災害医療抄読会 970802


阪神・淡路大震災:一救急医の震災体験記

小澤修一、日救急医会誌 7: 51-3, 1996(担当:松倉)


 厚生省の統計では震災による死者阪神5488人で、そのうちわけは以下のようになっている。

窒息・圧死       : 77 %
焼死・熱傷       : 9.2%
頭頸部損傷       : 5.1%
内蔵損傷        : 1.8% ,99人
外傷性ショック     : 1.2% ,66人
全身挫滅        : 0.8% ,44人
クラッシュ(挫滅)症候群  : 0.3% ,15人

 このうち救急の可能性と考えられるのは熱傷であるが、ほとんど生き 埋め状態のため、救出ができなくて死亡したと考えられる。

 一般に死因の30%を占めるといわれる内蔵損傷1.8%と外傷性ショック 1.2%が計3%しかないのは、やはり救出が遅れ救出時にはすでに死亡していたため窒息,圧死の77%に組み入れられたためと考えられた。すなわち、 重傷例ほど救出に時間がかかったため、救出時にはすでに死亡していた症例が多かったと考えられた。

 全身挫滅 0.8%,挫滅症候群 0.3%と少ないが、これも救出され、再還流がなされた時点で高カリウム血症となり、死亡した症例がふくまれていなかったためと考えられている。(逆に救命された症例は比較的軽症例か高カリウム血症に耐えられた若い元気な人たちであったと考えられる。)

 死亡日時については、

当日の17日目 : 94.3 % (8割以上が当日の午前中)
2・3日目   : 3.9 % ,214 人

 死亡場所については、

自宅     : 78.9 %
病院診療所  : 10.4 % ,549人

 一般に外傷患者の死亡の50%は、受傷直後の数分以内で、脳の脳幹、上部脊髄の損傷や心大血管損傷で、殆ど即死に近く救命の可能性はないとされている。死亡の30%は脳内出血や硬膜下出血,血気胸,脾破裂,肝損傷等の腹部臓器損傷,骨盤損傷,大腿骨折やこれらが組合わさったいわゆる多発外傷で、受傷後2時間以内いわゆるゴールデンタイムに止血を主とした手術を含む集中治療を開始しないと救命できないとされている。 2日から20日までの間に、全体の20%以下が死亡し、その成因は敗血症や肝腎症候群や今回問題となったクラッシュ症候群であった。

 今回被災地の病院に対し、なぜもっと早く被災地以外の病院に送らなかったかという批判が救急医学会でもあったが、重傷の外傷の場合はゴールデンタイム以内に高度な治療を開始すべきであり、そのためには午前8時までに救出と搬送がなされなくてはならず、実際上不可能であった。また、被災地外の病院への搬送に関しても患者さんや家族は、家の近くに留まりたいという希望が強く、被災の程度が大きいほど強かったようである。こうした態度は近代的な治療という点でいくらかマイナスであったかもしれないが、こうした連帯感が被災地内での略奪,暴力,交通事故,等の2次災害の防止という点ではきわめて効果的で、世界に誇り得るのではないかと考えられた。


地下鉄事件における中毒情報授受の実態調査

白川洋一、中毒研究 58-62, 1997(担当:大石)


 地下鉄サリン事件ではなはだしい情報混乱が起こったことはよく知られています。その原因を究明するために調査をしました。

 方法は、各種の資料から事件被害者の診療をしたと思われる医療機関315施設に対するアンケート調査と、情報発信源に対する個別調査の2つを組みあわせました。アンケートの有効回答は210でした。

 事件被害者を診療した210施設は医療機関としての規模や性格など多種多様でしたが、最初の患者さんが来院した時刻の分布をみると、ちょうど半数近くの106施設では午前11時以前に被害者診療が開始されています。この11時というのは、警視庁が記者会見でサリンと断定した時刻です。

 最初に、治療をした医療機関がサリンを含むChE阻害薬中毒に対していかに無防備な状態であったかを、さらには急性中毒一般の治療にすら比較的経験の浅い施設が多く含まれていたかを示します。事前にサリン中毒の参考資料を施設内に保有していたと回答したのはわずか19施設、9%に過ぎませんでした。

 次に、各施設ごとの事件当日の受診被害者数と、過去におけるその施設の急性中毒の治療経験を比較しました。治療経験を数値化するには、通常の中毒患者の治療経験を1〜5まで階層化し、また有機リン系の中毒の治療経験も5段階に分け、その2つの数値を足しあわせたものを用いました。分布図を作ると、この指数が2とか3程度の施設にも100人程度の患者が受診しており、経験のない施設でもかなり多くの患者を診療したことがわかります。

