肺ペスト(pneumonic plague)

(高野義久、治療 84: 1363-1367, 2002)


肺ペストの定義

 ペストは腸内細菌に属するグラム陰性桿菌のペスト菌 (Yersinia pestis)による細菌感染症である。日本では強制隔離し得る数少ない法定伝染病である。日本では1926年以降発症の報告はない。発症には地域性があり、1)南アフリカ〜マダガスカル地方、2)ヒマラヤ〜インド北部、3)中国雲南省〜モンゴル、4)北米ロッキー山脈地方、5)南米アンデス山脈地方に多い。また、ペストには、i)原発性に起こる肺ペスト (primary pneumonic plaque) と、ii)腺ペストなど経過中に血行性に転移して2次的に起こるペスト性肺炎 (secondary plaque pneumonia) がある。

生物兵器としてのペスト

 ペスト患者の診療にあたった医療者が皆無に近い日本の現状において、万一ペストが発生した場合、迅速な診断・治療が可能かどうかについては困難な面がある。生化学兵器として利用される微生物は、1. 人から人に容易に伝搬し、2. 致死率が高い、3. 社会的なパニックや社会の崩壊を招くものが想定される。それに対して、公衆衛生・医療上の特別な対策が必要である。対策の基本は封鎖・同定・洗浄化・予防と治療である。生物兵器として、WHOは仮に50kgのペスト菌がエアロゾルの形で500万人都市に散布された場合、最悪のケースでは15万人が肺ペストになり、36千人が死亡すると報告している。

病因・感染形式と疫学

A,病原菌と感染形式

 ペストの起病菌は、ペスト菌 (Yersinia pestis) で、これはグラム陰性の小桿菌である。Yersinia pseudo-tuberculosisに近い細菌で共通抗原を有し、免疫血清学的にも交差反応を示す。通常ペストの感染ルートは、1)病原体を保有するノミの刺咬が最も多く、2)感染小動物を介するもの、3)肺ペスト患者の喀痰など気道分泌物を介するものがある。

B,日本における流行について

 輸入ペストによる大阪における第一回のペスト流行(1899〜1900)では、肺ペストによる医者やその家族などにも犠牲者が出て、入院患者161人中、全治わずか15人に過ぎず、1900年の12月に終焉している。第二回の大阪での流行は、日露戦争に関連して1950年から1911年の長期にわたり大流行している。その後小流行を繰り返し1921年4月に1人が入院して、これが国内入院患者の最後である。

病態と診断

 発症は突然悪寒戦慄を伴う高熱で始まり、激しい頭痛と四肢痛、めまい、嘔吐、意識障害などが出現し、急激に心不全や循環障害に陥る。最も多いのは腺ペストで全体の84%を占めており、死亡率が高いのは、ペスト敗血症と肺ペスト及び2次的に起こるペスト肺炎である。初発例の診断は困難で鑑別診断が大切であるが、流行が起これば診断は容易となる。診断には病型によって被検材料からペスト菌の検出同定を経て診断にいたる。

*肺ペストの特徴

 二次的に発症する事が多い。症状は菌の暴露後1〜6日後から起こり、強烈な頭痛と高熱・呼吸困難・胸痛・咳嗽や喀痰などが生じる。臨床的に熱烈な経過を呈する以外に、嘔吐・腹痛・下痢などの消化器症状を伴うことが多いのが特徴である。また、死亡率が高い。

*バイオテロリズムによる肺ペスト診断の端緒

 通常とは異なる重症肺炎、急性呼吸不全症例である。多発する場合には、ペスト菌テロリズムを考慮する。このような重症肺炎を見た場合、すぐに所属保健所に連絡することが重要である(ペストは感染症新法による1類感染症である)。

治 療

 発症後速やかに治療が開始されないと予後が非常に悪い。ペストにはペニシリンは無効であるが、ストレプトマイシン(SM)、カナマイシン(KM)、クロラムフェニコール(CP)、テトラサイクリン(TC)、サルファ剤などが有効である。後、対症療法、外科的治療なども必要で、重症敗血症や肺炎例では、DICやショック対策にヘパリンやグルココルチコイドの静注などが必要である。手指や四肢末端、皮膚などの循環不全、壊死など、いわゆるblack deathには、外科的な切断が必要となる。

予 後

 無治療の場合の致死率は腺ペストで60%、敗血症や肺ペストでは100%に近いとされていたが、早期化学療法が行われた結果致死率は腺ペストで0に近いとされている。ただし、原発性肺ペストの予後は悪く、少なくとも発症後18時間以内に化学療法を始めることが大切で二次的に肺炎や髄膜炎への移行を防ぐことが予後を左右する。また、ショックもDIC治療の適正さで予後が変わることや妊娠、幼児での予後が悪いのは当然である。


