演題

第3回口腔医科学フロンティア開催


1 遺伝子改変動物を用いたGABA作動性ニューロン回路形成過程の研究
  鶴見大学歯学部口腔病理
  東山浩之

脳内のニューロン(神経細胞)は機能的に興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの2系統に大別され、これら2系統のニューロンの相互作用によって,入力信号を総合・変換して出力信号を作りだしている。大部分の抑制性ニューロンはガンマ・アミノ酪酸(GABA)を神経伝達物質にしているGABA作動性ニューロンであるが,その形態,分布,結合様式は多様であり、神経回路形成過程は未知の部分が多い。
我々は、神経回路が機能を発揮するために必要なGABA 作動性ニューロンの構築と役割を明らかにするためGABA作動性ニューロンの可視化を試みた。Heintz(1997)らによって確立されたBacterial Artificial Chromosome(BAC) DNA改変法によりGABA合成酵素であるグルタミン酸脱炭酸酵素GAD67の1stエクソンをGFPに置換したBACトランスジェニックマウス(GAD67-GFP)を作成し、形態学的な検索を行った。その結果、このGAD67-GFPマウス中枢神経系の様々な部位(大脳皮質、基底核、視床、小脳皮質)ではGFP蛍光によりGABA作動性ニューロンが特異的に標識されていた。また、個々のニューロンに発現しているGFP蛍光は、ニューロンの軸索、樹状突起の微細構造を鮮明に標識するのに充分な強度を示しており、詳細な細胞形態の解析が可能となった。
我々は、このGAD67-GFPマウスを使用し、様々な生物学的局面におけるGABA作動性ニューロンの形態学的、生理学的な解析を行った。まず、大脳皮質視覚野の臨界期におけるGABA作動性ニューロン群のシナプス結合形成過程を解析した1)。その結果、臨界期に皮質錐体細胞の細胞体周囲に形成されるGABA作動性ニューロンシナプスは、視覚刺激などによる神経活動性により大きく影響を受けることがわかった。
さらに、小脳Purkinje細胞Axon Initial Segment(AIS)におけるGABA作動性ニューロンのシナプス形成過程を解析に応用を試みた2)。GAD67-GFPマウスとAnkyrinGノックアウトマウスを交配し、AnkyrinGを欠損させた遺伝学的背景を持つマウスを作成、解析した結果、AISでのGABA作動性ニューロンシナプス形成に著しい異常が認められた。 さらに、Purkinje細胞AnkyrinGはAIS特異的に高発現していることがわかり、AnkyrinGがシナプス形成過程に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
以上のように、遺伝子改変技術と画像解析技術を組み合わせることにより、in vivo神経回路解析に有用なツールとなりうることが解り、今後の脳機能の解明に役立つものと思われた。
References
1) J Neurosci 24 (43) 9598, 2004
2) Cell 119 (2) 257, 2004



2 口腔領域の病的骨破壊と骨再生のメカニズム
  福岡歯科大学・細胞分子生物学講座・細胞生理学分野
  自見英治郎

歯周病による歯槽骨の吸収には破骨細胞の分化促進と骨吸収の亢進が関与している。近年、破骨細胞の分化誘導因子としてReceptor Activator of NF-kB Ligand (RANKL)とその受容体RANK、およびRANKLとRANKの結合を阻害するOsteoprotegerin (OPG)が同定され、RANKLとOPGの発現バランスが生理的および病的骨吸収を調節していることが明らかとなった。また、遺伝子ターゲティングの結果から、破骨細胞の分化に転写因子NF-kBが重要な役割を果たすことが明らかとなり、NF-kBを阻害することが、炎症性骨吸収の予防や治療法になる可能性が示唆されている。実際に我々は、NF-κBの細胞内情報伝達系を特異的に阻害する方法を開発し、炎症性骨吸収の治療薬としての可能性を示してきた。
しかし、歯周病の治療には単に骨吸収を抑制するだけでなく、骨欠損部位を修復することがさらに重要である。Bone Morphogenetic Protein (BMP)は未分化な間葉系幹細胞を骨芽細胞や軟骨細胞へ分化させる作用を有し、現在、骨再生促進因子として最も有望である。しかしながら、歯科の臨床応用においてBMPの作用が十分に再生機能を発揮できない事実もある。その理由として、生体内にBMP活性を阻害する因子が存在することが考えられる。我々は最近NF-kB、p65サブユニット欠損マウスから樹立した線維芽細胞ではBMPの効果が増強されることを見い出した。そこで歯周病による骨吸収の抑制と骨再生の効率の向上を目的とし、BMPシグナルとNF-kBシグナルのクロストークの解明をおこなっている。
また、臨床上問題となる口腔扁平上皮癌の顎骨浸潤は予後だけでなく、患者のQOLも左右する重要な要因である。しかし、現状では顎骨浸潤の程度は画像診断と臨床病理診断に委ねるしかない。口腔扁平上皮癌の顎骨浸潤にも破骨細胞による骨吸収の亢進が関与することから、口腔扁平上皮癌の顎骨浸潤機構を解明にはまず、癌細胞による破骨細胞の分化誘導機序を解明することが必要であると考えた。我々は口腔扁平上皮癌細胞が宿主側(主に骨芽細胞)に接触することで骨芽細胞側のOPGの発現を低下させ、その結果、破骨細胞形成を促進することを明らかにした。これらの結果から口腔扁平上皮癌の顎骨浸潤にはOPGの投与が効果的である可能性が示唆された。



