i710gaku 災害医学・抄読会 980710

「阪神・淡路大震災調査特別委員会第一次報告」

―強震観測網の充実と強震研究体制の整備について―
―災害医療体制の整備について―

日本学術会議 阪神・淡路大震災調査特別委員会、大震災における救急災害医療、へるす出版、東 京、1996年、p.136-42
(担当:栗原)


 阪神・淡路大震災では、5,500人に及ぶ死者と27,000人の負傷者が出た。このように多くの死傷者が出たことを踏まえ、災害予防対策とともに災害医療体制の整備が緊急の課題として取り上げられている。災害の種類には、地震に限らず、爆発、火災、航空機・列車・船舶事故などの他、放射線物質、サリンのような毒性化学物質による汚染も含まれている。これらの災害に際して、いかにしてできるだけ多くの人を救命し、いかにして速やかに適切な治療を行うかが災害医療の課題である。

 先進国の多く、特に米国の場合は、冷戦の脅威、地域的軍事紛争への関与を経験しており、戦争を意識した緊急医療体制作りが行われ、それが災害医療体制の整備に役立ってきた。しかし、わが国ではそのような理由による医療体制整備はなかった。一方、技術化、情報化した大都市に起きた地震で、今回ほどに多くの死傷者を出した大災害の経験は初めてで、災害医療体制にも多くの問題点があることが明らかとなった。その中には、他国に例をみない高齢化社会における災害医療体制整備の重要性も含まれている。

 災害医療には医学的側面以外に機構的、政治的、経済的側面がある。現在国土庁、文部省、厚生省、自治省、日本医師会、自治体、関連学協会など、多くの機関による調査が行われ、具体的対策も提案されつつある。本報告では、今回の災害から得た教訓を活かして将来起こりうる災害に備え、国民の生命の安全を守るために、速やかに検討すべき方策を以下に提案する。

 1)情報ネットワークの確立

 都道府県単位に、災害医療関係機関の間で情報ネットワークを確立する。ついで、府県にまたがる広域ネットワークを整備する。

 2)災害医療拠点病院の整備

 災害医療拠点病院を地域別あるいは医療圏別に決めておく。災害医療に対して強い潜在能力をもつ大学病院を活用するには、大幅に人的、経済的支援を行わなければならない。

 3)指揮命令系統の確立

 災害の場合、一義的には地域の都道府県が対応すべきであるが、災害によっては、自治体の枠を超えて、警察、消防、自衛隊、医療関係を一時的に統括し、直接指揮命令する強力な機構が必要である。

 4)搬送システムの確立

 被災地の病院機能が低下した状態では、患者の搬送が極めて重要となる。消防、警察だけで対応しきれない場合は、自衛隊や民間を含むヘリコプター搬送システムの活用を考える。

 5)医薬品および医療資材の備蓄

 地域に医薬品や医療材料を供給する備蓄基地を設ける。

 6)「心のケア」のシステムの整備

 被災者、特に高齢者や児童・生徒などの posttraumatic stress disorderなどに対する心のケアの問題を体系的に整備すべきである。

 7)災害訓練の重要性

 地域では、各災害医療関連機関で協議を重ね、相互理解を深め、協力して総合災害対策マニュアルを作成し、定期的に訓練を行う。

 8)医療関係者の教育、研修

 災害医療の実施訓練は困難なので、日常の救急医療体制のなかに災害時に必要と思われる体制を組み込んでおく。

 9)被災地外からの救援

 被災地外からの救援組織は、災害時に役立つよう予め登録しておき、災害時には現地での受け入れ窓口を確定しておき、一定の指揮命令系統の中で活動を要請する必要がある。

 10)法規の整備等

 自衛隊の円滑な救援活動を妨げる法的規制を改め、法の死角を取り除くことを検討すべきである。

 11)多目的災害救助船の検討

 今回の地震で災害救助船の役割が認識された。本格的救助船は建造に時間がかかるので、海上自衛隊の艦船にある程度の病院機能をもたせることは、極めて有用と思われる。

 以上、災害医療対策として11項目をあげた。災害対策全体としては、関係する多くの分野、 機関にまたがる事項を統合し、真に機能する体制を作らなければならない。また、災害への対応、特に初期の救助、救出活動においては、国や自治体だけでなく、国民一人一人が重要な役割を担っており、行政と国民との連携も今後の重要な課題である。大震災を契機とし、先進諸国の模範となるような災害医療体制が、わが国で整備されることを期待する。