平成13年度防災訓練における陸上自衛隊遠隔地医療支援システムの使用経験報告

(赤沼雅彦ほか:日本集団災害医学会誌 7: 42-47, 2002)


【運用概念】

 自衛隊駐屯地の医務室では医官は一名から数名配置であり、通常時は各医務室や訓練 場より、各地の自衛隊病院の専門医に直接、音声や画像による協議ができる。災害派 遣時には被災地より各地の自衛隊病院に直接、音声と画像により情報交換ができる。

 さらにその他の使用法として、2つの病院間でカンファランスを行ったり、医務室と 病院間で紹介患者や退院患者の医療情報の交換を実施したりすることである。つま り。画像診断や病理診断などを2つの病院の専門医が意見交換をしたり、特殊疾患の 治療方針についてその専門医にコンサルタントしたりすることなどである。

 このシステムの使用実績は日常臨床の範囲にとどまっており、災害時の運用実績は現 在まではない。そこで平成13年度東京都防災訓練において本システムを実際に運用 し、災害時の有用性について検討した。

【方法】

 平成13年度東京都防災訓練の医療支援訓練において、PHSを用いた移動型のシステム を、多摩川及び府中基地跡地訓練会場の救護所に各1セットずつ設置し、ISDN回線接 続している自衛隊中央病院設置の固定型システムと、医療情報伝達を実施した。

 固定型システムは、ISDN接続のデスクトップ型コンピューターに付属のCCDカメ ラ、マイクロフォンスピーカー、レントゲンフィルムデジタイザー、スキャナー、プ リンターやデジタルカメラなどの一式である。

 移動型システムはPHS接続のノートブック型コンピューターで、同様に付属のCCDカ メラ、マイク、スピーカーとデジタルカメラ(334万画素)、PHSなど一式を携行型 ケースに収納し、プリンターやスキャナーなどもある。

【結果】

 本システムにより詳細な静止画による患者情報伝達が可能であり、200万画素以上の デジタルカメラの標準画像であれば、皮膚の色調は診断上あまり問題ないと皮膚科専 門医のコメントであった。また、音声と動画による情報交換も十分使用可能なレベル と考えられた。しかし今回はPHSを使用したため、回線の突然の途絶が数回見られ、 送信速度は数枚の画像を送信するのに、数分を要した。

【考察】

 災害時は現場に到達し、救護救援活動に従事する医師などの人員は限定される。自 衛隊中央病院では災害時の初動救護班の医官は30分以内に出発できるように、正・副 2名指定されている。しかし、災害当初は情報も必ずしも正確ではなく、より的確な 専門性をもった医官などを派遣する事ができるわけではない。しかし専門医の助言や 診断が必要な場合は多々あると思われる。従って、派遣救護班を各科専門医により支 援する体制は重要である。さらに、各科及び各種の専門医が病院でリアルタイムに適 切に助言するだけでなく、適切な人員の確保や物資の補給も含め病院と派遣部隊が情 報交換することは大切である。

 今回の通信手段は常備のPHSを用いたが、回線内優先性がない上に、通信可能地域 も限定される。PHSは市街地では有効であるが、郊外や山間地では通信可能域は少な い。今回の訓練会場の多摩川河川敷や調布基地跡地はどちらかというとPHSの不得意 とする地域であったと思われる。

 他の機会に実施された訓練では通信手段に衛星通信のインマルサットが用いられて おり、PHSと同様にカードを差し込むだけで通信ができ、PHSで不都合が想定されると きは、通信手段のバックアップとしてインマルサットの携行が必要と考えられた。

 また、最近の携帯電話の発達による新システムを用いることにより、高速の通信が 可能になると考えられる。

 本システムは陸上自衛隊だけでなく、航空自衛隊、海上自衛隊などの病院や医務室 などにも導入されており、離島の医務室や遠洋の艦船では活用されている。災害時に 十分に利用できるように、日頃から3自衛隊での連携活用も進められている。また、 他の国立病院の間でも訓練が実施されており、広く他機関との連携に活用できる可能 性が示されている。


6 Confined Space Medicine(瓦礫の下の医療)

(山田憲彦、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.188-197)


