演題

第5回口腔医科学フロンティア開催


  1. ショウジョウバエのグラム陰性菌の認識とシグナル伝達機構
    長崎大学大学院医歯薬学総合研究科、医療科学専攻・展開医療科学講座、歯周病学分野
    金子高士

    (目的)
     ショウジョウバエのグラム陰性菌の認識にはPeptidoglycan recognition protein (PGRP)-LCとPGRP-LEが関与し、Immune deficiency (Imd) 経路を活性化し、抗菌ペプチドdiptericinを発現させることが知られている。本研究では、PGRP-LCとPGRP-LEの局在とグラム陰性細菌ペプチドグリカン(PGN)の認識における役割、そしてreceptor-interacting protein (RIP)のショウジョウバエホモログであるImdへのシグナル伝達メカニズムに関して検討した。
    (材料と方法)
     ショウジョウバエ マクロファージ様細胞株のS2細胞あるいはハエ個体を、グラム陰性細菌のE.coliのペプチドグリカンポリマーあるいはモノマー(Tracheal Cytotoxin; TCT)で刺激し、抗菌ペプチドの発現をNorthern blottingあるいはreal-time PCRで測定した。PGRPsの局在は共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
    (結果と考察)
    S2細胞をPGN、TCTで刺激するとdiptericinの発現が観察された。この発現はPGRP-LCに依存し、グラム陰性PGN刺激にはPGRP-LCx単独が、そしてTCT刺激にはPGRP-LCaとPGRP-LCxの両者が関与していた。PGRP-LCをS2細胞に発現させたところ細胞表面に観察された。一方、Wild-typeハエにおいてもPGN、TCTを投与するとdiptericinの発現が観察されたが、PGN刺激によるdiptericinの発現はPGRP-LC欠損ハエでは観察されなかったのに対して、TCT刺激による発現はPGRP-LC欠損ハエにおいても観察された。 この発現はPGRP-LC/PGRP-LE欠損ハエにおいては観察されなかったことからin vivoにおけるTCTの認識にはPGRP-LCとPGRP-LEの両者が関係していることが示唆された。そしてS2細胞とハエのTCTに対する反応性の違いはS2細胞がPGRP-LEを発現していないことによると考えられた。
    PGRP-LEを発現させるとPGRP-LEは細胞質内に観察され、diptericinの発現が観察された。このImd経路の活性化はPGRP-LCを必要としなかった。またショウジョウバエ体液中に検出されるtruncated PGRP-LE (PGRP-LEpg)をS2細胞に発現させると、PGRP-LEpgは培養液中に検出された。この細胞ではTCT刺激に対する反応性の増加がみられ、diptericin発現にはPGRP-LCが関与していた。これらの結果からPGRP-LEは細胞内でのTCTの認識に関与するのに対して、PGRP-LEpgは細胞外のペプチドグリカンモノマーと結合し、膜貫通タンパクのPGRP-LCを介した細胞応答を増強させることが考えられた。
    PGRP-LCの細胞内領域を部分的に欠損あるいはアラニンで点変異させたミュータントを使用した実験によってPGRP-LCのある特定の領域がdiptericinの発現に関与していることが明らかになった。この領域は哺乳類におけるTRIFとRIP1の相互反応に重要な RIP homotypic interaction motif (RHIM)と相同性を示し、PGRP-LEとPGRP-LAaにもこの配列が存在していた。そしてPGRP-LC同様、PGRP-LEのこの領域の変異はdiptericinを誘導させることはできなかった。PGRP-LCとImdを過剰発現させ、免疫沈降法でその相互作用を調べたところ、imdとの結合にはRHIM様モチーフ以外の領域が関連していた。これらのことから未知のアダプター因子がRHIM様モチーフに結合し、それがimdの活性化を調節している可能性が示唆された。


