災害の中でも航空機事故、列車事故、高速道路での多重衝突事故などの人為的集団災害が発生した場合には医療救護班を編成し、現場で応急処置を中心とした緊急医療活動を行うことができる。この場合には現場と医療機関との間で連絡を取り合い、多数の負傷者を各病院に分散させ、これに対処することが可能であり、医療機関が直接被害を受けない災害は負傷者を受け入れられる、しかし地震など自然災害の場合は、その被害が広域に及ぶと同時に、多数の死傷者が発生し、しかもこの広域の中には医療機関も含まれるので、当然のことながら病院も被害を受けることになる。つまり、点で発生した災害には緊急医療体制を容易に敷くことができるが、面で発生した災害の場合には困難を極める、ところが、ある調査によれぱ60%以上の公立・私立病院において防火訓練などの避難訓練は実施するが、集団災害救護訓練は実施不可能であると回答している。これは災害医療の観点からすると重大な問題である。そこで地震災害を想定した緊急医療計画について述べる。
地震発生と同時に、まず行わなけれぱならないのは、病院内の全職員が外来、病棟の患者の安全について十分な指導をすることである。特に歩行に支障のある患者、老人、乳幼児、妊婦などの避難には十分な配慮を必要とする、これこは平時の防災訓練を通じて、その時に行わなけれぱならない行動を体で覚えておく事が大切である。もう一つの大切なことは、病院から絶対に火災を発生させないことである。また、患者の受け入れが可能かどうかを判断するには、病院内の人員、設備の被害状況を正確に把握する必要がある。受け入れが可能と判断したら、次の基本事項を確立していかなけれぱならない。
1.対策本部の設置
緊急医療活動を円滑に進めるにあたって最も大切なことは、命令系統を一本化することである。本部の主な任務は、(1)情報の収集、伝達、(2)緊急医療体制の支援と助言、(3)施設の復旧と緊急資材調達、(4)保安体制の確立などがある。
2.職員の非常勤務体制
負傷者を受け入れた時から、病院は24時間オーブンの勤務体制をとらなけれぱならない為、可能なかぎりの職員を緊急動員しなけれぱならない。また、ライフラインの止まったなかでは人手が必要になり、看護学生やボランティアを応募し、これをうまく活用すれぱ大きなパワーになる。
3.ライフラインの復旧
電気、ガス、電話、上・下水道などのライフラインが途絶えてしまうと、病院の機能は著しく障害される。電気は自家発電、都市ガスはブロパン、電話は携帯用無線機などで代替することが可能であるが、水は備蓄するしかない。ライフラインの早期復旧が人命救助に大きな役割を果たしているといっても過言ではない。
4.医療資機材、薬品、食料の確保
地震災害の傷病者のの80%以上が外科・整形外科疾患であり、その多くは打撲、挫創・骨折であり、開腹術を要するような重症例は10%前後といわれている。したがってガーゼ、包帯などの衛生材料は備蓄品の対象となる、また薬局や倉庫の薬品棚を耐震工夫することにより被害を少なくする。そして食料に関しては患者用を含めても最低2日分の食料は必要である。
5.医療チームの結成
トリアージ:重症患者、中等症患者、軽症患者に分ける。トリアージおよび重症患者の担当には経験のある外科系医師が最適である。特にトリアージを担当する医師は特殊状況下での判断を求められるために、冷静かつ沈着な態度を必要とする。
6.救護所の設置
玄関は対策本部の場所去あり、患者の重症度と治療の優先度を決めるトリアージの場所である。外来のフロアを混乱なくするためには、患者の流れを一方通行にすることが大切である。軽症患者は出口の近い所で、簡単な処置後に帰宅を促す。処置及び24時間以上の観察を要する中等症の患者の占める割合は大きいと予想されるため、広いスペースが使用できる食堂、講堂、リハビリテーシヨン室が最適である。重症患者には救急室、手術室などが適している。
以上のようなことを考慮にいれて災害実習訓練を行い、災害が起こったとき病院が機能的に運営できるようにする必要がある。
災害時の診療記録の整備と診療記録の作成は、より正確なニーズの把握のために必要である。この資料の作成のためには様式を統一した患者の診療録と患者台帳が必要不可欠である。さらにコンピューターに整理し、ソフトの統一を図り、すべてのデータを1ヵ所に集めるべきである。
患者診察録・台帳の目的は診療内容の記載、サーベイランスのための資料収集、統計作成のための資料収集である。原則として外来診療記録、入院診療記録、患者台帳の3種類とし、外来診療記録はコードによる記載を取り入れた簡単な記載法を用い、保管しやすいものとする。同じ医師が診療録と台帳の内容が一致するよう確認することとする。
1)外来診療録は難民に対する救援活動も含めて対象とするのか、自然災害の被災民に対する援助のみを対象とするのかを考慮する必要がある。この違いにより診療録を管理する方法や患者台帳に記載する体制が変わってくる。
