日本ヘルスリテラシー学会雑誌
第2巻 第1号

総説

行動変容メッセージのレパートリーを増やす:COVID-19の教訓

奥原 剛

東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野

筆者が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックから得た教訓は、行動変容メッセージのレパートリーを増やす必要性である。これまでの行動変容のためのコミュニケーションは、知識提供型のコミュニケーションに偏ってきた。しかし、知識偏重のコミュニケーションだけをくり返していると、メッセージ疲労が生じる。メッセージ疲労が生じると、メッセージの受け手に心理的抵抗感が生じ、メッセージの効果が減退するどころか、メッセージの推奨とは逆の行動を誘発することもある。メッセージ疲労を軽減するために、行動変容メッセージのレパートリーを増やす必要がある。行動変容メッセージのレパートリーを増やすために、「教えるだけのコミュニケーション」から脱却し、「感じさせるコミュケーション」を追加する必要がある。本稿は、行動変容メッセージのレパートリーを増やすための3つの方略(健康行動の感情的決定因子に訴える、ナラティブを活用する、人の根源的欲求に訴える)を提案する。

コロナ禍における情報発信

忽那 賢志

大阪大学大学院医学系研究科・医学部 感染制御学講座

今回のCOVID-19の流行は、SNSが一般的になってから初めて人類が経験したパンデミックと言える。誰もが世界に向けて発信できることから、専門家が直接一般の方に情報を発信することができるというメリットがある一方で、科学的根拠のないデマや間違った情報がそのまま信じられて拡散されてしまうというようなことも起こった。このCOVID-19禍における情報発信の課題について議論したい。

地域におけるCOVID-19対応と地域住民のヘルスリテラシー~行政の立場から~

藤内 修二

大分県福祉保健部

COVID-19の発生以来、大分県のスポークスパーソンとして、エビデンスに基づくわかりやすいメッセージの提供を心掛けてきた。感染状況の分析結果に基づき,危機感をあおるだけでなく、リスクを回避する行動を促すメッセージをホームページ掲載するとともに,記者会見を定期的に行った。こうしたリスクコミュニケーションにおいて,以下の3つの課題があると考えられた。 ひとつは,公益性とプライバシー保護の両立である。当初,感染者の職業やクラスター発生施設名を伝えることは感染対策上「公益性」が高いと考えられたが,特定職種に対する偏見や差別,当該施設に対する誹謗中傷つながった。 2つ目は,感染リスクを正確に伝えることの難しさである。当初の飛沫感染と接触感染からエアロゾル感染が主になり,流行のフェーズにより感染の「場」が変わり,変異株の出現により感染性や重症化リスクが大きく変化,また,世代によって重症化リスクが大きく異なっていた。 3つ目は「医療のひっ迫」を正確に伝えることの難しさである。病床使用率50%が意味する状況を理解してもらえず,「医療のひっ迫」を伝えても,地域住民の感染予防行動を促すことにつながらなくなっていた。

企業のCOVID-19対応と職域におけるヘルスリテラシー

福田 洋

順天堂大学大学院医学研究科先端予防医学・健康情報学講座

COVID-19と職域の関わりは早く、2020年初頭から企業は経済活動と感染予防の両立という難しいミッションを担うと同時に、多くのグローバル企業では海外赴任者への対応を含め、感染対策に追われた。エビデンスや経験が不足する中、良好実践を共有し議論することが有用であった。2020年5月の第1回緊急事態宣言時に、企業のCOVID-19対応についてさんぽ会(産業保健研究会)で行った調査では、ほぼすべての企業に影響が出ており、約6割の企業でテレワークの身体的・精神的ストレスや生活習慣への影響が課題となった。産業保健活動のオンライン化が急激に進行し、自宅での作業環境の整備、長時間の座業防止のために30分に1回のブレイク、ライフログアプリでの体調チェック、産業医や保健師によるオンライン面談等、労働安全衛生の3管理(作業環境管理、作業管理、健康管理)を職場だけでなく自宅に拡大する必要があった。2021年6月から大企業を中心に行われたワクチンの職域接種も、集団免疫の獲得に一定の役割を果たしたと言える。近年DX(デジタルトランスフォーメーション)が企業の競争力維持のために不可欠となっている。職域は基盤となる風土や文化を持ち、企業価値の提供という共通した目的、インフラ、働き盛り世代を擁することから、デジタルヘルスプロモーションに親和性が高いフィールドと言える。企業活動とCOVID-19との共存は大きな課題であるが、職域の強みを活かした新たな健康教育・職域ヘルスプロモーションが求められる。

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