挫滅症候群

3.挫滅症候群の集中治療と看護

大阪市立総合医療センター 鍛冶有登
(エマージェンシー・ナーシング 10: 125-8, 1997)


目 次

はじめに    急性腎不全  減張切開
末梢神経症状  合併症予防   おわりに
引用・参考文献


はじめに

 挫滅症候群は、重症化したものや治療開始が遅れた場合、急性腎不全をはじめ循環不 全・DIC・呼吸不全など、多臓器不全(MOF)の様相を呈する
1)。迅速で的確な処置を怠れば、不幸な転帰となることもまれではない。事実、阪神大震災の折には、瓦礫の下から救出された患者が、最初は重症感がないのに突然様態が悪化し、死亡するといったことが被災地の医療機関でみられた。また、倒壊建物の下に100時間以上埋もれていた人が、必死の救出作業のあと圧迫を解除されて間もなく心停止に陥った、との報告もあった。これらは、挫滅症候群の初期致死因子である高カリウム血症の症状である。

 幸い、集中治療の可能な医療施設へ搬送された場合、最初期はこの高カリウム血症をいかに切り抜けるかが最大のポイントとなる1)

 阪神大震災の被災症例のうち、大阪市立 総合医療センターに救急搬送された挫滅症候群は23例で、男性が13例、女性は10例で 、平均年齢は47.7±3.6歳(16歳―79歳)であった(表、図)。これら23例のうち1 5例は、大量の容量負荷や強制利尿にも関わらず乏尿または無尿であったため、また1 例は高カリウム血症(7.8mEq/L)のために血液浄化法が施行された。施行された血 液浄化法は血液透析(HD)9例、血漿交換(PE)十血液透析5例であり、そして循環動 態が不安定なため血液透析の導入が困難であった2例に持続血液透析(CHD)を行った 。ほかの7例は血液浄化法を施行することなく大量の輸液のみで治療し得た。このう ち、2例には人工呼吸が必要であり、ほぼ全例でドパミンなどのカテコラミン類の持 続投与が必要であった。

 今回の震災でわれわれの施設で扱った挫滅症候群症例のうち、3例に減張切開が必要 であった。これは、圧挫され極度に腫脹した大腿により、下腿にコンパートメント症 候群を起こしたためであった。他施設では、虚血肢の切断に及んだ例もある5)

 このように、挫滅症候群は多臓器不全の様相を呈することが多く、血液浄化法・人工 呼吸・減張切開などの侵襲的治療手段、Swan-GanzカテーテルやCVPカテーテル、血 液浄化法のためのブラッドアクセス・カテーテルなど、患者に精神的・肉体的苦痛を 強制する場面が多々あ る。これに加えて、患者白身の恐怖体験・将来への不安・親族の安否・経済的問題な ど、患者の安楽を破壊するさまざまな要因が重なり、精神看護上の課題はきわめて大 きいと言える6)

急性腎不全

 挫滅部位に再び血流が戻ることによって腎毒性物質(ミオグロビン)やカリウム・乳 酸が血中に放出され、これに挫滅部位への水分移動に伴う極度の脱水が加わって、腎 前性・腎性両面から急性腎不全が完成する。これを阻止するために、早期からの大量 輸液が必要となる。1日あたり3,000〜4,000 ml、場合によってはそれを超える量の 細胞外液輸液が行われる3), 4)。外傷が加わったときは、出血がこの傾向を助長する 。基礎疾患や年齢によっては、容易に肺水腫を惹起するため、最低限CVPできれば Swan-Ganzカテーテルによる肺動脈閉塞圧の頻回のモニタが必要である。

 血液浄化法では、循環動態に応じて手段が選択される。すなわち、血圧が不安定であったり、多臓 器に障害が及んでしまっている場合では、持続的かつ緩徐な浄化法(CHDやCHDFなど )を第一に選び、ほぼ安定した循環動態が得られれば、通常の血液透析が溶質除去の 点からみても望ましい5)

減張切開

 挫滅症候群そのもので減張切開が必要となるよりは、腫脹部位より末梢側の血流不全 および血液再還流によるコンパートメント症候群に対して必要となる。

 筋膜層まで切 開するため、感染予防の観点か らの創処置が必要であり、創部の清潔保持に努める。また、浸出液が多量にみられる ので、頻回のガーゼ交換を余儀なくされる5)

 患者の疼痛対策も欠かせない。鎮痛 薬の種類・投与量・投与方法など、医師とのカンファレンスを繰り返しつつ、的確に 対応しなければならない。

末梢神経症状

 挫滅部位より末梢の神経に症状が現れる。われわれの施設に搬入された23例中9例に 末梢神経症状があった。感覚マヒよりも運動マヒの方が強くみられ、回復に長期間を 要したが、約1年後にはほとんどの症例でほぽ完全に回復した2)

 この神経症状の改善にも、長期のリハビリテーションが必要となる。経済的な問題や家族の離散など、患者個々が抱える将来への不安を受けとめつつ、前向きにリハビリテーションを進め させることがポイントとなろう。

含併症予防

 挫滅症候群は、複数の臓器系を侵す多臓器不全の危険な入り口でもある1)。急性腎 不全により血中に散布された有毒物質は、心・腎のみならず、肝においてはタンパク 合成能を低下させ、感染傾向を作る。また、減張切開は細菌の増殖にまたとない好条 件を提供する。極度の脱水が作り出す不安定な循環動態は、腎・肝など重要臓器に対 して不全傾向を助長させる因子として働く。これらが不幸なつながりを形成すると、 多臓器不全の悲惨な結末を招きかねない。これを予防するためには、日常の患者管理 からきめ細かい配慮が可能なシステムが必要である。

 長期の血液浄化法の施行や、人工呼吸、 循環管理は、高度に洗練された集中治療施設で行われるべきである。すなわち、上気 道の加湿・清潔保持・開通性保持から始まって吸疾操作の細部まで、気道管理の手法 やシステムには、集中治療に関するよくこなれた知識と経験が必要である。また、血 液浄化法の施行には、種々の手法の特性を理解し、病態の推移についての鋭い観察力 が欠かせない。そして、複数のスタッフ間での討議や反省に基づく治療方針の統一、 急変時にも冷静で的確な対応が可能な柔軟性、日常のルーチンワークのレベルから鍛 え上げられた高度なICU意識がその背景として要求される。

 これらがすべて揃っては じめて、急性期多臓器不全の落とし穴から患者を保護することができるのである。

おわりに

 このように、挫滅症候群の治療に関わる看護には、急性期における集中治療の特性と 、それ以降の精神看護の特性の相反する2つが求めら れる。しかも、多数の患者を同時に引き受けるという「思いがけない事件」として、 救急医療部門の日常に割り込んでくる。この難問をクリアするには、平常時から2つ の特性のどちらにも対処できる幅広い度量・技術・知識の修得に心がけていなければ ならない。


■引用・参考文献

1)Michaelson M, et al: Crush injury and crush syndrome. World J Surg 16: 899, 1992.

2)重本達弘、ほか:クラッシュシンドロームにおける血液浄化法 の臨床的検討―阪神大震災の23例の分析から―。日本救急医学会雑誌(in press)。

3)Better OS, et a1: The crush syndrome revisited (1940-1990). Nephron 55: 97, 1990.

4) Ron D, et al: Prevention of acute renal failure in traumatic rhabdomyolysis. Arch Intern Med 144: 277, 1984.

5)鵜飼卓、ほか:座談会 クラッシュシンドローム対応の諸問題. 救急医学19: 1165.

6)堤邦彦:災害とこころのケア;PTSDを中心とし て. 救急医学 19:1754.


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