日本では2003年のSARS拡大に伴う恐怖心から感染症学・感染症疫学の必要性が強調されるようになりました。ただし、まだまだ感染症疫学の考え方は浸透しておらず、日本語和訳もマズイものが多々見受けられます。報道や、時には専門家の用語の使い方を見ていても間違った表現・用語を胸張って使っている人がいることは残念なことを端にこのページができました。どこにでも使えるようにということを念頭に、まずはここでは用語の定義からまとめてみました。疫学用語を使って、「○○の流行では」とか「△△の院内感染が」など様々なニュースや報告があるのですが、少なくとも感染症分野を専門にする人たち(ジャーナリスト含)には正式な用語を誤解なく使っていただきたいのです。
基本的な内容を原著でご希望の方はJohan Giesecke. Modern infectious disease epidemiology (Arnold)をオススメ致します。Brush
upしていきますので、問題点ありましたら御指摘下さいましたら幸いです。
感染症学の最低限基本用語定義
下記は感染症疫学の必須用語となります。
大まかな内容は編著(第9章 感染症. サブノート保健医療論・公衆衛生学.)をご参照下さい。かなりよくまとまっているのでオススメです。
微生物(microorganism)…肉眼的に確認することができない微小な生物
病原体・病原微生物(pathogen)…微生物のうち、宿主に発病させる性質を有し、病原体になり得るもの
感染(infection)…感染病原体が宿主に侵入し、定着・増殖すること(定義に生体反応を必須にする場合もある)
発症(発病・感染症)…宿主が病的現象を現した場合
汚染(contamination)…生きている病原体が身体の外表面にとどまっている場合
顕性感染…感染して症状が発現する状態
不顕性感染…感染しても症状の発現しない状態
増殖(colonization)…病原体が皮膚や粘膜上で常在する程度には増殖しているが、宿主は反応を起こしていない状態
病原性(pathogenicity)…病原体が宿主に発病させる性質(感染発病率に関係する)
毒力(virulence)…病原性の量的な表現(致命率に関係する)
感染力(infectivity)…宿主に伝播する(侵入して感染を成立させる)能力(2次発病率に関係する)
感染成立3大要因の定義
3大要因とは感染源・感染経路・感受性のこと。感染が成立するにはこの3つが全て必要であり、1つでも阻止されれば感染が成立しない。
感染源(病因因子):単に病原体の起源(source)になる場所を指す
患者
保菌者(carrier)…臨床症状がないのに病原体を保有し排泄するヒトのこと
健康保菌者(無症状)、潜伏期保菌者(発病前)、回復期保菌者(病後保菌)
接触者(contact)…感染症患者の家族・看護人・同級生あるいは保菌者の同居人などで、まだ発症していないが病原体を排出している可能性が大きいヒト
感染源動物
病原巣…病原体が自然界で生活している場所
感染経路(環境因子)
垂直伝播(母から子へ)
水平伝播(同種あるいは異種間で直接に伝播)
交差感染(患者から患者、患者から職員へ直接または器物を介して間接的に伝播すること)
介達感染(汚染された物件により運ばれる)
感受性(宿主因子)
感染症の流行の程度は、その社会を構成する人口のどの位の割合に感受性を示す個体が存在するかによっても左右される。この抵抗性には非特異的・一般的なもの(年齢・人種・遺伝・栄養・生活習慣など)もあるが、特に重要なものは免疫によるものである。
先天性/後天性免疫:生まれた時に既に持っている免疫(非特異的)/暴露によって獲得された免疫(特異的なものが多い)
能動免疫・受動免疫…後天性免疫に含まれる。能動免疫は過去の感染やワクチンによる免疫、受動免疫は母乳やグロブリン注射などによる免疫
集団免疫(herd
immunity)…集団の中で免疫を保有しているものの割合。感染症が流行するか否かを左右する条件となる。
母児免疫…胎児が母体から免疫グロブリンIgGを含む血漿を胎盤を通じて受けるもので、6−10ヶ月で消失する。
感受性指数(発症率)…感染を受けて発祥するものの割合(発病者=顕性感染者)
家族集積性…ある家族において、同一疾患が一定期間以内に、通常と比べていかに高い頻度で発生しているかを示す。
様々な感染症の定義:ちゃんと区別して使用していますか?