 Confined Space Medicine(瓦礫の下の医療:CSM)とは、「瓦礫」の下敷きになったり、崩壊建築物に閉じ込められた患者さんの予後の改善のために救出を完了する前から実施する医療活動のことである。建築物が崩壊し、「瓦礫」が生じるような災害を「瓦礫災害(Collapsed-Structure Disaster)」と総称し、地震・台風などの自然災害から爆発事故やテロなどの人為災害まで多様な要因で発生する。

 先の阪神・淡路大震災において、「瓦礫」を取り除いた直後に状態が急変した患者が存在したことや救出完了前の医療的対応の開始、すなわちCSMの必要性が強く示唆された。また、救出と医療のタイミングについての示唆深いケースとして、「瓦礫」に挟まれたまま火事の犠牲になってしまうことが考えられる。このようなケースにおいては、救出してからの医療提供という通念に反し、現場での四肢の切断という医療行為の後に初めて救出されるチャンスがあった。救出と医療の関係は、救出してからの医療提供という固定的なものとしてではなく、「瓦礫」に捕らわれたヒトの生存及び予後を改善する可能性が最大になることを共通の目標とした、合理的で融通性に富むものとして理解するべきである。CSMでは、救出者・医療者が極めて危険な作業状況に置かれ、「瓦礫」の下という環境では、心停止症例が積極的な救命対象となることは考え難く、通常のプレホスピタル・ケアで実施されている医療とは全く異なる。

 また、「瓦礫」の下で活動を行うには、環境非日常的空間(暗い、狭い、暑い、粉塵が舞う)、危険物の存(先の尖った障害物)、ゴーグル・プロテクターによる体動の制限、作業の中断などを伴う厳格な安全管理、捜索・救助などのその他の活動との緊密な連携(チームプレイ)、医療者自身が「瓦礫」の下にいること、極めて長時間におけるプレホスピタルケアという点で大きく異なる。異常のような危険な環境に、教育・訓練も受けずに身分の保証もなく、本人の好意・熱意だけに基づいて、「瓦礫」についての素人である一般の医療者が入り込むべきではない。医療者自身が二次災害の犠牲になる可能性があるのみならず、医療者を救出するために救助隊員までも危険に巻き込んでしまう可能性があるからである。

 「瓦礫災害」においては、骨折・裂傷、多発外傷、頭部外傷、低体温、脱水が症状として主にみられる。また、浮遊ダストによる気道障害は、煉瓦やコンクリート性の建築物によるものであり、いったん沈静化したダストが救助活動に伴う振動などによって、再度浮遊状況を呈するので十分注意が必要である。このように「瓦礫災害」の現場は、大変危険であり、治療上の問題点もある。

 最も代表的な因子の1つに、長時間に及ぶ経過時間の問題を挙げることができる。このため、通常の救急外来でみられるフレッシュな外傷患者と異なり、CMSの対象患者群の病態は、進行・悪化していることが一般的である。高血圧・糖尿病などで服薬治療対象者の患者についても、症状の悪化や発作の再発などが生じうる。救助完了時間が状況によっては数時間かかる事も珍しくはない。比較的長時間に及ぶ場合、患者の管理上のポイントは、気道および血管の確保と疼痛の管理を挙げることが出来る。疼痛の管理は、人道上の観点のみならず、「瓦礫」を動かす際の疼痛を防ぐ観点から見ても非常に有用である。また、身体の一部しか接触できず、「瓦礫」の下にいる負傷者が小児・老人・精神病患者・HIV感染者であることを想定することが難しい場合、声や現地の人々から確認することも有用である。さらに、「瓦礫」の下においては、負傷者の全身状態の評価をすることも困難である。また、地震など広範囲の被災害時には、周辺の医療機関の診療能力が低下し、搬送の調整も困難な場合もある。「瓦礫」からの救出後に備えて、入院先・搬送手段・搬送中の医療監視について関係機関と適時・適切な調整をしておくことも極めて重要である。

 実際の医療活動としてはバイタルの安定化に関わる処置、つまり気管・血管の確保である。その他には、骨折部の固定、疼痛管理、患者への励まし、特殊救出技術、レスキュー隊員へのアドバイス、救出後の引継ぎが挙げられる。中でも、「瓦礫」の下に長時間捕らわれていることが、負傷者にもたらす精神的な影響は計り知れない。「このまま助けてくれないのではないか?」という強い恐怖感に加えて、長時間の飲食・排泄・入浴など生理的不自由さは、さらに患者の不安感・無力感を増大させる。したがって、救出者は音声での接触が可能になりしだい、できるだけ患者とのコミュニケーションをとり、患者の不安感を緩和するために支持的な意思疎通を図るようにする。

