(Section 5. Initial management of acute coronary syndromes) |
■急性冠症候群(ACS)を診断するための検査 ■急性冠症候群(ACS)の治療の原則 ■急性冠症候群(ACS)での再灌流療法の補助療法 ■一次及び二次予防のための治療 □参考文献 *AHA G2005の関連資料 |
急性心筋梗塞(AMI)の罹患率はヨーロッパの多くの国々では減少している1。AMIによる病院内死亡率は最新の再灌流療法と二次予防の改善により有意に減少している1が、28日目の総死亡率は実際には変化しておらず、それは死亡例の約3分の2が病院到着前に死亡しているからである2。それゆえAMI後の生存率を改善する最大のチャンスは発症初期段階、特に病院外での対応を改善することである。
急性冠症候群(ACS)という用語には、冠動脈疾患の急性期の表現型のうちの3つの異なる病態が含まれる。それらはST上昇心筋梗塞(STEMI)、非ST上昇心筋梗塞(NSTEMI)および不安定狭心症 (UAP)である(
急性冠症候群は心臓突然死をもたらす悪性の不整脈の最もよくある原因である。治療の目標は心室細動、過度の徐脈のような急性の致死的状況に対応し、あらゆる心筋梗塞の範囲を小さくすることで左心機能を保ち、心不全を予防することである。このガイドラインでは発症後、最初の数時間に焦点を当てる。院外での対応や救急外来での初期治療は、それぞれの地域や病院の、規模や設備、システムによって変わるものであろう。院外での対応を支持ずるデータは通常、病院到着後すぐの初期対応の研究から推定(extrapolate)される。つまり、質の高い院外研究はほとんどないでのある。ST上昇を伴うあるいは伴わないACSの診断と対応の総合的な(comprehensive)ガイドラインはヨーロッパ心臓学会(ESC)とアメリカ心臓病学会/アメリカ心臓協会(ACC/AHA)から出されている4,5。今回の勧告はこれらのガイドラインに沿った内容となっている(The current recommendations are in line with these guidelines)。
図5.1 急性冠症候群の分類
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早く対応すれば最大の効果が得られ、また心筋虚血は心臓突然死の最大の原因なので、重要になってくるのは一般市民がACSに関係する典型的な症状について(あらかじめ)知っていることである。ACSのリスクを持つ患者やその家族は特徴的な症状を認識できるようにしておく必要がある。その症状とは例えば胸痛で、それは上半身の(心臓以外の)他の領域へ放散するかも知れないし、しばしば呼吸困難、冷汗、悪心・嘔吐、そして失神などの(一見、心血管系の症状を疑いにくい)他の症状を伴う。また患者と家族はEMSを早く呼ぶことの重要性を知っておく必要があり、理想としてはBLSについて訓練を受けていることが望ましい。
EMSで連絡を受ける者(訳者註:通信指令)はACSの症状を理解し的を絞った質問ができるように訓練されていなくてはならない。ACSが疑われたら、ALSの訓練を受けておりACSの診断ができ治療を開始できるEMSスタッフを現場に送る必要がる。ACS/AMIについての様々な診断手順の感度、特異度、臨床における効果が評価されてきた。これらには徴候、症状、12誘導心電図、心臓がどれほど危険な状態かを表す生化学マーカーが含まれる。
典型的な症状すなわち放散する胸痛、息切れあるいは冷汗などはAMIの患者の方が強く、より長く続くと考えられるが、これだけではAMIの診断を確定するには十分に特異的とは言えない。典型的な病歴がある状況でACSあるいはAMIを除外するには、12誘導心電図、心筋生化学マーカー、その他の診断的検査が必要になる。高齢者、女性あるいは糖尿病患者では、症状が典型的でなかったり、一般的でない所見を呈する(unusual presentations may occur)ことがある6,7。