  2. 新規情報伝達タンパク質の発見と機能解明への奮闘
    九州大学 大学院歯学研究院 口腔常態制御学講座 口腔細胞工学 
    兼松 隆

     我々は、Ins(1,4,5)P3親和性カラムを用いた分子探索実験から新規のIns(1,4,5)P3結合性分子をみいだした。この分子は、PLC-δ1類似の一次構造を有するもののPLCの酵素活性を持たない。そこで、PLC-related, but catalytically inactive protein(PRIP)と命名した。
     我々は、この分子の細胞内機能を相互作用分子との関わりにより明らかにしてきた。これまでにPRIPは、Ins(1,4,5)P3, GABARAP(GABAA recepor associated protein), PP1(protein phosphatase 1), PP2A(protein phosphatase 2A), GABAA receptor βサブユニットに結合することを明らかにした。そして、これらの相互作用分子との関係から、PRIP分子が (1) Ins(1,4,5)P3/Ca2+放出系を調節することをみいだし、(2) GABAA受容体の一生の様々な過程を調節することを明らかにした。ここでは、PRIPによるGABAA受容体の機能調節機構に焦点をあて発表する。
     PRIPがGABARAPに結合することから、PRIPノックアウトマウスを解析して、PRIPが欠損するとGABAA受容体のγ2サブユニットに依存した受容体の形質膜への発現調節が障害されることを見出した。その後この原因として、PRIPを介したGABARAPのγ2サブユニットへのトランスロケーションに問題があることをつきとめ、γ2サブユニットに依存したGABAA受容体輸送の分子機構を明らかにした。また、PRIPはGABAA receptor βサブユニットやプロテインホスファターゼ(PP1, PP2A)にも結合している。そこでGABAA受容体のβサブユニットの脱リン酸化の調節機構を明らかにし、その脱リン酸化に依存して起こるGABAA受容体のエンドサイトーシス過程をPRIPが調節していることを見出した。以上より、PRIPはGABAA受容体の細胞内輸送を調節する重要な分子であることが明らかとなった。
     最近、PRIPはGABAA受容体の輸送のみならず、インスリン分泌を含めた普遍的な小胞輸送にも関与する可能性をみいだしている。この点にもふれ新規分子PRIPの今後の研究展望を紹介したい。


  3. Regulation of chemokine gene expression by hypoxia via cooperative activation of NF-kB and HDAC.
    Olga Safronova
    Department of Cellular Physiological Chemistry, Tokyo Medical and Dental University;
    21st Century COE program for Frontier Research on Molecular Destruction and Reconstitution of Tooth and Bone.

    Hypoxia is a microenvironmental pathophysiologic factor commonly associated with tissue inflammation. Using RayBio Human Cytokine Protein Array we found that hypoxic stress (itself or in cotreatment with IL-1b) actively regulates cytokines’ expression not only by activation of specific genes, but also by selective repression. In particular, we found an increase in IL-8, but decrease in MCP-1 mRNA and protein expression. Inconsistent with mRNA expression, in reporter gene assay both of the promoters were activated by hypoxia. This suggests the critical role of in vivo chromatin modification in the regulation of MCP-1 gene under hypoxia.
    NF-kB was responsible for changes in both MCP-1 and IL-8 mRNA expressions by hypoxia. However, point mutations of NF-kB binding site were not sufficient to abolish hypoxic response of MCP-1 and IL-8 promoters. Function of NF-kB at specific promoters and enhancers depends on the association with different co-activators and co-repressors. We found that in hypoxic cultures HDAC was the corepressor that converted NF-kB activating signal into repressing towards MCP-1 gene expression. Silencing of either HDAC1, HDAC2 or HDAC3 isoforms reversed hypoxic inhibition of MCP-1, but did not affect IL-8 expression. Activation of NF-kB was necessary for overexpressed HDAC1 or HDAC3 to perform their inhibitory function.
    We used ChIP assay to investigate the differences in MCP-1 and IL-8 regulation. Under the treatment with IL-1 formation of transcriptional activation complex on MCP-1 and IL-8 promoters possesses different kinetics. Cotreatment with IL-1 and hypoxia facilitated the association of p65/RelA and CBP to IL-8 promoter and increased histone H4 acetylation. Hypoxia repressed IL-1-stimulated MCP-1 expression by recruiting p65/RelA, HDAC3 and corepressor N-CoR, and deacetylation of histones H3 and H4. Therefore, hypoxic signal driven by NF-kappaB can inhibit or induce gene expression depending on selective recruitment of corepressors or coactivators.


