げっ歯類の胎児・新生児の鎮痛・麻酔および安楽死に関する声明
日本実験動物医学会は動物実験に用いられるげっ歯類の胎児や新生児の人道的な取り扱い方法や最良の安楽死法について検討していたが、この度一定の見解に達したので、ここに発表する。
我が国ではげっ歯類の胎児や新生児を用いた多くの研究がなされているが、これらの人道的な取り扱い方法や安楽死法についてのガイドラインは見当たらないため、研究者が動物実験を立案する際、あるいは動物実験委員会の実験計画書の審査に際してもどのように扱うべきか戸惑いが見られる。そこで本学会では専門委員会を立ち上げ、最新の知見を調査すると共に、胎児や新生児を利用する試験に関する(各国の)ガイドラインなども併せて調査し、議論・検討を行ってきた。その結果、ラット、マウス、ハムスターおよびモルモットなどのげっ歯類の胎児・新生児の安楽死に用いる方法の留意点について以下の見解に達した。
背景
げっ歯類の胎児や新生児は、新薬の開発過程における生殖発生毒性試験や、細胞を増殖させてin vitro試験に用いる一次培養細胞の供給源などとして実験に用いられる。げっ歯類の胎児や新生児を動物実験に用いる場合には、成獣と同様に鎮痛・麻酔などの処置や、意識を消失した状態で安楽死を施すなどの人道的な取り扱いが必要とされる(1)。胎児を用いた研究から、胎児の発生初期の段階では脳・神経系は疼痛を知覚できるほど十分には発達していないが、妊娠後期の胎児は侵害刺激に対して忌避反応を示すことから、知覚神経系が十分に発達していることが報告されている(2, 3)。一方、胎児は低酸素状態に抵抗性である(この特徴は新生児にも共通するものである)ことから、二酸化炭素を代表とする低酸素症を作用機序とする薬剤を安楽死に用いることは、適切ではないとされている(1, 4)。従って、胎児に実験処置を施す場合には適切な鎮痛・麻酔を処置して実施すること、新生児を含めて安楽死を施す場合には、低酸素症を作用機序とする方法のみで安楽死を行わないことが必要であるとされている。また、米国や欧州では、適切な鎮痛・麻酔薬の使用や安楽死法についての議論が随所で行われ、政府機関や各種学会が、この問題に対する討議の内容を人道的な取り扱いに関するガイドラインとして制定している(1, 2, 3, 4, 5, 6)。
一方、我が国においてはこのことに関して学会や政府機関からの発表は見当たらないため、国内において動物実験に最も多く用いられるげっ歯類であるマウスやラットの胎児や新生児に対する人道的な取り扱い及び安楽死について、最新の科学的な根拠の基に実験動物医学会としての見解を取りまとめた。
1. 疼痛管理
「人道的な取り扱いを考慮する必要がある」ことが意味するものは、動物が苦痛を感じていること、言い換えれば、個体として苦痛を感じるほど成熟していることである。このことに大きく寄与する因子として神経系の発達があることは言うまでもないが、加えて、神経系が機能していることも重要であり、両条件が揃って初めて個体は疼痛を知覚する(3, 7)。ここでは神経系の発達の程度を鑑み、胎児の発達段階を妊娠前期と妊娠後期に分け、さらに新生児を一つの段階として、それぞれに特異な疼痛管理の考え方を示す。さらに、以下に示す鎮痛や麻酔法、安楽死法についてもこの3段階に分けて、その最適な方法を示す。
1)妊娠前期の胎児
妊娠前期の胎児は神経管の発達が未熟であり、疼痛を知覚するほど成熟していない。また、自身で生命を維持する能力が備わっていないため、母体を安楽死させる、あるいは子宮から摘出すること等により、母体からの血流が途絶えると、直ちに死に至る。従って、神経系が未発達の状態にある妊娠前期の胎児については、鎮痛・麻酔を施すことなく実験に必要な処置を行って良い。また、胎児を安楽死させる方法を考慮する必要がない。
2)妊娠後期の胎児
妊娠15日目以降のマウス、ラットやハムスター、および妊娠34日目以降のモルモット胎児は、侵害刺激に対して忌避反応を示すことから、疼痛刺激を知覚することができる程度まで、脳・神経系が発達しているとされている。また、子宮から摘出した胎児、特に妊娠末期の胎児は、摘出後も自立性呼吸を開始し、適切な環境が与えられれば、生存することも可能である。従って、多くのガイドラインにおいて、試験に用いる場合には、速やかに鎮痛・麻酔の処置を行うこと、あるいは意識を消失させて速やかに安楽死させることが規定されている。