12誘導心電図はACSを評価するために鍵になる検査である。STEMIの場合、12誘導心電図で早期再灌流療法(例えば、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)か病院前血栓溶解療法)の必要性がわかる。院外で12誘導心電図を記録できれば受入施設に事前の通知ができ、病院到着後の対応決定を早めることができる。多くの研究では、病院到着から再灌流療法を始めるまでの時間が10〜60分までに減っている8-10。診断しうる質の心電図を記録し、病院へ伝送するのにたいてい5分もかからない。訓練を受けたEMS要員(救急医、パラメディック、看護師)は、隣り合う少なくとも2つの肢誘導でSTが0.1mV以上上昇しているか、隣り合う少なくとも2つの胸部誘導でSTが0.2mVより上昇しているかで、病院における診断の正確さと同程度の高い特異度と感度でSTEMIと診断できる11-13。
ACSを疑う病歴がある場合で、心電図上ST上昇がなく生化学的マーカー(トロポニンT及びI、CK、CK-MB、ミオグロビン)が上昇していたら、典型的なNSTEMIでSTEMI、UAPとそれぞれ鑑別できる3。トロポニンの血中濃度の上昇は、予後が悪くなる危険性が増加している患者を識別するのに特に有効である14。しかし傷害された心筋から生化学的マーカーが放出されるのに時間があるので、症状が出てから最初の4〜6時間で心筋梗塞と診断することはできない15。
ニトログリセリンは虚血性の胸痛に対して効果的な薬で、血行動態上いくつかの有効な作用もある(図5.2)。例えば、静脈、冠動脈及び軽度であるが末梢動脈の拡張作用がある。ニトログリセリンは収縮期血圧が90mmHg以上で虚血性の胸痛が持続している時に考慮されるべきであろう。ニトログリセリンは急性の肺うっ血にも有用かもしれない。患者が低血圧である時(収縮期血圧<90mmHg)、特に徐脈を呈している時や下壁梗塞の患者で右室梗塞の合併が疑われる時は硝酸塩を使用してはならない。このような状況下で硝酸塩を使用することにより、血圧と心拍出量の急激な減少を招く恐れがある。
モルヒネ
モルヒネは硝酸塩が効かない疼痛に対する第一選択の鎮痛薬(the analgesic of choice)である。本薬は容量血管(venous capacitance vessels)を拡張させ、その結果、肺うっ血を呈する患者に効果を呈するかも知れない。初期量3〜5mgを静注投与後、患者の疼痛がなくなるまで数分間隔で投与する。
酸素
動脈酸素飽和度が90%未満、肺うっ血の両方またはいずれかを呈する全ての患者に酸素(毎分4〜8L)を投与する。酸素投与に対する長期成績効果は不明16だが、合併症のないST上昇型心筋梗塞(STEMI)患者の全てに酸素を投与するべきである。このことは認識されていない低酸素血症患者に対して有用かもしれない。
アセチルサリチル酸(ASA)
いくつかの大規模無作為化比較試験は、院内のACS患者に対する75〜325mgのアセチルサリチル酸の投与が死亡率を低下させることを指摘している17,18。ASAの早期投与が(if ASA is given earlier)、死亡率をより低下させるとする研究19もある。従って、ASAに対し真性のアレルギーがある患者を除く全てのACSの患者にはできるだけ早く本薬を投与するべきである。噛み砕いて内服させるASAの初期量(the initial dose of ASA to be chewed)は160〜325mgである。溶解薬や静脈注射でのASA投与にも噛み砕いての内服(chewed tablets)と同様の効果があるかもしれない20。
パワーポイントファイル(図の画質はこちらの方が良い)
再灌流療法はこの20年間、心筋梗塞(AMI)の治療の中で最も重要な進歩をみたものである。発症から12時間以内に受診した、STEMIあるいは新規のまたは新規発症と推測される左脚ブロック(LBBB)を伴う ACSの患者における線溶療法により、短期および長期死亡率を低下することが大規模臨床試験で証明されている17,21-23。線溶療法で得られる効果は時間と深く関連があり(profoundly time dependent)、発症から3時間以内であればその効果は特に大きい17,21,22,24。初期冠血管形成術(PCI)の効果も時間と関連するが、線溶療法ほどではない25。