 それでは本論に入ります。原因がサリン情報の入手先は、報道からという回答が圧倒的多数を占めて128施設を数え、警察から得たのが32施設、消防から26施設、信州大学から7施設、医師会から6施設、日本中毒情報センターから3施設、他の医療機関から8施設、さまざまな行政機関3施設、その他6施設となり、多くは報道に頼っていて、このように放送メデイアに依存せざるを得なかったという事実があります。

 次に、治療に関する情報の発信源の第1位は日本中毒情報センターでした。また大学病院、この多くは関連施設に対する情報提供のようでしたが、重要な発信源となっていました。そのほか、行政、医師会などからも情報提供がありました。

 最後に日本中毒情報センターが果たした役割を、受診側から分析してみました。ほぼ半数の施設が過去に日本中毒情報センターを利用した経験があり、ほぼ1/3の施設が事件当日に中毒情報センターにアクセスしていました。午前11時までに被害者診療を開始した106施設についてみると、過半数の61施設が過去に情報センターを利用したという経験を持ち、そのうちの32施設が事件当日にもアクセスしていました。一方、過去に情報センターを経験を持たないと回答した42施設のうちでは、9施設が事件当日にアクセスしていたに過ぎません。

 以上をまとめると、一つは放送メディアへの依存度がきわめて高かったということです。しかし、その情報は、事件報道に偏っていて、医療機関、被害者へ向けての適切な情報提供をする機能には残念ながら欠けていたと言わざるを得ません。ごく当たり前の予想された結果が出たわけです。

 こういった報道の独立性や公権力による情報操作という微妙な問題を潜り抜けながらマスメディアを利用する唯一の方法は、中毒情報に限れば、日本中毒情報センターではないだろうかと考えます。今回の調査でも、情報センターに対する医療従事者の信頼度は十分高いと確認されたわけです。しかし、それだけでは不十分で、やはり公権力から独立した、マスメディアと対等につきあえるだけの中毒情報センターができなければ、そういうことも不可能だと思われる。

 もう1つは、医療機関が個別に平常の情報回路を使って情報収集に努めたという点を評価しなければなりません。マスメディアや、いわゆる当局の情報が今回のように機能しなかった場合、あるいは誤った情報が伝えられた場合には、それを修正する補完手段がこういったネットワークですから、多種多様であって、かつ強力であるほどよいというのが結論です。


旱魃

山口孝治、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.30-5(担当:角田)


旱魃とは

 1ヶ月から数ヶ月におよぶ長期の異常な降雨の減少によって出現する自然災 害。災害統計上環境災害の中で人間に及ぼす影響が最大と考えられている。しか し、降雨量減少という気象現象だけで災害と認識されることは少なく、降雨量の 著明な減少が長期間続き、過放牧、過耕作、燃料木の無差別な伐採等の人間活動 の影響と相俟って、砂漠化減少による環境の破壊が進行し、樹木や農作物が減少 する。ついで家畜などの動物が死滅し、食糧不足が深刻と なり、飢餓が襲来する。 飢餓により栄養状態は悪化し、疾病の発生と急激な蔓延により、病人や死者が多 数出現する。そして初めて災害として認識される。

 旱魃災害を他の自然災害と比較すると、重症外傷は少ないが伝染病の危険性が高 く、食糧不足と人口の移動は必ず出現し、長期化・大規模化する傾向にある。 現在最も旱魃を受けやすいとされているアフリカ大陸を例にとると、低栄養状態 が日常から存在し、公衆衛生の概念も皆無に等しい開発途上国である。これらの 国々では雨だけに依存する農業を営んでおり、降雨量の減少により収穫量の激減 する大麦・小麦・豆類・小玉葱等が主な農作物である。極度の人口増加や内戦な どの治安上の問題によって、食糧不足や食料生産の低下が生じることなども旱魃 の影響を受けやすく、飢餓への進行の促進と疾病の蔓延を招き、旱魃災害が長期 的な被害をもたらす一因となっている。又、雨季の存在は被災地にとっては恵み の雨であるが、疾病構造が変化したり、川の増水により交通が遮断され、食料・ 衣料品などの物資の補給が断たれることもあるので、十分留意する必要がある。

