専門家の方へ
はじめに
今、世界各国において“こころの病”の社会に及ぼす影響について注目が集まっています。世界保健機構(WHO)や世界銀行は、どの疾患が社会に重要な影響を及ぼすかという指標として、病気等の寿命短縮年数と生活障害をおよぼす健康寿命の合計した健康被害の指標(障害調整生命年disability adjusted life years DALY)を発表しています。日本のDALYは精神疾患が19%と第一位であり、がん(18%)、心血管障害(16%)と続き、自殺も4%を占めています。先進諸国は日本と同じ状況でありながらも、こころの病をがん・心血管障害と並ぶ三大疾患としてとらえて、治療・研究に力を入れています。一方、日本では年間の自殺者が12年連続3万人を超え、こころの病による休職者が50万人以上いると推計されており、こころの問題への対策はまだ不十分と言わざるを得ません。

ユース世代(ここでは、概ね10歳代後半から20歳代前半を指します)は、児童期後期から思春期、青年期前半に重なり、心身の成長、教育・就労の機会として人生の中でも特に変化に富む重要な時期です。若者はこの大人への準備期間に、勉学に励み、良き友人やメンターと出会い、社会性を獲得し、やがて社会の一員としてその成果を還元していきます。また近年の脳科学分野の研究から、ヒト特有の社会活動に関わる大脳前頭皮質の成熟がこの時期にピークを迎えることが分かってきています。
このようにユース世代は人生の中でも極めて重要な時期である一方、さまざまな“こころの病”が出現し始める時期でもあります。コホート研究では、成人のこころの病気の4分の3は24歳までに明らかになることが示され、また中学生の約14%がなんらかのこころの不調を経験し、とくにその不調が強い場合には、青年期に至っても社会生活に何らかの影響を被ることが示唆されています。しかしながら、ユース世代のこころの不調は典型的な症状群を形成しない場合も多く、診断も困難です。また、これらの状態についての知識が一般には十分には知られておらず、家庭や教育現場では発達上の課題として捉えられてしまい、治療の機会を逸してしまうこともしばしばあります。ある種の病気は、治療開始までの未治療期間が長いほどその後の予後に悪影響を与えてしまうことも知られています。また、日本ではこのようなユース世代を対象とした専門的な診療体制が整っているとは言い難い現状にあります。


このような状況を踏まえ、地域におけるユース世代のメンタルヘルスの拡充を目的として、東京大学医学部精神神経科では、平成20年6月より「こころのリスク外来」を設置いたしました。本外来では、特に、ユース世代におけるこころの健康の向上を目指した活動を行い、若い方ご本人やご家族のお力になれるよう、日々診療に取り組んでおります。多くの方々が気軽に相談でき、また支援させて頂けるよう、今後も診療体制の拡充を目指して参ります。精神医療に従事される専門家の方からのご相談にも積極的に対応させて頂きたく思っております。