6,434人を含む6つの研究(trials)のメタ分析では、病院外での線溶療法が病院内でのそれに比べ死亡率を17%低下させたことが示された26。病院外での線溶療法の平均時間は60分で、その結果は施行者の経験に関係していなかった(independent)。従って、STEMIや新規とみられるLBBBを呈しACSの症状もしくは徴候がある患者に対する、病院外での線溶療法は有用である。線溶療法は確立されたプロトコルのもとに、訓練されたパラメディック、看護師あるいは医師により安全に施行することができる27-29。その効果は発症後3時間以内で最も大きい。病院外での血栓溶解療法を効果的にまた安全に行うには、STEMIやその合併症を診断し治療するための十分な設備が必要である。理想的には、経験豊富な医師(救急医や循環器科医)と連携できることが望ましい。
ACSの症状を呈していたり、心電図上STEMIを認める(あるいは新規と思われる左脚ブロックや後璧梗塞が強く疑われる)患者が直接救急外来に来た時には、90分以内に初期PCIを実施できる場合を除いて、できるだけ早く線溶療法を行うべきである。
線溶療法を提供する医療従事者はその禁忌と危険性を把握していなければならない(表5.1)。広範囲のAMI(心電図変化が顕著なものなど)の患者は線溶療法による効果(benefit)が最も大きいと思われる。前壁梗塞に比べ、下壁梗塞では線溶療法による効果は少ない。高齢の患者ほど死に至る絶対的な危険性が高いが、効果は若い人と同じである。75歳以上の患者では、線溶療法により頭蓋内出血の危険性が高まる。従って、全体としての線溶療法がもたらす絶対的な利益(the absolute benefit)はこの合併症によって減少する30。収縮期血圧が180mmHg以上の患者では頭蓋内出血の危険性が高まる。それゆえ、このレベルの高血圧は線溶療法の相対的禁忌となる。頭蓋内出血の危険性は血栓溶解薬の種類ともある程度関連する。全体の死亡率はよりフィブリンに特異性の高い薬(アルテプラーゼ、テネクテプラーゼ、レテプラーゼ)で低いが、頭蓋内出血の危険性はストレプトキナーゼの方が低い。頭蓋内出血の危険性は抗血栓療法、特にヘパリンの使用によっても増加する。
絶対的禁忌
相対的禁忌
ヨーロッパ心臓学会のガイドラインより |
ステント使用の有無にかかわらず、冠動脈形成術は幾つかの研究やメタ分析により死亡、脳梗塞及び再梗塞を含む複合エンドポイントで線溶療法に比べ優れていることが示されており、STEMIの治療で最重要のもの(the first-line treatmentとなっている31,32。上記の初期PCIの有用性は、多くの症例を扱う病院(術者1人当たり年間75症例以上)の熟練した医師が最初に患者を診察した時から90分以内にバルーン拡張を行う場合に認められた。初期PCIと線溶療法を比較した無作為化試験では、治療方針決定から初期PCIか線溶療法を行うまでの時間は60分以内であるが、実際の現場ではその時間はもっと長くなる(in registries that reflect standard practice more realistically, the delay was often longer)。初期PCIと線溶療法を比較した1つの試験33とpost hoc解析34では、線溶療法が発症から2〜3時間以内に行われれば両者の間に生存率の差はないとしている。
ACS症状のあるSTEMIのための受診したすべての患者、そして新規とみられるLBBBを呈し発症後12時間以内に受診した患者では、再灌流療法(線溶療法かPCI)が考慮されるべきである。症状が3時間以上継続している時には、患者との最初の接触から90分以内に熟練したチームがPCIを実施できる場合や線溶療法が禁忌となるすべての患者においては、初期PCIの方がよい(primary PCI is preferred)。もし症状の持続時間が3時間以内であったら、治療はより時間に依存することになる。しかし、病院外での線溶療法、その施設で直ちに線溶療法を行うこと、転送して初期PCIを行うことの中でどれがより優れているかは明確ではない。
