災害医学・抄読会 8/09/96

医療施設の災害対策

甲斐達朗、エマージェンシー・ナーシング 新春増刊176、1996
(担当:迫田)

1、被災地医療施設の災害対策

1、病院の脆弱性

1)病院建築物:医療従事者自身が病院の耐震基準を知り、また地域の病院建築応急被災度チェックのシステムに精通しておく必要がある。

2)ライフライン

2、院内災害計画

 上記の病院の脆弱性を勘案し、各自の病院に適した院内災害計画を作成する必要がある。病院自身が被災し、診療機能が低下している状況でなおかつ多数傷病者が殺到するという地震災害を想定した災害計画を立てる必要がある。

 具体的な災害計画作成方法は阪神、淡路大震災を契機に厚生省が「病院防災マニュアル作成ガイドライン」を作成したので参考するのが望ましい。

3、多数傷病者受け入れ計画(被災地医療施設)

 負傷者を効率よく治療するにはトリアージという概念と多数傷病者受け入れ計画が必要となる。被災地で多数傷病者の受け入れを行うにはまず院内の被災状況の把握が必要である。被災状況によっては、入院患者を避難さすことを第一優先に考えなければならないことも起こり得る。多数傷病者受け入れ可能と判断したならば院内の治療体制を多数傷病受け入れ体制に変更する。すなわち殺到する傷病者を一方向に流れるように制御しトリアージ区域を病院入り口や玄関待合い室などに設定し緊急治療群、準緊急治療群、軽症者の治療区域を区分し効率よく治療を行う。

4、病院間傷病者搬送

 被災地医療施設で診療機能の低下がある場合重傷負傷者の症状が安定したならば時期を逃さず日常の医療が営まれている被災地外の医療施設への患者の搬送を行う。被災地から被災地外へ大量の患者搬送をスムーズに行うには空路、海路、鉄道などを利用した事前の広域搬送システムの構築が是非とも必要である。

5、地域防災計画

 消防法で院内災害計画が義務づけられているように災害対策基本法で市町村及び都道府県では地域防災計画の一環として地震災害に対する地震災害応急対策計画が策定されている。

 同様に消防では消防組織法により非常災害時の地域の消防活動全体計画が策定されている災害医療を円滑に行うには医療施設の活動のみでは不可能であり、行政消防組織など医療施設以外の多くの組織との協力関係が必要となる。

2、救援側医療施設

1、後方支援

 地域の基幹病院とくに重症外傷患者の治療を専門に行っている医療施設は大まかな被害状況の認知のみで職員の非常召集を行い、院内に対策本部を設置し受け入れ体制をつくる必要がある。特に発災初期では重度外傷患者を取り扱う救急部門、外科整形外科、脳外科、集中治療、手術部門を中心に役割分担を決め医療施設全体で受け入れ体制を構築する必要がある。同時に負傷者受け入れのための空床が少ない場合一時的な院内ベッド調整や入院患者の転院退院を行う必要がある。

2、救援出動

 阪神、淡路大震災では何千人もの医療従事者が被災地で救援活動を行った。しかしいったいその何%の医療従事者が発災後48時間以内に被災地に入り重症負傷者の活動に寄与できたであろう。大阪府医師会が実施したアンケート調査では、府下330病院のうち震災後1ヶ月間に被災地へ医療班を派遣した58施設のうち48時間以内に派遣を行った医療機関はわずかに4施設のみであった。

 この48時間以内に医療チームを派遣できなかった理由は独自に緊急自動車を所有してなかったこと、被災地情報不足、派遣先の市、区の許可が得られなかった等があったが、最も大きな理由として医師会、行政などから早期に派遣要請がこなかったことが挙げられていた。残念ながら災害時の医療情報システムが構築されていない現状では行政や医師会から発災48時間以内に派遣要請がでるのを期待するのは無理である。医療システムが構築されるまでは事前に地域の基幹病院間で取り決めを行うか病院の自主判断で派遣決定し、下記の条件を持った医療チームの派遣を考える。

1)トリアージ、重症患者の症状安定化をはかれる医療能力、搬送中の重症傷病者管理能力のある医師を中心とした医療チーム

2)重症患者安定化に必要ない薬品、医療品を携帯する。

3)傷病者の搬送手段(ヘリコプターまたは救急車など)の搬送チームを伴った自己完結型のチーム

 アメリカでは災害時の緊急医療チーム(DMATs:Disaster Medical Assistance Teams)という1チーム約30名の医療ボランティアからなる医療チームが全米に約150チームある。日本でも各地域に同様の緊急医療援助チームの早期結成が望まれる。


