演題

第10回口腔医科学フロンティア開催


演題1

生体材料を用いた組織周囲環境の構築とin vitro組織形態制御

松本卓也

岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 生体材料学分野

 細胞生物学、分子生物学の発達にともない、組織発生を指揮する重要因子の理解が進んでいる。一方、組織工学の発達にともない、材料を用いた細胞、組織操作技術の開発が進んでいる。これら背景から、生体組織をin vitroにて合成するという機運が高まっている。この達成にあたり、細胞集合体の作製、および作製した細胞集合体の周囲環境制御による組織生成誘導が重要である。ここで、生体材料は細胞、組織の周囲環境、特に物理的環境の構築に有効利用できる。  唾液腺組織は、肺、乳腺などの組織と同様、その発生段階で分岐形態形成という特徴的な形態変化を示す。この形態変化は、様々な液性因子の影響に加え、成長過程における組織周囲堅さ環境変化の影響が予測される。アルジネートは細胞、組織親和性の高いハイドロゲルであり、その濃度を変えることで容易にゲルのヤング率(堅さ)を変えることができる。そこで、ハイドロゲル材料を用いて異なる堅さ環境をin vitroにて構築し、この構築環境で唾液腺組織の器官培養を行った。その結果、堅さ環境に依存した唾液腺組織の分岐形態変化を認めた。このメカニズムについて検討したところ、周囲ヤング率変化にともなう組織構成細胞の変形を認め、さらに、この細胞変形に依存したタンパク質(FGF7/10)発現の変化を確認した。本発表では、これら研究を通し、生体材料を用いた組織周囲環境の構築とin vitroでの組織生成誘導について考察したい。

参考文献
1. Miyajima H, Matsumoto T*, Sakai T, Yamaguchi S, An SH, Abe M, Wakisaka S, Lee KY, Egusa H, Imazato S. Hydrogel-based biomimetic environment for in vitro modulation of branching morphogenesis. Biomaterials, 32 (2011) 6754-6763
2. Sasaki J, Asoh T, Matsumoto T*, Egusa H, Sohmura T, Alsberg E, Akashi M, Yatani H. Fabrication of 3D cell constructs using temperature-responsive hydrogel. Tissue Eng Part A 16 (2010) 2467-2473
3. Matsumoto T*, Sasaki J, Alsberg E, Egusa H, Yatani H, Sohmura T. Three-dimensional cell and tissue patterning in a strained fibrin gel system. PLoS One 2 (2007) e1211
4. Fischbach C, Chen R, Matsumoto T, Schmelzle T, Brugge J, Polverini P, Mooney DJ*. Engineering tumors with 3D scaffolds. Nat Methods 4 (2007) 855-860
5. Matsumoto T, Mooney DJ*. Cell Instructive Polymers. “Tissue Engineering” Adv Biochem Eng/Biotech Edited by Kaplan D. Springer, Berlin. 102 (2006) 113-137

演題2

クロマチンの動的変化を介したDNA損傷応答シグナルのエピジェネティクス制御

井倉 毅

京都大学放射線生物研究センター 突然変異機構研究部門
クロマチン制御ネットワーク研究分野

遺伝情報の源であるDNAは、電離放射線、紫外線、化学物質などにより障害を受けるが、細胞には、それら傷ついたDNAを修復するシステムが兼ね備わっている。真核生物のDNAは、ヒストン蛋白質と複合体を形成し、クロマチンという高次構造を形成しているが、我々は、DNAに損傷が生じた際に、通常はDNAに安定に結合しているヒストン蛋白質が、DNAから解離し、クロマチンから放出されることを見出した。損傷を受けたDNAが修復される際に、損傷領域のクロマチンからヒストン蛋白質があたかもシグナル因子にように放出される意義は何か?今回は、この謎を解明することにより明らかになってきた、エピジェネティクに制御されるDNA損傷修復システムの新たな局面を紹介し、また疾患研究としてのDNA損傷応答研究の展望についてもお話したい。