  4. 骨転移における新規創薬ターゲットとしてのRANKL
    Chemotactic regulation of cancer cell migration and bone metastasis by RANKL
    東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 分子情報伝達学 
    中島友紀

     近年の癌に対する早期診断法の普及、外科学的手術の向上ならびに抗癌剤療法の進歩は目覚ましく、原発巣に限局する癌に対しての有効的な治療が、現実のものとなりつつある。しかし、その一方で多臓器への遠隔転移を引き起こす癌に関しては、未だに効果的な対策が乏しいのが現状である。癌の転移は一見、無秩序に起こっているかのように見えるが、癌原発巣の種類に伴い転移標的臓器の特異性があることが近年明らかにされている。世界的に女性において乳癌が最も発生頻度の高い癌であり、男性では前立腺癌が、急増している。これらの癌は共に極めて高い確率で骨への転移することが知られている。骨転移は骨破壊、神経圧迫を引き起こし、激しい痛みや運動制限、さらに高カルシウム血症等の重篤な症状を引き起こす。また、身体的な痛みだけではなく、不安、うつ、恐怖などの精神的な苦痛を伴い、患者のクオリティー・オブ・ライフは著しく損なわれる。ビスホスホネートに代表される破骨細胞を標的とした骨破壊抑制治療の成果は、患者の痛みを取り除く意義において優れている。しかしながら、骨転移のタイプは実に多彩で、骨を形成する骨芽細胞の機能を癌細胞が抑制する溶骨性骨転移では、ビスホスホネートによる疼痛の緩和は期待できない。現在、骨に転移してしまった癌に対する根本的治療は、困難を極めているのが現状である。したがって、癌の骨転移を予防することが、新たな治療戦略のテーマである。
     では、どのように癌転移は起こるのだろうか?今までに、転移のメカニズムとしては2つの古典的仮説が代表的である。その一つは、血液が各種臓器へ流れこむ量によって転移部位が決定される、という血液動態説である。これは1928年にJames Ewingにより提唱されたもので、実際、肺や肝臓などの臓器は、代表的な癌転移標的臓器である。しかしながら、骨も同様に代表的な転移臓器であるにもかかわらず、流入する血液量は、肺や肝臓に比べて明らかに少ない。従って当仮説のみで、ある種の癌において骨転移が多い理由を充分に説明することができない。一方、今から100年以上前、1889年にStephen Pagetは、環境適所説(seed and soil theory)を提唱した。彼は癌細胞を種(seed)にたとえ、ある特定の臓器に転移し、増殖できるのは、臓器特異的な環境(soil;土壌)が、癌細胞の増殖に適しているからであると考えた。大腸癌が骨に転移しにくい一方で、乳癌や前立腺癌などの特定の癌が、高確率で骨に転移することを考えると、乳癌や前立腺癌と骨は、seed/soilの関係に当てはまることが推測される。そこで研究者たちは、seed/soilとなるような特異的なファクターを今まで探索してきた。この度、我々はRANK(receptor activator of NF-kB)/RANKLがseed/soilとして、乳癌などの骨転移を制御している可能性を見出した。この研究で得られた知見から、近い将来、RANKLを標的とした薬剤が、特定の癌に伴う骨転移の予防的治療に適応されることが期待される。

    *Holstead JD, *Nakashima T, Sanchez OH, Kozieradzki I, Komarova SV, Sarosi I, Morony S, Rubin E, Sarao R, Hojilla CV, Komnenovic V, Kong YY, Schreiber M, Dixon SJ, Sims SM, Khokha R, Wada T, and Penninger JM ; Chemotactic regulation of cancer cell migration and bone metastasis by RANKL. Nature 440, 692-696 (2006)
    *these authors contribute equally to this work.