時系列別医療期:救急車搬送

寺師 栄、エマージェンシー・ナーシング 新春増刊152
(担当:藤田)


1、搬送に使われる車種と特徴

1)救急車(高規格救急車、普通救急車)
2)病院車、ドクターカー
3)自家用車、公用車、その他営業車(タクシー、寝台車、マイクロバス、バス)

 主に上記の3種が搬送手段として使われ、災害の時間、場所、規模、種類、搬送距離によっていずれの手段を採るかは大きく異なる。原則として陸路の重傷患者には救急車が望ましいが、上記のような救急隊の搬送能力を超える災害時には当然、救急車に替わる搬送手段が使われる。この場合に最適と考えられる搬送手段は重傷者はヘリコプター、ドクターカー、救命士が乗る高規格救急車である。中等症は救急車、病院車、赤色灯をつけた寝台車、軽症者は自家用車、タクシー、バス、徒歩などである。また被災地の救急車を長時間搬送にかけるのは、馴れない道でもあり、スピードや安全の面からも望ましくない。中継点をつくりドッキング方式によりそれぞれの範囲での活動がベターである。

2、装備

 地震などの災害時には外傷が多く、救急車や消防署の創処置資器材と骨折の固定資器材が多く使われ、救急資器材の不足は他府県からの補充を必要とした。化学災害や細菌、ウイルス、放射線など見えない物質に対する対応は搬送側に2次災害を考え、防護具を厳重につけての対応が必要とされる。近年の化学物質類の増加から情報提供の時点で判断し、最前線の搬送車は最悪の場合を予想して化学分析車の早期出動、立入禁止区域の指定、完全な装着の下に救出搬送が行われなければならない。その後を引き受ける搬送においても第1次防備よりやや緩和された防備装具搬送をする。患者の引き渡しは衣類の除去、できればシャワーで洗浄後病院に搬入するのが望ましい。

3、搬送付き添い時の情報と知識

 重症者には医師と看護婦が付き添い、中等症の人については看護婦、救命士、また救急隊員が必要である。現地の医療従事者が不足するときはボランティアの同乗や、病院車では医療従事者に迎えに来てもらう必要もある。また軽症者とはいえ看護婦または医師の付き添いが望ましいときもある。多数の搬送や継続治療、中断できない薬剤使用者への申し送り、患者の精神面への援助も含めて付き添うべきであろう。

4、搬送中の注意点

 救急においては原因不明の意識障害患者が搬送されることが多く、綿密な観察を行い少しの情報をも見逃さない姿勢で対応をする。道路の損壊や交通渋滞、時には道路事情により車の故障もあり得る。

 また疾患によって起こりうる現象の予測と、即座に対応できる装備と技術を持つことは搬送時のみに限らず、どのような患者においても必要なことである。車中でのバイタルサインの測定は難しく、できればモニターによる計測を利用するのも一方法である。病状の悪化により搬送を中断して対応しなければならない状況も考えられ、途中の医療機関情報の収集も必要である。被災地からの搬送車や搬送を終えて被災地へ戻る車は患者搬送だけでなく情報の伝達手段としても利用すべきであり、さらに必要な医療従事者、医療品、診療材料を搬送する配慮も必要である。


受け入れ病院での救急医療

1、大阪大学医学部付属病院特殊救急部の場合

吉岡敏治ほか、救急医学 19: 1682-6, 1995(担当:影山)


I. 大阪大学の院内体制と対外活動

 震災当日、大阪大学は被災地からの負傷者の受け入れについて特殊救急部に窓口を一本化することを確認、院内における患者受け入れ協力を要請した。また、特殊救急部は震災前から入院している患者を転院させ、被災地の重症患者を引き受ける体制をとった。

 1月18日、大阪府下の関連病院における受け入れ可能人数調査を行った。これは、その後も府下の関連病院を対象に各科ごとに経日的に行われた。

 1月19日、緊急救護対策会議がもたれ、被災地の病院は患者に治療を施せない現状が報告された。このため、後方病院としての体制を確立すべきことが提案された。また、陸路の患者搬送は困難でヘリ搬送の必要性も報告された。翌日には被災地内の病院に受け入れ体制が整っていることが連絡された。

 被災地内への救援活動は、震災直後から人材派遣、医薬品などの送付を行うことから始まった。人材派遣は関連病院にとどまらず、救護センター、医薬品集積所などにも及んでいる。また医師だけではなく、看護婦、薬剤師、臨床検査技師などの派遣も行われた。  後方病院としての受け入れも、震災発生当初は特殊救急部を中心に外因患者が、1週間以降は各診療科にも多数の疾病患者が入院している。