参考文献

1. Katoh, Y., Ikura, T., Hoshikawa,Y., Tashiro, S., Ohta, M., Kera, Y., Noda, T., Igarashi, K. Methionine Adenosyltransferase II Serves As a Transcriptional Corepressor of Maf Oncoprotein. Mol Cell 41, 554-566, 2011.
2. Ikura T., Tashiro, S., Kakino, A., Shima, H., Jacob, N., Amunugama, R., Yoder, K., Izumi, S., Kuraoka, I., Tanaka, K., Kimura, H., Ikura, M., Nishikubo, S., Ito, T., Muto, A., Miyagawa, K., Takeda, S., Fishel, R., Igarashi, K., Kamiya, K. DNA damage-dependent acetylation and ubiquitination of H2AX enhances chromatin dynamics. Mol Cell Biol. 27, 7028-7040, 2007
3. Fuchs, M., Gerber, J., Drapkin, R., Sif, S, Ikura, T., Ogryzko, V., Lane, WS., Nakatani, Y., Livingston, DM. The p400 complex is an essential E1A transformation target. Cell. 106, 297-307. 2001
4. Ikura, T., Ogryzko, V V., Grigoriev, M., Groisman, R., Wang, J., Horikoshi, M., Scully, R., Qin, J., Nakatani, Y. Involvement of the TIP60 Histone Acetylase Complex in DNA repair and apoptosis. Cell. 102, 463-473. 2000
演題3

歯髄幹細胞による新しい中枢神経再生療法の開発

山本朗仁

名古屋大学大学院医学系研究科 頭頚部・感覚器外科学講座

脊髄損傷は損傷部位より下位に重篤な機能障害をもたらします。その病態は複雑であり有効な治療法が開発されていません。我々は、ヒト脱落乳歯や抜去した親知らずから採取した歯髄幹細胞による新しい脊髄損傷治療の可能性を見いだしました。さらに歯髄幹細胞が3つの再生メカニズムを発揮することで中枢神経を再生することを明らかにしました。 完全に切断したラット脊髄に歯髄幹細胞を移植すると下肢運動機能が回復することを見いだしました。移植した歯髄幹細胞は、(1)神経保護効果:神経損傷に伴う脊髄細胞の死を効率に抑制します。(2)抗?軸索伸張抑制因子効果:中枢神経の損傷部位にはグリア瘢痕が形成されます。グリア瘢痕は、神経軸索の伸張や再生を抑制する様々な分子を産生し神経再生を抑制します。歯髄幹細胞から分泌される因子は、グリア瘢痕由来の軸索伸張抑制分子の効果を抑制し脊髄神経の再生を促します。(3)細胞補給効果:中枢神経では軸索を覆う髄鞘によって神経伝達速度が維持されていますが、神経損傷によってこの髄鞘を形成する細胞(オリゴデンドロサイト)が消失します。脊髄損傷部位に移植した歯髄幹細胞は、オリゴデンドロサイトに特異的に分化し髄鞘の再生に貢献します。 重要なことに治療効果(2)および(3)は他の生体幹細胞では報告のない、歯髄幹細胞に特異的な神経再生能力でした。実際、歯髄幹細胞移植による下肢運動機能の回復効果は、骨髄由来の幹細胞より強力であることが明らかとなっています。さらに、歯髄幹細胞は不要となった生体組織から採取可能であるため幹細胞採取による生体侵襲は無視できるほどです。またラット脊髄に移植した歯髄幹細胞の腫瘍形成能は検出されませんでした。本研究成果は有効な治療法のない脊髄損傷の治療に新しい可能性を提供する画期的な研究成果と考えられます。

発表論文:

Sakai, K. *, Yamamoto, A. *#, Matsubara, K., Naruse, M., Yamagata, M., Sakamoto, K., Tauchi, R., Wakao, N., Imagama, S., Hibi, H., Kadomatsu, K., Ishiguro, N., Ueda, M. Human dental pulp-derived stem cells promote locomotor recovery after complete transection of the rat spinal cord by multiple neuro-regenerative mechanisms. The Journal of clinical investigation, 122(1), 80?90. 2012 (*Equal first author, #Corresponding author)
演題4