3 酸化ストレスによるASK1活性化の分子メカニズム
  (1東大・院薬・細胞情報、2CREST、3東医歯大・院・分子情報)
  野口 拓也1,2,3、武田 弘資1,2、一條 秀憲1,2

ASK1 (apoptosis signal-regulating kinase 1)は、MAPKKKファミリーに属するセリン/スレオニンプロテインキナ?ゼである。ASK1は様々なストレスで活性化され、JNKおよびp38経路を選択的に活性化することで多様なストレス応答の一端を担っているものと考えられている。特に我々はASK1を介した酸化ストレス応答について詳細に検討し、このシグナル伝達系の重要性を明らかにしてきた。さらに、最近になって酸化ストレスによるASK1の活性化機構において新たな知見が得られたので報告したい。
ASK1の活性化において、ASK1自身のホモオリゴマー形成が重要な因子であると我々は考えてきた。そこで細胞内におけるASK1複合体の解析を試みたところ、ASK1は定常状態においてすでにホモオリゴマー形成しており、ASK1の抑制因子であるチオレドキシンとともに2,000kDaにも達する高分子量複合体を形成していることが明らかとなった。さらに酸化ストレス存在下では、このASK1複合体がさらに高分子量化することも明らかとなった。このことはASK1の活性化に際して何らかの制御因子との複合体形成が生じていることを示唆している。そこで我々は酸化ストレス依存的にASK1と複合体形成する因子を検討した。その結果、TRAF2、TRAF6、RIP1といった分子が,酸化ストレス依存的にASK1と複合体を形成することが明らかとなった。さらに、これらの分子についてRNAi法やノックアウトマウス由来の細胞を用いてその必要性を検討した結果、特にTRAF6が酸化ストレスによるASK1の活性化に必須の役割を持つことが示唆された。これらの新しい知見は、TRAF6がIL-1RやTLRなどの細胞膜受容体からのシグナル経路のみならず、酸化ストレスのシグナル経路においても重要な役割を持つということを示している点でも興味深い。 
現在、TRAF6がどのような制御機構でASK1を活性化しているかを検討している。

第3回 口腔科学フロンティア
(日大歯学部)’05.02.12



4 歯の発生におけるIkkα
  昭和大学歯学部歯周病学講座
  大峡 淳

転写因子NF-kBは、癌や免疫をはじめとする数多くの生物現象に関わるとされている。我々は、このNF-kB活性化に関与するIkkaやTraf6それぞれの欠損マウスの臼歯咬頭に、形成不全が存在する事を見出した。ドミナントネガティブなIkBaの存在により、NF-kBが抑制されたトランスジェニックマウスでも同様の形成異常が認められ、NF-kBの活性化が、咬頭形成に必須である事が示唆された。またTNFスーパーファミリーに属するEdaやそのレセプターであるEdarがNF-kBの活性化に関与し、それぞれの欠損マウスでも咬頭異常が報告されている事から、臼歯の咬頭形成においては、Eda/EdarがNF-kBの上流にあるものと推察された。
歯は、上皮と間葉の2つの組織から発生し、その最初の形態変化は上皮の間葉内への陥入である。しかしIkkα欠損マウスの前歯では、この陥入すべき上皮が、反対方向の口腔内に突出しているのが認められた。上皮陥入は、上皮―間葉相互作用で見られる現象であり、Ikkα欠損マウスにおける上皮突出は、同じ上皮―間葉相互作用により発生する毛髪原器でも認められた。しかし上皮―間葉相互作用により発生する臓器のうち、その上皮が内胚葉に由来する肝臓や肺などでは、観察されず、Ikkaが全ての上皮―間葉相互作用に関与するのではない事が示された。一方、前歯と同じ上皮が外胚葉由来とされる臼歯では、上皮突出は認められなかった。両生類や魚類などにおいては、内胚葉の歯の発生への関与が報告されている。我々はさらに、咽頭内胚葉のマーカー遺伝子の発現が臼歯部予定領域に限局して発現する事、咽頭内胚葉が歯のマーカー遺伝子発現を誘導する事などを見出し、内胚葉の臼歯発生への関与の可能性を示唆し、それら内胚葉由来の存在により、Ikkα欠損マウスの臼歯での上皮突起が起こらなかったものと考えられた。以上の事より、Ikkαは上皮―間葉相互作用の中でも、外胚葉―間葉組織相互作用により発生する器官のみの上皮陥入の方向を決定するものと推察された。
一方、Ikka欠損マウスの前歯上皮ではNotchの発現が抑制されており、IkkαによるNotchの活性化が、前歯の上皮の陥入方向の決定に必須である事が示唆された。さらにIkkα欠損マウスでは、舌上皮と口腔上皮との癒合が認められ、それらの上皮においてもNotchとそのリガンドであるJaggedの発現の抑制が観察された。Jagged欠損マウスでも同様の上皮癒合が報告されており、口腔および舌上皮形成にもIkkaによるNotchの活性化が、必須である事が示唆された。これらのphenotypeは、前述のEda, Edar, Traf6それぞれの欠損マウスやNF-kB抑制トランスジェニックマウスでは観察されず、この経路が、NF-kBにindependentに働いているものと推察された。以上の様に、Ikkaには、歯及びその周囲組織の発生過程において、NF-kB依存経路と非依存経路の2つが存在することが示された。



