第1回日本集団災害医療セミナー印象記

愛媛大学医学部救急医学 越智元郎


 本文は救急医療メーリングリスト(eml)に投稿したものを、一部改変して ホームページに収載しました。皆様からのご意見や感想をお寄せ下さい。

目 次

■日本集団災害医療セミナー印象記1
■日本集団災害医療セミナー印象記2
■阪神大震災を教訓とした災害医療の展望
    (日本医科大 山本保博教授)


From: Genro Ochi 
Date: Sat, 08 Nov 1997 06:12:16 +0900
Subject: [neweml:0484] 日本集団災害医療セミナー印象記1

 愛媛大学の越智です。第1回日本集団災害医療セミナー(11月6日、スクワー
ル麹町)の印象記をお送りします。受講者として、そして企画側として参加され
た、他のemlメンバーからのご追加もよろしくお願いします。 

〇セミナーの位置づけ
 最初に、前日まで開催された第3回日本集団災害医療研究会会長 山本保博教
授(日本医科大)から挨拶。本セミナーは元々第3回研究会関連の行事として教
授が企画したが、今回の幹事会でこの研究会の公的な催しとして来年以降も開催
することが決まったと。
 セミナー配布資料冒頭の山本教授の論説「阪神大震災を教訓とした災害医療の
展望」は時間の都合か、講演されなかったが、非常に時宜を得た格調高いもの。
(教授のご了承をいただき、全文をこのコーナーに収載しました。)

〇日本医科大 二宮宣文先生の講演:Mass Casualty Incident Management(MCI)
・安全指揮者(Safety Officerの二宮訳):救出、救助、トリアージ、搬送、現
 場処置など、現場における救助者、被救助者の安全性の確保のための総指揮を
 行う。トリアージ責任者(triage officer)と並び重要。
・救急システム指揮者(EMS officer):通信手段として head set(ヘッドフォ
 ンとマイクの組み合わせ)が有用。手を離せる。現場で出す指示や周囲からの
 声も、通信先に伝わる。
・搬送指揮者はステージング指揮者を直ちに選出し、交通整理(救急車専用ルー
 トの確保)に当たらせる。
・トリアージと牛追い柵(Cattle Chute Technique)の原理。成田空港の見事な
 災害訓練の例。長机を利用して、牛追い柵を作り出している。

〇Univ. of Malaya, Prof. Yeoh. 「Triage」:昨年バリでのアジア災害医学会
での講演が好評、今回もわかりやすく実践的な講演をされた。
・トリアージの優先度は(病態の)診断ではなく、予後(の予測)によって決定
 せよ。迅速な判断を(30秒で)。意識とABC(気道、呼吸、循環)の評価が
 中心。すべての損傷を確認しないこと。
・声かけがトリアージの重要なステップ:どこが痛むみますか?(これによって
 トリアージ担当者が主訴に集中、意識評価)、深呼吸できますか?
・トリアージ担当者は実際的な治療は行わない。2つの例外:イ)気道閉塞→用
 手気道確保や体位)、ロ)致命的出血→圧迫固定など
・すべての患者にトリアージタッグをつける。なければ額にフェルトペンで数字
 を書く。1〜4どちらが重症?(日本では黒=0、赤=1、緑=4)。
・タッグへの記載:イ)患者の生命予後、四肢の機能予後、vital organの重傷度、
 ロ)明かでないもの(頚髄損傷がありうる場合)と2次損傷の危険性について
 の情報、ハ)治療内容と時間
・トリアージ、搬送と通信:最初の通信は搬送地域から病院へ送られるべき
(患者数と重症度について)。搬送中:大災害時は救急車と病院との通信内容は
 最小限でよい。

〇千里救命救急センター 甲斐達朗先生:トリアージタッグの記載法
・統一タッグができたが、その中に非統一部分がある
・タッグ番号の重要性(患者同定のため必須)
・患者の基礎情報の重要性:氏名、年齢、性別、住所(特に電話番号)
・付ける身体部位は未定、紐の長さも色々。四肢か頚か? 頚の時は頚髄損傷に
 注意。 ・1枚目は必ず自分の手元に残す。 ・時刻記載の重要性
・評価が変わった時は新しいタッグをつける。古いタッグは捨てずに身体に残す
 (斜め線を引き、最新のものでないことを示す)。