疫学

 1984〜85年のエチオピアにおける旱魃災害の被害の報告によると、総被災民人 口は約790万人、死亡者は50〜100万人と推定される。その内、マカール被災民 シェルターのJMTDR病院の報告によると、主な疾患は赤痢、肺炎・気管支炎、回 帰熱、不明熱、腸チフス、栄養失調・脱水、ジアルジア症(下痢症)、感冒、マラリ ア、麻疹のとおりであった。その内死因となる主な疾患は赤痢、肺炎・気管支炎、 下痢症、重症栄養失調症(マラスムス、カシオカール)・脱水、回帰熱、マラリア、 麻疹、肺結核、腸チフスなどであり、死亡者数の全死亡者数に対する割合 は肺炎・気管支炎25〜30%、赤痢20〜25%、下痢症15〜20%、重症栄養失調症(マ ラスムス、カシオカール)・脱水5〜10%である。JMTDR病院の入院患者・死亡者 の年齢階級別構成・男女構成は、シェルター内被災民人口の構成とは対照的に、15 歳以上の成人が多く、入院患者の年齢階級別構成は4歳以下15%、5〜14歳24%、 15歳以上61%である。一般的に災害による被災者・死者は、 低所得層・老人・子 供などの社会的弱者が多いといわれているが、 この傾向は旱魃災害においては より顕著であり、最も重大な影響を受けるのは若年層である。5歳以下の死亡率 が年長児や成人の4.5倍であるという報告もある。死因は第一に栄養失調であり、 医療援助を受ける前に死亡することが多いのである。旱魃被災民の疾病構造は、 災害の特徴から考えると感染症が多く、外傷は少ない。羅患率は飢餓状態におい てより高い。

災害に伴う傷病の特徴

 飢餓被災民が多数出現する可能性のある国においては日常よ り衛生状態は劣悪であり、有病率が高く、ワクチン普及率も低い。また、トイレ を使い便を処理したり、水で身体を洗う習慣も無いことが多い。全身の皮膚には 垢・埃が厚くこびりつき、髪や衣服には虱と蚤が無数に認められ、ハエも多く存在 する。旱魃災害によって発生する疾患の基盤は、飢餓による低栄養状態である。 患者はるいそうが極度であり、体温計は腋下におさまらず、聴診器は胸壁との間 に間隔を作り心音の聴取すら困難な状態で、輸液路の確保ができないことも多か った。被災民は長期の飢餓による低栄養・脱水・ビタミン欠乏症のため全身衰弱が 著明で、免疫不全の状態が存在し、種々の感染症に羅患しやすく、赤痢・呼吸器感 染症(肺炎、百日咳など)・下痢症・麻疹などの単一疾患だけでも簡単に死亡する。 シェルター内は過密集団生活のため、分裂病・ヒステリーなどの精神衛生上の障害 も発生する可能性がある。

医療対策

 旱魃対策の救助活動の主な目的は栄養障害の予防である。一般的に災害の緊 急援助は治療が第一に優先されるが、旱魃災害においては栄養障害の人々に対す る栄養状態の改善が優先されなければならない。ただし栄養失調と同時に発生す る疾患は関連しており、その治療は同時に行われるべきであり、決して分離して 考えるものではない。栄養障害に対する対策に次いで問題となるのは衛生面の問 題である。シェルター内の被災民が増加し、過密の集団生活になると、全ての環 境は非衛生的な状況に陥り、重大な衛生面やサニテーションの問題が出現する。 密集と衛生状況の悪化のために飛沫感染により伝播する麻疹や赤痢・腸チフスな どの経口感染症がシェルター内に多発する可能性があるため、旱魃被災民に対す る医療援助活動は、治療よりも、まずシェルター内衛生状態の改善及び疾病の予 防の努めるべきである。特に麻疹の予防接種は被災民シェルターの栄養失調児に 対して、優先的に考慮されなければならない問題である。

まとめ

 旱魃災害の救援には、長い時間と災害医学の広範な知識・経験と十分で適切な 人的・物的資源が必要であり、被災民・避難所の衛生環境の整備や被災地の復興、 開発などにも取り組むべきである。


大火災

山口孝治、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.54-8(担当:山本)


1、疫学

 統計上、火災の被災者の死因は1)火傷、2) CO中毒または窒息、3)避難のための飛び降りなどによる打撲、骨折、に大別される。現在では火傷よりもむしろCOまたはそれ以外の中毒死が多い。

 火災による有毒ガスはCO, CO2, HCN, HCl, アンモニア、窒素酸化物、ホルムアルデヒド、硫化水素であるが、死因として重要なのはCO, HCN, HClである。これら有毒ガスの生成量は加熱温度が高いほど、また酸素供給量が少ないほど多い。

2、災害による傷病の特徴

 近年の大火災、特にビル火災では火傷は減少し、有毒ガス中毒による急死が多い。またそれぞれ単一のガスよりもいくつかの混合ガス効果により、2〜3分で意識消失、運動不能となる。

