災害医学・抄読会 981002

トリアージと搬送

Yeoh E、日本集団災害医療研究会誌 3: 81-5, 1998


 災害とは、膨大な負荷が僅かな人員しかいない不十分な施設に対して科せられること、 すなわち需要と供給の平衡関係の破綻である。

 災害時の医療の目的は、身体的・精神的な後遺症を最小限に食い止めることにある。災 害現場での医療活動は Triage、Treatment、Transportation の3つに分けることができ る。

 Triage の起源は戦争において傷病者を判定し、外科医の技術によって利益を得るよう な者を考慮していたことから発生している。それは災害現場において行われる単純で最も 重要な医療行為となり、患者の様態の変化によって変化するものである。負傷者の数やそ れらの重傷度が病院の要員や施設の能力を超えていない場合には、生命の危機にある負傷 者の治療が最初に行われる。しかし負傷者の数や重傷度が病院の要員や施設の能力を超え る場合には、助かる可能性のある傷病者の治療が優先される。Triage の原則は、それぞ れの四肢や臓器を救うのが目的ではなく、生命を救うことが目的となる。緊急的な生命の 危機は気道閉塞と出血である。Triage の際に、例外的に治療が行われるのは、気道閉塞があ る場合、致命的な出血がある場合であり。前者では、負傷者の体位を変えたり、後者では、 圧迫包帯を当てたり変えたりする。

 Triage では、すべての損傷を見過ごさないばかりでなく、Tag を付けることによって 治療や搬送のための優先順位を判断する。

赤:優先順位1 生命に危機的、緊急、重篤でかつ悪化する可能性あり、緊急治療が行われなければ死亡する可能性あり

黄:優先順位2 速やかな対応、重傷ではあるが短時間は安定している

緑:優先順位3 待機、猶予、生命に危機的ではない

黒:優先順位4 死亡

 Tag は患者の躯幹の高い部分(首など)に装着する。Tag が手に入らない場合には、負 傷者の前額部に書き込むのもよい。Tag には患者の重傷度や四肢あるいはvital organ の 温存の可能性を書き込む。更に、特には明らかでない損傷、例えば頚椎損傷などの可能性 も書き込む必要がある。これにより、救援者が負傷者を扱う上で余計な手間をかけないよ うにすることができる。また、何かの内服薬が投与されていたら、その名前、容量、濃度、 経路、時間などについて記載されていなければならない。搬送と治療では、治療の優先順 位と搬送の優先順位は異なる可能性がある。閉鎖性の頭部外傷では、治療上特に行えるこ とがなくても、その患者はなるべく早く最寄りの施設に搬送されるべきである。一方、頚 椎損傷では早期に固定されるべきではあるが、搬送は可能な限り慎重に行われるべきであ る。治療が必要と判断される場合には、治療は緊急の状態に対して行われるのであって、 緊急の患者を治療するのではない。また、より損傷の軽い被害者にはより重篤な被害者の 監視を行わせる。

 搬送はTag の優先順位によって行われる。一般的には重篤な患者は最も近い病院に送ら れる。しかし、適切な患者を、適切な場所へ、適切な時間に、ただしできる限り遠くの場 所へ送ることを忘れてはならない。バスによる搬送は数多くの軽症患者を搬送するのに極 めて優れている。救急車については、患者の状態に見合った適切な速度で走行し、二次損 傷を引き起こさないという原則を守るべきである。航空機に関しては、長距離、交通渋滞、 辺鄙な場所や到達不可能な場所などがその適応となるが、天候、発着に関する問題、局地 での閉鎖、暗い場所などではある種の制約がある。一方、ヘリコプターでは、狭く、騒音 や振動あるいは事故が多いなどの問題がある。いずれの患者も移動させる以前に、搬送中 に起こる偶発的な問題を避けるためにもチェックリストを確認することは重要である。気 道確保、呼吸循環の維持などの手技は確実に行えるようにしておく。すべての患者監視装 置は確実に作動することを確認し、すべての薬剤やその他の医療機器などは確実に入手可 能にしておく。患者には可能な限り輸液路を確保しておくことが望ましい。

 最後に、連絡手段は、病院間だけでなく搬送元と受け入れる医師の間でも、すべてに関 して重要である。搬送隊も患者の情報について理解しておく必要がある。最も重要なこと は、搬送隊はいかなる緊急事態にも対応可能であるべきことである。また、搬送先の医師 は患者が完全に搬送されるまでは彼が責任を有することも忘れてはならない。


