JALAM教育シンポジウム抄録

「二酸化炭素による安楽死は人道的か?」

平成20年9月24日(水)15:00〜16:30
会場:第1会場

座長:鈴木 真(イナリサーチ)
   高橋英機(理研・脳科学総合研究センター)

1)二酸化炭素の薬理作用
   乙黒兼一(北大・獣医・薬理)
2)炭酸ガス麻酔は安楽な麻酔効果を得られるか
   上地正実(日大・獣医・内科)
3)総合討論

二酸化炭素の薬理作用

乙黒兼一 
北海道大学 大学院獣医学研究科 薬理学教室

 二酸化炭素は、安価で安全、取扱いが容易なことから、実験動物の安楽殺に幅広く使用されている。動物を高濃度の二酸化炭素に曝露すると、素早い鎮静・鎮痛作用が得られると考えられるが、その一方で、痛みや苦痛が生じているのではないかとの指摘もなされている。二酸化炭素は生理的にも薬理的にも多様な作用点を持っているため、導入から死に至るまで生体内の様々な組織・器官に影響を与えている可能性がある。その作用発現メカニズムについては不明な点が多いが、二酸化炭素の適切な使用を議論する上での一助となることを期待して、最近の知見と我々の研究室で得られた結果を紹介する。中枢神経系での二酸化炭素の生理・薬理作用において、ATPやアデノシンなどのプリン化合物が神経活動への作用を仲介していることが分かってきた。例えば、血中の二酸化炭素濃度が上昇すると、延髄や頸動脈小体の化学受容器で検知され呼吸数が増加するが、この作用にATPとその受容体が関与していることが報告されている。また高炭酸はラット海馬で実験的に惹起したてんかん様反応を抑制し、この作用にはアデノシンA1受容体が関与していることが示された。我々は、高炭酸が脊髄レベルでの運動や痛覚の情報伝達にどのような影響を与えるかを調べるため、新生ラットから摘出したin vitro脊髄標本を用いて、電気刺激によって惹起される脊髄反射電位を記録し、以下の結果を得ている。摘出脊髄を高炭酸アシドーシスにした人工脳脊髄液に暴露すると、脊髄反射電位は素早く抑制された。活動電位の伝播やシナプス後反応は抑制されなかったことから、高炭酸は主にシナプス前からの伝達物質放出を抑制していると考えられる。この高炭酸による反射電位抑制効果は、アデノシンA1受容体拮抗薬によって有意に減少した。また、高炭酸によって、脊髄のアデノシンキナーゼ活性が減少すること、また細胞外アデノシン濃度が上昇することが示された。高炭酸は脊髄組織のアデノシンキナーゼ活性を抑制することによって細胞内アデノシン濃度を増加させ、これが細胞外に放出されることによってアデノシンA1受容体が活性化され、脊髄のシナプス伝達が抑制されると考えられる。以上のような作用を考慮すると、高濃度の二酸化炭素による強い鎮痛・鎮静効果を期待できるが、その一方で、呼吸器系や循環器系への生理作用は、そのような薬理作用を引き起こすよりも、より低濃度の二酸化炭素によって生じると思われる。二酸化炭素の効果を考える場合は、様々な作用を総合的に検討する必要があるだろう。


炭酸ガス麻酔は安楽な麻酔効果を得られるか

上地正実
日本大学獣医内科学研究室

【はじめに】炭酸ガスの麻酔効果は古くから知られているが、粘膜への刺激が強い上に炭酸ガス濃度に応じて低酸素になることも問題となる。炭酸ガス麻酔による意識状態と循環動態の変化のバランスによって適切な麻酔効果が評価される。今回、炭酸ガスおよびイソフルレンによる麻酔導入効果と循環動態の変化について検討を行った。

【方法と結果】炭酸ガスチャンバーには、酸素、二酸化炭素、窒素のセンサーをそれぞれ設置して各ガス濃度をモニターできるようにした。繁殖をリタイヤしたビーグル犬雌17頭、8-12 kgを用いた。実験犬には、動脈圧測定用のカテーテルを大腿動脈、脳波測定用(BIS)の電極を頭頂部皮下にそれぞれ留置した。実験犬は、急速炭酸ガス注入(Rapid)群 (n=7)、ステップ炭酸ガス注入(Step)群 (n=6)ならびにイソフルレン-炭酸ガス注入(ISO)群 (n=4)の3群に分けた。Rapid群は、チャンバー内二酸化炭素が95%の時に動脈血圧(BP)と心拍数(HR)の急速な低下を認めたが、BIS値は覚醒を示す92±10であった。血液ガス測定では急速な二酸化炭素分圧の上昇と酸素分圧の低下を認めた。Step群は、チャンバー内の二酸化炭素の上昇に伴って徐々にBPとHRが低下し、BIS値も二酸化炭素60%で53±21、80%で41±23、95%で31±19と低下した。また、血液ガス測定では急速な二酸化炭素分圧の上昇が認められたものの、酸素分圧は段階的な低下を認めた。ISO群では、イソフルレン注入後にBPの低下とHRの上昇を示しBIS値は54±10であった。その後炭酸ガスの急速注入でHRとBPとBIS値29±20の低下が認められた。また、血液ガス測定では二酸化炭素注入後に急速な二酸化炭素分圧の上昇が認められ、酸素分圧は段階的な低下を示した。

【考察】二酸化炭素の急速導入による麻酔の導入は、中枢よりも先に循環動態への影響が大きく、覚醒下で低酸素に陥ることが明らかとなった。また、段階的な二酸化炭素の導入においては麻酔効果も段階的に現れたが、炭酸ガスによる刺激のためか忌避行動が観察されたため、安楽な麻酔状態ではないと考えられた。イソフルレン麻酔の併用では、イソフルレン麻酔による非覚醒状態で炭酸ガスを導入するため、他の注射麻酔による深麻酔と同等な効果が得られると考えられた。

この研究を遂行するにあたり多大なご協力をいただいた福岡酸素に感謝いたします。

講演要旨はこちらからダウンロードして下さい。

メインページへ戻る