 CSMの先進国であるアメリカには、CSM教育訓練プログラムがある。CSMに従事する医療者は、豊富なプレホスピタルの経験を有することに加え、特別な訓練・教育を受けることが奨励されている。インストラクター及び訓練場所の提供を受けて、1〜2年に1回訓練を実施する。教育内容は、「瓦礫」の下でのサバイバルおよびチーム行動に関すること、CSMの医学的な特異事項に関すること、救助活動全般にかんすることなどが含まれる。正味4日間、実際の展開時に食する食事を野外で取りながら、朝から深夜まで訓練は実施される。さらに、医療者といえ同行する救助隊員の邪魔にならない程度のチーム行動をこなす必要から退避ホイッスルの認識、二次災害切迫時の迅速な退避行動、無線の基本的な扱いも実習する。これらの行動を修得していないと、自らのみならず、救助隊員をも危険に陥れてしまう可能性があるからである。

 今後は、地震多発国としてアメリカの考え方を参考にしつつ、我々自身でわが国独自の「瓦礫の下の医療」を打ち上げていく必要がある。わが国においても、プレホスピタルケアにおける医療の質について議論が始まった。しかし、多くの議論ではプレホスピタルを短い時間で考え、心停止症例を想定した緊急避難的な処置としての解釈が多い。プレホスピタルケアの議論が活発になりつつある今こそ、プレホスピタルの定義を再確認し、平常時の原則的に短時間の通常型プレホスピタルに加え、「瓦礫」の下など長時間持続型の特殊型プレホスピタルも視野に入れた包括的な議論をするべきである。このプレホスピタルにおける医療の質の確保、すなわちメディカルコントロールの問題を評価することは平常時の救急医療の成果を災害医療の世界に反映させる観点から極めて重要なのである。


7 除染

(島崎修次・総監修、化学物質による災害管理、メヂカルレビュー社、大阪、2001、p.29-33)


1. 化学災害対応に果たす病院の役割

2. 除染

 除染の目的とは、医療従事者を危険にさらすことなく、衣服や皮膚についた汚染を取り除くことにある。化学災害では、被災者を治療する間にも、危険な化学物質はわれわれに影響を及ぼし続けている。この意味において、可能な限り化学災害の現場においても医療行為と除染が行われるべきである。

3. 除染における選択肢

 除染に関してはいくつか選択の幅があるが、可能な限り、被災者は病院の外で除染をすべきである。そうすれば、救急外来の二次汚染を防げるし、スタッフが毒性のある気体を吸入したり、空調を通じてその気体が病院全体に拡がることも無くなる。

4. 除染手順

 被災者とその持ち物は、直接救急外来に入れず、除染区域に通す。医療スタッフは防護衣を装着するが、もし原因物質がわからず、その影響も不明な場合、最悪の事態を想定して最大限の防御をなすべきである。被災者とともに運び込まれた持ち物や乗り物は汚染されていると考えるべきである。あらかじめ立てられた計画に沿って、駐車場の一定の区域を直ちに確保して、汚染された乗り物を隔離しておき、あとでそれらを除染する。被災者は脱衣の必要があり、脱衣した衣服を包む袋も十二分に用意しておかねばならない。脱衣は、頭部や頚部の汚染を防ぐため、はさみで切って脱がせる。具体的な除染手順は以下の通りである。

  1. 服を脱がせながら、汚染部位をすすぐ。この最初のすすぎが、粒子や酸やアルカリ等の水溶性の化学物質を洗い流すことになる。

  2. 洗剤と軟らかいブラシで汚染部位を洗う。この最初の洗いが皮膚についた有機性化学物質や石油系化学物質を洗い落とすのに役立つ。

  3. 1分間ほどすすぐ。この2番目のすすぎが洗剤と化学物質を洗い落とす。

 このすすぎ・洗い・すすぎの1サイクルで、3〜5分以上かけないようにする。 もし、皮膚の上に明らかな汚染が残っている場合には上の1.と3.を繰り返す。

 除染の間にも、呼吸補助等の医療行為が必要になってくるであろうが、災害現 場や除染区域で使われた医療機器は決して非汚染区域に持ち込まない。しかし、 患者に装着された挿管チューブなどは、そのままにしておかざるを得ない。

5. 除染室

 救急外来は、それぞれ、最低1人の汚染された被災者のための除染室を持っておくべきである。しかし、救急外来のスペースを最大限有効利用するべきであるという意見や、大きな化学災害はめったに起こるものではないという考えのため、除染室が置かれないこともしばしばある。

