演題

第11回口腔医科学フロンティア開催


演題1

RANK/インテグリンαvβ3/チロシンキナーゼc-Srcシグナルを介した破骨細胞の細胞骨格および骨吸収機能調節機構の解明

井澤 俊

徳島大学大学院HBS研究部口腔顎顔面矯正学分野

 RANKLが破骨細胞の骨吸収機能をどのように調節しているかについては未だ不明な点が多い。今回、細胞骨格を制御する重要な分子の一つとして知られているチロシンキナーゼc-Srcに焦点を絞りRANKL刺激による破骨細胞の細胞骨格および活性化調節機構を解析した。その結果、c-SrcはサイトカインRANKLに反応してレセプターRANKと結合し破骨細胞の細胞骨格の調節を制御する一方でRANKLを介した破骨細胞の分化に対しては関与していないことが判明した。また、c-SrcのSH2ドメインはRANKとSH3ドメインはインテグリンb3と結合することで、RANKL刺激により活性化したRANKはc-Srcを介してインテグリンb3とリンクしていることが明らかとなった。
 さらに、ヒトFasの細胞外領域にマウスRANKの膜貫通領域および細胞質領域を融合させたキメラ受容体(hFas/mRANK)を破骨細胞の前駆細胞にレトロウイルスベクターを用いて発現させ、ヒトFas特異的抗体で刺激することにより破骨細胞が形成する実験系を確立し、hFas/mRANKの細胞質領域に種々の変異を導入した異なる変異体について解析を行ったところ、細胞質領域RANK369-373がc-Srcとの結合、アクチンリング形成や細胞骨格関連シグナル(Cdc42, Vav3, Rac1など) の伝達に重要であることが判明した。
 これらの結果よりc-Srcを介したRANKとインテグリン?3複合体が破骨細胞の細胞骨格および骨吸収能の制御において重要な機能を担っていることが示唆された。

参考文献

1. Zou W, Izawa T, Zhu T, Chappel J, Otero K, Monkley SJ, Critchley DR, Petrich BG, Morozov A, Ginsberg MH, Teitelbaum SL: Talin1 and Rap1 are Critical for Osteoclast Function. Mol. Cell. Biol., in press 2013
2. Izawa T, Kondo T, Kurosawa M, Oura R, Matsumoto K, Tanaka E, Yamada A, Arakaki R, Kudo Y, Hayashi Y, Ishimaru N: Fas-Independent T-Cell Apoptosis by Dendritic Cells Controls Autoimmune Arthritis in MRL/lpr mice. PLoS One, 7:e48798, 2012
3. Izawa T, Zou W, Chappel JC, Ashley JW, Feng X, Teitelbaum SL: c-Src Links a RANK/?v?3 Integrin Complex to the Osteoclast Cytoskeleton. Mol. Cell. Biol., 32: 2943-53, 2012
4. Izawa T, Ishimaru N, Moriyama K, Kohashi M, Arakaki R, Hayashi Y: Crosstalk between RANKL and Fas signaling in dendritic cells controls immune tolerance. Blood, 110:242-50, 2007
5. Yoneda T, Ishimaru N, Arakaki R, Kobayashi M, Izawa T, Moriyama K, Hayashi Y: Estrogen deficiency accelerates murine autoimmune arthritis associated with Receptor activator of nuclear factor-kappa B ligand-mediated osteoclastogenesis. Endocrinology, 145:2384-91, 2004

