この手法で脂肪組織を観察することによって、肥満においては脂肪新生(adipogenesis)と血管新生(angiogenesis)が密接に関連して生じることを初めて見いだしました(Diabetes, 2007;56:1517-1526)。このメカニズムをadipo-/angiogenic cell clustersと名付けました。肥満の時には、さらにマクロファージの浸潤や、マクロファージによる死んだ脂肪細胞の貪食、組織構築の改変など、慢性炎症と捉えられる変化が生じていることが分かりました。
 私たちはさらに肥満における血管の役割を解析するために、マウスの脂肪組織中の出来事をリアルタイムで解析できる方法を開発しました。その結果、肥満によって活発な血管内皮細胞と白血球の相互作用が引き起こされており、慢性炎症のプロセスが進行していることを初めて可視化することに成功しました(J Clin Invest, 2008;118:710–721)。つまり、脂肪組織の肥満は慢性炎症性疾患であると言えます。このような変化は動脈硬化にみられる変化と多くの共通点を有しています。この結果から、メタボリックシンドロームや動脈硬化の進展過程で血管と脂肪組織など代謝臓器が密接に連関しているだけでなく、肥満にともなうストレスやそれに対する応答機構に多くの共通点があり、代謝と血管系の異常は同時に進行するのではないかと考えています。この仮説を検討するために、ストレス要因やその反応の分子メカニズムを研究しています。






 このように私たちの研究結果は、内臓脂肪が肥満すると活発な慢性炎症が引き起こされることを明確にしました。そこで、次にどのようなメカニズムによって炎症が惹起されるかを検討しました。高脂肪食による肥満の経過の中で、脂肪組織の間質に集まる細胞を詳細に検討したところ、CD8陽性T細胞が、マクロファージの集積に先駆けて増加することを見いだしました(Nat Med)。
 CD8+ T細胞を除去・補充する実験により、CD8+ T細胞が
炎症の惹起と維持に必須であることが分かりました。
 例えば、CD8+抗体を投与してCD8+ T細胞を除去すると、下図に示したように高脂肪食による肥満(DIO)によって集まってきたマクロファージ(矢印)が、CD8抗体投与により認められなくなるのが分かりました。(ND:コントロールやせマウス、DIO:肥満マウス、IgG:コントロール抗体投与群、CD8Ab:CD8抗体投与群。精巣上体脂肪組織。矢印はマクロファージが集積したCrown-like structuresを示す。)



 このように脂肪組織の炎症が抑制されるだけでなく、高脂肪食負荷によって生じたインスリン抵抗性も改善することが分かりました。つまり、CD8+ T細胞によって引き起こされる脂肪組織の炎症は全身の糖代謝へも強い影響を及ぼすことが示唆されます。
 リンパ球、マクロファージ、脂肪細胞の共培養系を用いて検討したところ、脂肪組織の炎症の誘導・進展に、これらの細胞の間に密接な相互作用があることが分かりました。
 我々の研究成果は脂肪組織の炎症が治療の有効な標的になることを強く示唆するものです。



5.2型糖尿病は慢性炎症性疾患である
 メタボリックシンドロームで注目されたように、内臓肥満は動脈硬化性疾患や2型糖尿病の重大なリスク要因です。それでは、内臓肥満はどのようにしてこのような生活習慣病を増加させるのでしょうか?上記したように、内臓脂肪の肥満は、脂肪組織での炎症を惹起します。 炎症は脂肪細胞での脂肪の分解を促し、脂肪組織からの遊離脂肪酸の放出を増加させることが知られています。そこで私たちは、遊離脂肪酸に注目しました。ヒトやマウスでは血中の主要な遊離脂肪酸は、長鎖の飽和脂肪酸であるパルミチン酸です。パルミチン酸を直接マウスに 持続投与する方法を開発したところ、通常の血中濃度の2倍程度にパルミチン酸濃度を増加させるだけで、14時間という短時間の間に膵β細胞(インスリン分泌細胞)の機能が障害されることが分かりました。このメカニズムを調べたところ、パルミチン酸が膵島に炎症を引き起こすことが重要なことが明らかとなりました。 つまり、膵β細胞はパルミチン酸をTLR4という受容体で感知します。その結果、CCL2等のケモカインを発現します。このケモカインに応じて膵島にマクロファージが集まります。集まってきたマクロファージはβ細胞とさらに相互作用することにより活性化し、炎症を進めますが、同時に β細胞を障害することが分かりました。このようなマクロファージによるβ細胞の障害は、db/dbマウスやKKAyマウスと呼ばれる2型糖尿病のモデルマウスでも生じていました。つまり、膵島の炎症がβ細胞の機能障害に重要であることが明らかとなりました。
2型糖尿病では膵β細胞機能障害とインスリン抵抗性が主要なメカニズムです。以前より慢性炎症がインスリン抵抗性を誘導することが知られていました。従って私たちの結果は、2型糖尿病の主要な発症メカニズムの両方に慢性炎症が密接に関わっていることを明らかとしました。 つまり、2型糖尿病は慢性炎症性疾患と考えることができます。