下記に示すようにこと「感染症」と言っても、かなり色々な定義があるものです。これらは、かなり浅い認識のままで利用されることが多々あります。
a. 経気道感染(広義の空気感染)
飛沫感染(droplet
infection)…咳やクシャミなど5マイクロメートル以上の粒子による感染。患者から1メートル以内に近づいた場合のみ感染が成立する。
飛沫核感染(狭義の空気感染.
droplet nuclei infection)…粒径5マイクロメートル未満の粒子に付着した微生物による感染。長期間、空中を浮遊し、5メートル以上離れていても感染伝播は成立する(代表:麻疹、水痘、結核、レジオネラ)
塵埃感染…塵埃に病原体が付着して吸入されるもの
b. 媒介物感染
媒介物感染…おもちゃ、寝具、食器、注射器
水系感染…季節に無関係、発病率・致命率は一般的に低い
食物感染…夏季に多発する。発病率・致命率は高い
c. 媒介動物感染
機械的感染…ハエ、ゴキブリなどの口や足に付着し運搬される
生物学的感染…カ、ノミ、ダニなどのベクター(媒介動物)により感染する
d. 垂直感染(母児感染)
経胎盤感染…胎盤を介する
経産道感染…出産時に産道を介する
母乳感染…母乳を介する
e. 特殊な感染・感染症の用語
経口感染…飲食物によって起こる感染症
便口感染…糞を介した消化器系感染症
食中毒 (Food
Poisoning)…病原性を有する病原体やその毒素、あるいは単に中毒の原因となる化学物質に
汚染された食物を摂取することによって生じる健康障害のこと。
食品媒介疾病(Food-borne Illness):食物を摂取することを介して生じる全ての健康障害のこと。
注)わが国の食品衛生においては食中毒の範囲が明確に定義されていない。一般的に食中毒と言えば、
食品衛生法の中で規定された食品媒介疾病を指すことが多い。
経皮感染…皮膚の非特異的バリアをくぐりぬけることによる感染
性(行為)感染症…性行為によって伝染する多くの感染症を言う
性病と言う用語は感染症法の施行により余り用いられなくなった。STD (Sexually Transmitted Disease)と
略されるが最近ではSTI(Sexually Transmitted Infection/Illness)などと用語が多岐に渡るようになってきた。
輸入感染症…旅行者など外国から持ち込まれた感染症のこと
人畜(獣)共通感染症…動物と共通な病原体によるヒトの感染症
院内感染…病気の治療を受けている病院などにおいて、新たに感染症に罹患すること
日和見感染…薬剤や疾病のために宿主の抵抗力が低下したときの、無害な常在菌や弱毒菌による顕性感染を言う
術後感染…手術・カテーテル挿入・内視鏡・腎透析・抜歯などによる正常な防御機構の障害を基盤とした感染を言う
菌交代現象…多数の抗生物質が広く、しかも大量に用いられた結果、感受性菌は一掃され、耐性菌や抗生物質が無効
な菌がそれにとって代わって増殖し、その菌によって新たな感染が成立するもの
2次感染…2次感染には2つの意味がある。
1) 2種類以上の感染症が同時に起こるもの
2) あるヒトが感染症に罹患した患者から感染を受けたことを示す現象そのもの
2次汚染…病原体が物件に付着することによって病原体が広がるもの(例.包丁についたビブリオ)
複数菌感染…2次感染の(1)と同様の意味
末期感染…慢性疾患の末期に起こる急性の感染を言う
感染症に関わる各種用語の定義
感染症に関わる色々な用語の定義をまとめました。SARS対策などでも「検疫」の定義などは浅い認識として用いられていたかと思います。
消毒…病原体の影響が無視できる程度まで除去すること
滅菌…すべての微生物を死滅させること
防腐…微生物を死滅させるか、発育を阻止することにより分解腐敗を防ぐこと
検疫…感染した可能性がある(暴露した可能性がある)が、感染したかどうかが不確実である、
あるいは未だ発症していない人に対して、通常の生活から分離あるいは生活行動制限を行うこと。
隔離…感染し発症したヒトを分離、生活行動制限を行うこと。
注)わが国で言う「検疫」では国内に常在しない伝染病の侵入を防ぐために、海港・空港・国境などで
旅客や動物を一定期間分離して診察や検査およびその処理を行うことを意味することが多い。
予防接種…1次予防を目的としてワクチンを接種すること
流行(epidemic)…限られた集団内において、一定期間に同一疾患が通常に比べて異常に高い頻度で発生すること
集団発生(outbreak)…流行が小さい集団で起こるものを指す
地方病的流行(endemic)…特定地域である疾病が常在的に流行すること
汎世界流行(pandemic)…範囲が世界的に広く、全年齢に及ぶ流行のこと
上記について、リンクは原則自由ですが、できればリンク元を御連絡下さい。
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