演題2

PRIP欠損マウスが呈する生殖異常

松田美穂、平田雅人

九州大学大学院歯学研究院口腔細胞工学分野

 PRIP (PLC-Related but catalytically Inactive Protein) は、Ins(1,4,5)P3 結合性の分子として見いだされた新規分子であり、種を越えて広く存在するタンパク質である。我々はPRIPの機能解析を目的としてPRIPノックアウト (KO) マウスを作製し、生殖に関わる表現型の異常を見いだした。総出産仔数の減少や性周期の乱れ、性腺刺激ホルモンの血中濃度の増加などが認められたので、下垂体の器官培養や培養細胞を用いた解析を行い、KOマウスでの血中ホルモン量増加が下垂体におけるホルモンの分泌異常によるものであることを明らかにした。また、排卵誘発剤投与後の排卵数を検討したところ、KOマウスで激減していた。これは、出産仔数の減少が、排卵後の授精や着床、発育における異常によるものではなく、卵成熟を含む排卵に至る過程における異常によることを示唆した。そこで、その過程について組織形態学的及び生化学的解析を行い、排卵時ではなく卵胞成熟過程において特に2次卵胞以降への成熟が進行しにくくなっていることを見いだした。正常では成熟卵胞でのみ観察される黄体形成ホルモン受容体(LHR)が、KOマウスでは未成熟時期から発現しており、そのため下流へのシグナルが亢進し、適切な卵胞成熟が妨げられていることが示唆された。これらのことから、PRIPは生殖機構においてホルモンによる性周期、卵胞成熟の制御を適切に調節する分子であると考えられる。ヒトの卵胞成熟障害等においても類似の現象が伴うケースがあり、生殖関連疾患の有力なターゲットとなりうることが期待される。また、生殖に関わるホルモンのアンバランスから骨への影響を検討したところ、予想に反して骨量の増加が認められた。これまでの結果から骨形成の亢進と骨吸収の低下によるものと考えられるが、その分子メカニズムについて現在解析を進めている。

参考文献

1. Tsutsumi K., Matsuda M., Kotani M., Mizokami A., Murakami A., Takahashi I., Terada Y., Kanematsu T., Fukami K., Takenawa T., Jimi E. and Hirata M.: Involvement of PRIP, phospholipase C-related, but catalytically inactive protein, in bone formation. J Biol Chem. 286: 31032-31042, 2011.
2. Gao J., Takeuchi H., Umebayashi H., Zhang Z., Matsuda M. and HirataM.: Assay of dense-core vesicle exocytosis using permeabilized PC12 cells. Adv Enzyme Regul. 50: 237-246, 2010.
3. Matsuda M., Tsutsumi K., Kanematsu T., Fukami K., Terada Y., Takenawa T., Nakayama K.I. and Hirata M.:Involvement of phospholipase C-related inactive protein in the mouse reproductive system through the regulation of gonadotropin levels. Biol Reprod. 81: 681-689, 2009.

演題3

細胞外マトリックス補充療法による新規結合組織疾患治療技術の開発

齋藤正寛

東京理科大学基礎工学部生物工学科

 細胞外マトリックス(ECM)は結合組織の機能維持において、組織強度を調節するばかりでなく、サイトカインと結合する貯蔵庫として重要な役割を果たしている。ECMの機能異常が起こると、組織破壊が亢進する結合組織疾患を発症する。そのため結合組織疾患の治療には、機能不全に陥ったECMを再構築させる「ECM補充療法」の技術開発が求められている。
 結合組織を構成する線維性ECM成分であるマイクロフィブリルは、機械的圧力の負担の大きい大動脈、皮膚、歯根膜で弾性機能を調節している。一方、マルファン症候群(MFS)では、マイクロフィブリル形成不全のため組織崩壊が亢進し、解離性大動脈瘤、重度の歯周病を含む結合組織疾患を発症する。近年、我々はマイクロフィブリルと結合するECMであるADAMTSL6?が、マイクロフィブリル形成を介して歯根膜形成および修復を調節していることを見出した。また、MFSモデル動物においてADAMTSL6?が歯根膜のマイクロフィブリル形成不全を改善し、さらに歯周組織の創傷治癒を促進する事も明らかにした。そこで本研究では、ADAMTSL6?の機能を中心に、結合組織疾患の新規治療技術として「ECM補充療法」の展望を考察したい。

参考文献

1. Saito M, Tsuji T, Extracellular matrix administration as a potential therapeutic strategy for periodontal ligament regeneration. Expert Opin Biol Ther, Mar;12(3):299-309, 2012
2. Saito M, Kurokawa M, Oda,M, Oshima M, Tsutsui K, Kosaka K, Nakao K, Ogawa M, Manabe R, Suda N, Ganjargal G, Hada Y, Noguchi T, Teranaka T, Sekiguchi K, Yoneda T and Tsuji T. ADAMTSL6β rescues fibrillin-1 microfibril disorder in Marfan syndrome mouse model through the promotion of fibrillin-1 assembly. J Biol Chem. 4;286(44):38602-38613. 2011
3. Shiga, M., Saito, M., Hattori, M., Torii, C., Kosaki, K., Kiyono, T. and Suda, N. Characteristic phenotype of immortalized periodontal cells isolated from a Marfan syndrome type I patient. Cell Tissue Res, 331(2):461-464. 2008.
4. Nishida, E., Sasaki, T., Ishikawa, S., Kosaka, K., Aino, M., Noguchi, T., Teranaka, T., Shimizu, N. and Saito, M. Transcriptome Database KK-Periome for Periodontal Ligament Development: Expression Profiles of the Extracellular Matrix Genes. Gene 404(1-2):70-79. 2007.