II. 特殊救急部の対応
〜部内対応と患者収容状況〜

 震災当日、特殊救急部のスタッフは患者搬入に備えてほぼ全員が待機した。X線技師は当日から24時間体制となり、検査技師、受付事務員の夜間対応も翌日には認められた。

 特殊救急部は最重症患者を対象に15床で運営されているが、当時の入院患者13名のうち、可能なものについては出来る限り早急に転院させ、空床を確保することとした。また、被災患者についても診断と初期治療を行った後、可能な限り他診療科に転床させ、空床の確保を行った。その後、2次災害の患者が増加したことから、1月24日からは診療各科の対応とした。

III. 被災地近接病院としての考察

 被災地内の病院に、患者が殺到することは容易に想像できる。しかし、病院機能が低下するのは、ライフラインの途絶や診療機器の破損、医薬品や人手不足だけでなく、連絡網が遮断されたり、患者が殺到するだけでも発生する。したがって被災地内への救援チームは、出来るだけ早い時期に入ることが重要である。

 一方、重症患者はいかにして早く後方病院に運び出すかが重要である。大災害時には全ての患者に最大限の医療を提供できないという観点から、医療によって得られる効果が大きい順に患者を分類するという、トリアージの概念が必要である。ただしこれを実現するには、拠点となる救急医療施設の整備と救急搬送システムを広域化する必要がある。

 また阪神・淡路大震災では、警察が連日死亡例を集計し報道がなされたが、むしろ病院収容患者の把握とその情報交換が病院間で行われることが重要である。


受け入れ病院での救急医療

2、大阪市立総合医療センターの場合

吉村高尚ほか、救急医学 19: 1686-91, 1995(担当:影山)


I. 大阪市立総合医療センターの初期対応

 大阪市立総合医療センターは、約1,000床のベットを有する大阪市北部の基幹病院で、高度先進医療と救急医療を使命として開設された。このため、災害時にも防災拠点としての役割を担う必要がある。

 震災当初の体制は、情報が集中する消防指令室の判断に従うこととなった。また、被災者の直接の受け入れ窓口となるのは、救命救急センターである。被災者が多数来院することを考え、できるだけ空床を確保することにした。また、一般病棟でも対処可能と判断できたものについては、院内各病棟へ転出させることも決定した。

II. 後送病院での治療

 震災で後送されてきた患者は、圧挫症候群を含めて圧倒的に整形外科的なものであった。このうち何らかの血液浄化法を必要とするものがあったが、当院での透析可能数を上回ったため、近隣の救命救急センターへ転送した。

III. 被災者受け入れの実際

 当初、受け入れ体制は消防指令室の判断に従うこととなっていたが、数々の事例や情報から、被災地では病院機能が麻痺しており、多数の重症者がいることが分かった。このとき、救急車が搬送してくる患者を待つのではなく、当院の医師が救急車に同乗して現地に乗り込み、患者をトリアージし搬出するほうが効果的であることに気付いた。そして、これを実行するため、派遣医師団を結成した。

 また、大阪の他の病院にも協力を要請し、被災地と大阪間の後送・救援のルートを維持した。

 このような中で、救助が進むにつれ、転送用の救急車の不足などといった搬送手段がうまく機能しなくなっていった。このため救急車と同じくヘリコプターも救護側で用意して派遣することとした。

まとめ

 今回の事例より、今後の課題として以下のようなことが残された。

(1)限定された地域における大規模集団災害時に救援側に位置したときには、地域の基幹病院はその地区の患者受け入れの拠点となる必要がある。

(2)患者搬送を各病院間で実行するとかえって混乱を招きかねない。このため、情報が集まる災害対策本部に参加し、救急隊と一体となった秩序ある患者搬送が望まれる。

(3)災害時に役立つ情報網の確立は、受け入れ病院側にとっても重要である。

(4)ヘリコプター搬送に関しては有用であるが、今後安全性の確立や手続きの簡略化など運用面の検討が必要である。

(5)被災地内の病院が機能しなくなった場合、直接の被災者だけでなく、入院患者や慢性疾患患者などの間接的被災者に対しての後送受け入れも考慮する必要がある。


災害現場におけるトリアージと問題点

鵜飼 卓、救急医学 19: 1641-45, 1995(担当:森川)