 除染室に配備しておくべきものは、水の供給源、排水溝、独立した空調システム、ドア2つ(搬入口、救急外来への連絡口)、床に汚染・非汚染区域を明示するマーキング、臥位をとった被災者運搬用の車、汚染された衣服を密閉するためのプラスチックバッグ、呼吸循環管理ができる医療機器である。

 貯蔵しておくべき物品は、気道確保の器具、頚椎固定用カラー、呼吸バッグ、酸素供給源、酸素マスク、出血コントロールのためのガーゼ、輸液ラインと輸液、不穏や痙攣の患者のためのジアゼパム、眼洗浄のための生理的食塩水、眼洗浄を行いやすくするための局所麻酔点眼薬、はさみ、検知紙、大きなポリエチレンの袋とラベル、トリアージタッグ、耐水性ペンである。

6. 放射線で汚染された被災者の除染

 放射性物質に汚染された被災者の除染の医療的な原則は、化学災害の場合と変わらない。特に注意すべきポイントは、以下の2点である。

 化学災害の場合と同様に、汚染と非汚染の区別は明確にしておかねばならず、 それぞれの区域で働くスタッフも分けておくべきである。理想的には、除染エリ アで働く除染チーム、除染された被災者を除染室の出口で受け取る“被災者受け 渡し”チーム、さらなる治療を行うべく非汚染区域で被災者を受ける“被災者受 け取り”チームの3つのチームが欲しい。


災害拠点病院における災害対策の現状と課題

(河原勝洋ほか:日本集団災害医学会誌 7: 8-14, 2002)


【調査方法】

 災害拠点病院に郵送法で平成10年度から平成13年度の10月から3ヶ月間行った。

 各都道府県の災害拠点病院の指定が徐々に増えたため(平成10年度495病院 → 平成13年度526病院)、アンケートに回答した災害拠点病院数は420 → 472と増加している。

【調査結果】

■防災体制

(1)ハード面の対策

 1)建物施設整備

  1. 災害拠点病院の耐震構造化:すべてを耐震構造化している病院は平成10年の45%から平成13年は49%に微増している。

  2. ヘリポート整備率:病院付近でのヘリポート整備が平成10年の59%から13年の68%と増加している。

 2)ライフライン関連設備の整備

  1. 自家発電整備率:平成10年からほぼ100%の病院で整備している。供給可能な電力は約1/3の電力量を2日半供給する能力を持っている。

  2. 医療用ガス支援体制:10年の39%から13年度には63%と伸び率が著しい。

  3. 医療用水または飲用水:13年において1日に必要な水量の3/4をカバーする水量がある。また、自家井戸水が利用可能な病院では1日必要量の1/4をカバーできる。

 3)情報伝達手段

  1. 院内の情報伝達:内線電話、館内非常放送が主流でポケットベルも82〜83%と横ばいの整備率で、 携帯電話・PHSが平成11年の29%から13年は61%に急増し、トランシーバーも25%から33%と微増していた。

  2. 外部との情報伝達手段:災害時優先電話が平成11年の80%から13年の86%と最も多い。また、広域災害救急医療情報端末が33%から58%に急増している。一方で救急医療情報端末は53から56%への微増にとどまり、広域災害・救急医療情報システムの新規導入・切り替えが進んでいるものと見られる。

(2)院内災害対応計画等のソフト面の対策

 1)院内災害対応計画および災害対応マニュアルの作成率:平成10年48.6から平成12年に64.4とのびはめざましかったが、平成13年には65.9と微増にとどまっている。

 2)医師動員計画:平成12年には55.7%、平成13年に62.3%と6割を超えた。

 3)災害拠点病院連絡会議への参加率:平成11年に42%、平成13年で57%。

(3)訓練の実施率

 1)消防法により実施が義務化されている火災訓練や避難訓練はほぼすべての病院で実施されている。

  1. 日常救急医療に見立てた患者搬送訓練:69%の災害拠点病院で実施されている。
  2. 大量患者搬送訓練:27%の災害拠点病院で実施されている。

 2)トリア−ジ訓練:平成10年の29%から56%へと倍増。

 3)机上訓練:27%の災害拠点病院が取り入れている。

■応急医療体制

(1)応急医療のための施設・設備の整備状況

 1)災害時入院可能数等

  1. 災害時に入院可能な患者数:平成11年の1病院平均182床をピークに、平成13年には169床に減少している。

  2. 災害時に重傷者などの治療を行えるスペース:平成13年で「ある」という病院が93%という結果だった。

 2)緊急手術

  1. 手術室:ほぼ全病院にある。
  2. 平日勤務帯に緊急手術可能:93%(平均3.4室)
  3. 夜間に緊急手術可能:93%(平均2.4室)