阪神・淡路大震災に学ぶ、看護管理者が得たもの

新道幸恵ほか、看護管理 6: 182-90, 1996


☆それぞれが自立し役割を果たす

 地震直後、新道先生はすぐに病院に電話を入れ、急いで病院に着くと、副部長に報告を聞き、後は任せて各病棟を歩き回られた。現場を回っていて、その時その時に必要だと思うことを指示された。たとえば、ナ−ス達に何か食べさせなければならないと思い、炊飯器やお米を調達し、4日間分の職員の食糧を確保した。

 三島先生もすぐに出勤したが、病院に来る途中電話を入れたときに、警備は警備の業務、当直者は当直者の業務がきちんとしていたことに大変感心した。

 以上のことから、今回のように非常事態のマニュアルがないときには、各自が自分の役割をきちんと自覚し、管理者は実際に現場を歩いて、周りの人たちを安心させるとともに、自分の目で確かめて判断、指示を出すことが必要である。

☆足りない医療材料に変わるもの

 震災ではどこの病院でも、物が足りなくなるという経験をしたのだが、三島先生や新道先生はそれぞれ工夫して対応されていた。

 たとえば三島先生のところでは救護班が来るまで、電気ポットを消毒に活用したりして、何とか滅菌物をもたせる工夫をした。また赤十字の支部を通して、下着からスリッパまであらゆる物をいただいた。新道先生のところでは、水がなくて透析の機械を動かせなかったので、透析患者は関連病院に動かした。外からもらった電子レンジで粥を炊き、清掃用のおしぼりを作り、大変助かった。

☆非常時にこそ必要な普段の感性

 患者を守るためには、患者を守る職員の健康を確保しておくことが必要である。

 新道先生は、ナ−ス達がほとんどなりふり構わず働くのを見てかわいそうに思い、ナ−ス達のためにお風呂バスを出してくるように交渉したり、文部省にナ−スのための化粧水と乳液を要求した。また、ナ−スのための宿泊所を作り、そこで雑魚寝をすることでナ−ス達のメンタルヘルスケアにつながった。

 三島さんは貴重な水を節約するために、知人に頼んで近くのス−パ−マ−ケットで大量の下着を買ってもらった。また予防着のポケットにリップクリ−ムと口紅を入れた。

 以上のような、普段の感性というのは職員の健康を守る意味でも非常に重要である。

☆ボランティアの適材適所のために

 ボランティアが大抵の病院で必要だったわけだが、新道先生のところでは兵庫県立看護大学や文部省からナ−スを送ってもらっていた。三島先生のところでは赤十字から応援をいただいた。

 だが単に人が増えても、食べ物も寝るところもないので、ある程度臨床経験のある人が必要である。また、どこで誰が必要か把握することも必要である。

☆「安全」判断のためのマニュアル作り

 患者を受け入れる一方で、避難のために出す場合がある。しかし、避難場所と決めたところが必ずしも安全とは限らないので、避難態勢の確立が重要である。

 今回新道先生のところでは、災害対策本部に余震が起こったときの避難態勢を話し合う、避難対策小委員会とそのネットワ−クが直ちに作られた。病院のなかにいる事情を知っている人が、即座に対策本部を作って、考え指示していくために情報を集約するシステムが必要だと思われた。その中心になるのは、各職種の方と一番接点が多い、看護婦であろう。

☆管理者として、妻として、母として

 震災があったときほとんどの人が、一日以内に病院に駆けつけてくれたが、管理者で来られた方と来られなかった人がいた。1つはPTSDがあげられるが、管理者である以上何かある場合には、「私」より「公」を優先してもらうのが理想である。

 しかしその人が役割行動をするとき、重複成員性というものがあり、母という役割も、妻という役割も、自治会の役割というものもある。その人が必要な状況のなかで、自分がしなければならないと思ったことをすべきであろう。また、患者を守る看護婦自身の安全を確保しなければならない。

☆各現場の情報の集約を

 災害の時に一番大切なことは、情報をいち早く収集できるかである。

 たとえば新道先生の病院ではは、臨時婦長会で患者の状態や、不足している物品などが報告されるのだが、このように情報を集約するための委員会を開くことが必要である。

☆人や物のネットワ−ク

 人や物のネットワ−クを作ることは大切である。たとえば、新道先生は神戸大学の看護部長になったとき、そこでいろんな人とのつながりができた。震災のときも支援の申し出があって、それに答えればいいだけであった。その経験より、人的、物的なネットワ−クを常日頃作っておき、どこかで災害が起こったとき、どのネットワ−クが作動して、どう行動していくのだということを決めておくことが必要であると考えられた。