治療優先順位決定(トリア−ジ)と初期PCIのための転送。STEMIの患者を初期PCIのために市中病院から三次救急病院へ迅速に転送することは、死亡、再梗塞もしくは脳梗塞の危険性を低下させる35。症状の持続時間が2〜3時間以内のSTEMI患者にとって、より早い線溶療法(病院外や病院内)と初期PCIのために転送するうちののどちらが望ましいかは明らかではない33,34。発症から3時間以上12時間未満の場合には、迅速に転送することが可能ならばSTEMI患者を初期PCIのために転送することは許容される(reasonable)。最も理想的なのは、ヘルスケア・プロバイダーが診察してその施設で治療するか転送するかを判断して、90分以内に初期PCIが行われることである。
線溶療法後に早期のPCIを求めて転送する(Interfacility transfer for early PCI after fibrinolytic therapy)。最近の補助薬剤やステントを用いたPCIの技術がなかった頃の試験では、早期のPCIと線溶療法の組み合わせは支持されていない。対照的に、最近のいくつかの小規模の試験では線溶療法施行後24時間以内に地域の病院からPCIのために転送することが支持されている36,37。線溶療法後のPCIのタイミング、ステント療法の有無及びコントロール群の治療はそれぞれの研究で大きく異なる。
線溶療法が成功した後に早期のPCIのためにルーチンに転送することを推奨する十分なエビデンスはない。線溶療法後、早期のPCIのために転送することは心原性ショック、特に75歳以下で血行動態的に不安定な場合や線溶療法後も虚血症状が持続している場合には推奨される。
心原性ショック(加えて、程度に差はあるが重症左心不全)はACSの合併症の1つであり、その死亡率は50%を超える。STEMIでの心原性ショックは線溶療法の禁忌ではないが、PCIの方が望ましい。AMI発症から36時間以内にショックに陥り、かつ血行再建術に適した患者に対しては早期に血行再建術(初期または単純なPCIもしくは手術)が適応される38,39。
下壁梗塞の患者で右室梗塞が疑われる場合には、肺うっ血のないショック状態を呈する。V4Rでの1mm以上のST上昇は右室梗塞の診断に有用である。このような患者の院内死亡率は30%にも達し、再灌流療法(線溶療法もしくはPCI)が非常に効果的である。右室梗塞の患者では硝酸塩や他の血管拡張剤を避け、輸液によって低血圧を治療するべきである。
ヘパリンはトロンビンの間接阻害作用を有し、ASAとの組み合わせで、線溶療法や初期PCIでの補助療法として、また、不安定狭心症やSTEMIでの治療の重要な部分として使用されている。未分画ヘパリンはその抗凝固作用の効果が個人個人で異なるため、経静脈的に投与されaPTTでの観察が必要である。さらに、ヘパリンは血小板減少症を引き起こすことがある。低分子量ヘパリンは血小板減少症を引き起こす危険性が少なく、また抗凝固作用も予測しやすい。それは体重当たりに換算した量で皮下から投与され、血液検査での観察は必要としない。低分子量ヘパリンは腎障害のある患者では体内に蓄積するかもしれない。
NSTEMI及び不安定狭心症(UAP)において、低分子量ヘパリン(LMWH、エノキサパリン)が発症から24〜36時間以内に投与された場合、未分画ヘパリン(UFH)に比べ、死亡率、心筋梗塞発症率および緊急血行再建術が必要となる率(the need for urgent revascularisation)を含む複合エンドポイントを改善する40-42。LMWHではUFHに比べ軽度の出血の頻度は増加するが、重篤な出血の頻度は増加しない。NSTEMIおよびUAPにおいて、非侵襲的な治療が予定されているどの時点であっても、ASAに組み合わせて用いるLMWH(エノクサパリン)を用いた早期の治療は好ましい。発症から24〜36時間以内で、再灌流療法が予定されている場合には、UFHの使用が考慮すべきである。aPTTの最適な値は50〜70秒である。UFHとLMWHの変更は出血性合併症を増加させるため、避けなければならない43。