5 歯根膜の分子基盤研究:歯根膜特異的遺伝子の単離と解析
  大阪大学・大学院歯学研究科・口腔分子免疫制御学講座 歯周病分子病態学
  山田 聡・村上伸也

歯根膜組織は歯周組織の恒常性維持に重要なだけではなく、歯周病によって破壊された歯周組織の修復・再生に必須の役割を果たす未分化間葉系細胞群の供給源となっている組織と考えられている。このような歯根膜組織に特徴的な機能、形態、細胞分化、組織修復および再生過程を分子・遺伝子レベルで理解することは、次世代の歯周組織再生を目指した歯周治療学を考える上で重要な知見を与えるものと考えられる。我々は、矯正治療のため便宜抜歯された歯の歯根膜組織から、in vivo組織でのmRNA発現を忠実に反映した3’末端cDNAライブラリを構築し、同ライブラリから無作為に抜き取ったcDNAクローンを解析することにより、如何なる遺伝子が如何なる頻度で発現しているのかを示すヒト歯根膜組織遺伝子発現プロファイルを作成した。解析の結果、in vivoにおいて生理的な状況で機能している歯根膜組織の形態的・機能的な特徴を、遺伝子発現状況の側面から解析することができ、歯根膜組織の特徴を理解する上で有意義な知見が得られている。さらに、歯根膜組織遺伝子発現プロファイル解析により、歯根膜に特徴的に発現されている新規のプロテオグリカン様分子PLAP-1(periodontal ligament associated protein-1)の単離・同定に成功している。遺伝子発現および機能解析の結果、PLAP-1は、歯周組織の中でも歯根膜組織に特異的に発現しており、歯根膜組織の細胞分化・硬組織形成に重要な役割を担っていることが明らかとなった。また,現在,DNAマイクロアレイ技術を応用して,ヒト歯根膜組織遺伝子発現プロファイル解析の結果得られた約1200種の遺伝子を搭載したカスタムメイドのDNAマイクロアレイを独自に作製し,ヒト歯根膜細胞をin vitroで硬組織形成細胞へと分化誘導した際の遺伝子発現解析を行っており,歯根膜細胞の硬組織形成分化に密接に関連した遺伝子群の単離・同定を進めている。