From: Genro Ochi Date: Mon, 10 Nov 1997 01:51:08 +0900 Subject: [neweml:0511] 日本集団災害医療セミナー印象記2  愛媛大学の越智です。第1回日本集団災害医療セミナーの印象記(続編)です。 午後は実際のトリアージ訓練、一体どのようなものが用意されているのか? そ こで経験したものは、私が予想していたのとはかなり違い、濃密な訓練でした。  当日受付のオブザーバーも多数おられたが、62人の正式受講者のみが2グルー プに分かれ、訓練を受けた。両グループが大地震、ジェット機墜落という2つの 設定の訓練を交代で受けるもの。1回目はまず経験させる、2回目は修得度の評 価という面もあり、企画された側にも有用なデータを残したと思う。  私のグループは1回目に、東京都心の大地震の設定の訓練。文京区の倒壊家屋 の密集した地域に医師や救急隊員などによるトリアージチームが派遣された。4 人ごとのチームを組む(私のチームは医師、看護婦さん、救命救急士、救急隊員 が各1人)。8チームが5人のメーキャップした患者さんを順にトリアージして ゆく。制限時間は初め5分、あとで3分に変更。5人の患者さんは熱傷、大腿骨 骨折、挫滅症候群疑い、急性硬膜下血腫(意識レベルがトリアージ中にどんどん 悪くなる)、塵芥吸引により咳を頻発している患者など。後で聞いた話では、患 者さんに扮した中には有名なDrや emlメンバーも。ズボンを脱がされかけたり、 きびしい痛み刺激を与えられたり、大変であった由。  印象)・患者さんから氏名、住所などを聴取しトリアージタッグに書くのはか      なり時間がかかる。 ・バイタルサイン(意識+Airway, Breathing, Circulation)から大体の重症度  を掴むのはそう時間はかからない。しかし、もう1歩踏み込み、トリアージの  結果を左右するような情報を得て、判断するには、能力や経験が必要(できれ  ば気道熱傷疑い、血気胸、脊髄損傷といった診断をタッグに書き込めれば理想)。 ・混成チームでのトリアージは遠慮もあり、突っ込んだ意見交換は困難な感じ。 ・担当者による講評:通し番号が抜けている。タッグの1枚目を控えとして破ら  なかった。重症度評価のための色表示(不要な色を破る)をしていない。なぜ  その重症度と判定したがわかる記載が必要と。  後半の訓練は成田空港のジェット機墜落現場に、たまたまわれわれの31人のグ ループ(医師、看護婦、救急隊員の混成)が第1陣として到着しトリアージを行 うという設定。乗客 340人が次々と助け出されて来る。白板に図示しながらその 後の手順のシミュレーションを行う。トリアージスペースをどこに、患者収容ス ペースをどこに、救急車やへりでの搬出場所をどこに、これらの手順を実際に30 人で論議しながらとなると容易には進まず。31人の小グループ分けの仕方につい ても意見が分かれる。実際にその場面で、責任者の立場であった場合、的確な判 断をして、皆を納得させ引っ張ってゆけるか、難しい。  シミュレーションの後に再び5人のメーキャップした患者のトリアージを5人 の小グル−プで。私のグループは2人、3人に分かれ、患者2人、3人をみた。 医師は私だけだったので、手伝っていただいて私自身が5人全部の重症度を確認 してトリアージ判定をすべきであったろう。2回目の訓練であったのでその後の 講評(鵜飼先生)も辛口。私自身いろいろな種明かしを聞くと、患者を短時間に 把握する能力が乏しかったと反省、物珍しさもあり浮ついた気持ちであった。こ の設定では、チーム全員で全部の患者をみてゆくのが良かったようだ。  以上、この訓練をお世話いただいた二宮先生、甲斐先生、杉本先生、山口先生 金田先生、浅利先生、和藤先生など(いずれもemlメンバーです)、大変お世話 になりました。長文、駆け足となりましたがセミナーの印象記として紹介させて いただきました。それでは皆様、また。


阪神大震災を教訓とした災害医療の展望

日本医科大学救急医学 山本保博

(第1回日本集団災害医療セミナー資料集 1997)


目 次

1、情報ネットワークの構築
2、大災害時の初動体制
3、災害に強い病院作りの必要性
4、災害医療コーディネーターの育成と広域搬送体制


1、情報ネットワークの構築

 災害に関しては、平成7年1月17日早朝に発生した阪神・淡路大震災は5500名の尊い命と3万5千にものぼる負傷者を出し、戦後最大の大災害となった。この大地震を契機として、我が国では大災害における災害医療の在り方についての再検討が活発に行われるようになってきた。数多くの尊い命を無駄にしない為にも、より良い災害医療シス テムの構築が急務と考える。

 今回の災害では、病院間、消防本部、地方自治体での情報ネットワーク体制が整って いなかった為に、それぞれの病院の被災の状況、負傷者の受け入れ状況等を把握することができなかった。このため、量的、質的の対処できない負傷者をどこの病院に運んだらよいのかなど様々な混乱をきたした。また、ほとんどの施設が非常用として通常の電話回線を考えていたことも情報の把握ができなかった一つの要因であった。被災地の医療情報は、災害医療チームの派遣や被災地の医療を確保するため、早朝に必要となる。この医療情報を収集するための手段を確保するため、NTTにも被災特別回線を設置し、緊急時の使用に備えると共に、病院の通信回線を耐震化し、無線送受信装置を併設するなど、情報収集体制が必要となる。