LMWHをUFHと比較した2つの大規模無作為比較血栓溶解試験では、STEMI患者に発症から6時間以内にLWMHが投与された場合、虚血性合併症が減少した44,45。これは75歳以上でLMWHを投与された患者で頭蓋内出血が多かったという事実とバランスを取らねばならない45。STEMI患者に侵襲的な治療を行う場合に、事前にLMWHを投与する事を勧めるエビデンスはない。従ってLMWHは、有意な腎障害が無く線溶療法で治療される75歳以下の補助的療法としてのUFHの代替薬物として捉えるべきである。UFHは高齢者の線溶療法の補助療法として、また血行再建術が予定されているSTEMI患者全てに対し推奨される。aPTTの最適な値は50〜70秒である。ヘパリン(特にLMWH)の使用は、どの薬剤で線溶療法を行うかにある程度左右される。短時間作用型の線溶薬剤の場合、数時間後にその反動として凝固亢進が引き起こされるためヘパリンが必要だが、ストレプトキナーゼの場合はその線溶作用が48時間程度持続するためヘパリンは必要ではない。
血小板糖蛋白(Gp)IIb/IIIa受容体は血小板凝集における最終共通経路である。合成物質のeptifibatideと tirofibanはこの受容体を可逆的に調節し一方、受容体抗体であるabciximabは非可逆的に阻害する。
NSTEMI及び不安定狭心症におけるGpIIb/IIIa阻害薬
再灌流療法を受けた危険性の高いUAP及びNSTEMI患者に於いて、ASAとヘパリンを含む標準的な治療にGpIIb/IIIa阻害薬を加えた場合、死亡率や虚血の再発率は減少する46。疼痛の持続、不安定な血行動態や脈拍、糖尿病、急激な若しくは大きな心電図変化及び心筋トロポニンの上昇を示すものは危険性が高い。Tirofiban及びeptifibatideは血行再建術を受けていないUAP及びNSTEMI患者において、死亡や虚血の再発を抑制する事はできなかったが、後のメタ分析によって30日後の死亡率を減少させた46。血行再建術を受けていないUAP及びNSTEMI患者の標準治療にabciximabを加えた場合、予後が悪化する傾向があった47。従って、危険性の高い患者では、血行再建術を受ける予定のある患者に対しては、標準的な治療にGpIIb/IIIa阻害薬を加えるべきである。血行再建術の予定がない場合、危険性の高いUAP及びNSTEMI患者において、ASAとLMWHに加えてtirofibanかeptifibatideを投与してもよい。PCIが予定されていない場合はabciximabを投与するべきではない。
STEMIにおいて低用量の溶解薬剤とGpIIb/IIIa阻害薬の組み合わせは死亡率を低下させず、75歳以上の患者では出血の危険性を増加させた44,48。abciximabはSTEMIでPCIが予定されている患者では死亡率を低下させたが、初期PCI前に投与されていない患者では効果がなかった46。病院到着前のabciximabの使用はPCIに関係のある梗塞責任血管の開存を改善するのかもしれない49。病院到着前や救急外来で、標準的な治療にtirofibanを加えることは効果がない50。Abciximabは線溶療法を受けずPCIを受けた患者の、短期の死亡率や再梗塞率を低下させるのに有用かもしれな い。AbciximabはSTEMI患者が線溶療法を受ける場合には推奨されない。
クロピドグレルは血小板ADP受容体を非可逆的に阻害し、ASAによる作用に加え更に血小板の凝集を阻害する。ASAに比べ、クロピドグレルは出血性合併症を増加させる事はない51。ハイリスクのACS患者に4時間以内にヘパリン及びASAに加えクロピドグレルを投与した場合予後が改善される52,53。クロピドグレルが選択的なPCIの少なくとも6時間前に投与された場合には、28日後の虚血性イベントの発生が有意に抑制される54。最近の試験では、線溶療法、ASA及びヘパリンで治療された75歳までのSTEMI患者にクロピドグレルが投与された時(負荷量として300mg、その後入院中に75mgを1日1回8日間)、冠動脈造影での梗塞関連動脈の閉塞(TIMI心筋流量grade 0もしくは1)、死亡もしくは冠動脈造影前の再梗塞を含む複合エンドポイントが有意に低下した55。