6.創薬とナノテクノロジーの応用による新規治療戦略の開発
 私たちは確固とした基礎研究の知見を治療法へとトランスレーションすることを目指しています。そのため、新しい薬を開発するとともに、ナノテクノロジーなど新しいテクノロジーを応用して、新しい治療法として確立することを試みています。
 KLF5が心血管系疾患に重要なことから、KLF5に対して作用する薬剤の同定を試み、合成レチノイドであるAm80(タミバロテン、アムノレイク)がKLF5機能を抑制することを見いだしました(Nat Med. 2002;8:856-863)。また、そのメカニズムとして転写因子RARとKLF5の相互作用を介することを明らかとしました。Am80は平滑筋細胞質変換を抑制し、平滑筋細胞の増殖および遊走を抑制します。その結果、ステントを留置した後の再狭窄を抑制する作用が認められました(Circ Res. 2005;97:1132-1141、同号のEditorial)。私たちはAm80を徐放化する次世代冠動脈ステントを開発し、安全で再狭窄を起こさない治療法を作り上げたいと考えています。Am80については抗動脈硬化作用を併せ持っていることを見いだしています(Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2006;26:1177-1183)。
 新規金属を用いた次世代型冠動脈ステントの開発も進めています。ニッケルフリーステンレスが炎症を抑制し、再狭窄を軽減させる機序を明らかにしました(Science and Technology of Advanced Materials 13:064218, 2012)。




 siRNA(Short interfering RNA)は、理論的にはあらゆる遺伝子の発現を抑制することを可能とします。そのため、従来の低分子化合物や抗体では標的とすることが難しかった遺伝子まで治療標的を拡大できるだけでなく、病態の分子機構の理解による標的遺伝子の同定から、実際の治療薬までの開発期間を一挙に短縮するポテンシャルを秘めていると考えられています。ところが、単にsiRNAを全身投与するだけでは、血中で直ちに分解されるだけでなく、対象臓器への集積も起こりません。そのため、対象臓器での効果がほとんど得られない問題があり、siRNAの臨床応用を阻んできました。我々は、siRNAを運ぶデリバリーシステム(drug delivery system, DDS)として、新しいナノ粒子(wrapsome)の応用を進めてきました。
 wrapsomeは全身投与したsiRNAが標的臓器へ集積するまでにある数々のハードルをこえられるように設計されています。このナノ粒子を使うことによって、全身投与したsiRNAを効率よく皮下の腫瘍組織に集積させることに成功しました。実際、KLF5に対するsiRNAをwrapsomeで投与することにより、腫瘍血管新生と腫瘍の拡大を著明に抑制することに成功ました。wrapsomeはsiRNA治療を現実化するための有望なテクノロジーと考えられます。

 wrapsomeの模式図と、蛍光標識したsiRNAがwrapsomeにより腫瘍細胞に取り込まれている様子。siRNAを蛍光標識し、マウスの尾静脈から投与し、皮下の腫瘍組織でのsiRNA (赤)の分布を観察した。緑は核を示す。





7. 医療情報の新しい活用法

診療のたびに大量の情報が生み出されます。この情報を有効に二次活用できるように、医療情報を可視化・構造化し利用できるように情報システムの開発を進めています。また、企画情報運営部との共同研究によって循環器診療のワークフローにあった心臓カテーテル情報システム(CAIRS)を開発し、東大病院を始めとして複数病院で実際に運用されています。


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