歯周炎と動脈硬化性疾患の関連メカニズム ー炎症と血清脂質プロファイルの変化ー

多部田康一

新潟大学研究推進機構超域学術院

歯周炎罹患が動脈硬化性疾患イベント(心筋梗塞・脳卒中)発症のリスクとなることが疫学研究から報告される中で、従来の歯周炎の臨床検査(プロービング等の指標)に加えて全身影響の観点から歯周炎の病状を評価する生物学的臨床指標の必要性が考えられる。しかしながらそれに至るに必要とされる生物学的な両疾患の関連メカニズムの理解は依然として不十分である。このような観点から我々は動脈硬化感受性のあるC57BL/6マウス、及びApolipoprotein E欠損マウスを用いてPorphyromonas gingivalisの口腔感染(経口摂取)が個体に与える影響について検討してきた。P. gingivalisの口腔感染は炎症応答として歯槽骨の破壊、血清中の炎症性サイトカイン産生を誘導するとともに大動脈における接着分子やケモカインの発現といった炎症性応答を誘導する。一方で、長期に経口感染を継続すると血清脂質プロファイルがアテローム促進性に変動することでアテローム病変の進展に寄与することが示唆された。P. gingivalis口腔感染後の大動脈と肝臓における遺伝子発現についてのDNAマイクロアレイ解析から特にLxr(Liver X receptor)遺伝子に関連するAbca1 (ATP binding casette transporter) を介したコレステロール排出機構がP. gingivalis に対する生体応答において抑制されることが明らかとなった。歯周炎と動脈硬化性疾患の関連メカニズムにおいて炎症と脂質代謝の2つの視点から両疾患の関連について理解する必要が示された。

参考論文

1: Miyauchi S, Maekawa T, Aoki Y, Miyazawa H, Tabeta K, Nakajima T, Yamazaki K. Oral infection with Porphyromonas gingivalis and systemic cytokine profile in C57BL/6.KOR-ApoE(shl) mice. J Periodontal Res. 2011 Nov 20.
2: Tabeta K, Tanabe N, Yonezawa D, Miyashita H, Maekawa T, Takahashi N, Okui T, Nakajima T, Yamazaki K. Elevated antibody titers to Porphyromonas gingivalis as a possible predictor of ischemic vascular disease - results from the Tokamachi-Nakasato cohort study. J Atheroscler Thromb. 2011;18(9):808-17.
3: Maekawa T, Takahashi N, Tabeta K, Aoki Y, Miyashita H, Miyauchi S, Miyazawa H, Nakajima T, Yamazaki K. Chronic oral infection with Porphyromonas gingivalis accelerates atheroma formation by shifting the lipid profile. PLoS One.2011;6(5)

演題5

Wnt5a-Ror2シグナルによる破骨細胞分化制御機構

小林泰浩

松本歯科大学 総合歯科医学研究所 硬組織解析学

破骨細胞の分化は骨芽細胞によって調節されている。骨芽細胞は、骨吸収因子の刺激によりreceptor activator of NF-?B Ligand (RANKL)を発現する。また、骨芽細胞はcolony stimulating factor1 (CSF1)を恒常的に発現する。これらのサイトカインが前駆細胞のRANK、CSF1受容体に結合すると、破骨細胞分化が誘導される。RANKL欠損マウスでは、破骨細胞分化が障害され、大理石骨病を呈する。我々は、RANKL欠損マウスにおいて骨芽細胞近傍にRANK強陽性の破骨前駆細胞が局在することを明らかにしている1)。この所見は骨芽細胞が破骨前駆細胞の局在を決定することを示唆する。Wntのシグナル伝達には、?-カテニンを介する古典経路と?-カテニンを介さない非古典経路がある。骨芽細胞においてWnt古典経路が活性化されると、RANKLの阻害因子であるOsteoprtegerinの発現が誘導され、破骨細胞分化が抑制される。しかし、骨吸収におけるWnt非古典経路の役割は明らかではない。我々は、骨芽細胞が非古典経路を活性化するWnt5aを強発現すること、Wnt5aが受容体Ror2を介して、RANKLよる破骨細胞形成を著しく亢進することを見出している2)。本口演では、Wnt5aシグナルがどのように破骨細胞分化を亢進するか?また、関節炎モデルにおけるWnt5aシグナルの役割に関する知見をお話したい。