ACSの患者で薬物療法やPCIが予定された時に、血清心筋逸脱酵素の上昇、新規の虚血に合致する心電図変化のすべて若しくはいずれかが認められたときには、標準的な治療と共に、クロピドグレルを300 mgのローディングドースを早期に投与すべきである。STEMIで線溶療法、ASA及びヘパリンを投与されている75歳までの患者には、クロピドグレルを投与すべきである。ACSを疑う患者でASAに対してアレルギーのある患者や消化管の問題でASAを投与できない場合、ASAの代わりにクロピドグレル300mgを投与できる。
予防的な治療は遅くとも、ACSの診断が確定し最初の入院となった時点に開始すべきである。薬剤への禁忌や認容性が低くない限り(unless contraindicated or poorly tolerated)βブロッカーはできる限り早期に開始すべきである。ACE阻害薬はSTEMIの全患者に、左室機能不全のある患者を含め投与すべきである。薬剤が禁忌でなく認容性が低くない限り、ACE阻害薬を考慮すべきである(訳者註)。左室不全がある患者でACE阻害薬に認容性がない場合、ACE阻害薬の代わりにアンギオテンシンII受容体阻害薬を投与しても良い。
主に再灌流療法が行われる前の時期のいくつかの試験で、早期のβブロッカー投与がVF及び上室性不整脈の頻度を低下させるのと同様に死亡率、再梗塞及び心破裂の頻度を減少させた56,57。初期PCIを受けている患者では、内服ではなく経静脈的なβ遮断薬投与でも死亡率の減少するかもしれない58。
ACSの患者で血行動態が安定している場合、薬剤への禁忌や認容性が低くない限り、βブロッカーの迅速な経静脈的投与とその後の内服薬投与を行うべきである。βブロッカーの禁忌としては低血圧、徐脈、2度若しくは3度房室ブロック、中等度から重度の鬱血性心不全及び重度の気道過敏症がある。βブロッカーは早期血行再建術の必要性の有無に関係なく投与するべきである。
上記で推奨したβブロッカーを除き、ACSにおいて抗不整脈薬を予防的に投与することを支持するエビデンスはない。VFはACSの早期死亡原因の大部分を占め、その頻度は発症から数時間以内が最も高い59,60。これが、抗不整脈薬の予防的投与の効果を調べるためにさまざまな試験がされてきた理由である。ACS患者に対する抗不整脈薬(リドカイン、マグネシウム、ジソピラミド、メキシレチン、ベラパミル)の予防的投与の効果は調べられてきた61-63。リドカインの予防的投与はVFの頻度を減らすことができたが、死亡率を上昇させた58。AMI患者に対するマグネシウムの日常的な使用は死亡率を減少させることはできなかった64。ACS発症後数時間のジソピラミド、メキシレチン、ベラパミルによる不整脈予防は死亡率を低下させることができなかった63。一方、ACS患者への経静脈的なβブロッカーの投与はVFの頻度を減少させた56,57。
アンギオテンシン変換酵素阻害薬とアンギオテンシンII受容体阻害薬の比較
早期再灌流療法の有無に関らず、経口でのACE阻害薬投与は急性心筋梗塞患者の死亡率を減少させる65,66。その有用性は前壁梗塞の時や肺うっ血もしくは左室駆出率が40%未満の左室機能不全がある時に特に大きい66。薬に対して禁忌がある場合や入院時の収縮期血圧が100mg未満の時はACE阻害薬を投与すべきではない66。発症から24時間以内の経静脈的なACE阻害薬投与は死亡率が高くなる傾向が実証されている67。従って、早期再灌流療法の有無に関らず、特に前壁梗塞の時や肺うっ血もしくは左室駆出率が40%未満の左室機能不全がある時には、24時間以内に経口のACE阻害薬を投与すべきである。発症から24時間以内に経静脈的にACE阻害薬を投与してはならない。ACE阻害薬に認容性がない場合、ACE阻害薬の代わりにアンギオテンシンII受容体阻害薬を投与すべきである。
スタチンはACSの発症から数日以内に投与された場合、多くの有害な心血管系イベントの頻度を減少させる。ACS発症の24時間以内にスタチンを投与するべきである。既にスタチンの投与を受けている患者では投与をやめるべきではない68。
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