演題4

歯髄幹細胞による歯髄・骨再生の現状と課題

川島伸之

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科口腔機能再構築学講座歯髄生物学分野

未分化間葉系の歯髄組織に間葉系幹細胞が存在することは10年ほど前に報告され、歯髄幹細胞と名付けられました。歯髄組織に象牙芽細胞へ分化する細胞が存在していることは以前より報告されていましたが、象牙芽細胞以外の細胞への分化能を持った細胞が存在することがこの時初めて明らかにされま幹細胞を骨髄から分離するのと同じ手法を用いて分離しましたが、その手法はこれまでした。歯髄幹細胞の最初の報告は、骨髄の歯髄細胞を分離する方法を同じであり、正確には歯髄幹細胞分画を含むin vitroで培養可能な歯髄細胞を分離していたことになります。ピュアな歯髄幹細胞を分離する試みとして、SP(Side Population)分画や、表面抗原のSTRO-1、CD105などを指標にしてFACSを用いてソートして採取することも行われています。幹細胞としての特性の強い細胞を抽出することにより、高い多分化能が得られると報告されていますが、得られる細胞数が少なくなることは臨床応用を考えた時大きなデメリットになります。我々は間葉系幹細胞を分離する手法として用いられている低密度細胞培養後にコロニーを形成した細胞を回収する手法を用いて歯髄幹細胞を分離し、その表面抗原を解析したところ間葉系幹細胞としての特性を強く示していることを見出しました。この手法を用いることにより、細胞数の大幅な減少を招くことなく、歯髄幹細胞を分離・回収できるものと思われます。また、歯髄幹細胞は多分化能を有していることが報告されていますが、臨床においてどのような組織の再生に用いるべきであるのか、いまだ結論が出ていません。神経堤細胞由来であることから神経の再生に有効との報告も多数ありますが、骨芽細胞への分化能が最も秀でています。また歯髄組織由来ですので、歯髄組織の再生に用いるのは最も自然です。今回、歯髄幹細胞の研究の現状とその臨床応用の実態についてお話させていただきます。

参考文献

1. Kawashima N., Characterisation of dental pulp stem cells: A new horizon for tissue regeneration?, Arch Oral Biol. 57, 1439-58, 2012.
2. Otabe K, Muneta T, Kawashima N, Suda H, Tsuji K, Sekiya I, Comparison of gingiva, dental pulp, and periodontal ligament cells from the standpoint of mesenchymal stem cell properties, Cell Medicine 4, 13-21, 2012.

演題5

歯の発生過程における転写因子Soxファミリーの役割

齋藤 幹、福本 敏

東北大学大学院歯学研究科小児発達歯科学分野

 Sox (sex determining region Y-box)ファミリーは、様々な細胞分化には不可欠な転写制御因子でありAからGまでのグルーに分けられていプる。グループB1に分類されるSox2はES細胞の多能性維持に関与し、iPS細胞作成には必須の遺伝子である。また、グループB2に分類されるSox21はSox2を阻害し、分化を誘導調節することでも知られている。このとこから、我々はSoxファミリーが歯の分化に関与していると考えSoxファミリーの発現を調べたところ、歯原性上皮細胞の分化過程において、分化過程特異的にSox2とSox21の発現を認めた。
 Sox2の発現は唇側面の根尖部分に位置する未分化上皮系細胞のみに限局していた。このSox2陽性細胞の移動経路を追跡したところ、Wnt阻害分子であるSfrp5を発現し、次にShh陽性細胞となり、最終的にエナメル芽細胞へと分化するルートがあることが示唆された。
 一方Sox21は、分化の進んだ上皮由来細胞であるエナメル芽細胞でのみ発現が認められた。更にこのSox21の発現はShhにより調節されていた。次にSox21欠損マウスを用いて、歯の形態を調べたところ、エナメル質表面は粗造になっており、小柱構造が失われていた。象牙質では象牙細管の拡大が見られた。このことから、Sox21欠損マウスはエナメル質形成不全を呈することが判明した。そこで、Sox21が調節している分子を特定するために、Sox21欠損マウスと野生型マウスのエナメル芽細胞を用いてmicroarrayおよびrealtime-PCRを行いて検討した結果、分泌期に発現するアメロジェニンやMmp20などには影響が見られず、その後の成熟期に発現するアメロチンやKlk4の発現が減少していた。これらの事から、Sox21はエナメル芽細胞の成熟に関与する遺伝子に作用し、エナメル質の構造や石灰化を調節する重要な因子であることが示唆された。