  5. 破骨細胞形成関連細胞である骨髄間質細胞、破骨細胞前駆細胞およびT細胞のTNF-aによる破骨細胞形成でのin vivoでのかかわりあいについての検討
    長崎大学大学院医歯薬学総合研究科・歯科矯正学分野
    北浦英樹

     破骨細胞分化の必須誘導因子として骨芽細胞が発現するRANKLが発見され、破骨細胞の分化・活性化機構の解明が進歩した。また、近年、同じように炎症性のサイトカインであるTNF-aでも破骨細胞が誘導されることがわかった。リウマチや感染などによる病的骨吸収の場では、TNF-aの発現が認められ破骨細胞形成に働いているものだと考えられている。それらのことよりTNF-aでの破骨細胞形成のメカニズムの解明することは、重要な課題となっている。破骨細胞形成は、破骨細胞前駆細胞である骨髄マクロファージ、RANKLを発現する間質系細胞およびT細胞が関与していると言われている。我々は、これらのどの細胞が、in vivoでTNF-aによる破骨細胞形成に重要な働きをしているのか検討する事にした。この目的のために、Wild type (WT)およびTNF receptors欠損(TNFR-/-)マウスの骨髄細胞を致死量のirradiationを行い骨髄細胞を取り除いたそれぞれのマウスに骨髄移植を行い、マクロファージはTNFRを持っているが間質系細胞はTNFRを持っていない(WT>TNFR-/-)、逆にマクロファージはTNFRを持っていないが間質系細胞はTNFRを持っている(TNFR-/->WT)キメラマウスを作製した。その際、T細胞は坑CD4抗体および坑CD8抗体によって取り除いた。コントロールとしてWTからWT (WT>WT)およびTNFR-/-からTNFR-/- (TNFR-/-> TNFR-/-)に骨髄移植した。これらキメラマウスにTNF-aを投与して破骨細胞形成をみたところWT>TNFR-/-よりTNFR-/->WTに破骨細胞形成が多く認められた。また、これらのキメラマウスに実験的炎症性関節炎をおこし破骨細胞形成をみたところ、同様の結果が得られた。これらのことから、in vivoでTNF-aによる破骨細胞形成では、間質系細胞がより重要な働きをしていることがわかった。さらにTNF-aの投与により、TNFR-/->WTおよびWT>WTで骨髄マクロファージの増加がみられた。これは、炎症時にTNF-aによって間質系細胞からM-CSFの発現が増加し、骨髄マクロファージが誘導されたことによることがわかった。次にT細胞のin vivoでのTNF-aによる破骨細胞形成への関与を検討するために、WTから坑CD4抗体および坑CD8抗体によってT細胞をのぞいたマウスとのぞいてないマウスにTNF-aを投与して破骨細胞形成をみたところ、T細胞をのぞいたマウスでは破骨細胞形成が減少した。一方、TNFR-/-にWTのT細胞を移入したマウスにTNF-aを投与したところ破骨細胞形成は認められなかった。これらのことから、TNF-aはT細胞に直接作用して破骨細胞誘導しているのではなく、他の細胞に作用して間接的に破骨細胞形成に関与していることが示唆された。



  6. 口腔粘膜の自然免疫系、特に細菌細胞壁ペプチドグリカン認識システム
    東北大学大学院歯学研究科 口腔微生物学分野
    上原亜希子、高田春比古

    生体は常に微生物に晒されており、これを認識し排除または制御することが生命の維持に不可欠である。特に自然免疫系はヒトを含む高等動物から昆虫や植物に至るまで保存されている重要なシステムである。哺乳類ではToll-like receptor (TLR)ファミリーなどのレセプターが、微生物に特有の構造pathogen-associated molecular patterns (PAMPs)を認識することで、生体防御を担っている。マイコプラズマを除く全ての細菌種に普遍的に存在する細菌細胞壁ペプチドグリカン(PGN)に関してもTLR2をレセプターとするとの知見が報告された。しかし、PGNの免疫強化作用を担う最小有効構造であるムラミルジペプチド(MDP)の活性はTLR2非依存的に発現する。2003年、米・仏二つのグループによりMDPは細胞内レセプターであるNOD2により、さらに、ジアミノピメリン酸(DAP)を含むPGNフラグメントg-D-glutamyl-meso-DAP (iE-DAP)はNOD1により認識されることが明らかにされた。ヒトではNOD1、NOD2のほか、Cryopyrin, Ipafなど、約20種類のNOD系蛋白質が細胞内に存在することが知られている。従って、TLRが主として生体膜上での病原認識にかかわるように、細胞質内にも病原認識にかかわる蛋白質ファミリーが存在することが明らかになった。我々はこれまでに様々な組織由来のヒト上皮系細胞を供試してTLR系ならびにNOD系分子発現を網羅的に検討したところ、これら上皮細胞はほとんど全ての分子を恒常的に発現しているとの知見を得た。そこで、対応するリガンドで刺激すると上皮細胞はb-defensin 2や4種のPGN認識蛋白(PGRP)といった抗菌物質を積極的に産生する。他方、炎症性サイトカイン産生は誘導されなかった。これらの知見は侵襲細菌に常に接している上皮細胞にとっては理にかなった現象と考えられる。また、これまでNOD1の最小有効リガンドはiE-DAPと報告されて来たが、我々は最近、阪大(理)の深瀬浩一教授グループによって化学合成されたmeso-DAPないしmeso-ランチオニンが単独でもNOD1を介して細胞を活性化することを証明した。PGNの認識にはTLR系に加えてNOD系さらにはPGRP系が関与する。すなわち、PGNに対する自然免疫には複数のシステムが担保されている。この事実はPGN認識機能が宿主の生体防御に果たす役割の重要性を示唆している。