6 コネキシン43によるギャップ結合依存的および非依存的な
  細胞増殖抑制作用の解明

  東京医科歯科大学 分子細胞機能学分野
  金田 誠、森田育男

ギャップ結合(GJ)は細胞間情報伝達系の1つとして知られているが、近年は、その構成タンパク質であるコネキシン(Cx)の増殖抑制作用に注目が集まっている。これまで、腫瘍細胞においてCxの発現が低下あるいは消失していること、また腫瘍細胞にCx遺伝子を導入すると増殖が抑制されることなどが報告されていたが、その詳細なメカニズムは解明されていなかった。我々はCxファミリーの1つであるCx43の増殖抑制作用に注目し、検討を行ってきた。Cx43を骨肉腫細胞株U2OSに強制発現させると細胞周期のG1期からS期への移行が抑制される。G1/S移行に関与するタンパク質について検討したところ、Cx43強制発現細胞ではサイクリン依存性キナーゼ2(CDK2)およびCDK4のキナーゼ活性低下に伴うRbの低リン酸化が認められ、このキナーゼ活性の抑制はサイクリン依存性キナーゼ阻害因子(CKI)であるp27の発現量の上昇に起因していることがわかった。また、p27の発現量の上昇はmRNAレベルでは検出されず、転写以降の過程で制御されていることが示唆された。さらに、35SでラベルしたCx43を用いてCx43タンパク質量の変化を経時的に解析したところ、p27の発現上昇は合成の促進と分解の抑制によるものであることがわかった。
次に、Cx43によるp27の発現上昇作用がGJに依存するかを検討するため、ゴルジ装置の阻害剤であるbrefeldinA (BFA)やGJの阻害剤である18a-glycyrrhetinic acid (18a-GA)を用いて解析した。これらの薬剤によってCx43発現細胞におけるGJを介した細胞間コミュニケーションはほぼ完全に消滅していたにも関わらず、p27の発現上昇は完全には抑制されなかった。このことから、p27の発現に対する作用には、GJを介するメカニズムに加え、GJ非依存的な作用、すなわちCx43タンパク質そのものによるp27発現上昇のメカニズムが存在しうることが示唆された。
さらに、p27の分解に関与することが知られているユビキチンリガーゼであるS phase kinase-associated protein2(Skp2)に注目し、Cx43発現によるp27のユビキチン化を調べたところ、その抑制が認められ、さらに、このp27のユビキチン化の低下はSkp2の発現量の低下に起因していることが明らかとなった。次に、Cx43のSkp2に対する作用がGJ依存的なものであるかを検討するため、数種類のCx43欠損変異体をU2OSに発現させSkp2の発現量を比較したところ、GJ形成能をもたないC末端のみの変異体(D1-146)を発現させても野生型と同様にSkp2の発現の低下が認められた。一方、GJ形成能が保持されている欠損変異体(D243-382)ではSkp2の発現低下は認められなかった。従って、Cx43はGJ非依存的にSkp2の発現低下および増殖抑制効果を示すことが明らかとなった。
以上のことから、Cx43における増殖抑制効果には、1)GJ依存的なp27合成の促進、 2)GJ非依存的なSkp2の発現低下に伴うp27分解の抑制という2つのメカニズムが存在していることが明らかとなった。



7 成体骨髄における造血幹細胞の微小環境「ニッチ」と幹細胞制御
  慶應義塾大学医学部 発生・分化生物学
  新井文用

生涯を通じて組織再生プロセスを繰り返す組織では,安定した細胞供給システム,つまり幹細胞システムの存在が示唆される。幹細胞はその存在部位である「ニッチ (生物学的適所)」において、細胞周期を静止した状態に保ちながら、一方では自己複製 (つまりは細胞分裂) をおこない、そのバランスを保つことで、長期にわたり幹細胞システムを維持している。現在、さまざまな組織で幹細胞とその存在部位が特定され、その解析がなされたことにより、1. 細胞周期が静止期 (G0期) にある、2. さまざまな生理的あるいは病的ストレスに抵抗性である、といった各組織幹細胞共通の特徴が明らかになってきている。
我々は,造血幹細胞の中でも細胞周期上静止期にあるもの「静止期造血幹細胞」を同定することで,そのニッチを明らかにし、幹細胞の制御機構の解明にアプローチした。その結果、1. 造血幹細胞の中でもTie2受容体陽性のside-population (SP) 細胞が細胞周期の静止した幹細胞で,さまざまなストレスに対して抵抗性を示す。2. 静止期造血幹細胞は骨梁表面で骨芽細胞 (支持細胞=ニッチ細胞) と強く接着して存在する。3. Tie2のリガンドであるangiopoietin-1 (Ang-1) は骨芽細胞から主に産生される。4. Tie2/Ang-1のシグナルはニッチにおいて、b1-integrinやN-cadherin等の細胞接着分子を介して幹細胞?細胞外マトリックス、幹細胞?骨芽細胞との接着を促進することで幹細胞をニッチに留め、さらに細胞分裂の抑制・細胞周期の静止に働き、幹細胞の未分化性の維持およびストレスからの保護に働くことを示し、「幹細胞周囲のニッチ分子との相互作用により、幹細胞の細胞周期、特に静止状態が制御されている」というモデルを提唱した (Cell, 118: 149-161, 2004)。
一方我々は、造血幹細胞の自己複製能の維持に酸化ストレスが関与することを明らかにした (Nature, 431: 997-1002, 2004)。このことから現在我々は、成体骨髄の幹細胞ニッチは低酸素環境下にあると推測している。
以上のことは、幹細胞がその微小環境からどのような制御を受けているのか、その分子機構を示すもので、幹細胞の幹細胞としての機能、つまり "Stemness" の制御に示唆を与えると考える。