記載事項のコード化については、一例として、受診時の症状や徴候による分類を行うようにすると、サーベイランスや診療統計を取るために有利となる。
収集資料処理の目的は疫学サーベイランスと統計である。
業務日誌モデルについて
業務日誌を記載する目的は後日の援助活動の評価および今後の援助活動の改善のための資料として利用する、また、後発チームの参考資料として活用することである。そのためチーム内の業務分担に沿った統一した記載内容であることが望ましい。チームリーダー、サブリーダー、コーディネーター、チーフナース、一般チームメンバー用の5種類に分ける。
災害援助が継続される場合のチームの申し送り事項として、現地の医療状況の変化、他のチームの活動状況、現地の医療サービス体制・組織、現地の略図・交通マップ・買い物マップ、security上の留意点、文化的・社会的留意点、衛生環境・waste disposalについて、現地雇用者・ヘルスアシスタントなどの特徴、人となり、人脈など、その他が挙げられる。
仕事が終了し撤退する際には現地の責任者に英文による活動報告書を提出し、現地の医療活動に活かせるようにする。
1996年7月大阪府堺市において、小児学童に病原性大腸菌O157 による細菌性食中毒患者が集団発生した。総患者数は約5,800 人、入院患者総数約800人であった。O157 感染による中毒は経口的に食品などの摂取により感染し、平均5日間の潜伏期間を経て下痢と腹痛により発症する。下痢は水様性で次第に回数が増加し血性下痢となる。第5〜6病日にO157 の産生するVero毒素により溶血性尿毒症症候群(HUS)をきたし、痙攣などの中枢神経症状を伴って死亡する場合がある。今回の集団発生では3名がHUSによる中枢神経障害にて死亡した。今回のO157 患者のうち、近畿大学医学部付属病院では761例の外来患者と、31例の入院治療を行った。このうち入院患者31例について検討した。
入院患者のピークは7月18日で、8例の入院。31例のうち24日と29日に入院した二次感染と思われる4例を除いた全ての患者は、7月11日と12日に腹痛、下痢、血便などの初発症状が見られた。
2.HUS患者の入院動向
§HUSの診断基準
以上の3項目を満たす症例。31例中17例であった。
入院患者のピ−クは18日にみられ、入院患者総数の動向に比例した。
3.HUSの治療
可能な限り保存的治療(輸液と抗生剤の投与)とし、血液浄化療法は適応基準を満たした5例にのみ施行した。
(2)血漿交換の適応基準(下記のいずれかを満たした場合)
入院期間
HUSの治療としては支持療法として、1)輸液・透析による体液管理、2)高血圧に対する治療、3)輸血、4)脳症に対する治療、5)DICに対する治療、6)中心静脈栄養がある。
特異的療法として、1)血漿交換療法、2)γ−グロブリン製剤、3)抗生剤、4)ハプトグロビン、4)抗血小板剤・プロスタグランディンI2、5)血漿輸注・ビタミンEを挙げているが、これらの有効性は確立されていないとされている。
Vero毒素(VT)産生大腸菌食中毒感染症は小児や高齢者では重症化し、VTにより溶血性尿毒症症候群となる症例がある。HUSはVTによる 血管内皮細胞の障害に惹起される血栓性微小血管障害である。HUSの 臨床的特徴として急性腎不全や血液凝固機能障害を合併して重症化することが挙げられる。また意識障害や痙攣などの脳症を伴う患者は予後が 悪く、これらの症状が血液凝固機能障害の病態が脳血管に波及したものと考えれば、血液浄化療法も含めた十分な治療法の選択を考慮すべきである。
O157 感染による集団中毒の対策として、
以上の目的で対策マニュアルを作成し迅速に対応できる体制を整備する ことが重要である。
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災害時においても、迅速かつ的確な救援・救助が行われるためにネットワークが必要である。被害を受けて診療不能な医療機関、患者の殺到している医療機関、スタッフの応援を要請しているあるいは医薬品の不足している医療機関がどこなのかという情報が入手できなければ、適切な災害救援・救助はできない。また、被災していない地域の医療機関から患者の受け入れや医療スタッフ提供などの申し出があった際にこれらをとりまとめて適切に調整を行う上でも、医療情報ネットワークは不可欠である。
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また、あり方研究会では、「地域単位での対応の強化」を強調している。この地域単位とは二次救急医療圏もしくは保健所の所轄管区としている。各二次救急医療圏ごとに1カ所以上の地域災害医療拠点病院、および各都道府県に1カ所の基幹災害医療病院の整備が進められている。