子宮内に存在して母体から血液の供給を受けているヤギの胎児は、母体から供給される強力な神経遮断作用、催睡眠作用や麻酔作用を有する物質により持続的に催眠状態にあり、疼痛刺激を知覚することがない状態に置かれていることが報告されている(8)。この状態は哺乳類一般に保持されているとして、オーストラリアのガイドラインでは、母体に対する鎮痛・麻酔処置が十分であれば、子宮内の胎児に対して配慮する必要性はないとしている(5)。本学会も同様に、母体が十分に麻酔された状態にある場合、子宮内の胎児に対して疼痛管理に配慮することなく実験に必要な処置を施しても良いと判断する。しかし、子宮から分離された胎児は、速やかに覚醒することが想定されることから、適切な鎮痛・麻酔処置を施すことが求められる。また、安楽死させる場合、子宮内にある胎児に対しては意識の消失に対する配慮は不要であるが、子宮から分離された胎児に対しては不可欠である。
3)新生児
新生児の鎮痛・麻酔の適応、あるいは安楽死の方法の選択に関しては、一般に成獣に準ずる。しかし、生後10日までの新生児は、胎児と同様に低酸素状態に対する抵抗性が高いことから、安楽死の方法を選択する場合には、この点に配慮して選択しなければならない。
新生児のオピオイド受容体の数は成獣に比べて非常に多く、成熟にするにつれて成獣の状態に減衰することが報告されている(9)。加えて、ラットの新生児は疼痛反応が成獣と異なり、成獣と同様の反応を示すには生後2週間ほどを要することも報告されている(10)。これらのことは、新生児は疼痛に対して抵抗状態にあることを想像させる。しかしながら、疼痛を知覚していないことを明らかにした報告は見当たらないことから、本学会としては、新生児に対しては適切な鎮痛・麻酔を施すこと、また、安楽死させる場合には低酸素状態に抵抗性であることに配慮することを推奨する。
2. 鎮痛・麻酔
胎児や新生児は成獣と異なり、成長の過程にあることに配慮して、鎮痛薬や麻酔薬を選定することが必要である。特に、薬物の代謝・排泄に関わる肝機能や腎機能が適切に機能しないことに配慮して、用量・用法に注意する必要がある。本学会としては、この観点からペントバルビタールやケタミンは、低用量では効果が不定で高用量では致死的であるため、麻酔薬として使用することを推奨しない(11)。
1)妊娠前期の胎児
この時期の胎児は神経系の発達が未熟であることから、実験に必要な処置を施す際に、疼痛に対する配慮は必要ない。従って、鎮痛・麻酔の処置を行わなくても良い。
2)妊娠後期の胎児
子宮内にある胎児に何らかの処置を施す場合、母体を十分に麻酔することに配慮すれば、胎児には特別の配慮をする必要はない。しかし、子宮から摘出した胎児に何らかの処置を施す場合には、疼痛を知覚することに配慮して、鎮痛や麻酔などの処置を施す必要がある。胎児に麻酔を施す場合には、イソフルランやセボフルランなどの吸入麻酔薬の使用や体温を低下させる麻酔法などが推奨される。ただし、胎児は低酸素状態に抵抗性であることから、イソフルランなどの吸入麻酔薬を用いた場合には、麻酔に要する時間が延長することに配慮しなければならない。
本学会として推奨する麻酔法は以下の2種類である。
(1)イソフルラン・セボフルランなどの吸入麻酔薬の使用
(2)胎児を直接、熱源に触れさせない条件での低体温(胎児に直接触れる冷気は10℃から20℃に調節する(12))
また、本学会として、リドカインなどの局所麻酔薬、オピオイド類(ただし、パーシャルアゴニストであるブプレノルフィンは除外する)および非ステロイド性抗炎症薬を鎮痛薬として推奨する。
3)新生児
生後10日までの新生児に何らかの処置を施す場合には、成獣と同様に、疼痛を知覚することに配慮して鎮痛や麻酔などの処置を施す必要がある。新生児に麻酔を施す場合には、胎児の場合と同様にイソフルランやセボフルランなどの吸入麻酔薬の使用や体温を低下させる麻酔法などが推奨される。また、新生児は胎児と同様に低酸素血症に抵抗性であることから、イソフルランなどの吸入麻酔薬を用いた場合には、麻酔に至る時間が延長することに配慮して、詳細な観察が必要である。