中小病院における災害救護訓練と活動マニュアル

山口孝治、日本集団災害医療研究会誌 3: 22-7, 1998
(担当:松尾)


【背景および目的】

 災害対策において災害活動マニュアルと災害救護訓練とは、災害準備に欠かすことのできない重要な準備項目である。わが国では、手順が予め準備された救護訓練が行われ、実際の災害時には有効ではない活動マニュアルも、救護訓練時には機能的であるとの判断が下されることがある。

 今回、災害発動期における活動マニュアルの有用性を明らかにする事を目的に、地方中小病院で行われた災害救護訓練で、活動マニュアルがどの程度機能するかについて検討した。

【方法】

 平日の14時30分に発生した地震により、life lineは途絶し、病棟火災、病棟倒壊が発生する災害を想定した。模擬患者数は合計62名であり、重症、中等症の34名が救急車で搬入される設定とし、救急救命士、救急隊員によるトリア−ジを受けてから、搬入される設定であった。事前に受傷様式に適した演技指導、外傷偽装を行い、胸には識別のための番号札を付けたが、受傷カ−ドは使用しなかった。  実施訓練項目であるが、特に対策本部の機能を中心とした災害初期対応と、負傷者受入れに重点を置いて設定した。

【結果】

1、想定災害

 病院災害を伴った地震災害の訓練想定は、災害時に病院が陥る状況をシュミレ−ションすることが可能であり、病院の災害救護訓練として有効であると考えられた。

2、模擬患者設定

 受傷カ−ドを廃止し受傷様式を記憶させたこどで、現実性が現れていたが、トリア−ジや初期治療の技術を向上するための訓練としては効果的ではなかった。

3、訓練実施項目

 災害時の緊急対応をシュミレ−ションすることが可能であり、また備品など災害医療を支える活動の重要性を周知することができた。

4、訓練方法

 設問数が多く対策本部の混乱を招き、災害時に発生するニ−ズに対応するための、臨機応変な行動の習得などの教育的効果にかけていた。

5、災害活動マニュアル

 現在決定されている活動マニュアルは、災害対策本部などの中枢組織が完成されないと、全く機能しないことが判明した。

6、救護活動

 地震災害に病棟火災、病棟倒壊を伴う混乱した状況下での救護活動は、災害医療の一連の流れをシュミレ−ションすることができ効果的であったが、災害時のトリア−ジや外傷治療の基本原則、負傷者のケアなどの習得においては効果をあげることができなかった。

【まとめ】

 病院は構造、機能において脆弱な施設であり、地震災害時には機能不全に陥りやすい。そのため、病院の災害対策において、災害時の活動の手引きとなる災害活動マニュアルと災害救護訓練は、共に重要な災害準備項目である。今回、災害初動期の災害活動マニュアルの機能を明らかにするため、活動マニュアルに基ずいた救護訓練を行い、院内救護活動について検討した。

 結果、災害対策本部の機能を最優先に考えて作成された当院の活動マニュアルは、今回の訓練で災害初期においては、全く機能しなかった。

 災害活動マニュアルは、指揮命令系統だけの規定ではなく、対策本部が立ち上がる以前の混乱した災害急性期に、各病院職員がそれぞれの判断で機能できる内容に、改めることが必要であると考えられた。活動マニュアルをより実践的にするためには、活動マニュアルの再三の客観的な評価が必要である。そのためには、活動マニュアルの評価を目的の一つとした災害救護訓練は、有効な手段になりうると考えられる。


災害医療と保健所の役割

青山英康、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.55-76
(担当:玉上)


 保健と医療の連携が強く求められている中で、衛生・公衆衛生学の立場 から「災害医療」のあり方について、その上での保健所の役割について、 考える。

 保健所による全国的なネットワ−クの体系をもっている国はわが国だけ ではないが、国によって機能や磯員構成に違いがあり、わが国の場合は 保健と医療の両分野における各種の専門職種を配置して、地域住民の最も 密着した市町村の首長の責任で実施される地域保健活動に対して、技術的 専門的サ−ビスを都道府県の責任で提供する行政体系として、国民の保健 水準の向上に効果的な活動を提供している点で特徴をもっている。具体的 に健康保健法の制定によって、保健所は市町村保健センタ−の総合的な窓 口業務によって受け止められた地域住民の健康問題の解決に必要な専門的 サ−ビスを提供する地域における唯一の行政機関として、保健と医療と福 祉の各専門磯の専門的機能を結集している技術センタ−として機能強化す ることがもとめられている。日常的な災害発生防止に始まって、発生直後 からの時系列に基づいて、保健所の果たすべき役割は時々刻々と変化する。