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災害発生時には、医療機関状況、患者転送要請、受け入れ可能患者、医薬品等備蓄状況、ライフライン状況、医療スタッフ要請といった情報が、被災地内の災害医療拠点病院その他の医療機関から入力され、各都道府県ごとに開設された「都道府県センター」のサーバ(ネットワークの情報拠点)にデータとして保存される。そして、この情報データの中から、被災地内外の医療機関、医療関係団体、消防機関、保健所、市町村行政機関が、それぞれの役割に応じて必要となる情報を閲覧し、対応することが可能となる。
これにより、被災地内保健所および行政機関は、被災地内医療機関からの種々の要請、非被災地からの支援申し入れ情報などを基に、これらの調整を適切に行うことが可能となる。
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今後、地域の諸機関が連携した災害対策が全国的に拡大していくことが期待される。
表、阪神・淡路大震災から得られた医療面での教訓
2)医療搬送ニーズに加え、消防・救援・救助ニーズも同時にあり、併せて道路の被害や被災者の避難等で大変な混雑となったために、円滑な患者搬送、医療物資の供給が困難となった。
3)医療施設の施設自体は損壊を免れても、ライフライン(水道、電気、ガス等)が破壊されたか、設備もしくは設備配管が損壊したため、診療機能が低下した医療機関が多く見られた。
4)一部の医療機関では、トリアージの未実施のため、医療資源が十分に活用されなかった。
5)阪神地域では大震災は起きないものと心耳、防災訓練や備蓄等の事前の対策が不十分であった。
6)続々と現地に向かった救護班の配置調整、避難所への巡回健康相談等が保健所で実施された場合が評価された。
7)中長期的には、PTSD対策、メンタルヘルス対策および感染症対策、生活環境が重要な問題であることが明らかになった。
表、災害医療拠点病院に求められる機能
3)自己完結型の医療チームの派遣機能
4)地域の医療機関への応急用医療資材の貸出機能
5)要員の訓練・研修機能
国際医療活動における診療記録と診療統計について
金川秀造、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.169-173腸管出血性大腸菌感染症の小児集団発生
坂田育弘ほか、日本集団災害医療研究会誌 1997; 2; 43-47I.対象と方法
II.結果
血液浄化療法群5例:平均59.2日III、考察
災害医療情報ネットワークについて
大友康裕、救急医療ジャーナル vol.6 (1) 12-16, 1998
先の阪神淡路大震災の経験から、災害時における情報の重要性が広く認識された。「空白の4時間」といわれたような、初動体制の遅れは、災害対策を立ち上げるべき防災機関自体に被害が発生したことも原因の一つではあるが、やはり確実な情報の欠乏が最も大きな原因であったとされている。これを教訓として、防災システムの整備が国土庁、自治消防庁、各自治体、その他関係機関において進められているところである。
現在適正な患者の配分ができるのは、救急指令センターにおいて、適切な治療が可能で、なおかつ現在診療可能な直近の医療機関を把握しているため、すなわち医療情報ネットワークが整備されているためである。
厚生省の「阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会」の報告を受け、「広域災害・救急医療情報システム」の構築が平成8年度から進められている。「広域災害・救急医療情報システム」は、従来の救急医療情報システムに災害医療情報を盛り込んでいくという形で整備が進められている。具体的には、すでに救急医療情報システムを導入している都道府県は、そのシステムの更新の際に、未整備の県では最初から救急医療情報システムを整備することが求められている。
災害医療情報の項目設定に当たってポイントとなるのは、被災地内医療機関にとっては入力の負担が少なく支援する側にとっては十分な情報が得られるようにすることである。
このようなネットワークの整備とは別に、災害時における広域応援体制の整備も重要な課題である。すなわち、近隣都道府県・市町村間で災害時の相互応援協定を締結しておき、初動の遅れの原因となる「要請主義」を排除し、被災地からの応援要請を待たずに近隣の都道府県・市町村が救援に向かうものである。
1)第一義的な調整・指令を行うべき県庁、市役所が被害を受け、通信の混乱が加わり、医療施設の被害状況活動状況といった情報収集が困難な状況となった。
1)重篤な救急患者の救命医療を行うための高度の診療機能
2)傷病者の受け入れおよび搬出を行う広域搬送への対応機能