 COは肺胞より血中へ入り、CO-Hbを形成、組織に運搬される酸化ヘモグロビンの量が経る。

 HCNは肺胞、皮膚、粘膜より吸収され、cytotoxic hypoxiaの状態となり急性中毒に陥る。

3、医療対策

 大火災の救援活動において最も重要なのは、被災者のトリアージを迅速、確実に行うことと、搬送先の医療機関を十分に検討することである。

 またinhalation injuryが疑われる時には、予防的な気管内挿管を考慮する必要がある。


列車事故

鵜飼 卓、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.59-64(担当:西村)


 日本は、世界でも最も列車交通網が発達した国であり、先進工業国のなかでも日本ほど列車による乗客の大量輸送は行われている国はない。交通白書によると、人の輸送にかかわる列車運行実績は成長しているが事故件数、被災者数、死亡者数は着実に減少しており、列車交通がより安全になっていることは明白である。しかし、いつも列車が安全だというわけではなく、信楽高原列車とJRの列車の正面衝突事故などの大惨事が起こりうる。

1.災害の特徴

 列車事故といってもさまざまな事故があり、ここでは1963年から1992までの30年間に本邦で発生した列車事故のうち、2名以上の乗客の死亡もしくは 30名以上の負傷者が生じた事故を”主な列車事故 ”とし調査した。この期間の”主な列車事故”は94件で死者は365名、負傷者は10690名である。

1)事故発生時間と地域

 事故発生時間は午前と午後の2つのピ−クがあるがラッシュアワ−とは一致しておらず、運行本数とは平行ではない。発生場所は人口密度の比較的低い地域が全体の61.7%と多く、地方での列車事故発生の確率が都会よりも多いと推測された。

2)事故の原因

 列車事故の原因は運転手、信号手などの過失が43件で約半数を占めており次いで軌道上の障害が36件、機械の故障、自然現象と続く。列車事故は人為的災害の典型であり、軌道上の障害も明らかに人的要因であり、そのことを勘案すると、実に全体の84%が注意深い慎重な予防処置が取られれば避けることのできた事故であると考えられます。

3)事故の形態

 事故の形態を大きく分類すると正面衝突、追突、オ−バ−ラン、脱線、転覆、火災、その他に分けることができる。

2.疫学

1)事故の死者の分析

 信楽高原列車事故では42名もの乗客が死亡した。このうちほとんどは救出時すでに死亡しており、即死に近いとされているが、6名は即死ではなく、5名は受傷後2時間以内に、1名は受傷後2時間以降に死亡したと推測されている。頭部外傷、頚部外傷、胸部外傷が死因の大部分を占め、外傷性窒息と推測されるほとんど見るべき外的損傷のない遺体が7名にのぼることは注目に値することである。

2)事故形態別の死傷者と重症者の発生頻度

 事故の形態別に乗客に対する死傷者の割合を見ると正面衝突事故の場合、乗客の2/3が死傷し、転覆の場合は約40%が死傷するのに対し、追突と脱線事故の場合は約2割の死傷者が発生し、オ−バ−ラン事故の場合はその割合は約15%であった。同様に、被災者数に対する死者・重症者の割合は、正面衝突が平均21.7%、転覆が13.8%、追突が9.6%、脱線が6.2%、オ−バ−ランが 0.6%であった。この事実は、事故の形態と事故時の乗客数の概数が把握できれば、その事故によって発生する負傷者数や重症者数の概数が推測できることを示唆する。

3.傷病の特徴

 上述のように事故の形態からある程度被災者の発生頻度を推定することが可能なので事故発生時に乗客の概数が把握できれば、負傷者数、重症者数はある程度予測が可能である。よって事故発生後短時間のうちに被災者の概略を予測できれば、救急車の配備や対策本部の設置要否の判断、病院への受け入れの要請と分散収容の計画の立案も可能になろう。

4.救護・医療対策

 列車事故を取り扱った救急救助・救護活動報告書や新聞報道に以下のような問題点が取り上げられている。

  1. 事故の全貌を初動時から把握できなかった。
  2. それ故に組織化された救助活動の遅れを生じた。
  3. 通信連絡の混乱。電話回線の不通など
  4. トリア−ジがうまくできなかった。
  5. 近隣病院の混雑
  6. 消防、警察、行政、鉄道会社などの関連組織の活動の調整不足
  7. 事故現場近くの交通渋滞
  8. マスコミの取材による医療活動や救助活動の妨害
  9. 被災者情報に対する広報の不足

 これら救急救助・救護活動上の問題点の多くは列車事故に限らず多くの災害時とも共通するもので、事故発生当初その規模が正確に把握されず、初動時からの適切な救急車の配備や災害対策本部の早期設置、医療機関への的確の通報を困難にしている。通信、ことに電話回線の輻輳は災害医療上の大きな問題で、全国的なレベルでの真剣な改善策が検討されるべきものである。