 あと、義援金は被災したナ−スのために大変役立った。

*PTSD「心的外傷ストレス障害」

 事故や犯罪、の被害者および目撃をした人が、しばらく後になってから、その  現場の映像的記憶などの記憶が、日常生活の中で突然フラッシュバック(再生)し(止めることができない)、強力な不安や、頭痛、動悸などに襲われ、日常生活に支障をきたす症状を「心的外傷ストレス障害」といいます。


数回の大地震から学んだもの

鈴木八重子、看護展望 20: 1223-6, 1995


[環境]北海道東南部浦河町にある417床の地域センター病院

[主な地震経験]

S27.03.04 <十勝沖地震>     M8.2
S43.05.06 <十勝沖地震>     M7.9
S57.03.21 <浦河沖地震>     M7.3
H5.01.15  <釧路沖地震>     M7.8
H6.10.04 <北海道東方沖地震>   M8.1
H6.12.28 <三陸はるか沖地震 >   M7.5

[対策]

[地震発生時の看護部の防災体制]


震災に備える医療機器

尾原秀史ほか、医器学 65: 219-32, 1995


「水について」

 震災の際、一番困ったのは水の問題である。貯水槽はあっても、その日のうちに使い切ってしまったのである。水がないということは、オートクレープが動かせないから、手術に必要な器具が消毒できないし、クラッシュシンドロームで透析が必要な患者さんに透析ができない。空調は水を媒体にしているので、空調が使えない。空調が使えないとCT関係のものは、長時間動かせない。

 水の確保の問題としては、給水車が運んでくる、地下水を利用する、海水の淡水化装置などで自家発で引いてくる、プールの水を利用する、防火槽の水を利用するなど、一つの施設で全部揃えるのは無理なので、地域的にお互いに補いあうというスタイルをとるべきである。

「電気について」

 非常電源が震災後すぐに入り、また、関西電力から4時間後には電気の供給があったのであまり問題にならなかった。但し、電気が一時的に止まってしまった施設で問題となったのは、バッテリー内蔵の機器のほとんどは単体機で古い型のものであり、最新式のマルチモニター式のものにはほとんどバッテリーバックアップがなく役に立たなかったということである。

「情報について」

 一番大きな問題となったのは電話がつながらないということである。病院の電話よりも公衆電話の方がよくつながった。病院というのものは、かなりの優先権を持った電話を初めから設定しておく必要があるといえる。

 患者自身の既往歴や内服薬などの個人情報もなかなかとれなっかた。将来的には例えばICカードみたいなものを持ってそれに重要なものはいれておいて、いざというときには他の病院でも使えるようにすることが必要になってくるかもしれない。

 機能している病院に必要な数の医師を派遣するという応援態勢のシステムもあらかじめ作っておくべきではなかろうか。

 在宅の人工呼吸をしている患者で、停電のために36時間家族が手動バックで蘇生していた例もあり、在宅と医療との連絡をとれるように行政も含めて環境を整えなければならない。

 これらの問題に対して、必要に応じてこれが必要だというものをまとめて、その情報を流すセンターみたいなもの、個人、会社、病院、自治体、国それらが上手くリンクした情報網が必要である。

「機器の耐震性について」

 キャスター付きの機器は、動き回るので壊れにくい。ただしこれは今回の地震がマシーンの稼働していない時間帯だったので良かったのだが、例えば透析中の地震の場合を今後考えなければならない。

「固定が必要なもの」

 毒物、ボンベ、レントゲンフイルム、病理のプレパラート、標本ビンなどは、何らかの形でコンパクトにまとめて、安全な形で保管しなければならない。また、壁の中に埋め込まれていたモニターは、地震の際全然落ちていなかったことが事実がある。


病院建築の耐震性

長澤 泰、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.151-50


阪神大震災での医療施設の被害

 95年1月17日未明、神戸市沖合15kmを震源地とする阪神大震災(M7.2)が発生した。発生後2ヶ月の時点で死者5500人、負傷者36000人、被災者30万人、被災家屋18万5000戸の大規模な被害が発生した。医療施設にも大きな被害が発生したが、ここではその被害内容とその分析を述べる。

医療施設の被害

1)施設の概要

   ほとんどの医療施設(以下、()内は「病院/診療所」の順)の建物がいわゆる耐震建築であるが、その大半(68%/64%)は、81年の耐震設計基準改訂以前に竣工したものであった。ほぼ半分の病院(45%)が、ほとんどの診療所(95%)が4階建以下であった。

2)事前に行っていた防災対策

 以下の表に示す(数字は%)。

  
 病院診療所
自家発電器装置753
水の備蓄タンク準備4710
LPガス備蓄タンク準備105
患者用食糧備蓄294
医薬品備蓄3416
消防本部とのホットライン設置252