 3)人工呼吸器

  1. 保有:平成11年の96%から平成13年の98へ増加
  2. 平均保有数:19.6台から21.0台へ増加
  3. 緊急時に使用可能な台数:6.7台から6.0台へ減少

(2)医療スタッフの動員可能性

 1)平日日勤帯:1病院あたり医師が約90名、看護師が約250名、薬剤師16名、放射線技師16名、検査技師26名、その他職員が129名。

 2)夜間帯:1病院あたり医師約7名、看護師は56名、技師スタッフは各1名、その他職員が80名。

(3)救護班派遣体制

 1)救護班整備率:平成10年の84%から徐々に増え、平成13年には95%の病院で整備されている。

 2)班数:1病院あたり2.8班。全病院の集計では平成10年が1100班で、平成13年には1250班。

 3)大災害時の救護班編成までの所要時間

  1. 平日日勤時間帯:約1時間半
  2. 夜間時間帯:約3時間弱

 4)医薬品セットを整備している病院数:平成10年の48%から平成13年の51%へ微増。

 5)携帯型医療セットを整備している病院数:平成10年の41%から13年の60%へと伸び率が高い。

(4)保有車両および緊急車両

 1)患者搬送車保有率:平成10年の63%から71%に増加している。

 2)緊急車両保有率:55%から56%へと微増、1病院あたりの保有台数は1.3台。

■物資保有量

(1)医薬品保有状況

 1)入院患者用医薬品を保有している病院:平成11年の95%から13年は92%

 2)外来患者用医薬品を保有している病院:平成11年の87%から13年は85%

 3)保有量:平成13年で入院患者用が7.4日、外来患者用が7.2日と経年変化はみられなかった。

(2)患者用提供可能食料保有量

 非常時に患者に提供可能な食料の保有:平成11年がピークで99%の病院が病院独自平均1.9日分、97%の病院が外部委託で平均0.2日分を保有していた。平成13年には独自に保有する病院は88%(平均3.2日分)、外部委託で保有する病院は88%(平均0.6日分)。

【考察】

 平成10年から13年にかけて災害拠点病院は増加し、ハード面での整備は進んできているが、ソフトウエア面では災害対応マニュアルの作成率などで、平成13年度には6割で頭打ちになっちる。一方、災害拠点病院連絡会議への参加率が大きく増加し、個々の病院対策から広域連携対策の流れが 出来つつあるものと考えられる。訓練の実施率も大量患者搬送訓練などの災害を想定した訓練の実施率は依然低い。

 こうしたことから、今後は院内災害対応マニュアルや災害時医師動員計画などの、より具体的な計画策定等、ソフトウエア面への取り組みを進め、これらを改善・検証するために、効果的・実践的な訓練を行わなければならない。


第VI章 トリアージの教育・訓練法

(近藤久禎、山本保博ほか監修:トリアージ その意義と実際、荘道社、東京、1999、p.83-96)


 トリアージ(triage)はフランス語のtrier(選り分ける、分別する)の名詞形であり、もともとは収穫されたコーヒー豆やぶどうを選別する際に使われた言葉、あるいは商人が羊毛を品質別に選り分けるときに使った言葉だったと言われている。ナポレオン時代では軍隊の戦力を最大限に維持するために、戦闘による傷病兵を早く前線に復帰させることが、医療救護の大きな目的の1つであった。そのためには傷病兵を負傷の度合いによって、効果的に選別しなければならない。そこで、トリアージという言葉が使われるようになったと言われている。時代の変遷と共にその概念も徐々に変化し、第一次世界大戦以降、ほぼ現在のトリアージの概念が確立したと言われている。

 大きな災害が短時間に起こるときは、傷病者もごく短い時間に大量に出現する。しかし、その傷病者を救護するために必要な医療の物的・人的資源は非常に制限されることになる。この問題解決のためには、真っ先に傷病者の救済のために、医療資源や被災状況を前提に重傷度や緊急度にしたがった傷病者の選別が必要になる。そこで生まれたのが「トリアージ」の概念と言える。治療不要の軽症者はもちろん、搬送さえ不可能で救命の見込みのない超重症者の傷病者には優先権を与えない。トリアージに際しては、全国共通のトリアージ・タッグを使用し傷病者の選別を行うことが望ましい。タッグの色別は治療優先度の順から赤、黄、緑、黒が用いられている。(図・表参照)