参考文献

1. Mizoguchi T, Muto A, Udagawa N, Arai A, Yamashita T, Hosoya A, Ninomiya T, Nakamura H, Yamamoto Y, Kinugawa S, Nakamura M, Nakamichi Y, Kobayashi Y, Nagasawa S, Oda K, Tanaka H, Tagaya M, Penninger JM, Ito M, Takahashi N. Identification of cell cycle-arrested quiescent osteoclast precursors in vivo. J Cell Biol. 184(4):541-54, 2009.
2. Maeda K*, Kobayashi Y*, Udagawa N, Uehara S, Ishihara A, Mizoguchi T, Kikuchi Y, Takada I, Kato S, Kani S, Nishita M, Marumo K, Martin TJ, Minami Y, Takahashi N. Wnt5a-Ror2 signaling between osteoblast-lineage cells and osteoclast precursors enhances osteoclastogenesis. Nat Med (accepted), *contributed equally to this work.
3. Narita N, Kobayashi Y, Nakamura H, Maeda K, Ishihara A, Mizoguchi T, Usui Y, Aoki K, Simizu M, Kato H, Ozawa H, Udagawa N, Endo M, Takahashi N, Saito N. Multiwalled carbon nanotubes specifically inhibit osteoclast differentiation and function. Nano Lett 9(4):1406-13, 2009.
4. Kinugawa S, Koide M, Kobayashi Y, Mizoguchi T, Ninomiya T, Muto A, Kawahara I, Nakamura M, Yasuda H, Takahashi N, Udagawa N. Tetracyclines Convert the Osteoclastic-Differentiation Pathway of Progenitor Cells To Produce Dendritic Cell-like Cells. J Immunol 2012 Jan 16. [Epub ahead of print]

演題6

骨リモデリング制御機構の解明

林 幹人、中島友紀、高柳 広

東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 分子情報伝達学
独立行政法人科学技術振興機構 ERATO 高柳オステオネットワークプロジェクト

成体における骨の恒常性は骨芽細胞と破骨細胞のバランスによって維持されていることが広く知られている。これまで、骨芽細胞系列に属する細胞が破骨細胞分化を支持する際、RANKLを含む様々な分子が重要な役割を担うことが解明されてきた。しかしながら、過剰な破骨細胞分化の亢進は病的な骨量減少につながることから、破骨細胞分化は厳密に制御される必要があるにも関わらず、RANKLのデコイ受容体であるosteoprotegerin (Opg)以外の破骨細胞分化抑制因子はほとんど解明されていないのが現状である。
 我々は、Opg欠損マウス頭蓋冠由来の骨芽細胞様細胞の培養上清が、破骨細胞分化抑制能を有することを発見し、この培養上清から、プロテオーム解析によって新たな液性の骨リモデリング制御因子を同定した。この分子の欠損マウスは著明な骨量の低下を示し、破骨細胞分化が顕著に亢進していた。また、さらなる解析から、骨芽細胞の分化は逆に強く抑制されており、骨髄中に多数の脂肪細胞をみとめた。In vitroの解析から、この分子は破骨細胞分化を抑制し、同時に骨芽細胞分化を促進する2つの活性をもちあわせていることが明らかとなった。
 この分子が骨粗鬆症などの骨関連疾患の治療標的として有望な活性を有していることから、卵巣摘出モデル、骨再生モデルにおいて、当該分子の治療効果を検討したところ、破骨細胞分化の抑制、骨芽細胞分化の促進を伴う顕著な骨量増加作用を確認した。以上の結果より、我々が同定した新たな骨リモデリング制御因子は今後の骨関連疾患の重要なターゲットと成りうることが期待される。

参考文献

1. Nakashima T, Hayashi M, Fukunaga T, Kurata K, Oh-hora M, Feng JQ, Bonewald LF, Kodama T, Wutz A, Wagner EF, Penninger JM, Takayanagi H. Evidence for osteocyte regulation of bone homeostasis through RANKL expression. Nat Med. 17, 1231-1234 (2011).
2. Hayashi M, Nakashima T, Kodama T, Makrigiannis AP, Toyama-Sorimachi N, Takayanagi H. Ly49Q, an ITIM-bearing NK receptor, positively regulates osteoclast differentiation. Biochem Biophys Res Commun. 393, 432-438 (2010).
3. Nishikawa K, Nakashima T, Hayashi M, Fukunaga T, Kato S, Kodama T, Takahashi S, Calame K, Takayanagi H. Blimp1-mediated repression of negative regulators is required for osteoclast differentiation. Proc Natl Acad Sci U S A. 107, 3117-3122 (2010).
4. Takayanagi H. Osteoimmunology: shared mechanisms and crosstalk between the immune and bone systems. Nat Rev Immunol. 7, 292-304 (2007).