3)阪神大震災での被害状況

 以下の表に示す(数字は%)。

   
 病院診療所
建物大破/大規模な補修が必要6142
通常の手術不能39-
通常の外来診察不能-54
MRIの被害70-
CTの被害30-
X線撮影装置の被害65-
通信設備の被害25-
スプリンクラー設備の被害32-

 他に全焼:1病院/14診療所、半焼:2病院/7診療所、入院患者の被害:病院3人/診療所7人

4)業務への影響

被害の具体例と分析

 今回の神戸では、想像を絶する直下型地震であったことから、医療施設にも大規模な被害が発生している。例えば、水・電源・情報通信、さらには搬送機器、検査機器、屋上設置機器など様々なものに被害が発生した。ここでは95年4月6日より6月16日にかけて、公的な13病院(102〜1000床)、私的な9病院(151〜1250床)で行われた詳細な現地調査に基づく分析を、特に水に関係する被害について詳しく述べる。

 まず、給水に関してであるが、高架水槽の配管を含めての破損が目立つ。ほとんどの病院は復旧まで2〜3週間を要したため、その間医療施設は優先的に飲料水の供給を受けた。自然圧で給水可能な階には、応急修理で配管をつなげて給水できたが、それ以上の階では看護職員がバケツで水を運ぶことが日課になり、廊下にポリバケツが並ぶ光景が日常的に見られた。ある病院では、許可を得て消火栓から防火用水を滅菌して利用している。生活用水はこのような形でとりあえず補給したが、給水の途絶は多くの院内業務に影響を与えている。例えば、水を必要とする検査では、その補給は手作業、CT・MRIは冷却水の断水で作動不能、滅菌作業も停止といった状態である。結果として手術部での手術が不可能になっている。

 調査病院の2/3ほどは主に断水のため、給湯も停止している。

 さらに神戸では「水」は直接的な被害をもたらした。高架水槽の破損によって漏れでた水はエレベーターの機能を停止させた。スプリンクラーの誤作動も何カ所かで報告されている。こういった冠水のため、病歴自動検索機では漏電、核医学部門のデータテープ記録は喪失、薬剤の使用不能が発生した。救急や検査部門では床全体が水浸しになり、業務に障害が生じた。また汚水配水管損傷による漏水のため、また特に上の階での便所の使用ができないため、病棟の患者を移動する例もあった。ちなみにアメリカ・サンフランシスコでの地震においても。アメリカでの耐震基準改訂前の病院での診療業務の停止や患者の転送を余儀なくされた最大の要因は、スプリンクラーシステムからの水漏れによる被害であった。

病院建築の耐震対策

 阪神大震災以前にも、新潟地震・十勝沖地震・宮城県沖地震以降に様々な病院建築の耐震対策・研究が行われてきた。この耐震対策・研究を通じて、震災時の医療施設では、水と電気の確保が診療機能を維持するために重要であることが指摘されてはいた。

 このような耐震対策・研究、さらに今回の阪神大震災での分析から、いくつかの示唆が得られる。

 まず、地震だけに限らないが、「非常時の対策は必ずしも平常時の対策と一致しない」ことである。神戸では地震後の医薬品供給不足が報じられた。オンタイムの供給を図って、院内の死蔵在庫をなくすといった平常時の物品管理の努力は、非常時にはかえって裏目にでるといった例は、災害対策の難しい面を物語っている。平常時ならびに非常時双方に矛盾しない対策を考えないかぎり、実際には有効な対策とはならない。今回の貴重な経験をもとに 、広くリスクマネージメントの視点から病院管理の見直しが必要と思われる。

 さらに「平常時の中核病院は非常時の中核病院ではない」という発想も必要かもしれない。現在の病院医療は、好むと好まざるとにかかわらず、高度の診断治療器機と情報通信搬送機器に支えられた人工的室内環境の中で行われている。当然、これらの高度の設備システムは一般に災害に対して強くない。そう考えると非常時の中核病院は、おそらく安全な立地と広い敷地を持ち、そして極めて原始的だが頑丈な建築と設備を備えたものかもしれない。いざという際の医療スタッフの確保も、地域や国のレベルで考えれば可能であると思われる。

 特に今回の調査結果を見てわかることは、以前から指摘されていたことと同じ事項が多い、ということである。

 カルフォルニア州は幾度か震災にあっているが、88年の震災の経験に基づいて医療施設の具体的地震対策をまとめて公開したにもかかわらず、対策を怠った病院では94年の震災でも同じ誤ちを繰り返したと指摘されている。

 このように、神戸での教訓を「どのようにしたら具体的な対策として、今後実施することができるか、その方策自体を考える」ことが重要である。


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