  7. 外分泌腺障害に対する細胞移入療法の応用
    鶴見大学歯学部口腔病理学講座
    美島健二

    難治性疾患により失われた組織の機能を回復するために幹細胞による再生医療の応用が検討されている。造血幹細胞や骨髄間葉系幹細胞を用いた再生医療は既に臨床に応用されていることより、これまで根治療法のない難治性疾患においても、その適応が期待されている。難病とされるシェーグレン症候群、スティーブン・ジョンソン症候群および頭頸部放射線治療後にみられる涙液・唾液分泌障害では種々の口腔内症状がみられ本症状が重篤になると誤嚥性肺炎などの致死的な疾患の原因となることが知られているが、その効果的治療法はいまだ確立されていない。本研究では重篤な涙液・唾液分泌障害の新たな治療法として幹細胞を用いた細胞治療の応用について検討した。すなわち、マウス涙腺・唾液腺組織から幹細胞を多数含む分画であるside population cell(SP細胞)を分取し、これらを放射線照射により分泌障害を誘導したマウスの当該腺組織に移入後その治療効果を検討した。移入後、経時的に涙液・唾液分泌量を測定しSP細胞移入の効果を検討した結果、4週および8週で涙液・唾液量ともに回復が認められた。しかしながら、移入細胞は散在性に局在していたがSP細胞による新たな腺組織の構築は認められなかった。このことから移入したSP細胞の腺組織再構築能は明らかではなく、SP細胞から分泌される液性因子が残存腺組織の分泌能の回復に寄与している可能性が示唆された。そこで我々はSP細胞に特異的に発現する遺伝子の検出を試みた結果、涙腺・唾液腺のSP細胞に共通して高い発現を示す因子として分子量約70?80Kdの分泌型糖蛋白質であるクラステリンを同定した。クラステリンはアポトーシスの抑制をはじめ細胞障害刺激に対して防御的に働くことが知られており、その機能を検討するためにクラステリンを恒常的に発現するマウス胎児線維芽細胞株(STOclu)と対照としてmockSTOを樹立した。放射線照射ではOH・を含めた活性酸素種(ROS)により細胞障害が誘導されることが知られていることから樹立した細胞株をH2O2で刺激しROSを介した細胞障害に対するクラステリンの効果を解析した結果、STOcluの生細胞数はmockSTOと比較して有意に増加していた。また、細胞内のROS量はSTOcluで有意にその減少が認められ、蛋白質カルボニル化合物もSTOcluで有意に減少していた。次に、分泌型のクラステリンの機能を解析するためにSTOcluとmockSTOの培養上清をSTO細胞に加えた後H2O2刺激した結果、STOcluの培養上清存在下で刺激したSTO細胞においてH2O2による細胞死および細胞内のROS量が抑制されることが明らかになった。以上の結果からSP細胞はクラステリンなどの液性因子を介して残存腺組織の分泌障害の修復に関与している可能性が示唆された。現在、神経変性疾患をはじめとした種々の疾患の原因として酸化ストレスの関与が示唆されており、今後クラステリンの機能を詳細に検討することにより、クラステリンがこれらの疾患の治療薬となりうるか否かについて検証したいと考えている。.