 平時の個々の患者の医療では、1人の重症患者に多数の医療従事者が協力して診療し、様々な検査を行い、その検査データの解析結果に基づいて治療が行われる。集団災害医療では短期間内にに多数の死傷者が発生し、当該地域の通常の診断能力を超えてしまうので、1人1人の傷病者について慎重に検査をし、濃厚治療をするという平時の医療対応をすることはできない。阪神・淡路大震災時に新聞やテレビなどにより、従来、医療従事者にも馴染みの薄かった「トリアージ」という言葉がかなり広く普及するところとなった。今日的な集団災害時のトリアージの目的は「最大多数に最善を尽くす」ことであり、そのために傷病者の重症度と緊急度をとっさに判断して、多数の傷病者の中から治療優先順位を決めることである。この場合、医薬品や医療用材料、資機材、スタッフ、病床、手術室、救急搬送手段、後送病院などあらゆる医療資源の大きさを考慮しつつ、比較的短時間内に行える簡単な処置で救命的な効果が上がる病態を優先的に選択する。その作業は複雑な検査は一切なしで、短時間内に行わなければならない。

 通常、傷病者を次の4つのカテゴリーに分類し、分類にしたがって識別票(トリアージタッグ)を付ける。

 第1優先順位:最優先、要緊急治療群(赤色タッグ)
 第2優先順位:待機的、非緊急治療群(黄色タッグ)
 第3優先順位:保留、救急搬送不要群(緑色タッグ)
 第4優先順位:不搬送、死亡/絶望的重篤群(黒色タッグ)

 この分類は国際的に用いられている分類で、カラーコードも万国共通である。第1優先順位のものとは、生命の危機が迫っており、早急に適切な治療を行う必要がある場合である。第2優先順位のものは、救命的処置或いは手術に数時間の余裕のあるもの、すなわち一応バイタルサインの安定している傷病者群である。第3優先順位は、とりあえず生命に危険がなく、外来治療で十分対応可能な傷病者で、原則として救急車による搬送は行わず、災害現場から離れた混乱していない医療機関に受診させるか、或いは帰宅させるのが望ましい傷病者である。第4優先順位はすでに死亡していると判断される生命徴候のないもの、或いは微かな呼吸はしても、まったく死戦期にあって回復の見込みのないものである。タッグは原則として右手間接部に付けるが、この部を負傷している場合は左の手関節部、右足関節部、左足関節部、或いは頚の順で部位を変えていく。

 トリアージを行う場所は、まず最初は災害の発生した現場である。ここでまったく生命徴候のない死体は搬送しない。次に現場近くの安全な場所に設けられたトリアージポストもしくは応急救護所である。ここは救急搬送のために患者を集める場所ともなる。さらに救急搬送の車内などでも優先順位がチェックされ、病院に到着すれば病院の入り口で再度トリアージが行われる。トリアージは1回行えばそれで確定して終了するというものではない。現場での第1次トリアージ、次に傷病者を集めて救急搬送に備える応急救護所などでの第2次トリアージ、さらに救急車などでの搬送途中、そして病院玄関で、と、繰り返しトリアージ判断が行われ、治療優先順位が確定される。

 トリアージ担当者について考えてみる。再先着の救急隊員がまずトリアージを担当する。中でも救急救命士は現場でのトリアージ担当者として最も相応しい。医師が災害現場に到着すれば、その後は医師が救急救命士と協力してトリアージを行ったり、或いは2回目のトリアージを行う。病院に到着した傷病者のトリアージには、救急医や外科医などが当たるのが望ましい。彼等は、原則として直接個々の患者の治療や処置行為に参加すべきではない。トリアージ担当に指名さあれたら、病院全体としてマンパワーや患者の流れを考慮して治療優先順位を決めなければならない。そのためには患者の重症度と緊急度を判断するだけの経験がある人が望ましい。もし可能であれば、2人のトリアージ担当者を指名して、2人が相談してトリアージを行う。これにより、医師の心理的負担は相当軽減される。

 1995年5月にエルサレムで開催された世界災害救急医学会において、集団災害救護訓練が行われた。ここでのトリアージの特徴は、2段階でのトリアージであった。すなわち、災害現場での第1次トリアージでは黄色タッグを使用せず、死亡群、重症群、軽症群の3群に負傷者を分類し、傷病者集積所で2回目のトリアージ判断を行うときに赤色タッグ群と緑色タッグ群の中から黄色タッグ群を選んでいった。バイタルサインもゆっくり確認できないような災害現場でのトリアージは、まず大ざっぱに行って黄色タッグを付けることを避け、少し落ち着いた救護所でより詳しい重症度、緊急度判断をしようとするもので、実際的であり、合理的であるように思われる。


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