 災害発生予防としては、国民あるいは地域住民の合意が得られる潜在危険 性に基づいて安全対策を計画する以外にない。産業医学 の教訓に基づいては日常的な救急用具と救急体制の整備とか救急訓練しか残されていない。

 災害発生直後、緊急時の混乱期においては、善意を基盤としたボランティ ア活動が展開されることになるが、保健所は行政機関であり、たとえ緊急 時といえども「超法規的な活動」の展開は、将来に「悪例を残す」危険性 がある役割を果たすことはできないだけに、行政機関が行う最も中心的な活動は「情報収集」となる。被災の実態の正確な把握を行う中で、地域住 民が直面している健康問題の解決に必要なニーズに対応できるサ−ビスの 提供能力の実態の把握が重要な課題になる。正確な実態の把握をした上で の指導も必要となる。例えば、飲料水の確保や、使えなくなった水洗トイ レでの排便とか食中毒の予防のための食品の取扱いの方法などの指導であ る。さらには、医薬品、患者の搬送方法の確保なども重要な課題となる。

 災害後について、発生直後の緊急を経過すれば、収集された情報に基づ「い き、保健所活動の復旧計画が策定されることになる。例えば、阪神・淡路 大震災では、震災後4日目には歯科救助活動、5日目には難病患者支援窓 口の設置、6日目には精神科救助所設置と妊婦検診を行っており、7日目 には避難所における巡回栄養調査をおこなっている。また保健所ニュ−ス の発行と在宅要援護者訪間も開始された。

 震災後の復旧・復興活動のため、保健所は平常業務に加えて、被災者に 対する業務が加えられたが、被災者の健康問題については被災に伴う直接 的な被害とともに、急激にして大幅な生活様式や生活習慣、生活環境の変 化に伴う多種多様な健康問題を心身にもたらしているだけに、従来よりも いっそう大幅な保健医療と福祉にかかわる専門機種による専門的・技術的 サ−ビスが求められることになる。その中で特に重視すべきは、メンタル ヘルスの立場からのフォロ−アップ体制の整備を指摘しておく必要がある。

 今日の国際化とかマルチメディア時代への的確な対応として、生活者た る地域住民に対して、必要にして正確な情報の提供が保健所活動としては 重要な課題となる。十分な情報の提供の上に策定された保健・医療、そし て福祉にかかわる地域での計画に基づいて保健活動の展開が期待されるが、 保健所の役割は情報の提供とともに、計画策定および実施に際しての専 門的・技術的なサ−ビスとしての助言と指導である。


看護に求められたもの、看護が求めたもの

柳生敏子、看護管理棟 6: 152-7, 1996(担当:西川)


1)はじめに

 震災1年を振り返って、災害時点からの経過報告、ボランティアの受け入れ状況、災害時の心身健康度調査結果をできるだけ主観を含めないで報告し、この中から被災地の危機管理のあり方、看護に求められたもの、看護が求めたものが何であったのかということの参考にしていただきたい。

2)震災からの経過概略

 省略(口頭にて説明)

3)看護婦ボランティアの導入

 ボランティアの受け入れ状況は図2に示すとおり、1月25日から2月17日までの期間に延べ 358人の方々にご協力をいただいた。そしてボランティアのあり方について、多くの問題が投げかけられた。

 まず、一番マンパワ−を必要とした時期(3日間)に、経験者の支援が得られなかったこと、「ボランティア」についての固定概念を持って来た人が多かったことなどである。また、震災後の時間経過とともに状況も変化し、ボランティアが実際に提供しようと思っている援助と、こちらが求めている援助が一致しなかった。

4)震災後の心のケア

 PTSD (Post Traumatic Stress Disorder)という言葉が、震災後1か月頃より注目されはじめた。当然のことながら、被災者には目が向けられたが、被災しながら救護活動をした人たちについても、図3のようにPTSDになっている人、および要注意の人が34%、軽度の人を含めると75%の人が何らかの形で障害をもっていた。

5)おわりに

 震災時についてのマニュアルの不備が言われたが、マニュアルがあったら機能していたかというと疑問である。それほど自然災害は突然に襲いかかり、しかもその時の状況によって対応が異なるのである。


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