 しかし、医療従事者、消防関係者がトリアージを行うための知識、経験は、日常の業務、知識だけでは不十分である。そこで特に医療従事者、消防関係者を対象とした災害医療・トリアージについて教育を行う必要がある。 トリアージ教育の対象としては、A.消防・救急隊 B.医師 C.看護師 D.一般市民がある。

A. 消防・救急隊

 災害時にいちはやく現場に到着する可能性が高く、現場トリアージを行う場面多くなるであろうことが推測され、また、現場トリアージ後の搬送トリアージもその仕事となることが予測される。救急救命士と救急救命士以外では、両者の間に医療技術、知識の格差があることである。この知識・技術の差異を認識したうえで、教育の計画をたてる必要がある。

B. 医師

 医師は災害のすべての場面で、障害者のトリアージ、治療方針の決定について最終的な責任を持つことが期待される。しかし、救急や一部の外科系診療科以外の医師にとっては日常の診療とはほとんど関係がない。トリアージ教育を行ううえにおいて、この診療科にける知識、技術、意識の違いを考慮にいれる必要がある。

C. 看護師

 行政・地域の看護師、保健師、助産師は、被災地に比較的近くにいる可能性があり、その場合、現場トリアージを行うことが期待される。しかし、日常の業務とトリアージ実務との関連性は低い。

 病院の看護師は医師の近くにいることが多く、トリアージオフィサーになる可能性は少ないが、医師の介助を行ううえでトリアージに関する知識が要求される。

D. 一般市民

 一般の市民もトリアージオフィサーになる可能性は少ない。しかし、ボランティアとして関与するうえで、また、傷病者として行動するうえで、トリアージという考え方についての認識は必要であるし、考え方の普及は、災害時の迅速な対応のために必要である。

 このように、トリアージ教育の必要性は大きい。特に、医師や看護師、救急救命士には、その養成段階での教育が可能である。大学、学校のカリキュラムに組み込む方法であるが、1999年時、日本で災害医学をカリキュラムに取り入れているのは、医学部では74%、看護学校では30%である。阪神・淡路大震災後、災害医学をカリキュラムに取り入れる機関は増えているが、教育時間は医学部でも平均2.3時間(1999年)と少ない。

 短期の研修、長期の研修も考えられるが、短期では硬化の持続性、長期では、参加者が限られるなどの問題点がある。


トリアージ教育の方法としては、1.講義形式、2.シミュレーション、3.実演、4.災害訓練がある。

1.講義形式

 受講者にその基礎的な知識を与えることができる。また、災害全般に対する知識の付与も企画したものでなければならない。一般に、受講者がもっている知識にはばらつきが多いので、研修などでは、シミュレーションや実演前に知識レベルをそろえるための講義が必要である。

 簡便ではあるが、受講者が受身になりがちで効果があがりにくい。

2.シミュレーション

 ある災害を想定し、その場面、場面でどのように対応するか議論する。インストラクターと参加者が活発に参加できる。参加者が自主的に考えられる点、時間や費用の制約が少なく多種の想定が可能な点が大きな特徴といえる。しかし、診療やトリアージタッグの使用など、技術的なことについては実演形式ほどの効果は期待できない。

3.実演

 ある災害想定のもと、あらかじめ模擬患者を用意し、その模擬患者に対し実際にトリアージタッグを用いる。シミュレーションと比較して、実演の目的はトリアージの診断やタッグの使い方など、技術面の実際を訓練することにある。実際に近い形で経験するので、机上のシミュレーションよりも印象に残ること、診察面で現実性が増すこと、トリアージタッグを使う経験を持つことが利点として挙げられる。その反面、実演が困難な点、傷病者の数が限られる点、模擬患者を用意し、教育、メイクアップにコストがかかる点などの問題があり、シミュレーションと組み合わて用いると効果があがると思われる。

4.災害訓練

 被災地、病院など様々な場面を模して実演を行うことができる。災害時の対応の中でのトリアージの実際について訓練できる。利点としては、上記の実演の利点に加え、災害対応全体の中での流れが経験できることや、搬送をしっかりできること、毎年繰り返し行われることが挙げられる。問題点としては、上記の実演と同じく、模擬患者への高度な教育が必要となることである。


 災害時の救援医療を有効に展開するためには、トリアージは必須の初期過程であり、適正な人材によって積極的に行われるべきものである。しかし、教育面だけでみても、このように様々な問題点が残されている。


災害医療の調整

(甲斐達朗、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.32-37)


 阪神大震災を契機に、日本の災害医療は現在全国に150箇所指定された災害拠点病院を中心として医療対応を行うと決められている。その主体は災害現場への医療チームの派遣と多数傷病者の受け入れにある。そして災害医療を円滑に実施するには、事前に医療機関内および災害対応組織との間でさまざまな調整が必要になってくる。