2、大災害時の初動体制

 災害医療の初動活動として、SRMとよくいう。Sは捜査(Search)、Rは救助(Rescue)、Mは医療(Medical)である。いち早く医師達が災害現場に駆けつけても、瓦礫の 下にいる負傷者を助け出す技術を持っていない。我が国は、効果的な生存者の発見機 器の開発をしなければならない。スイスやフランスでは、捜査犬を使っているが欠点 がある。生存者と死亡者の区別がつかない、また長時間では鼻が麻庫してしまうため 1時間程度しか連続して使えない。米国では集音マイクを使う。一度で広い範囲の声 を拾え、救助を求めるかすかな声や心臓の鼓動を感知できる。ヨーロッパでは生存者 の体温を感知したり、手足の動きを察知する機器がある。我が国で主として使ってい るファイバースコープは、瓦礫の空間部にいれていかなければならないため効率が悪い。

 救助段階では1分遅れると死者が一人増え、1分早ければ一人助かると言われている。 緊急自動車にも優先順位を付けるべきで、救命と消火が最もプライオリティーは高い 。救急車による広域搬送が交通渋滞で途絶され、何人の重症者が命を落としたことだ ろうか。救急搬送では、陸路だけでなく、空と海の利用を考えるべきであろう。空路 の場合、県や市からの要請主義やヘリポートの問題はあったが、約200名の患者の搬 送に利用された。将来的には、救急災害ヘリコプターの全国配備を考える必要がある 。ドイツでは、半径50キロの地域ごとに、ヘリの出動体制が整備されており、発災後 15分以内に現場に到着することになっている。海からの救命の場合、海上保安庁や海 上白衛隊の船舶のみでなく、フェリボートなどの客船の利用も考えられる。

3、災害に強い病院作りの必要性

 次に病院の脆弱性を考えなければならない。我が国の災害シュミレーションでは常に 病院が無傷という想定である。しかし病院は火事が起こりやすく、心電図、脳波などの機器や、ポータブルレントゲンなど、どれも車付きで災害時凶器にさえなって しまう。その上、電気、水道、ガス、電話などライフラインが破壊されると、病院の 機能は成り立たない。もっと深刻なのは、医師、看護婦達も被災者になってしまうこ とである。それ故、欧米では広域災害医療体制を取っている。たとえば、米国ダラス 市では、市庁舎を中心に放射状に7つの区域に分けて、各地域に中心部の基幹病院、 周辺部の副基幹病院を設け、地域内の各病院は自分のところが壊れた場合には、そこ で働いていた医師、看護婦はどこの病院へ行って働くかなど、地域の医療体制全体の 流れが細かく決められている。医薬品の備蓄は、最低3日分は、病院の建物とは独立 した建物を作って傭えられている。手術機材もキット化されて、何十セットも備えら れ、水が出なくても手術は可能である。ところが我が国では、各病院1つずつが独立 しているため病院間の協力、協調のもとで災害医療にあたることが難しい。我が国に おける将来の災害医療体制を考える場合、自治体の枠を越えた災害医療体制を作るこ とだと思われる。この体制下で、各病院は、大災害対応災害計画マニュアルをつくり 、日頃の訓練を行うことである。訓練を伴わない防災計画は意味を持たない。

4、災害医療コーディネーターの育成と広域搬送体制

 災害の現場では、英語の頭文字をとって3T、つまり選別(Triage)、応急処置(Treatment)、後方搬送(Transportation)の3つが大事な災害医療として挙げられる。1番目の選択は、どの患者が緊急度が高いか、あるいは重傷度が高いかで振り分けるこ とである。例えば顔や手足からダラダラと血を流している人は重症感がある。とこ ろがより重症度の高い患者は、身体の表面は打撲痕程度の純的な外傷でも、内蔵が破 裂していたり、骨盤を折っていたりする場合があり、眼に見えない傷の方が重いとい うことがある。各地域に災害医療コーディネーターを選定して、総合調整やトリアー ジオフィサーの役を担ってもらうことが重要であろう。もう一つ、優先的に医療の手 を差し伸べるべき災害弱者としては、英語の頭文字でCWAPと言われる子ども(Children)、女性(Women)、老人(Aged peop1e)、そして病人・障害者(Patient)がある。このことを地域住民、救助隊、医療関係者に教育、啓蒙していくことが大事なことではないだろうか。特に地域住民が発災時にいかに適切な行動をとるかが、初動活動では最も重要になる。


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