参考文献

Juuri E, Saito K, Ahtiainen L, Seidel K, Tummers M, Hochedlinger K, Klein DK, Thesleff I and Michon F. Sox2+ Stem Cells Contribute to All Epithelial Lineages of the Tooth via Sfrp5+ Progenitors. Dev Cell. 23(2):317-28. 2012

演題6

破骨細胞分化における運命付けの制御機構

高見正道1,望月文子2,榎本拓哉1,3,趙 宝紅4,上條竜太郎1

1昭和大学歯学部口腔生化学,2口腔生理学,3歯周病学, 4Hospital for Special surgery, NY

 破骨細胞の前駆細胞(破骨前駆細胞)は単球・マクロファージ系の細胞で、免疫応答能のほか、樹状細胞などへの多分化能を有する。これらの細胞は、接着シグナルにより受容体であるRANKを発現し1)、そのリガンドであるRANKLが結合すると約72時間かけて破骨細胞に分化する。我々は、RANKLで刺激した前駆細胞は、24時間以内に多分化能を失い、破骨細胞への分化が運命付けられることを見いだした2)。運命付けられた細胞では免疫応答能に変化が見られ、DNAマイクロアレイを用いた解析により、多様な種類の遺伝子発現レベルの変動が認められた。その中には、破骨細胞のマスター遺伝子といわれる転写因子、NFATc1の発現レベル上昇も検出されたが、それよりも先に転写因子であるIRF-8 (Interferon regulatory factor 8) 発現レベルが著明に低下することに我々は着目した。破骨前駆細胞にIRF-8強制的に発現させたところ、破骨細胞に分化せず、免疫応答能を維持し続けた。一方、IRF-8欠損マウスの骨組織では、破骨細胞分化の亢進により骨密度が低下し、LPSが誘導する炎症性骨破壊が促進された。すなわち、IRF-8は破骨細胞分化を抑制する機能をもち、破骨細胞分化の運命付けには、最初にIRF-8の発現レベルが低下することが必須であることが明らかとなった3)。また、IRF-8は骨吸収を抑制することにより、正常な骨代謝を維持する役割を担うことが示唆された。これらの知見は、細胞の分化過程における遺伝子発現レベルの低下が極めて重要な生理的意義を持つことを意味する。

参考文献

1. Mochizuki A., Takami M., Miyamoto Y., Nakamaki T., Tomoyasu S., Kadono Y., Tanaka S., Inoue T., Kamijo R. Cell adhesion signal regulates RANK expression in osteoclast precursors. (2012) PLoS ONE, 7(11):e48795.
2. Mochizuki, A., Takami, M., Kawawa, T., Suzumoto, R., Sasaki, T., Shiba, A., Tsukasaki, H., Zhao, B., Yasuhara, R., Suzawa, T., Miyamoto, Y., Choi, Y., Kamijo, R. Identification and characterization of the precursors committed to osteoclasts induced by TNF-related activation-induced cytokine/receptor activator of NF-κB ligand. (2006) J Immunol, 177 (7), pp. 4360-4368.
3. Zhao, B., Takami, M., Yamada, A., Wang, X., Koga, T., Hu, X., Tamura, T., Ozato, K., Choi, Y., Ivashkiv, L.B., Takayanagi, H., Kamijo, R. Interferon regulatory factor-8 regulates bone metabolism by suppressing osteoclastogenesis. (2009) Nat Med, 15 (9), pp. 1066-1071.