A.医療チームの現場派遣に関する調整

1) 他組織との調整

 災害が発生した時、最初に災害現場に到着した消防機関が災害拠点病院へ医療チームの出動要請を行うのが一般的である。しかしその出動要請基準は災害の規模、災害発生地域の医療資源、消防の搬送能力、および地域の人口密度などによって異なってくるので、十分な事前の調整が必要になってくる。一方、拠点病院の医療チームは、要請なしに自主的に出動することも考慮に入れるように求められており、自主出動の基準作成と災害情報の入手方法を事前に調整しておく必要がある。また医療チームの派遣手段が問題となることが多いので、これも事前の調整が必要である。

2) 医療機関内の調整

 医療チームの現地派遣に関して医療機関内で以下の検討と調整を事前に行っておくことが、スムーズな現地派遣につながる。

  1. 24時間医療チームが編成可能かどうか
  2. 24時間体制が不可能ならばどのような医療チームを編成するのか
  3. 災害現場でのトリアージや現場医療救護所で応急処置を行う医療チームを派遣するのか
  4. 避難所が造営された場合の避難所救護所での医療チームを想定するか
  5. それぞれの目的に適った携行装備の準備はできているか
  6. 誰が消防機関などからの要請を受けるのか
  7. 要請窓口担当者は災害時の医療チーム派遣に熟知しているのか
  8. 要請を受けた時、誰が派遣を決定するのか        ・・・・・e.t.c.

3) 災害現場での調整

 派遣された医療チームは災害の種類と規模に応じた災害現場での調整が必要となる。具体的には医療チームの現場での役割確認であり、これは医療チームリーダーが災害現場到着後ただちに現地対策本部あるいは消防の現場指揮官のもとに赴いて行う。複数の医療チームが派遣されている場合はそれぞれの役割分担(一次トリアージ、現場での治療活動、搬送トリアージなど)の調整が必要である。また、撤退する状況も調整しておく必要がある。

B.医療機関が多数傷病者を受け入れるために必要な調整

1) 医療機関内の調整

 災害拠点病院などの中心的な医療機関は、多数傷病者受け入れに関する院内災害計画が事前に作成されており、院内の各セクション間で調整が行われている。そして多数傷病者受け入れを円滑に行うには、定期的な多数傷病者受け入れ訓練の実施と全職員への計画の周知徹底と不備な点の見直しに伴う再度の調整作業が必要である。

 院内災害計画を発動するには災害情報の収集と分析が不可欠で、消防からの情報伝達手段や情報収集の責任者を決めておく必要がある。

2) 他の医療機関との調整

 災害発生時、拠点病院で治療レベルを落とさずに重症傷病者を受け入れるには限界がある。したがって周辺の医療機関へ転搬送して拠点病院に傷病者が集中しないようにする必要が生じることはしばしばある。適切にかつ円滑にこれらのことを行うには、拠点病院の重症傷病者受け入れ状況を確認・把握できる基幹災害拠点病院の災害医療コーディネーターなどを事前に決めておく必要がある。

3) 他の災害組織との調整

 災害情報・患者情報の入手先あるいは患者搬送を業務とする消防機関との調整がもっとも重要である。また救急車での搬送が不可能あるいは救急車が不足するような事態が生じたとき、ヘリコプター搬送をすることが予測されるので、消防・民間団体・都道府県・自衛隊など各機関との確認、調整および訓練が必要である。

 また、ライフライン途絶の事態に備えて、ライフライン関連施設との調整も必要である。

C.調整と情報伝達

 災害対応を効率よく実施するには災害時の指揮官に情報(災害状況、物的・人的資源、災害対策の優先順位、災害対策の責任者と責任組織、などに関する情報)を集中させる必要がある。そしてこのためには、情報収集の手段とルートは事前に確立させておく必要がある。

 組織間の情報伝達と調整を妨害する因子は技術的なものよりも人の問題であることが多いということを認識しておくべきである。それを解消するには、各組織の従事者が事前に各自の役割、どのような情報が必要なのかを確認しておくこと、また、多くの異なる組織が参加する災害訓練を行い組織間情報伝達に慣れておくことが必要がある。

D.まとめ

 災害対応を効果的に実施するには、組織内・組織間の事前調整と災害時の指揮命令系、情報伝達経路の確立が最も重要である。このためにも、各組織の災害対応計画の作成と多くの組織が参加した災害訓練の実施、訓練に基づく計画の見直しが必須である。


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