本学会として推奨する麻酔法は以下の2種類である。
(1)イソフルラン・セボフルランなどの吸入麻酔薬の使用
(2)新生児を直接、温源に触れさせない条件での低体温(新生児に直接触れる冷気は10℃から20℃に調節する(12))
また、本学会として、リドカインなどの局所麻酔薬、オピオイド類(ただし、パーシャルアゴニストであるブプレノルフィンは除外する)および非ステロイド性抗炎症薬を鎮痛薬として推奨する。
3. 安楽死
安楽死を実施する場合、安楽死に関わる作業者が経験する精神的不安、不快感、或いは苦痛に配慮して、科学的研究の目的を損なわない限り、最も心理的負担の少ない方法を選択することが望ましい。従って、頸椎脱臼や断頭などの方法は、熟練者が実施することが必然ではあるが、選択する順位としては下位に置き、かつ、深麻酔下で実施することを推奨する。なお、安楽死を目的として深麻酔を実施する際には、先に示した麻酔法に加えて、ペントバルビタールやケタミンなどの注射麻酔薬を使用することができる。
安楽死法として吸入麻酔薬を用いることは、胎児や新生児は低酸素状態に抵抗性であることから死に至る時間が延長すること、死の確認が容易でないことから、委員会としては推奨しない。また、極超短波照射による安楽死法も胎児や新生児用の機材が市販されていないことから、推奨する方法から除外した。しかし、本学会が推奨しない方法であっても、科学的研究の目的を果たすために不可欠であるとの研究機関の動物実験委員会の判断があれば、成獣に使用している安楽死法を、胎児や新生児に適用することは可能であると考える。
1)妊娠前期の胎児
妊娠前期の胎児は自身で生命を維持する能力が備わっていないため、特に安楽死させる必要はないが、子宮から分離された胎児がVital signを示す場合には、速やかに適切な安楽死の方法を講じ、死に至る時間を延長させてはならない。
2)妊娠後期の胎児
妊娠後期の胎児を安楽死させる場合には、注射麻酔薬の過量投与や深麻酔下での化学的、あるいは物理的方法を推奨する。
本学会として推奨する安楽死法は以下の5種類である。
(1)ペントバルビタールやケタミンの腹腔内・胸腔内への過量投与
(2)深麻酔下に塩化カリウムの心臓内投与
(3)深麻酔下に液体窒素や固定液への浸漬
(4)頚椎脱臼
(5)断頭
3)新生児
生後10日までの新生児を安楽死させる場合には、胎児の場合と同様に、注射麻酔薬の過量投与や深麻酔下での化学的、あるいは物理的方法を推奨する。なお、鎮痛・麻酔の項では吸入麻酔薬の使用を推奨したが、吸入麻酔薬単独で安楽死させることは、死に至る時間を考慮すると人道的ではなく、深麻酔後に二次的な方法が必要な手段であると判断し、安楽死法として推奨するリストから除外した。なお、モルモットの新生児に対しては成獣と同じ方法を適用する。
本学会として推奨する安楽死法は以下の5種類である。
(1)バルビツール系麻酔薬などの注射麻酔薬の腹腔内・胸腔内への過量投与
(2)深麻酔下に塩化カリウムの心臓内投与
(3)深麻酔下に液体窒素や固定液などへの浸漬
(4)頚椎脱臼
(5)断頭
本声明では吸入麻酔薬の使用法については、適宜コメントしたが、二酸化炭素の使用については言及していない。しかし、胎児や新生児は低酸素状態に抵抗性であることから、二酸化炭素を麻酔として用いることは基より、安楽死法に用いることも適切ではないと判断している。また、鎮痛・麻酔に処置を必要とする胎児の日齢(胎齢)については、各研究施設(動物実験委員会)で判断すべきと考えられるが、本学会としては、この日数を超えた場合には必要であると判断した数字を記載している。
最後に、ここに記載されている内容は、現時点での科学が証明している事象から判断した結果をまとめたものであることから、新しい事象が判明した場合には、本学会として速やかに新たな見解を取りまとめるよう努力する所存である。
なお、ここにこの声明を取りまとめた専門委員の名前を記載し、その努力に敬意を表す。
鈴木真(委員長)、安居院高志、笠井憲雪、黒澤努、
久和茂、高島宏昌、中井伸子、山添裕之
2009年12月15日
日本実験動物医学会
References